第051話「魔獣不在!詐欺?採集?」
ガタゴトと車輪が小石を弾く音が、未だ静寂に包まれた荒野に響いている。
私たちはチクロがくれた地図を頼りに、更地化を免れた森の奥地、未開拓エリアの境界線へと向かっていた。
「……ねえ、エリス。
さっきから何を見てニヤニヤしてるのよ?」
向かいの席で、エリスがずっと手元の紙を眺め、時折「ふふっ」と楽しげな笑みをこぼしている。
あれは昨晩、私が怒りに震えながら解読したチクロの『チート地図』だ。
「あら、パルス。
ニヤニヤだなんて人聞きが悪いですわ。
これは『未来予想図』を確認して、希望に胸を膨らませていたのですわ」
エリスはガサゴソと地図を閉じたが、その目は金貨のように輝いている。
昨晩のディナーで、私はこの地図に記された情報のえげつなさを説明した。
それを聞いて、彼女の中の「商人の血」が騒いでいるのだろう。
本来は侯爵令嬢という生粋のお嬢様であり、ゲームの世界では悪役令嬢として名を馳せるメイン中のメインキャラクターである彼女が、こうやって辺境の奥地を開拓することになるとは不思議なものだ。
「ここに行けば、確実に新種(新商品)が手に入るのですもの。
楽しみで仕方ありませんわ!」
「ま、そうね。
中身がショボくても、使いようによっては金になるはずよ」
私は窓の外を見やった。
今回の探索メンバーは、私とエリス、護衛のサッカリンとサラヤ、そしてソルビトールが選抜した数名の作業員(荷運び要員)だ。
「お嬢。
そろそろ付くぞ」
御者台のサッカリンが声をかけてくる。
馬車が止まったのは、森が開けた広場のような場所だった。
「この辺りがポイントAね。
まずはここから見ていきましょ」
私たちは馬車を降り、慎重に茂みをかき分けて進む。
斥候役としてサラヤが先頭を進み、サッカリンがしんがりを務める。
私とエリスが二人に挟み込まれている形な訳だが、なぜかエリスが先行し私を庇うような位置取りで動く。
(エリスって女性としてはもちろん魅力的なんだけど、なんかこう言うイケメンなところがあるのよね~)
地図によれば、ここには『ロックバード』という魔獣がいるはずだ。
「……おっ、アレじゃねぇか?」
サッカリンが指差す先。
そこには、灰色の岩のような肌をした、巨大な鳥が数羽、のんびりと地面をつついていた。
「……デカっ」
私は思わず呟いた。
見るからにダチョウ、前世でみたあの飛ばない鳥だ。
間違いなくダチョウなのだが、サイズがおかしい。
体高は4メートル近くあるだろうか。
太い脚は丸太のようで、一蹴りで岩をも砕きそうな筋肉が隆起している。
「あれが……ロックバードですの?
想像以上に大きいですわね……」
エリスが少し引き気味に言う。
チクロのメモには『走るのが速い』としか書いてなかったが、これだけデカいのが『走る』と『暴走する重機』だ。
「……ねえエリス。
こいつで賭博レースでもやろうかと思ってたけど……無理そうね」
「そうですわね…
あんな巨体が走り回ったら、防壁を粉砕して客席に突っ込んで大惨事でしてよ」
安全管理上のリスクが高すぎる。
騎乗するにしても高すぎるし、制御できる気がしない。
「コイツは『動力源』と『食料』で決まりね」
私は即断した。
あの脚力なら『猪姫』と同等かそれ以上の出力が期待できる。
それに、あの筋肉質なモモ肉は絶対に美味い。
「賛成ですわ。
ピメントの『猪姫』と同じシステムを、ここにも作ればよろしいのですわね?」
「流石はエリス、わかってるじゃない。
名前は『猪姫』って訳にもいかないし…そうね……」
私は巨大なダチョウを見上げ、ニヤリと笑った。
「鳥だし、また女の子っぽい響きで……『鳥乃』なんてどう?」
「まあ!
