第053話「技術開発!搾取?美容?」
探索から数日後――
私たちはピメントにある屋敷の裏庭――かつては農具入れだったボロ小屋を改装した、私の個人的な「開発工房」に集まっていた。
魔獣の森改め、エリスの新領地(グルコース領)の開発計画を具体的に進めるためだ。
「まずは動力源の話からいきましょう」
私は手元の資料にある絵を指さす。
先日現地で捕獲し、外の仮設檻に入れてある巨大な鳥を書き写したものだ。
灰色の岩のような皮膚を持つダチョウ型の魔物『ロックバード』。
体高は4メートルを超え、太い脚は鉄柱のように逞しい。
「……大きい鳥ですわよね。
近くで見たときは迫力で竦んでしまいましたわ」
エリスが間近でロックバードを見た時の感想を語る。
「そりゃあね。
鉄甲イノシシ数頭分の出力を一羽で賄えるサイズな訳だし、入れ物も大きくもなるわよ。
こいつの脚力があれば、製粉機や大型のプレス機も余裕で動かせるわ」
私はそこに重ねて別の図面を広げる。
そこには、巨大な回し車と、それに連結されたシャフト、そしてギアの構造図が描かれていた。
「さ、見て頂戴。
名付けて、魔物動力機関・弐式『鳥乃』。
イノシシ版の『猪姫』を元にした新たな動力機関、その設計図よ。
そのサイズからなる大パワーが売りね」
「素晴らしいですわ!
この『鳥乃』がいれば、グルコース領の産業基盤は盤石ですわ!」
エリスが目を輝かせる。
「ま、動力はこれでよし。
建設部隊には、既に『鳥乃』用の巨大な動力室の建設を指示してあるわ。
やっぱ問題は……こっちよね」
ここからが本番だ。
私はその上にもう一枚、さらに複雑な図面を広げた。
そこには、無数の書き込みと、×印がつけられた失敗案が描かれている。
「マイクロドラゴンから美容液(神秘の雫)を絞り取る機械……
コードネーム『竜搾取(仮)』。
こいつの設計が難航してるのよね~」
「難航……
いったいどの部分で詰まってらっしゃるの?」
エリスが心配そうに覗き込む。
「相手が小さすぎる上に、すばしっこいのよ。
体長わずか10センチしかないトカゲを捕まえて、圧搾して出た一滴だけ垂れるエキスを受け止める。
これを自動化するのは、イノシシやダチョウみたいに『力技』じゃ無理なの」
私はこれまでの試行錯誤を説明した。
「虫取り網の付いたアームで捕獲する方法も考えたんだけど、そもそも速すぎて捕まえるのが無理なのよね。
ま、アームなんて機構的に難しいから作れるような物でもないし、今のところお手上げって感じなのよね……」
「なるほど……
簡単にはいかないというわけですのね…」
「そうなのよ。
かなり熟練のスカウト職でもなければ、あの速度の飛ぶ虫を捕まえるのは無理ね。
何かいい方法はないかしら……」
(サッカリンが無理で、サラヤだと捕まえられたってことは、速度が重要なのよね…)
私が頭を抱えていると、エリスが図面をじっと見つめ、ペンを取り上げた。
彼女の瞳が、商人の鋭い光を帯びる。
「でしたらパルス。
『捕まえる』という発想を捨ててみてはいかがかしら?」
「どういうこと?」
「個別に捕まえようとするから逃げられるのですわ。
最初から『逃げ場のない場所』に湧かせればよろしいのではなくて?」
エリスは図面に大胆な線を書き足した。
湧きポイントである魔法陣の周囲を、四角い枠で囲む。
「湧きポイントそのものを、頑丈な鉄の箱で囲ってしまいましょう。
そして、ドラゴンが湧いた瞬間、壁そのものが内側にスライドして……」
「……!」
私は目を見開いた。
「なるほど!
部屋全体がプレス機になってるのね!?」
「ええ。
四方から壁が迫ってくれば、どんなに俊敏に飛ぼうとも逃げ場はありませんわ。
そして、床をメッシュ状にしておけば……」
「絞り出されたエキスだけが下に落ちる!
残ったカスは、壁が戻るときに横から排出!」
「その通りですわ。
これなら、繊細なアームも複雑なセンサーも必要ありませんのよ?」
「やるわね、エリス!
