第061話「隣人来訪!劇薬?試験?」
領主館のダイニングルーム。
今夜の晩餐は、いつもより少しばかり賑やかになりそうだ。
広々としたテーブルには、何時のまにやらピメントの名産となった鉄甲イノシシ肉を使った料理が所狭しと並べられている。
中央にはメインディッシュのロースト、脇を固めるのは色とりどりの野菜と、焼きたてのパン。
食欲をそそる香りが部屋中に充満し、空腹を刺激する。
勿論、モヤシ料理と山盛りのカイワレは譲れない。
「ようこそ、エリス。
わざわざ出向いてもらって悪かったわね」
私が迎えたのは、お隣のグルコース男爵領を治める若き女性領主。
エリスリトール・グルコース男爵だ。
彼女は新しいドレスを身にまとい、従者にいくつかの木箱を持たせて現れた。
機能性を重視しつつも、決して気品を損なわない洗練されたデザイン。
さすがは流行に敏感な彼女らしいチョイスだ。
「ごきげんよう、パルス。
ちょうど近くの工場を視察しておりましたの。
お食事のお誘いをいただけるなんて思いませんでしたわ。
せっかくですから、例の試作品についてもお話を伺わせていただきますわね」
エリスが席に着くと、私は紹介も兼ねて、食卓を囲む新人たちに目を向けた。
「紹介するわ。
こちらは隣のグルコース領を治めるエリスリトール男爵よ。
私のビジネスパートナーでもあるの。
元アセスルファム公爵家のご令嬢、と言った方が伝わりやすいかしら」
「パルス、そのあたりのご紹介はもう十分ですわ。
改めまして、お初にお目にかかります。
F級冒険者パーティ『混沌の三女神』の皆さまでいらっしゃいますのね。
お名前と、こちらへお呼びした経緯はすでに伺っておりますわ」
エリスが優雅に微笑む。
対する三人は、出された前菜(イノシシ肉のリエットとカイワレのサラダ)を前に、緊張と空腹がないまぜになった顔をしている。
無理もない。
つい昨日までは安宿の硬いパンをかじっていたF級冒険者が、いきなり貴族の晩餐会に招かれたのだ。
借りてきた猫のようにおとなしくなるのも無理はない。
「……貴族様とお食事なんて、緊張して味が……」
スティナがナイフとフォークを持って固まっている。
手汗が凄いことになっていそうだ。
「あら、気にしなくてよろしくてよ?
今日は無礼講にしましょう。
パルスの客人なら、わたくしの客人でもありますものね。
パルスもそれでいいかしら?」
「モチのロンよ!
……って、いつものことだけどね。
アスパムテール家としても、今日は無礼講で構わないわ」
「ですわよね。
ではグルコース男爵家も同様に無礼講で構いませんことよ。
さ、これで皆様は自由にされて構いませんわ」
そう言ってエリスが柔らかく微笑むのを見て、私は内心でニヤリと笑った。
まずは先制攻撃(自慢)だ。
優秀な人材を確保したことを、この抜け目のない商売敵に見せつけてやらねばならない。
「そうそう、エリス。
紹介ついでに言っておくけど、このボサボサ頭の剣士……スティナは、もうウチで囲い込むことにしたから」
「あら?
護衛としてですの?」
「ふふふ、なんと!専属鍛冶師としてよ。
スティナ…あれを見せてあげなさい!」
私が促すと、スティナは恐縮しながらも、傍らに置いていた愛剣『フルール・エッジ』と、予備の『カワイイ革鎧』をエリスに見せた。
エリスは受け取った剣をそっと抜き、刀身を確かめた。
鈴を転がすような澄んだ音がシャラリと響き、シャンデリアの光を受けた刃が静かに輝く。
その涼やかな光に、エリスの視線が吸い寄せられていった。
「まあ……!」
エリスが目を丸くする。
彼女は自身も領地経営に携わる商売人だ。
その目は、単なる「綺麗」という感想を超えて、その裏にある「技術」と「市場価値」を一瞬で見抜いたようだ。
「なんて可愛らしく、それでいてしっかりとした作り……!
