第052話「愛玩魔獣!陥落?開発?」
黄金色の夕日が、木々の隙間から差し込んでいる。
私たちは『魔獣の森』の最奥部、湿った岩場で、手乗りサイズのドラゴン――マイクロドラゴンの捕獲と調査を終え、一息ついていた。
「……ふぅ。これでノルマ達成ね」
私はハンカチで額の汗を拭った。
成果は上々だ。
ダチョウ(動力・食料)、サメ(食材)、そしてドラゴン(美容液)。
当初期待していた「魔獣レース」という興行計画こそ頓挫したが、代わりにエリスの領地を支えるドル箱産業の種は見つかった。
むしろ、手堅い商売という意味では、レースよりもこちらの方が「化ける」可能性が高い。
「お嬢。
日も落ちてきたし、ぼちぼち帰った方がよさそうだ」
荷物をまとめていたサッカリンが、空を見上げながら声をかけてくる。
確かに、これ以上長居をして夜になれば、帰りの道中が面倒だ。
いくら「詐欺」とはいえ、ここは魔獣の森。
夜になればどんな凶悪な生物(あるいはガッカリ生物)が出てくるか分かったものではない。
「そうね……。
でもサッカリン、もう一つだけ。
ここから戻るルートの近くに、気になるポイントがあるのよ」
私は手元の地図を広げた。
チクロの走り書きで印がつけられた中で、気になる場所があと一箇所残っている。
『ポイントF:バウンドドッグ』
(名前からして、またハウンドの誤植かしら…本当に跳ねる犬ってのも変だし。
まあ、犬系なら狼の魔物みたいなもんでしょ)
「サッカリンなら楽勝よね?」
私が軽い調子で言うと、サッカリンの顔が曇った。
歴戦の傭兵である彼の眉間に、深い皺が寄る。
「……犬系、か」
「なに?
犬が怖いの?
アンタ、剣王とか倒したくせに」
「いや、そうじゃねぇよ……。
俺はこれでも愛犬家なんだよ」
サッカリンは気まずそうに視線を逸らし、背中の大剣の柄を親指で摩った。
その横顔には、いつもの凶悪さはなく、どこか哀愁が漂っている。
「ガキの頃、住んでた家でも飼ってたしな。
だからよ、狼型の魔物とか斬る時は結構心が痛むんだよな……。
斬った瞬間に『キャンッ!』とか言われると、こう……後味悪いっつーか」
「へえ、意外。
『死神』のくせに」
「うるせぇ。
死神だってペットくらい愛でるわ。
で、今度のは狼より『犬寄り』なんだろ?
名前がドッグだしな……。
あんまり気乗りしねぇな」
サッカリンが露骨に嫌そうな顔をする。
意外な一面だ。
普段はイノシシをハンマーで叩き潰し、盗賊を笑顔で締め上げる男が、犬相手だと躊躇するとは。
まあ、狼型魔獣なら向こうから襲ってくるだろうし、防衛反応でなんとかなるだろう。
「大丈夫よ。
所詮は魔物だもの。
襲ってきたら反射的に体が動くでしょ?」
「まあ、そりゃそうだが……」
「じゃあ行くわよ!
ちゃちゃっと狩って、犬肉が食えるか、毛皮が売れるか確認して終わり!
エリス、行きましょ!」
「ええ。
わたくしも『バウンド』という響きが気になりますわ。
本当にボールのように弾む犬なら……想像するだけで愛らしいですわね」
私たちは渋るサッカリンを急かして馬車に乗り込み、最後のポイントへと向かった。
◇
馬車に揺られること数十分。
鬱蒼とした森を抜けると、視界が一気に開けた。
地図に示された『ポイントF』は、森の中とは思えないほど明るく、平和な場所だった。
「……あら?」
そこは、一面のお花畑だった。
色とりどりの野花が咲き乱れ、甘い香りが漂っている。
殺伐とした魔獣の森において、そこだけが別世界のように穏やかな空気に包まれていた。
蝶が舞い、小鳥がさえずる。
ファンタジー映画のオープニングのような光景だ。
「ここが……魔獣の生息地ですの?
ピクニックに良さそうですけれど」
エリスが不思議そうに周囲を見渡す。
私も警戒しながら馬車を降りた。
「油断しないで。
綺麗な花には棘があるし、平和な場所には罠があるものよ。
この花畑の下に、凶悪な肉食獣が潜んでいるかもしれないわ。
……サッカリン、前へ」
「へいへい……」
サッカリンが大剣を抜き、気乗りのしない足取りで前へ出る。
その時だった。
『キャンッ! キャンッ!』
「……!」
草むらの中から、甲高い鳴き声が聞こえた。
さらに、ガサガサと草をかき分ける音。
複数がこちらに向かってくる。
速い。
「来るわよ!
構えなさい!」
私が叫ぶと同時に、お花畑の中から飛び出してきたのは――。
「……きゅ〜ん?」
白くて、フワフワした、毛玉のような生き物だった。
つぶらな瞳。
濡れた鼻先。
パタパタと激しく振られる尻尾。
「……は?」
私は固まった。
続いて、茶色いクルクルした毛並みの個体、黒くて小さい豆のような個体が、次々と飛び出してくる。
チワワ。
ポメラニアン。
トイプードル。
豆柴。
そこには、前世のペットショップで見た「小型愛玩犬」のオールスターが勢揃いしていた。
しかも、どいつもこいつも血統書付きレベルの美形揃いだ。
『くぅ〜ん』
『わんっ!
