第054話「高速道路!懇願?不在?」
ピメントの領主館にある執務室。
グルコース領(旧・魔獣の森)での魔獣産業が軌道に乗り始めた頃。
私は新たな野望に燃え、地図を広げていた。
(……よし。
グルコース側の生産ラインは安定したわ。
『女神の涙』も『龍の粉』も、エリスの商才なら間違いなく売れる。
となれば、次に必要なのは何か…)
私は地図の上に赤いインクで太い線を引いた。
それはピメントを中心とし、グルコース領、そして王都や他領へと伸びる幹線道路だ。
「物流よ!」
私はペンを置き、高らかに宣言した。
「どんなに良い商品を作っても、届けるのに時間がかかっては機会損失になるわ。
それに、道が悪ければ馬車が傷むし、輸送中に商品が破損するリスクもある。
だからこそ、私はここに『革命』を起こすのよ」
安心して欲しい、独り言ではないのだ。
傍に控えていたソルビトールが、またかと言う顔で相槌を打つ。
「また唐突ですな。
それにしても……革命、でございますか」
控えていた執事のソルビトールが、いつものように片眼鏡の位置を直しながら問いかけてくる。
その顔には「また面倒なことを」という諦めにも似た色が浮かんでいたが、私は無視して続けた。
「そう。
名付けて『パプリカ高速道路』構想よ!」
現在、ピメント周辺の主要道路は、鉄甲イノシシの甲羅を砕いて埋め込んだ『鉄甲舗装』や、コンクリートによって整備されている。
だが、それはあくまで領内の主要な区画のみだ。
領外へ続く街道は、依然として土と砂利の凸凹道のままである。
「既存の街道をすべて拡張し、馬車が最高速度で走り続けられる専用道路を作るの。
整備された舗装路、交差点なし、歩行者立ち入り禁止、馬車専用の高速レーンよ
いい? ソルビトール。
物流の速度はそのまま売り上げの向上に繋がるの。
1日かかっていた輸送を半日に短縮できれば、馬車の回転率は2倍。つまり利益も2倍よ!」
「はぁ……。
確かに、移動時間が短縮されれば商機は広がりましょう。
ですがお嬢様、それだけの大工事となると、莫大な予算と人手が必要になりますぞ。
それに、そんな真っ直ぐで綺麗な道を作ると、盗賊にも狙われやすくなってしまうのでは?」
「わかってるわ。
だからこそ、ただ道を作るだけじゃ終わらせないわよ」
私は地図上の数カ所に、丸印を書き込んだ。
街道の要所、馬車が休憩を取りそうなポイントだ。
「ここに、『駐車施設』と『休憩施設』を作るわ」
「駐車場に休憩所でございますか…さてそれをどのように?」
ソルビトールが首を傾げる。
「要するに、豪華な休憩所を作るのよ。
高速移動は馬にも御者にも負担がかかるわ。
必ず休憩が必要になる。
そこに、清潔なトイレと、美味しい食事、そして地域の特産品を並べた売店を用意するのよ」
私はいつも通りにドヤ顔で説明する。
「人間、旅先では財布の紐が緩むものよ。
『ここでしか買えない』とか『旅の記念に』なんて文句を並べれば、多少高くても飛ぶように売れるわ。
トイレ休憩で立ち寄らせ、小銭を落とさせ、限定グルメで胃袋を掴み、最後はお土産を買わせて送り出す。
移動そのものを、金に変えるシステムよ!」
「成る程……相変わらず、抜け目がありませんな」
ソルビトールが感心したように、あるいは呆れたように唸る。
「ですが、それにはまず他領との調整や、王都方面への接続ルートの調査が必要です。
勝手に道を繋げるわけにもいきませんからな」
「確かにそうね。
でも最初はエリスのところ、グルコース領への接続ルートがあるじゃない?
そこだけで充分な利益が見込める算段よ!
