第059話「番外編『メレンゲの乙女たち』:実家通勤!感動?勘当?」
迷宮都市メレンゲ。
とうとう五回目、さすがにこれで〆ましょう。
冒険者養成所での地獄の特訓(グレース教官によるしごき)を乗り越え、晴れてF級冒険者として登録された。
私たちのチーム名「混沌の三女神」
養成所で誰かが私達をこう呼んでいるのを聞いたのだ。
女神の響きが良いので採用した。
華々しい冒険者デビューから数週間が経過していた。
私たちの朝は早い。
日の出と共に起床し、装備を整え、意気揚々と冒険者ギルドへ向かう。
簡単な採取クエストや、街中のドブさらい、迷い猫の捜索などをこなし、夕方にはギルドで報告を済ませる。
そして――。
「じゃ、お疲れ様。
また明日ね」
「ええ、汗をかきましたわ。
早くお風呂に入りたいですわね」
「……ん。腹減った。
今日の晩飯、ハンバーグらしい」
ギルドの前で解散した私たちは、それぞれの「実家」へと帰宅していた。
そう。
私たちは「実家通勤冒険者」だったのだ。
◇
マゴローク鍛冶店。
カラン、カランとドアベルを鳴らして私が帰ると、店番をしていた三兄カッパールが、帳簿から顔を上げてジト目を向けてきた。
「……おかえり、スティナ」
「ただいま、兄さん!
聞いてよ、今日の依頼でね、私の『フルール・エッジ』が薬草の蔦を斬るのに大活躍したの!
やっぱり切れ味と可愛さは両立するのよ!」
私は腰から愛剣を外し、夕食のテーブルにつく。
そこには、母代わりの家政婦さんが作った温かいシチューとパンが並んでいる。
「……なぁ、スティナよ」
奥の工房から出てきた父マゴロークが、渋い顔で言った。
「お前、家出して冒険者になったんじゃなかったのか?」
「なったわよ?
ほら、ギルドカードも持ってるし」
「いや、そうじゃなくてだな……。
なんで毎日、晩飯の時間きっかりに帰ってくるんだ?
冒険者ってのはこう、野営したり、酒場で情報交換したりするもんじゃないのか?」
「何言ってるの、お父さん。
メレンゲ市内の依頼なんだから、家から通ったほうが効率的じゃない。
宿代も浮くし、お風呂も沸いてるし、ご飯も美味しいし」
私はパンを千切りながら、もっともらしく力説した。
「それに、私の『カワイイ装備』はメンテナンスが大変なの。
ここの工房の道具じゃないと、フリルの隙間の汚れが落ちないのよ」
父と兄たちが顔を見合わせ、深いため息をつく。
彼らの目には、「こいつ、全然自立してねぇ」という諦めの色が浮かんでいた。
同じ頃、宿屋「ピローケース」でも。
「ただいまー!
お姉ちゃん、今日のお湯ある~?
冒険で疲れた肌には、少しぬるめのお湯がいいんだけど」
ピローネが冒険者風の服のまま、帳場を通り抜けようとする。
そこを姉のフェザーが、鬼の形相で立ちはだかった。
「ピローネ!
あんた、また帰ってきたの!?
お客様の夕食の準備で忙しい時に、お風呂なんて沸かしてる暇ないわよ!」
「あら、ひどい。
労働の疲れを癒やすのも、宿屋の務めではありませんこと?」
「うちはあんたの実家であって、あんたの定宿じゃないの!
冒険者になったんでしょ!?
だったら外の世界を見てきなさいって言ったじゃない!」
「見てきましたわ。
今日の依頼は『下水道の掃除』でしたの。
ドブネズミのつがいが巣作りをしていて、それはもう愛の営みが激しくて……」
「食事時に変な報告しないでちょうだい!!」
そして、食堂「メシア」でも。
「……ただいま。
親父、今日のまかない何?」
「ソルティ……お前な。
店が一番忙しいランチタイムに手伝いもせず出て行って、夜の片付けの時間に帰ってきて飯を食うってなぁ、どういう了見だ?」
「……冒険者、体力使う。
栄養、必要」
「だったら金払って食え!
お前の作る『精力増強剤』の材料費だけでも赤字なんだよ!」
◇
そんな「ぬるま湯」のような日々が続いた、ある日のこと。
ついに、家族たちの堪忍袋の緒が切れた。
「スティナ!
お前、いい加減にしろ!
冒険者ごっこはもう終わりだ!」
朝、私が起きると、玄関に私の荷物がまとめられていた。
「ごっこじゃないわよ!
私は真剣に……」
「真剣なら、自分の足で立て!
親の脛をかじりながら『私のセンス』もへったくれもあるか!