わんわんっ!』
彼らは敵意を見せるどころか、私たちの足元に擦り寄り、お腹を見せて転がり、あろうことか靴の匂いを嗅いで尻尾を振っている。
一匹のポメラニアンが、ぴょんぴょんと私の膝あたりまでジャンプしている。
バウンド(Bound)ドッグ。
なるほど、跳ねる犬。
物理的に跳ねている。
喜びで。
「……な、なんですのこれ!?
魔獣……ですの!?」
エリスが混乱して声を上げる。
私も呆然と立ち尽くしていた。
「……なに?
天然のドッグランなの?」
間違ってはいない。
名前通りの生態だ。
だが、ここは魔獣の森だぞ?
生存競争はどうなっているんだ。
「……おい、嘘だろ」
私の横で、カラン……と乾いた音がした。
見ると、サッカリンが大剣を取り落としていた。
「サッカリン!
何やってんの!
武器を拾いなさい!」
「む、無理だ……お嬢……」
サッカリンはその場に崩れ落ちるように膝をついた。
その瞬間、待ってましたとばかりに子犬たちが彼に群がる。
顔を舐め、膝に乗り、鎧の隙間に鼻先を突っ込む。
豆柴が彼の肩に乗り、耳元を舐める。
「うわ、やめ、くすぐってぇ……!
こら、そこは舐めんな!
……ははっ、お前、いい毛並みしてんな……」
「……」
そこには、歴戦の傭兵「死神」の姿はなかった。
ただの「犬好きのオッサン」が、デレデレの顔で犬まみれになっていた。
彼の目じりは下がりきり、口元は緩みっぱなしだ。
「……うそ、ぜんぜん攻撃できない」
私は皆の顰蹙を買う覚悟で試みていたのだ!
足元のチワワに、威嚇射撃程度の光魔法を……
(私だって酷いことしようとしたの、反省してるんだからね!)
そう思った瞬間、チワワがウルウルとした瞳で私を見上げてきた。
小首を傾げ、『遊んでくれるの?』と言わんばかりの上目遣い。
ズキュンッ。
胸の奥で何かが撃ち抜かれた。
「……ッ!
クソッ、なんて卑怯な精神攻撃(上目遣い)なの!
私の汚れ切った心が……洗われていく……!」
耐え切れず、手に点る魔法を消した。
無理だ。
これを攻撃できる人間がいるとしたら、それは人の心を持っていない悪魔だけだ。
あるいはチクロなら…って、チクロがやるなって注意書きしてたんだからやらないわよね。
(誰かが「攻撃しようとしたのはパルスイートだけ」っていってる気がするわ…)
「サッカリン!
……って、もうダメだわ」
「お嬢、こいつらはダメだ。
殺させねぇ。
俺が許さねぇ」
サッカリンはポメラニアンを抱きしめながら、真剣な眼差しで私に訴えてきた。
その目は、かつてないほど決意に満ちている。
私を守るときよりも真剣かもしれない。
「……チッ」
私は舌打ちをした。
完全に戦力外だ。
魔獣の森、恐るべし!
鳥やらサメやらトカゲやら、全然魔獣と呼べる獣が居ないから命名詐欺かと思いきや、唯一の獣がここまでの威力とは…
という私自身も戦意喪失。
エリスに至っては、「まあ! まあ!」と言いながらトイプードルに顔を埋めている。
「……ふふん、いける」
私は群がる犬たちを見下ろし、あくどい顔で脳内の計算機を叩く。
確かに物としての価値はゼロ点だ。
だが、商材としての価値は計り知れない。
「これはこれで、需要があるわ」
「え?」
エリスが顔を上げる。
「エリス。
こいつら、このまま商売に使いましょう」
「使う……とは?」
「『ドッグカフェ』よ」
私はドヤ顔で説明を始める。
「過酷な労働で疲れた人々の心を癒やす『アニマルセラピー施設』を作るの。
入場料を取り、おやつ用のイノシシ肉ジャーキーを高値で売る。
『愛でて貢ぐだけ』の高級キャバクラ……じゃなくて、癒やしの園よ」
貴族の奥様方や令嬢、それに日々の労働に疲れたおっさん達。
彼らから金を巻き上げるには、この「あざとい可愛さ」は最強の武器になる。
「まあ!
素敵ですわ!
それなら、罪悪感もありませんし、お客様も喜びますわね!」
「おう!
それなら大賛成だ!
俺に世話係をやらせてくれ!」
サッカリンが食い気味に立候補したが、私は冷たく切り捨てた。
「駄目よ」
「あ?」
「人の家の商売に割り込まないの。
ここはエリスの領地(グルコース男爵家)で、アンタは私(アスパルテーム伯爵家)の雇われ庭師でしょ?
仕事があるんだからあきらめなさい」
「あ~もう仕方ねぇな…
客として行くか……」
サッカリンは渋々引き下がったが、その目は既に「未来の休日」を見据えていた。
こうして、魔獣の森探索の最後は、予想外の「癒やし」によって幕を閉じたのだった。
※2026/03/12
微修正