とはいえ、別領へのルートには根回しが必要よね…
……サラヤ!」
私が指を鳴らすと、部屋の隅、影と同化するように控えていた侍女が一歩前に出た。
王家暗部の情報屋、サラヤだ。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「アンタ、ちょっと出張に行ってきて。
王都方面、それから周辺の領地の『裏事情』を探ってきてほしいの。
道路を通すのに邪魔になりそうな利権屋とか、逆に抱き込めそうな有力者とか、そういうドロドロしたネタを仕入れてきて」
「お賃金の方は?」
相変わらずセコいわね!
「金貨二枚よ」
「……承知いたしました」
サラヤは表情一つ変えずに頷いたが、眼鏡の奥の瞳がキラリと光ったのを私は見逃さなかった。
「ですがお嬢様。
正確かつ深淵な情報を得るためには、現地の暗部や情報屋たちとの綿密な『情報交換会』が必要不可欠かと存じます」
「情報交換会?」
「はい。
酒場の奥まった個室で、夜を徹して行われる高度な駆け引き……。
俗に言う『飲み会』あるいは『接待』に近いものですが、これなしには裏社会の口は開きません」
サラヤは真顔で、しかしどこかウキウキとした口調で力説した。
「……要するに、経費で飲み食いしながらネタを仕入れてきたいってことね?」
「まさか、そのような人聞きが悪いことではございません。
あくまで『必要経費』による『取材活動』です。
もちろん、領収書はきっちり切ってまいります」
「それ、暗に飲食代を経費として請求するって言ってるだけだからね?
……はぁ
まあいいわ、アンタからのネタがなきゃ困るしね。
上限は決めるけど、ある程度は好きになさい」
「ありがとうございます。
では、善は急げと申します。
直ちに出立いたします」
サラヤは深々と一礼すると、水を得た魚のような素早さで部屋を出て行った。
あいつ、絶対タダ酒とタダ飯を楽しんでくる気だわ。
まあ、仕事さえきっちりこなせば文句はないけれど。
「……さて、サラヤがいなくなったとなると、私の護衛が手薄になるわね」
私は椅子に座り直し、腕を組んだ。
普段、私の影のように付き従っているサラヤは、情報収集だけでなく、いざという時の護衛(暗殺者対策)としても優秀だ。
彼女が長期出張で不在となると、私の身の安全を守るのは……。
(サッカリン。
アンタだけが頼りよ)
私はそう思い、外で庭の手入れをしている筈の大男を予備だそうとした。
だが、その前に。
ドタドタドタッ!!
廊下を走る、地震のような足音。
バーン! と扉が乱暴に開かれ、サッカリンが飛び込んできた。
その顔は、いつもの不敵な笑みではなく、鬼気迫るような必死の形相だ。
「お嬢!!
頼む!!
俺を……俺を『ワンワン・パラダイス』に行かせてくれぇぇぇ!!」
サッカリンは私のデスクの前まで駆け寄ると、そのまま勢いよく土下座した。
床板がミシミシと悲鳴を上げる。
「……は?
何言ってんのアンタ。
今ちょうど、サラヤが出張でいなくなるから、アンタに護衛を頼もうと思ってたんだけど」
「無理だ!
今すぐ行かねぇと、あの子たちが……あの子たちが大変なことになるんだよ!」
「あの子たちって……犬?」
「そうだ!
さっきグルコース領の現場から早馬が来たんだ。
『ワンワン・パラダイス』の設営が遅れてて、犬たちのストレスがマッハらしい!
特に新入りのポメラニアンが、環境の変化に馴染めなくてご飯も喉を通らないって……!」
サッカリンは顔を上げ、涙目で私に訴えかけてくる。
その目は本気だ。
かつて戦場で「死神」と呼ばれ、数多の敵を葬ってきた男の目ではない。
愛する我が子の危機に直面した、ただの親バカの目だ。
「素人の手だけじゃダメなんだ!
あいつらは繊細なんだよ!
毛並みのケアも、心のケアも、俺が行ってやってやらないと……!
頼むお嬢!
三日! いや、二日でもいい!
俺に行かせてくれ!
この通りだ!」
ゴンッ、ゴンッ!