まるで芸術品ですわね。
無骨な武具が多い中で、これは……女性冒険者や貴族の護身用に需要がありますわ!」
「でしょう?」
私は勝ち誇ったように胸を張った。
執事のソルビトールも、心なしか誇らしげに頷いている。
「あらあら……。
うちの領地でも、加工場の職人が不足しておりましたのに。
こんな素敵な職人さんを先に確保されてしまうなんて……パルスには敵いませんわね。
残念でなりませんわ」
エリスが本心から悔しそうにため息をつく。
その言葉を聞いたスティナの顔が、ぱあっと輝いた。
(私のセンスが……貴族様たちに認められた……!
お父さんやお兄ちゃんたちには、鼻で笑われてたのに……!)
スティナの瞳が潤んでいる。
ずっと否定され続けてきた自分の「好き」を、権力と金を持った人間に肯定される。
これ以上の承認欲求の満たされ方はないだろう。
これで彼女の忠誠度はカンストだ。
チョロいものである。
「ふふん。
悪いけど、この子は渡さないわよ。
ってさすがにお腹すいたわよね?
……さて、食事にしましょうか」
場が和んだところで、メインディッシュが運ばれてくる。
もちろん、ピメント名物「熟成イノシシ肉のステーキ」だ。
香ばしい匂いと共に、肉汁がジュワリと溢れ出す。
空腹だった三人は、許可が出ると同時に猛烈な勢いで肉を頬張り始めた。
「ん~っ!
美味しいですわ!」
「……ん。
肉汁、すごい」
「お口に合ってよかったわ。
で、唐突で申し訳ないんだけど、あなた達二人は何が得意かしら?」
私が改めて問うと、モグモグと口を動かしながら二人が答える。
「私は宿屋の娘ですので……掃除、洗濯、給仕に裁縫。
基本的な宿屋の業務なら一通り。
あとは……人間観察(意味深)といったところでしょうか」
ピローネが清楚に微笑む。
その目は、私とエリスの関係性や、ソルビトールの立ち振る舞いを観察し、何か(たぶんろくでもないこと)を妄想しているようにも思えてしまう。
「私は……料理。
元気、出るやつ」
ソルティがボソリと呟く。
彼女の目の前には、既に三枚目のステーキが積み上げられていた。
小柄な体のどこにそんなに入るのか不思議だ。
「ふーん
成る程ね…」
(一般家事に料理か…
結構出来る人材が集まりやすいジャンルなのよね……)
私が興味なさそうに肉を切っていると、宴もたけなわになった頃、エリスが従者に合図をするのが見えた。
暫くまっていると、エリスの従者が奥で何かをトレーに乗せて戻ってくる。
「パルス、これを見てくださいな。
『潰太郎』の稼働も安定してきましたので、抽出した『神秘の雫』と、残滓から作った『龍の粉』の製品版を持ってきましたの」
そっと従者がテーブルの上に置いたのは、キラキラと輝く小瓶と、毒々しいほどに赤い粉末が入った袋だった。
「あ、助かる~!
これ、お父様(アスパルテーム伯爵)に送るのに頼もうと思ってたのよ。
胃痛持ちでずっと顔色が悪いから心配なのよね」
私が小瓶(美容液)に手を伸ばした、その時だ。
カチャン。
小さな音がした。
それまで猛烈な勢いで肉を食らっていたソルティの手が止まり、フォークが皿の上に落ちた音だった。
「……?」
見れば、ソルティがテーブルの上の『袋』を凝視している。
まるで時が止まったかのように微動だにしない。
ただ、その鼻だけが微かにひくついている。
「…ソレ、すごい、素材……」
ソルティがうわごとのように呟く。
その目は焦点が合っているようで合っていない、どこか彼岸を見ているような危うさを孕んでいた。
「凄い、魔獣の……濃縮された、生命力の塊……!」
彼女の瞳孔が開いている。
食堂の娘として厨房に立っていた時と同じ、いや、それ以上の「探求者」の顔だ。
無言の圧力が凄い。
「美容液が気になる?
年頃だもんね、お肌のケアは大事よって。
そうじゃない?
まぁ、これガチレア素材だしね~」
私が声をかけると、ソルティは緩慢な動作で首を横に振った。
「……違う、です。
そっちは効果、完成してる。
興味ない、です。
興味あるのは……そっち(粉)」
彼女が指差したのは、精力増強剤の原料である『龍の粉』だ。
完成品の美容液には目もくれず、素材(しかもゲテモノ寄り)に執着する姿に、エリスが少し興味を持ったようだ。
「……これは殿方が使うものでしてよ?
