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第055話「番外編『メレンゲの乙女たち』:鍛冶乙女!意匠?高額?」


 迷宮都市メレンゲ。

 大陸でも有数の巨大ダンジョンを擁するこの街には、一攫千金を夢見る冒険者たちが星の数ほど集まってくる。

 彼らが生死を託し、魔物を屠るために求めるのは、ただ一つの信頼――「武具」だ。

 ゆえに、街の北側に位置する鍛冶屋通りは、夜明け前から鉄を打つ轟音と、肌を焼くような熱気に支配されている。


 その喧騒の一角に、創業から百年を数える老舗、「マゴローク鍛冶店」が構えられていた。

 「質実剛健」「折れず曲がらず」「納期厳守」。

 そんな無骨な看板を掲げるこの店は、今日も今日とて、汗と筋肉がうねる男たちの園と化していた。


 カンッ、カンッ、カンッ!


 リズミカルで重厚な槌の音が、工房の梁を震わせる。

 灼熱の炉の前で、玉のような汗を流しながら鋼を叩いているのは、私の家族だ。


「よし、次のロット行くぞ!

 焼き入れ温度、一瞬も目を離すな!」


 丸太のような腕で真っ赤な地金を操るのは、長兄のゴルディス。

 彼は「量産の鬼」だ。

 ミリ単位の狂いもない規格品を、精密機械のような正確さと恐ろしい速度で打ち続ける。

 安くて丈夫な「マゴローク印の量産剣」は、装備に金をかけられない駆け出し冒険者たちの必需品として、飛ぶように売れていた。


「……ふむ。こちらの特注品、重心のバランスをあと数ミリ手元に寄せるべきか。

 振り抜きの鋭さが変わるな」


 奥の専用工房で、眉間に深い皺を寄せているのは、次兄のシルバイン。

 彼は「至高の職人」だ。

 貴族の守護騎士やAランク冒険者向けのオーダーメイドを手掛け、その芸術的な切れ味は店のブランドの頂点を支えている。


「いらっしゃいませー! おや、旦那! 先日の剣、派手に刃こぼれさせましたね。

 すぐに研ぎ直させますよ、予備の砥石も安くしときます!」


 そして店頭で、商売っ気たっぷりの爽やかな笑顔を振りまくのは、三兄のカッパール。

 彼は「商売の神」だ。

 父と兄たちが精魂込めて作った武具を、巧みな話術と完璧な在庫管理でさばいていく。


 作る者、極める者、売る者。

 そして全体を統括する、岩のような頑固親父のマゴローク。

 この完璧な布陣こそが、マゴローク鍛冶店が老舗たる所以である。


 ……そう。

 このむさ苦しくも完璧な男たちの園に、決定的な「異物」が一人混じっていることを除けば。


      ◇


「……できた」


 工房の片隅。

 誰の邪魔にもならない、通称「スティナの部屋」と呼ばれる小さな炉の前で、私は満足げな溜息を漏らした。


 煤で汚れた手で、乱雑に額の汗を拭う。

 ボサボサに伸びた髪が視界を遮るが、今の私にはそんな些細なことはどうでもいい。

 重要なのは、今まさに目の前で鈍い銀光を放つ「最高傑作」の出来栄えだ。


「この意匠の輝き……!

 完璧だわ」


 私が打ち上げたのは、一本のショートソードだ。

 刀身には、次兄シルバインが使うような最上級の鋼を贅沢に…とは行かず、自分で精錬したそれなりの鋼を使用している。

 焼き入れは完璧。

 強度も切れ味も、兄たちの作品に引けを取らない自信がある。


 だが、この剣の真価は性能スペックなどという無機質な場所にはない。


 刀身の側面には、繊細なエッチングによって、流れるような「蔦と花弁の模様」が深く彫り込まれていた。

 つばの形状は、無骨な円形や十字ではなく、まるで天使が翼を広げたような優美な曲線を描く意匠。

 つかには滑り止めの革が巻かれているが、その革は淡いクリーム色に染め上げられ、金糸で緻密な編み込みが施されている。

 さらに、鞘には質の良い白い革を選び、歩くたびに小さなチャームがシャラリと揺れる遊び心まで加えた。


「……素敵」


 私はうっとりと、その剣を胸に抱きしめた。

 殺伐としたダンジョンの暗闇で、ふと手元を見た時に心がときめくデザイン。

 血なまぐさい戦場に、気品と華やかさを添えるための美しさ。

 これぞ、私が提唱する「スタイリッシュ・バトル・ウェポン」の完成形だ!