サッカリンが額を床に打ち付ける。
こいつ……本気で犬のために人生賭けてるわね。
私はこめかみを押さえた。
頭が痛い。
私の周りには、まともな人間はいないのか。
「……はぁ。
わかったわよ。
そんな顔されたら、ダメとは言えないじゃない」
「本当か!?
ありがてぇ!
恩に着るぜお嬢!」
「その代わり、三日だけよ?
それ以上は絶対に認めないからね。
帰ってきたら、倍働いてもらうから
…あと、一匹貰ってきたら?
犬好きなんでしょ。
ちゃんと面倒みるのよ?」
「すまねぇ!
一生ついていくぜお嬢!
じゃあ、行ってくる。
相棒ゲットだぜぇぇぇッ!!」
サッカリンは弾かれたように立ち上がると、窓から直接飛び出し、風のような速さでグルコース領の方角へと走り去っていった。
あの巨体のどこに、あんなスピードが隠されていたのか。
犬への愛、恐るべし。
「……行っちゃったわね」
静まり返った執務室で、私はポツリと呟いた。
「ええ、嵐のようでしたな」
ソルビトールが冷静に紅茶を淹れ直してくれる。
「……で、どうすんのよこれ」
私は我に返って、現状を再確認した。
(サラヤは飲み会に出張。
サッカリンは犬の世話にとアルバイト。
私の周り、精鋭誰もいなくない?)
主力二人が、それぞれの欲望(酒と犬)のために同時に不在となる。
屋敷には普通の兵士もいるが、彼らは今、高速道路建設の警備や現場監督に駆り出されていて手薄だ。
私自身も、建設予定地の視察や測量で外に出る必要がある。
護衛なしで出歩くのは、さすがに不安だ。
何があるかわからないのが、この異世界なのだから。
「……ねえ、ソルビトール。
臨時で護衛雇えない?
冒険者とか傭兵とか」
私は藁にもすがる思いで尋ねた。
「この領地では難しいですな。
ご存じの通り、ピメントは平和以上に過疎すぎて、高ランクの冒険者は寄り付きません。
いるのは薬草採集専門の初心者か、引退間際の老人ばかりです」
ソルビトールは無情な事実を告げる。
そうだった。
ここにはまともなギルド支部すらないのだった。
「……詰んだ?」
私が絶望しかけた時、ソルビトールがふと思い出したように言った。
「そういえば、お嬢様。
お隣のビアンコ領には、ダンジョンを擁する『迷宮都市メレンゲ』がございます」
「ビアンコ領……?」
「はい。
あそこの冒険者ギルドならば、ダンジョン攻略を専門とする腕利きの冒険者が多数在籍しているはずです。
距離的にも、高速道路予定地からならすぐですし、臨時で依頼を出してみてはいかがでしょう?」
「……ああ、あそこね」
私は地図を見た。
ビアンコ領。
原作ゲームのヒロイン、ロザリオ・ビアンコの実家がある領地だ。
彼女は家出して行方知れずになっていると、以前サラヤが報告していたが……。
「そうね……
背に腹は代えられないわ。
メレンゲのギルドに依頼を出しましょう」
私は決断した。
どうせ一時的な護衛だ。
金さえ払えば、それなりに腕の立つ人間が来てくれるだろう。
「ソルビトール、紙とペンを。
依頼書を書くわ」
私はサラサラとペンを走らせた。
『求む、護衛。
期間:一週間程度
報酬:応相談
条件:腕が立って、口が堅くて、値段以上の働きをする者。
追記:永住、終身雇用歓迎』
「……これでよし。
これを至急、メレンゲの冒険者ギルドへ送って頂戴」
「畏まりました。
早馬を手配させましょう」
ソルビトールが依頼書を受け取り、部屋を出て行く。
私は窓の外を見上げた。
青い空に、数羽の鳥が飛んでいる。
「……まともな人材が来るといいんだけど」
私は小さく溜め息をついた。
だがこの時の私は知らなかった。
世間における「パプリカ領ピメント」の評価が、私の認識とは大きくかけ離れていることを。
◇
その翌日。
迷宮都市メレンゲ、冒険者ギルド支部。
「シンディさーん、速達っす!」
深緑の髪をサイドポニーにした少女、トレハが、一通の封筒をカウンターに置いた。
「あら、ありがとう。
どこからかしら?」
受付カウンターの中で、赤茶色の髪をした美女――シンディが、手際よく封筒を確認する。
その手には、アスパルテーム伯爵家の紋章が押されていた。
「アスパルテーム伯爵家……
飛び地のパプリカ領側からなんて、珍しいわね」
シンディは訝しげに眉をひそめた。
パプリカ領ピメント。
冒険者たちの間での認識は、「塩害で枯れた不毛の大地」であり、「高ランクの魔物は出ない平和(退屈)な田舎」だ。
最近、何か怪しげな開発が進んでいるという噂はあるが、しょせんは辺境の話である。
「どれどれ……『護衛依頼』?」
シンディは中身を読み上げ、ふむ、と顎に手を当てた。
「期間は一週間。
報酬は……あら、応相談?
