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第057話「番外編『メレンゲの乙女たち』:食堂乙女!滋養?無口?」


 迷宮都市メレンゲ。

 三度目だが、特に正直とかは関係ない。


 この街には、冒険者たちの胃袋を支える無数の飲食店が存在する。

 その中でも、安さと量、そして提供スピードで他を圧倒する人気店が、大衆食堂「メシア」だ。


「へいお待ち! 日替わり定食、唐揚げマシマシだ!」

「こっちはスタミナ丼、特盛!」


 正午過ぎ。

 店内に満ちるのは、食欲を刺激する油とニンニクの香り、そして男たちの熱気。

 厨房では、私の父であり店主の親父が、二つの鍋を同時に振るいながら戦場のようなランチタイムを捌いている。


「ソルティ!

 2番テーブル、水!」

「……ん」


 私は短く答え、水差しを持ってホールに出る。

 私、ソルティは、この食堂「メシア」の看板娘(自称・栄養管理士)として働いている。

 客からは「メシアんところの無口な嬢ちゃん」とか「大人しくて可愛い」とか言われているらしい。


 ……そう。

 あくまで、見た目は。


      ◇


 2番テーブル。

 座っているのは、ダンジョンから帰還したばかりの中堅冒険者パーティだ。

 彼らは疲れ切っていた。

 目の下に隈を作り、肌はカサカサ、肩で息をしている。


(……顔色が悪い)


 私は水を注ぎながら、彼らの状態を観察する。

 ただの疲労じゃない。

 魔力欠乏による倦怠感、そして連日の戦闘による精力の枯渇。

 このままでは、明日は探索どころか、疲労で起き上がってこれないかもしれない。


「あー、腹減ったけど……食欲ねえな」

「俺、うどんでいいや……」


 彼らはメニューを見て、力なく呟いている。


 ダメだ。

 そんな軟弱な食事では、失われた生命力バイタルは戻らない。


 彼らに必要なのは、消化の良い麺類などではない。

 内側から燃え上がるような、爆発的な『活力』だ。


「……注文は」

「ああ、じゃあ俺は『活力うどん』で」

「俺も」


 私は無言で頷き、厨房へと戻った。

 親父にオーダーを通す。


「……活力うどん、二丁」

「あいよ!

 すぐ出るぞ!」


 親父が麺を茹で始める。

 その隙に、私は手元にある「自分専用の調味料入れ」を取り出した。


(……足りない)


 通常の出汁では、彼らを救えない。

 私は親父の目を盗み、丼の中にこっそりと「追加素材」を投入した。


 まずは、乾燥させた『赤マムシの粉末』。

 次に、精力増強の定番『スッポンの生き血(濃縮還元)』。

 仕上げに、謎の行商人から仕入れた『アンデッドも走り出す木の実』をすり潰して入れる。


 ジュワッ……。

 スープの色が、醬油の黒から、見るからに危険なドス黒い赤へと変色する。

 匂いは……強烈な薬膳臭と、鼻の奥を突き刺すような野生の香り。


「……よし」


 私は満足げに頷き、ネギを大量に乗せて色をごまかした。

 これは料理ではない。

 蘇生術だ。


      ◇


「お待たせ…」


 私は2番テーブルに、特製うどんを置いた。

 湯気と共に立ち上る、暴力的なまでの精力の香り。


「お!

 ありがとよ、おう?

 なんか色が濃いな……」


「なあ、メシアのうどんって、こんな匂いだっけ?」


 彼らは不審がりながらも、空腹には勝てず、箸をつけた。

 ズルズルッ……。


 その瞬間。


 カッッッ!!!!


 彼らの顔が、茹でダコのように真っ赤に染まった。

 首筋に血管が浮き上がり、目が見開かれる。


「な、なんだこれ!?

 全身が……熱い!!」


「腹の奥から……力が……力が湧いてくるうぅぅぅッ!!」


 ガタガタガタッ!

 彼らは椅子を蹴倒して立ち上がった。

 その目には狂気にも似た活力が宿り、鼻からはツーッと鮮血が垂れている。


「うおおおおッ!

 ダンジョンだ! 今すぐダンジョンに行くぞ!」


「いや、その前に……女だ!

 店だ!

 この有り余る元気を発散させなきゃ、体が爆発しちまう!!」


 彼らは代金を叩きつけると、猛牛のような勢いで店を飛び出していった。

 その後ろ姿からは、湯気が上がっていた。


(……よし

 元気になった)


 私は空になった丼を回収しながら、小さくガッツポーズをした。

 人助け完了。


「ソルティィィィィッ!!!」


 厨房から、親父の怒号が飛んできた。


「……ん?」


「『ん?』じゃねぇよ!

 今の客、鼻血出してただろ!

