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第058話「番外編『メレンゲの乙女たち』:落第寸前!教官?指導?」


 迷宮都市メレンゲ。

 四回目の今回は、夢と挫折が交差する「冒険者養成所」のお話である。


 ここは、夢と野望を抱いた若者たちが、冒険者としての基礎を学ぶ場所である。

 剣を振り、魔法を詠唱し、模擬戦に汗を流す。

 そんな熱気あふれる訓練場の片隅に、どうしようもなく淀んだ空気を放つ一角があった。


「……はぁ。

 剣打ちたい…」


「……あら、あそこのペア、いい雰囲気ですわね」


「……ん。

 マムシ、足りない」


 講師陣から「混沌の三女神(※主に精神的な意味で)」として隔離され、遠巻きにされている問題児3名である。


 一人目は『スティナ』


 剣士志望。


 無駄に背が高く、モデルのような体型をしているくせに、猫背でボサボサ髪。

 しかし、彼女が腰に差している剣だけは、異様な存在感を放っていた。


 『フルール・エッジ』


 白くなめされた革の鞘に、金糸の刺繍。

 柄はクリーム色の上質な革巻きで、鍔は天使の翼を模した優美な曲線を描いている。

 一見して「貴族の儀礼用」に見えるが、漂う質感はそれが一級品の業物であることを主張していた。  


 ボサボサ頭の見習いに冒険者と、洗練されすぎた剣。

 あまりに不釣り合いな組み合わせだ。

 彼女の装備する革鎧も意匠が凝っていて女性らしい独特なデザインで、冒険者養成所でもどこで買ったのかを知りたそうにしている女性が多かった。



 二人目は『ピローネ』


 彼女はスカウトを目指すことになった。

 特に何ができるわけではないが、元々縫物なども得意で手先が器用であるという理由だ。


 清楚で儚げな美少女だが、訓練そっちのけで他の訓練生(特に男女ペア)を凝視している。

 その目は獲物を狙う肉食獣のように鋭く、手元のメモ帳には「密着度」「発汗量」「脈拍(推定)」などの謎のデータが書き連ねられている。

 


 三人目は『ソルティ』


 自称『薬師』だが、薬というよりは『健康食品士』である。


 小柄で地味な文学少女風だが、休憩時間のたびに謎の瓶を取り出し、ドス黒い液体や粉末を調合している。

 周囲の植え込みの草が、彼女の持つ薬瓶から漏れ出る空気で心なしか枯れている気がする。


 そんな彼女たちの前に、一人の少女が現れた。

 銀色のお団子ヘアに、機能的な格闘着。


 ギルドからの派遣試験官――グレース(ロザリオ)が、手にバインダーを持って立っていた。

 

「……えーっと。

 次回の昇級試験の担当になりました、ギルド職員のグレースです」


 グレースは、目の前の「ポンコツ・トライアングル」を見るや否や、内心で頭を抱えた。


(うわぁ……。

 なんだこいつら。

 剣士の装備はふざけてるし、スカウトのやる気はないし、薬師はなんか危ない薬作ってるし……

 これが噂の『混沌の三女神』こと今年の留年候補生か)


 本来の担当が「ソルティの栄養ドリンク」で戦線離脱したため、急遽代打として呼ばれたグレースだったが、開始5秒で担当のチェンジを申し出たい気分だった。


「とりあえず、模擬戦形式で実力を見ます。

 私からは攻撃も反撃もしません。

 三人まとめてでいいので、私にかかってきてください」


 グレースが構える。

 だが、返ってきたのは戦意ではなく、困惑の声だった。


「ええー、『フルール・エッジ』痛んじゃわないかなぁ……」


「攻撃?口撃?

 ふ…うふふ。

 あ!はい?

 なんでしたっけ…」


「……ん」


 三人が渋々と立ち上がる。


 そして――結果は、悲惨の一言に尽きた。


 スティナは剣を抜いたまま「もったいない」と立ち尽くし、ピローネが放ったスリングの石は、相手に届く前に自分のつま先に落ちる。

 極めつけはソルティ。

 彼女が投げた粉末は、向かい風に乗って自分たちの方へと綺麗に逆流してきた。


「ゴホッ! ゲホッ!

  ……目が、目が焼ける……ッ!」


「ちょ、ソルティ!?

  これ何の粉よ、鼻の奥が熱すぎるわ!」


「……自信作。

 ……鼻水、いっぱい出るやつ」


 阿鼻叫喚の自爆劇。

 グレースはバインダーで顔を覆い、深い、深いため息をついた。


 「……こいつら、全然駄目じゃん」


 判定は不合格。


 F級どころか、一般人以下だ。

 このまま外に出せば、ゴブリンどころか野生の野犬に食われて終わるだろう。


(……見捨てるか?