「お、スティナ。

 どうだ?

 仕上がったか?」


 休憩に入った長兄ゴルディスが、タオルで首筋を拭いながら近づいてきた。

 彼は私の手元にある剣をひょいと取り上げ、しげしげと眺める。

 そして、奈落の底にでも落ちるような、深く、重い溜息をついた。


「良い剣だ……なぁ、スティナよ」


「何よ、兄さん。

 切れ味なら保証するわよ?

 ゴブリンの首くらい、スパッと優雅に飛ばせるわ」


「いや、性能の話じゃねぇんだ。

 お前の剣を打つ技術はいい。

 焼き入れの腕だけなら俺より上かもしれん。

 だがな……」


 ゴルディス兄さんは、精緻な彫刻が施された刀身を指でなぞった。


「うちは儀式用の剣を作ってるわけじゃないからなぁ…

 この刀身の彫刻、素晴らしい出来だが、実用では泥や返り血が詰まる。

 そうなると使う側で手入れをする手間がかかる。

 それに、広め鍔も意匠はいいが、乱戦には少し不向きではないかな?」


「そこは使い手の技量と愛着でカバーするのよ!

 無骨なだけの棒きれなんて、持っていてもテンションが上がらないじゃない!

 道具への愛着こそが、過酷な戦場での生存率を上げる一番の要素よ!」


「テンション……。

 あと、この柄の色だ。

 この淡い色、最初は確かにいいが、血脂で汚れてしまったらもったいなくはないか?」


「汚れたら手入れをする、汚れたら巻き直す!

 それもお洒落の一環よ!」


 私が熱っぽく反論すると、いつの間にか後ろに立っていた三兄カッパールが、胃の腑が痛むような顔で口を挟んできた。


「言いたいことはわかるんだよ、スティナ。

 ただな、お前の言う『お洒落』には、コストがかかりすぎるんだよ。

 いいか?

 お前のその剣、材料費と彫金の手間賃、特注の革代を計算すると……最低売値は金貨10枚になる」


「えっと、普通の剣が金貨1~2枚……適正価格じゃない?」


「あのな…

 うちの客層に合わないんだよ。

 主力商品のロングソードが金貨1枚だぞ?

 性能が同じなら、見た目の違いで価格10倍では、買ってもらうのは難しいんだ」


 カッパール兄さんの冷徹な正論が、胸に突き刺さる。


 確かに高い。


 多くの冒険者にとって、武器は消耗品だ。

 安くて、丈夫で、壊れたらすぐに買い換えられるものが好まれる。

 特に、マゴローク鍛冶店を頼る客層は、「質実剛健」を地で行く荒くれ者が大半だ。

 私の剣は、そのマーケットの真逆を全速力で突っ走っている。


「でも……!

 需要はあるはずよ!

 女性冒険者とか、お洒落な騎士様とか……!

 可愛くて、強くて、自分だけの特別な剣が欲しいって人は必ずいるわ!」


「この街の女冒険者をよく見てみろ。どいつもこいつも機能性重視の薄汚れた革鎧か、防御を捨てたビキニアーマーだ。こんな『貴族の護身用』みたいな剣を腰に下げてたら、戦場で浮いて笑われるぞ」


 次兄シルバインまでが現れ、同情と失望が混ざった目で私を見る。


「スティナ…お前は技術を無駄遣いしている。

 鉄は鉄らしく、質実剛健であるべきだ。

 そこに『可愛さ』や『過度な装飾』を混ぜるのはいかがなものかと…僕は思うんだが…」


「違うわ!