これならいけるわ!
でも一点、改善点があるわね」
「改善?
このままでも充分ではなくって?」
エリスが不思議そうな顔をする。
「なんていうか…これ、再出現の周期を見極めて、何匹か纏めて搾ればいいんじゃない?」
エリスが驚いたようにハッとする。
「確かにそうですわ!
囲われた箱の中、何匹湧いても逃げ出せる訳でもない。
でしたらある程度溜めて一度で搾ってしまえば、効率は最大値になりますわね!」
私たちは手を取り合って喜んだ。
単純かつ、残酷で効率的なシステム。
まさに悪魔の発明、なかなかにエグい発想をする。
「よし、早速試作機を作らせましょ。
動力は『鳥乃』からシャフトで引けばいいわ。
名前はそうね……」
私は少し考え、そして提案する。
「エレガントかつ機能的に絞り取る機械……
『蜥蜴圧搾・潰太郎』 なんてどう?」
「…………」
エリスの笑顔が、ピシリと固まった。
時が止まる。
サッカリンが吹き出すのを堪えて後ろを向いたのが見えた。
「……つ、潰太郎」
彼女は口の中でその名前を反芻し、引きつった笑みを浮かべた。
「ダサッ……
オホンッ…いえ失礼いたしましたわ。
それは少々、いや、絶望的にセンスがないのではありませんこと!?
『猪姫』や『鳥乃』はまだ可愛げがありましたけれど、それはあまりに……そのまんまというか、夢も希望もありませんわ!」
「すでにうちに『砕太郎』と『吸太郎』が在るんだから、これだって同じ『太郎』でいいじゃない。
分かりやすさが一番よ」
私は開き直って言った。
『砕太郎』に『吸太郎』。
そして今度の『潰太郎』。
太郎シリーズの統一感に機能美を感じない?
今更おしゃれな名前なんて期待されても困るわよ。
「……まあ、たかが製造機械の命名で、これ以上考える時間も無駄ですので了承いたしますわ。
ただし、商品名や対外的な発表には絶対使いませんからね?」
エリスは深いため息をつき、諦めたように頷いた。
「では、決定ね。
『鳥乃』と『潰太郎』。
この二つが、グルコース領の未来を切り拓く翼となるわ!」
「ここにきて翼ですの?
飛べない鳥に飛ばせない蜥蜴……皮肉な感じですわね」
こうして、私たちの新たな事業計画は、変な名前と共に動き出したのだった。
グルコースの空に、新たな(魔物の)悲鳴が響き渡る日も近い。
◇
それから数週間後――
グルコース領(旧・魔獣の森跡地)に建設された、真新しい生産拠点。
そこには、朝からけたたましい轟音と、何やら香ばしい匂い、そして活気が満ち溢れていた。
「……思った以上に順調そうね」
私は視察に訪れた現場を見渡し、満足げに頷いた。
隣には、領主であるエリスリトール・グルコース男爵が、真剣な眼差しで帳簿をチェックしながら立っている。
「ええ、おかげさまで。
初期ロットの生産は滞りなく進んでおりますわ」
私たちの目の前にある巨大な建物。
その壁面には、達筆な文字で『グルコース製薬・第1工場』と書かれた看板が掲げられている。
建物の側面に取り付けられた巨大な檻――そこが、動力室だ。
「ギョエッ!
ギョエェェェッ……!」
奇声を上げながら、体高4メートルの巨大ダチョウ『ロックバード』が、檻の中の回し車を疾走している。
その太い脚が踏み込むたびに、巨大なシャフトが回転し、工場内の全ての機械へ動力を供給しているのだ。
「動力機関『鳥乃』、出力安定しています!」
現場監督からの報告が入る。
こっちは問題なさそうね、煩い以外は…
(騒音問題は今後の課題ね)
「そして、メインの製造ラインがこちらですわ」
エリスに案内され、工場の中へと入る。
そこには、私が前世の知識とエリスの悪魔的発想を組み合わせて作り上げた、全自動魔物処理ラインが稼働していた。
ガシャン!
ウィーン……プシュッ!