 いや、流石にこのまま放り出すのは寝覚めが悪い。

 それに、こいつら、方向性は間違ってるけど『何かを成し遂げたい』っていう執念だけは感じるんだよな……)


 グレースの中にある、お節介な「元ゲーマー」の魂が疼いた。

 下手くそな初心者を見ると、つい手取り足取り教えたくなってしまう、古参プレイヤーの悪い癖だ。


「……はぁ」


 グレースは覚悟を決め、彼女たち三人に告げる。


「お姉さんたち。

 はっきり言いますけど、今のままじゃ外に出た瞬間に死にますよ」


「うぅ……厳しいこと言うわね……」


 スティナが残念そうな顔で答える。


「だから」


 グレースはニッと笑って、親指を立てた。


「私が暫く、メンター(指導役)として鍛えてあげますね?

 安心してください。

 地獄の底から這い上がれるくらいには、しごいてあげますから!」


 その笑顔は、かつて彼女自身が教官から向けられた「悪魔の微笑み」にそっくりだった。


     ◇


 そして始まった、グレースによる「F級冒険者・更生プログラム」。

 それは、養成所の片隅で繰り広げられる地獄絵図だった。


「はい、スクワットあと50回!

 腰が高いですよ!」


「ひぃぃぃぃっ!」


 まずは基礎体力作りだ。  グレースの指導は容赦がない。


「スティナさんは素振り200回!」


「グレちゃん……私もうダメ、剣振るのヤダ……」


 スティナが装飾過多な剣を杖にして、涙目で訴える。


「私、鍛冶屋なのよ?

 剣は家で作ってたいの。

 可愛い剣を眺めていたいの……」


「なに言ってるんですか!」


 グレースが一喝する。


「死にますよ!

 死なないための武器を作るなら、それが使えることを証明しないと!

 自分で振れない剣なんて、ただの鉄屑です!」


「うぅ……正論すぎて耳が痛い……!

 でも重いのよ、この『フルール・エッジ』!」


「剣が重いのは当たり前です!

 剣を振る筋力と全身運動の体力が足りないんですよ」


 一方、休憩中。


 ピローネが、荒い息を吐きながらグレースに擦り寄ってきた。

 汗ばんだ肌、上気した頬。  彼女はタオルの端を噛みながら、上目遣いで尋ねる。


「はぁ、はぁ……。

 あの、グレースさん?」


「なんですか、休憩はあと1分ですよ」


「グレースさんって、お付き合いしている方はいらっしゃいますの?」


 唐突な質問に、グレース(中身男)はキョトンとした。


「え?

 いませんよ?」


「あら?

 とても可愛らしい方なのに……もったいないですわ」


 ピローネの目が怪しく光る。


(ふふ……まだソロプレイヤーですのね。

 こんなに強くて、可愛くて、でもどこか男前な女の子……

 これは『需要』があります!

 あぁ、グレースさんが番を見つけられた暁には、是非とも宿にお招きして熱い夜を覗き見したいですわ!)


「……寒気がするんで、離れてもらっていいですか?」


 グレースは本能的な危険を感じて距離を取った。


 そして、最後の一人。

 ソルティが、無言で背後から近づいてくる。

 手には、毒々しい紫色をした液体が入ったコップ。


「……グレース、疲れた?」


「ええ、まあ、教えるのも体力使いますからね」


「……これ、飲む?

 元気……出るやつ」


(絶対ヤバイやつだ、色でわかるくらいの……!)


 グレースは引きつった笑みを浮かべた。


「い、いえ、結構です。

 お気持ちだけでお腹いっぱいです。

 ソルティさんもお疲れでしょうから、ご自身でお飲みください」


「……そう。

 残念。

 マムシと高麗人参と、マンドラゴラの絞り汁……自信作なのに」


残念そうな素振りのソルティだったが、すぐに腰に手を当てヤバい薬(健康食品です)をゴキュゴキュと飲み干した。


(それ…本当に飲むんだ…)


     ◇


 そんな凸凹な訓練の日々。


 しかし、グレースの指導のおかげか、あるいは彼女たちの「業」がなせる技か。

 三人は少しずつ、しかし確実に、冒険者としての最低限の動きを身に着けつつあった。


「……まあ、なんとかF級認定くらいは出せそうですね」


 数週間後。

 ボロボロになった彼女達を見下ろし、グレースは合格を告げた。


「やったぁ……!」


「死ぬかと思いましたわ……」


「……ん」


 へたり込む三人。

 だが、これで終わりではない。

 彼女たちはまだ、スタートラインに立っただけなのだ。


「F級だけど、私達には伸びしろしかないわ!

 頑張りましょう!」


 皆が手を取り合って励ましあっている。


(訓練後のこの段階で『伸びしろしかない』って、前提で実力皆無って言ってるよね…

 そこは伸びしろは無限大とかじゃないかな?)

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