 鉄だって、本当は美しくありたいはずよ!

 兄さんたちこそ、鉄の可能性を狭めているのよ!」


 私の叫びは、鉄の匂いに満ちた男だらけの工房に、虚しく吸い込まれて消えた。


 結局、私の自信作である『フルール・エッジ(金貨10枚)』は、商品棚に並べられることはなかった。


「これを店頭に置くわけにはいかん。

 わしらにこんな意匠の細かい剣のメンテナンスはできん。

 そんな万が一売れでもしたら、客を困らせてしまうかもしれん」


 親方――父マゴロークの非情な決断により、私の剣は「お蔵入り」となった。

 倉庫の最奥にある、通称「スティナの趣味の棚」。

 そこには、私がこれまでに打った「猫耳鉄兜」や「豊胸胸当て」、「ゴスロリ革鎧」などが、埃を被って静かに眠っている。


「……なんでよ」


 私は倉庫の暗闇の中で、膝を抱えた。

 私の剣は、誰にも見てもらえない。

 誰の役にも立てない。


「スティナ」


 ふと、背後から父の声がした。

 振り返ると、父が少し申し訳なさそうな、困ったような顔で立っていた。


「……お前、そろそろ鍛冶はやめて、店番に専念しないか?」


「……え?」


「お前は器量よしだ。

 少し身なりを整えて黙って座っていれば、看板娘として十分役に立つ。

 こんな煤まみれになって剣を作るより……その方が、お前のためにもなると思うんだ」


 父の言葉に、悪意はない。

 それは、紛れもない親心だ。

 才能の方向性が致命的にズレている娘に、無駄な努力で時間を浪費させたくないという、父なりの優しさだった。


 兄たちも、後ろで神妙に頷いている。


「そうだよスティナ。

 お前は元が綺麗なんだから」


「嫁に行くまで、無理はせず店番はどうだ?

 身なりを整えて接客してくれれば、商売繫盛は間違いないんだがなぁ」


「お前は武器なんて作らなくていい、俺たちが守ってやるから」


 優しい。

 この家族は、本当に優しい。

 私を、心から愛してくれている。


 でも。

 その優しさが、今の私には「お前の存在意義はそこにはない」という残酷な宣告にしか聞こえなかった。


(……私は、守られたいんじゃない。

 私は、私の武器や防具を誰かに使ってほしいの)


 私はゆっくりと立ち上がった。

 煤で汚れた顔を上げ、もっさりと伸びた髪をかき上げる。

 鏡を見なくてもわかる。今の私は、決して父が言う「器量よし」なんかじゃない。

 手入れされていない肌、煤けた作業着。

 兄たちが理想とする「可愛い妹」の像とは、かけ離れているはずだ。


「……父さん、兄さん」


 私は、自分の打った『フルール・エッジ』を強く握りしめた。

 小さいながらもズシリと重い、冷たい鉄の感触。

 私が打った、私の魂そのものの形。


「私、ここじゃ駄目だと思うの」


「スティナ?」


「この店は素晴らしいわ。

 父さんの技術も、兄さんたちの仕事も、心から尊敬してる。

 でも……ここに私の『お客様』は来ないのよ」


 マゴローク鍛冶店に来る客は、安さと実用性を求める人々だ。

 彼らは私の剣を理解しない。

 それは、彼らが悪いわけでも、私が間違っているわけでもない。

 ただ、「居場所」が違うだけなのだ。


「私は証明したいの。

 『可愛い』も『お洒落』も、十分に『強い』んだってことを!