一人前の稼ぎがあって、初めてこだわりが許されるんだ!」
父の怒号が飛ぶ。
同時に、ピローネも姉から「出禁」を言い渡され、ソルティも父から「修行の旅に出ろ」と鍋を投げつけられていた。
こうして私たちは、文字通り「家を追い出された」のである。
「……ひどいわ。
実の娘を追い出すなんて」
「お姉様、更年期かしら……肌荒れしてたし」
「……親父、ケチ」
路頭に迷った私たちは、仕方なく街外れの安宿に部屋をとった。
三人で一部屋。
ギシギシと鳴る煎餅布団、カビ臭い壁、そして夕食は硬い黒パンと具のないスープ。
「……硬い」
「……臭いですわ。これじゃムードも何もありません」
「……不味い。
元気、出ない」
初めて味わう、「本当の冒険者生活」。
それは、私たちが想像していたキラキラしたものとは程遠い、現実の味だった。
その夜、私たちは初めて枕を濡らした。
実家のシチューが、清潔なシーツが、具だくさんの定食が、どれほど恵まれていたかを痛感しながら。
◇
翌朝。
寝不足で目の下に隈を作った私たちは、重い足取りでギルドに向かった。
所持金は心もとない。
今日から本気で稼がなければ、明日の宿代もないのだ。
「チーム『混沌の三女神』の皆さん!
いらっしゃいますかー!」
ギルドに入った瞬間、受付のお姉さんが大声で私たちを呼んだ。
周囲の冒険者たちがニヤニヤとこちらを見ている。
「ひぃッ……!
な、何かしら!?」
私たちは身を寄せ合った。
昨日の今日だ。
もしかして、実家から「あいつらは破門したから依頼を受けさせるな」とか連絡がいっているのでは?
あるいは、これまでの「実家通い」がバレて、冒険者資格の剥奪とか?
「ギ、ギルドの規定には違反しておりませんわ!
通勤スタイルも、新しい働き方改革として……!」
ピローネが必死に言い訳をしようとする。
しかし、受付嬢はニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
「いえいえ、違いますよ。
あなた達に良さそうな『依頼』があるんです」
「……へ?」
「依頼?
私たちF級が向いてる?」
受付嬢は一枚の依頼書を差し出した。
そこには、見慣れない、しかしどこか高級感のある紋章が押されていた。
『依頼主:アスパルテーム伯爵家 パルスイート・アスパルテーム』
『内容:パプリカ領での護衛および、現地作業における専属契約』
『報酬:要相談(高額保証)』
「パルスイート……?」
スティナがよくわからず不思議な顔をしている。
「アスパルテームって、あの伯爵様の?」
「うん、パプリカ領、飛び地の管理領。
田舎」
ピローネの質問にソルティが応えた。
「良さそうなんだけど、パプリカ領までの移動費がな~」
「そうよね…いま手持ちは心もとないですし」
「…ん」
ざわつく私たちに、受付嬢がさらに衝撃の一言を告げた。
「依頼主様のご厚意で、依頼を受けていただければ迎えの馬車が手配されています。
すでに外で待機されていますので、交通費や旅費はかかりません。
どうされますか?」
「……はぁ!?」
私たちは顔を見合わせ、慌ててギルドの外へと飛び出した。
そこには。
ギルド前の広場には不釣り合いな、立派な紋章入りの馬車が停まっていた。
御者台にはいかにもな御者風の中年男性が座っている。。
「これはこれは。
あなたたちが依頼を受けてくださる方々ですかな?」
「え、あの……迎えって、これ?」
「ええ。
依頼を受けていただける方はお客様だと。
お嬢様より丁重にお運びするよう言いつかっております。
準備がお済であればご乗車ください」
御者が馬車の扉を手で差し示す。
冒険者が、依頼主の馬車で送迎される?
聞いたこともない。
普通は護衛として「外を歩く」ものだ。
「……なんか、待遇良すぎない?」
「昨日の安宿との落差が凄いですわ……」
「……お貴族様、すごい」
私たちは恐る恐る、ふかふかのクッションが敷かれた馬車へと乗り込んだ。
昨日までの「ひもじい現実」が嘘のような、夢のような快適空間。
「「「受けます!」」」
三人の声が同時に木霊する。
それぞれに馬車へと乗り込んでいく。
そこに冒険者らしい依頼への疑念などは一ミリもなかった。
「では、発車いたします」
馬車が動き出す。
窓の外、住み慣れたメレンゲの街並みが遠ざかっていく。
今度こそ、本当の別れだ。
行き先は、辺境の地パプリカ領。
そこに待っているのが、私たちの「夢」を叶える場所なのか、それともさらなる「現実」なのか。
「……ま、昨日の黒パンよりはマシなものが食べられるといいわね」
スティナが呟く。
ピローネが頷き、ソルティがポケットから干し肉を取り出して齧った。
こうして、「メレンゲの乙女たち」は、貴族の馬車に揺られながら、運命の地へと運ばれていったのである。
サイドストーリー『メレンゲの乙女たち』・完