響きのよいお名前ですのね!
『鳥乃』……なぜか古風で雅な感じがしますわ」
エリスが手を合わせて微笑む。
ふふふ、我ながらナイスなネーミングだ。
「でしょ?
(まあ、黒くもないし、グラサンもしてないけどね)」
(フフフ……『猪姫』の系譜なら、やっぱここは闘魂三銃士よね。
語呂合わせ的に、今回は黒のカリスマよ。
天才と破壊王……残り二人はどうしようかしら?)
私が内心でほくそ笑んでいると、後ろで控えていたサッカリンが首を傾げた。
「……お嬢。
名前は可愛らしく聞こえるのに、なんか俺には厳ついイメージが浮かぶんだが……」
「(鋭いわね!)気のせいよ。
さ、次行くわよ!」
私はサッカリンのシックスセンスを無視して、次なるポイントへと足を向けた。
◇
「次は……ポイントDっと」
私たちは森の奥へと進んだ。
次に目指すのは、私が個人的に一番気にしていた獲物だ。
「パルス、次は何がいますの?」
「えっと次は私の肝いり『エアシャーク』よ」
「シャーク……とは?」
エリスが小首をかしげる。
そうか、内陸の貴族令嬢はサメなんて知らないか。
「海の殺し屋よ!
海では人喰いザメとか呼ばれる、大型で狂暴な魚がいるのよ。
口の中は鋭い牙だらけで、獲物を食いちぎるの」
「まあ!
怖い生き物ですのね……!」
エリスが青ざめて口元を押さえる。
「でも、ここは森ですわよ?」
「その疑問は最もだよね~。
でも空を泳ぐらしいしのよ。
飛んでるってことね。
私の前世の世界では、サメは竜巻に巻き上げられて空を飛ぶ危険生物だったの。
宇宙にも出るし、時空まで超える最強モンスターよ!」
(映画の話だけどね)
「サッカリン、頼んだわよ!
この世界にチェーンソーはないわ、油断は禁物よ」
「ちぇーんそ、なんだそれ?
まぁ油断はしねえから安心してな」
私たちは警戒レベルを最大に引き上げて、指定されたエリアへと足を踏み入れた。
頭上から襲ってくるかもしれない。
私は空を見上げながら慎重に進む。
「……あ、いましたわよ」
木々の間を、何かがフワフワと漂っているのが見えた。
あれが、空飛ぶ人食いザメ……?
「…………」
全員の足が止まった。
そこにいたのは体長1メートルほどの、つぶらな瞳をした魚だった。
形こそサメだが、迫力は皆無。
ネズミザメ(モウカザメ)のような小型種だ。
というか、泳ぐ速度が遅い…
風船が風に流されているだけにも見えないことはない。
飛んでいるというよりは浮いていると言った方がいいだろう。
「……ちっさ。
なんか、干からびた魚が浮いてる夢の世界みたい」
「ちっとも怖く……ありませんわね」
エリスも拍子抜けした顔だ。
試しにサッカリンが小石を投げつけると、エアシャークは「ビクッ」と慌てて逃げていった。
「……弱いし遅いわね~」
「食用も行けますの?」
「うーん、私の知ってるサメと同じなら、新鮮なうちはまあまあ美味しいわよ?」
私達は即座に食用の判断を下した。
ヒレはフカヒレに。身はフライやバターソテー、はたまたすり身にしてカマボコに。
肝油が取れれば薬にもなるかもしれないしね。
「よし、次!」
期待外れ(ある意味期待通り)のサメを見送り、私たちは最後のポイントへ向かった。
◇
「そういえばパルス。
わたくしも昨晩から気になっている魔物がおりますのよ」
道中、エリスが地図の一点を指差した。
『ポイントE』。
そこには、禍々しい名前が記されている。
『マイクロドラゴン』
「ドラゴンッ!?