ってことは、吹っ掛けられても良いってことよね?
悪くないわね。」
「へぇ~、太っ腹っすね!
誰か行かせるっすか?
Aランクパーティとか?」
トレハが覗き込むが、シンディは軽く首を横に振った。
「まさか。
パプリカ領って平和な『ど田舎』よ?
その程度の護衛にAランクなんて送ったら逆に迷惑よ。
向こうも『腕が立つ者』とは書いているけれど、所詮は田舎の基準でしょうし」
シンディの脳内では、「田舎貴族のちょっとしたお出かけの護衛」程度に変換されていた。
盗賊除けと、野生動物の駆除ができれば十分だろうと。
「それに……」
シンディはギルド内の掲示板を見た。
そこには『Aランク冒険者グレース、ダンジョン攻略中につき不在』の札が掛かっている。
「グレースも今はダンジョンの深層に潜っていて不在だしね。
あの子がいたら、『小遣い稼ぎに行ってきたら?』って勧めたかもしれないけど」
「残念っすね~。
グレースっちなら、一瞬で終わらせて帰ってきそうっすけど」
「そうね。
まあ、今回はタイミングが悪かったということで
あなたが行く?」
「遠慮しとくっす。
自分、グレースっちが帰ってきたら、一緒に別の依頼受けるんで!」
「あら、すっかり仲良しじゃない。
私は全然誘われないのに…」
あからさまに元気がなくなるシンディ。
「保護者を誘い辛いのは当たり前っすよ?
それだけグレースっちからみたシンディさんが保護者だってことっす」
それを聞いてシンディの顔が明るくなる。
自分がグレースから疎遠にされているのかと不安だったのだろう。
「そうよね!
ありがとうトレハ。
そうだ、あの娘たちがいたわね」
シンディは依頼書をポンと叩いた。
「ちょうどいいわ。
最近登録したばかりの、活きのいい新人パーティが居たじゃない?
彼女らの『遠征訓練』にちょうど良いと思うの」
「ああ、あのルーキーたちっすか!
鍛冶屋の娘のスティナ、宿屋の娘のピローネ、食堂の娘のソルティ……。
確かに、実力不足で干されてるあの子たちなら、暇してるっすね。
下手にダンジョンに潜らせて死なれるよりはマシっすか」
「決まりね。
彼らにこの依頼を回しておいて。
『楽な護衛任務でボーナスが貰えるチャンスよ』って言っておけば、喜んで飛びつくでしょう。
実力が伴わないなら、せめてこういう雑用で稼いでもらわないと。
あの子たちの今のレベルじゃ、メレンゲのダンジョンはまだ早いのよ」
「了解、早速伝えてくるっす!
パプリカ領なら平和すぎて、鼻歌まじりに終わるっすよ!」
トレハが依頼書を持って弾むように走り去る。
シンディは優雅に紅茶を一口啜り、窓の外の景色を眺めた。
「平和な依頼で良かったわ。
実力不足の子たちだけど、のどかな田舎で美味しい空気でも吸って、たまにはのんびりしてくるといいわね」
彼女はまだ知らない。
新人パーティを送り込んだその先パプリカ領のピメントが、後に冒険者の間で『帰らずの町』と呼ばれるようになることを。