 機能美だけが全てじゃない、愛着とデザインも、使い手の心を支える最強の武器になるんだってことを!」


 私は高らかに宣言した。


「私、家を出で冒険者になります」


      ◇


 翌朝。


 私は自室で、入念に身支度を整えていた。

 身につけるのは、私が時間があるときに自分用に仕立てた、特製のおしゃれ革鎧だ。

 上質な魔物の革をなめし、私の身体の曲線に合わせて裁断されている。

 胸元と腰回りには、防御力を損なわない範囲で、コルセットのような編み上げのデザインを施した。

 腰の防具は、動きやすさを重視しつつも、ふわりと広がるスカートのようなシルエットになるよう、複数の革パーツを重ねてある。

 色は落ち着いたブラウンだが、縁取りには白いステッチを入れ、留め具は真鍮を磨き上げた特注品を配した。


「……うん、いい感じ」


 鏡の前でくるりと回ってみる。

 驚くほど動きやすい。

 それでいて、従来の革鎧のような「ただの皮袋」ではない、「服」としての可愛らしさが宿っている。

 これなら街中を歩いても恥ずかしくないし、いざ戦闘になっても十分に身を守れる。


 その下に着ているのは、肌触りの良いコットンのシャツと、動きやすいショートパンツ。

 機能性は一歩も譲らず、しかし見た目には決して妥協しない。

 それが私のポリシーだ。


 腰には、あの『フルール・エッジ』を差した。

 これは私の守り刀であり、同時に私の技術を証明するための「販促用サンプル」でもある。


「行ってきます」


 私は愛用の鍛冶道具と、最低限の荷物を背負い、店の前に立った。


 見送りに出てきた父と兄たちは、まだ割り切れないような顔をしていた。


「本当に行くのか?

 冒険者養成所なんて、泥臭い連中の集まりだぞ」


「スティナ、お前みたいな世間知らずが外の世界で……」


「大丈夫よ。

 自分の身くらい、自分で守れるわ」


 私はニッと笑って見せた。

 相変わらず髪はボサボサで、化粧っ気もないけれど、この装備があれば胸を張れる。


「私のセンスが通用する場所が、世界のどこかにあるはずよ。

 それを見つけるまでは帰らないから!」


「……はぁ。

 頑固なところは死んだ母さんそっくりだな、全く」


 父は諦めたように溜息をつき、ずっしりと重い革袋を渡してきた。


「路銀だ。

 ……それと、これを持っていけ」


 渡されたのは、上質な砥石とメンテナンスキット、そして父の打ったミスリルのナイフだった。


「道具を大事にな。

 職人の魂は、道具に宿るんだ。

 ……それと、その鎧。

 悪くない出来だ。

 機能美を殺さずにその……『装飾』を両立させている。

 俺のナイフはそうさな、鍛冶の原点が分からなくなったときに見直せ」


 父がぶっきらぼうに呟く。

 私は驚いて顔を上げると、父は照れくさそうに視線を逸らした。


「……うん。ありがとう、父さん」


 胸が熱くなるのを堪え、私は深く頭を下げた。


「行ってきます!」


 私は背を向け、一歩を踏み出した。

 目指すは、街外れにある「冒険者養成所」。

 まずはそこで、私の剣を使ってくれる「最初の使い手」を見つけるのだ。


(待ってなさい、世界!

 私の『デザイン』で、血なまぐさい戦場を最高にファッショナブルに変えてやるんだから!)


 意気揚々と大通りを歩く私。

 すれ違う人々が、私の着ている革鎧や腰の剣を見て、少し驚いたような、それでいて感心したような顔で振り返る。

 ふふん、注目されているわね。

 やっぱり、みんな「こういうの」を無意識に求めていたのよ。


 だが、私はまだ知らなかった。

 私の「カルマ」を受け止めてくれる運命の地が、遠い辺境にあることを。


 私は一歩一歩、石畳を踏みしめるように歩いていく。

 その先で出会うことになる、同じように重い「業」を抱えた仲間たちのことなど、まだ知る由もなく。

 ただ、自分の信じる「カワイイ」を胸に。


「……あ、そういえばピローネの店、この近くだっけ」


 ふと、幼馴染の顔が浮かんだ。

 彼女もまた、実家の宿屋で何やら悶々としていたはずだ。

 いつか、彼女と一緒に服を作れたら楽しいかもしれない。

 そんな予感を抱きながら、私は大通りを曲がった。

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