規則的な音が響く。
ラインの最奥、厳重に鉄板で囲まれた小部屋――魔物の湧きポイント直上に設置された**『蜥蜴圧搾・潰太郎』だ。
小窓から中を覗くと、その工程が見て取れる。
1.【発生】 マイクロドラゴンが魔法陣から湧く。
2.【待機】8時間待機し、複数の出現を待つ。
3.【圧搾】 天井と壁が高速のプレス機となり、複数匹のマイクロドラゴンを一瞬で確実に圧殺する。
4.【抽出】 絞り出された金色の液体「神秘の雫」が、床のメッシュを通って下のガラス瓶へ。
5.【排出】 プレスが解除されると同時に、横の排出口から「マイクロドラゴンの搾りカス」が四角い固まりでポンと吐き出される。
一連の流れはわずか数秒。
あまりに無駄がなく、そして慈悲もないシステムだ。
「……えげつない光景ね。
鉄甲イノシシに同じようなことやってる私に言う資格はないと思うけど……」
「金貨が生み出される美しい光景でしかありませんのよ」
エリスがうっとりとした顔でラインを見つめる。
彼女もすっかり、こちらの住人(経営者)になってしまったようだ。
以前、イノシシコロコロを見て「残酷ですわ!非人道的ですわ!」と言っていた令嬢はどこへ行ったのだろうか。
同じ穴の狢とはよく言ったものだ。
ラインの先では、こちらで手配した領内からの女性たちが、検品係として流れてくる小瓶を一つ一つチェックしている。
白衣を着た彼女たちの目は真剣そのものだ。
「不純物なし。
色よし。
輝きよし。
……合格」
厳しいチェックを通過した小瓶には、『女神の涙』という洒落たラベルが貼られ、桐箱のような高級な箱に収められていく。
「えっと…金貨100枚……だっけ?
一本で」
「効果からすれば安価な価格設定ですが、知れ渡れば高騰は必至。
その時には値上げすべきですわね」
エリスは自身の肌を指差した。
試作品を使い続けている彼女の肌は、以前にも増して発光するようなツヤを帯び、陶器のような滑らかさを誇っている。
これが最高の広告塔だ。
王都の貴族婦人たちが目の色を変えて飛びつく姿が目に浮かぶ…
浮かぶ?
浮かばないわ~
(500万円相当って、全然安価じゃないわよ…)
「そして、こちらも忘れてはいけませんわ」
エリスが指差した先には、もう一つのラインがあった。
『潰太郎』から排出されたマイクロドラゴン達の四角い搾りカス(干物状態)が、ベルトコンベアで運ばれ、粉砕機へと投入されていく。
ガガガガガッ!
乾燥したカスは瞬く間に微粉末となり、袋詰めされていく。
商品名『龍の粉』。
「滋養強壮、活力増強。
貴族の旦那様方が、喉から手が出るほど欲しがる『夜の味方』ですわ」
「捨てるところなし。
完璧なビジネスモデルよね~
で、こっちはいくら?」
「銀貨50枚ですわ」
(2万5千円ってところかしら。
貴族向けなら安いけど、一般人だとおいそれとは買えないわね…
まぁ高級路線は大量販売に寄らないから物流のコストが下がるのがメリットよね)
美容液で奥様方を、粉末で旦那様方を。
夫婦の財布を両面から攻める隙のない布陣だ。
しかも、元手はタダ(湧いてくる魔物)。
濡れ手で粟とはこのことだ。
「ねぇエリス、サンプルに一つ貰っても良い?」
「あら、ご自分でお飲みになるの?
パルスにはまだ……必要ないんじゃなくて?」
エリスが少し揶揄うように見てくる。
「まさか。
お父様に送るのよ……。
アスパルテーム伯爵(父上)は、最近私や領地の心労で胃に穴が開きそうらしいし」
エリスが「成る程」という素振りで深く頷いた。
これを飲んで少しでも元気になってもらいたい。
……精力増強剤としての効果が強すぎて、別の意味で元気になられても困るが。
私は完成したばかりの一袋を頂いて帰ることにした。
「さて、これで生産体制は整ったわね。
あとは……」
「ええ。
販路の確保ですわね」
エリスが遠くを見据える。
グルコース領の「魔物搾取工場」は、華々しくその産声を上げた。
出来上がった製品が今後の美容業界と健康食品業界に激震を走せることになるかは、まだ誰もわからない。