 お前また、何を入れた!」


 親父が血相を変えて詰め寄ってくる。

 私は視線を逸らし、小声で答えた。


「……元気、出るやつ」


「効きすぎだバカヤロウ!

 うちは定食屋だぞ!

 薬屋じゃねぇんだ!

 あんなもん食わせて、もし死人が出たらどうする!」


「……死なない。

 むしろ、生き返る」


「限度があるんだよ!

 だいたいお前の料理はコストがかかりすぎる!

 マムシだのスッポンだの、どこから仕入れてくるんだ!」


 親父は頭を抱えている。

 彼の言い分は、経営者としては正しい。

 「メシア」の売りは、安くて早いことだ。

 私の作る「究極の滋養食」は、店のコンセプトから外れている。


(わかってる……。

 親父の料理は、腹を満たすためのもの。

 私の料理は、命を燃やすためのもの)


 方向性が違うのだ。

 それに……。


(……ここじゃ、限界がある)


 私は厨房の棚に並ぶ、ありふれた食材たちを見渡した。

 豚肉、鶏肉、キャベツ、玉ねぎ。

 どれも美味しいが、力が足りない。

 マムシやスッポンも、市場で買える程度のものじゃ、効果はたかが知れている。


 もっと。

 もっと強烈な、魂を震わせるような素材が必要だ。

 ドラゴンの尾、マンドラゴラの根、フェニックスの卵……。

 そんな伝説級の食材を使ってこそ、私が求める「究極の精力剤」……じゃなくて「滋養料理」は完成する。


「……行かなきゃ」


 私は悟った。

 この店にいては、私の夢は叶わない。

 親父の後を継いで、安くて美味い定食を作り続ける人生も悪くない。

 でも、私は見てみたいのだ。

 私の料理を食べた人が、限界を超えて覚醒する瞬間を。


      ◇


 翌朝。


 まだ薄暗い厨房で、私は自分の荷物をまとめていた。

 愛用の包丁、使い込んだまな板、そして特殊な皮むきピーラー

 これさえあれば、どこでも料理ができる。


 仕込みのために起きてきた親父が、私の姿を見て足を止めた。


「……ソルティ。

 そんな大荷物抱えて、どこへ行く気だ」


「……親父」


 私は背負った包丁の重みを感じながら、静かに告げた。


「私、行く」


「どこへだ」


「……探しに」


「何をだ?」


「……すごい、材料」


 親父はため息をついた。

 私の頑固さを知っているのだろう。

 止めても無駄だと悟った顔をしている。


「……そうか。

 まあ、お前のその……変なこだわりは、この店じゃ活かせねぇもんな」


 親父は少し寂しそうに笑い、私の頭を乱暴に撫でた。


「いいか、ソルティ。

 料理人は、食ってくれる相手がいて初めて成立する。

 お前のその『劇薬』みてぇな料理を喜んで食う物好き……そんな奴らがいる場所に行け」


「……うん」


「金がなくなったら帰ってこい。

 賄いくらいは食わせてやる」


「……ありがとう。

 行ってきます」


 私は深く頭を下げ、暖簾をくぐった。


 目指すは、冒険者養成所。

 そこには、命を削って戦う若者たちがいる。

 彼らなら、きっと私の料理を必要としてくれるはずだ。

 明日をも知れぬ命だからこそ、今日を生き抜くための「爆発的な活力」を求めているに違いない。


(待ってろ、未来の実験台……じゃなくて、お客様たち。

 私の料理で、全員鼻血を出させてやるから)


 私は静かな決意を胸に、朝の通りを歩き出した。

 すれ違う人々は、地味で小柄な少女が、まさか精力剤の研究のために出奔したとは思うまい。


 ふと、カンッ、カンッという金属音が聞こえてきた。


 通り沿いにある、老舗の「マゴローク鍛冶店」だ。

 まだ朝も早いというのに、もう火が入っているらしい。


「……あ」


 工場の裏手、煙突から煙が上がっているのを見上げる。

 そういえば、あそこの末っ子のスティナも、何やら変なこだわりを持っていたはずだ。


「スティナも……苦労してるのかな」


 『もっと可愛く……』とか『フリルが……』とか、鉄に向かってブツブツ言っていたのを思い出す。  方向性は違うが、彼女もまた既存の枠には収まりきらない「何か」を抱えていた。


 もし会えたら、彼女が作った変な武器を持って、私の料理を食べれば……きっと無敵になれるかもしれない。


「……ま、縁があれば」


 私はリュックのベルトを握り直し、歩調を早めた。

 その先で、同じく業を背負った仲間たちと出会い、やがて辺境の魔改造領地へと導かれることになる。


 そこには、無限に湧く魔獣(食材)と、それを加工する設備、そして何より、私の料理を食べてくれる労働者たちが待っているのだが――今の私はまだ、そんな理想郷パラダイスがあるとは知る由もなかった。

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