女性が摂取するには、少々刺激が強すぎますが…
何か思うところでもありまして?」
「……男女、関係ない。
この粉、あれば、私の理論、完成する。
死にかけの人、走り出すくらいの活力剤……作れる」
「活力剤……?」
私が眉をひそめる。
そういえば、この子は食堂の娘で「元気が出る料理」を作っていたと言っていたわね。
「あなた薬師って聞いてたけど、その粉で何が作れるの?
変な薬を作って別の方面から目を付けられるのは避けたいのよね」
「……薬じゃない、です。
いろいろ。
食べ物として、元気になるヤツ。
あくまで食事」
(薬事法を回避する健康食品みたいな言い草ね……)
私は呆れつつも、少し考えた。
『龍の粉』は効果が強すぎて、そのままでは扱いが難しい。
以前、お父様が適量を誤り、鼻血を出して倒れたことがある。
加工食品として安全に、かつ効果的に摂取できるようになれば、販路は広がるはずだ。
「ねえエリス。
悪い話じゃないかもよ?
この子、テストしてみない?」
「テスト、ですの?」
「ええ。
明日の朝、厨房を貸してあげるわ。
そこで、この子にその粉を使わせて、『元気になる朝食』の試作品を作ってもらうの。
採用するかどうかは、その効果(と味)次第ってことでどう?」
私が提案すると、エリスも興味深そうに頷いた。
「面白そうですわね。
新しい商品開発のヒントになるかもしれませんし……。
いいですわ、お手並み拝見といきましょう」
「……ん。
お願い、します。
ビックリ、させる」
ソルティが不穏な意気込みを見せて、粉の袋を抱きしめた。
その顔は、新しい玩具を与えられた子供のように無邪気で、かつ邪悪だった。
毒見は誰がいいかな~
ソルビトールに誰か探しておいて貰おうかしらね。
こうして、スティナは採用、ソルティは実技試験へと進むことになった。
と、その時。
「……あのぅ」
ポツリと、不安げな声が漏れた。
声の主は、ピローネだ。
彼女はチラチラと、既に進路が決まったスティナと、チャンスを掴んだソルティを見比べている。
フォークを持つ手が、小刻みに震えている。
(スティナさんは専属契約。
ソルティさんは試験採用。
……私だけ、何もありませんでは帰れませんわよね!)
ピローネの顔に、焦りの色が浮かぶ。
彼女の特技は『宿屋業務』と『覗き』。
どちらも、この場ですぐにアピールできるものではない。
そもそも『覗き』をアピールしてどうする。
このままでは、自分だけ「使えないF級冒険者」として、一人で帰路に付くことになる。
実家は勘当されたばかり。帰る場所なんてない。
となると行き着く先は……昨日のようなカビ臭い安宿?
いいえ、お金が尽きれば、未知の野宿生活……!?
(まずいですわ……。
そんなの嫌ですわ!
私も、屋根のあるふかふかのベッドで寝たい!
温かいお湯に浸かりたい!)
ピローネは一人アワアワと焦り、態度からそれが丸わかりになっている。
しかし、今のところ彼女に振れる仕事は思いつかない。
掃除洗濯くらいなら、屋敷のメイドたちで足りてるし……。
まあ、目ざとく周囲を観察しているようだし、気が利くのは確かなのだろう。
エリスやソルビトールの動きを目で追っているあたり、ただボーッとしているわけではなさそうだ。
雑用係としては使えるかもしれない。
三人娘の身内だし、ソルティの作る料理の毒味でもして貰おうかしらね。
「ま、ピローネはゆっくりしてなさいな。
明日はソルティの料理の審査員でも頼むわ」
「そ、そんなぁ……!
私にも、何か他にお役に立てることが……!
是非お屋敷で働かせてください!」
必死で縋り付くピローネに悲しい事実を突きつける。
「ごめんね、そっちは間に合ってるのよ…
寒村で仕事のない女性があぶれてるし、一般家事に従事させるのが多くて…」
ピローネがガクリと項垂れる。
その背中には、「私だけ置いていかないで」という悲壮なオーラが漂っていた。
彼女にふさわしい職場(戦場)が、この領地のどこかにあるのか。
あるいは、まだ見ぬ誰かが必要としているのか。
それは今の私には知る由もないことだった。
夜は更けていく。
それぞれの野望と焦りを乗せて、ピメントの夜は静かに(?)過ぎていった。