バカ言わないでよ!
いくらサッカリンでもドラゴンは無理よ!
全滅するわよ!」
私は語気を荒げた。
ファンタジー世界における最強種。
物語ではブレス一発で国が滅ぶような存在だ。
ホリスイでドラゴンと戦うような話もなかった。
そんなものが、こんな近くに湧いているなんて聞いていない。
「でも、チクロさんの注釈には……」
「え?
……『めちゃちっさい。見逃し注意』?」
私は地図を二度見した。
めちゃちっさい?
ドラゴンが?
「……とりあえず探してみましょう」
私たちは恐る恐る、森の最深部にある岩場へと向かった。
岩陰に隠れ、そっと様子を窺う。
「……あ!いましたわ、多分アレですわ、アレ!!」
エリスが指差す先。
「え~、全然見えない…どれ?」
じっくりと観察してみると、湿った岩の上にトカゲのような生き物がいた。
背中には小さな翼が生えている。
大きさは……掌サイズ。
10センチくらいだ。
「ちっさ!!
もうトカゲでしかないわよ!
ドラゴン詐欺よ!」
私は岩陰から飛び出した。
あれならデコピンで倒せる。
魔獣ですらない、ただの小動物だ。
「期待して損したわ……。
こんなの狩っても肉にもならないじゃない」
私が肩を落とすと、エリスが地図の続きを読み上げた。
「あら?
まだ続きがありますわよ。
『ドロップ:神秘の雫』」
「……は?」
私の動きが止まった。
「それ、容姿パラメータが上がる激レアアイテムよ!
私の予想なら……超高級美容液とか採れるんじゃない?」
「……え。
それって、塗ると肌が綺麗になるってことですの?」
「そうよ。
容姿が上がるということは、シワが消えたり、シミがなくなったり……
究極のアンチエイジングということに違いないわ!(多分)」
その瞬間。
エリスの目が、カッ!! と見開かれた。
彼女の中の「乙女」と「商人」の魂が、同時に覚醒した音を聞いた気がした。
「……捕まえますわよ!
傷つけずに生け捕りにしますわ!」
「あ~、まぁしゃあねぇな…」
エリスの剣幕に押され、サッカリンが慌てて飛び出す。
彼は岩場を逃げ回る小さなトカゲを、その巨体からは信じられない速さで追い回すも、どうにも捕まえきれない。
「サラヤ!お願い
銀貨5枚で!」
「畏まりました」
目にもとまらぬ動きと、繊細な手つきでマイクロドラゴンを捕獲する。
サラヤの手の中で、マイクロドラゴンが「ギャギャ」と厳めしい声を上げている。
銀貨5枚と引き換えにエリスが受け取り、おもむろにその体を掴む。
そして、ギュッと少し力を込めた。
ポタリ。
ドラゴンの口……あるいは皮膚から、キラキラと輝く透明な液体が一滴、垂れた。
エリスはそれを指ですくい、自分の手の甲に塗り込んでみる。
「……!」
塗った瞬間、肌が発光した。
キメが整い、まるで赤ん坊のような瑞々しいツヤが生まれている。
「こ、これは……本物ですわ……!」
エリスが震える声で呟く。
私もそれを見て、息を呑んだ。
これは、金になるどころの話ではない。
世界中の女性が、全財産を投げ打ってでも欲しがる「魔法の水」だ。
「でも、1匹から1滴ってのは中々厳しいのよね……」
私が冷静に指摘すると、エリスは絶望的な顔をした。
「そ、そんな……」
「逃げ足も速いし、手作業で捕まえて一滴ずつ絞るなんてやってられないわ。
……だったら」
私はドラゴンを見つめ、脳内で設計図を引く。
大量生産。
自動化。
それが私たちの勝利の鍵だ。
「エリス、一緒に『全自動搾り取り機』を考えるわよ!」
私はニヤリと悪魔の笑みを浮かべた。
※2026/03/12
微修正




