第049話「更地視察!硝子?灼熱?」
ピメントの朝は早い。
……といっても、それは農民や工場労働者たちの話であって、本来なら貴族令嬢である私は、昼過ぎまで惰眠を貪る権利があるはずだ。
だが、現実は非情である。
「パルス!
起きてらっしゃいパルス!
素晴らしい朝ですわよ!
空は晴れ渡り、小鳥がさえずり、私の新しい領地が『早く私を開発して』と呼んでいますわ!」
朝の5時。
私の寝室に、テンションの高い公爵令嬢――もとい、グルコース男爵エリスが突撃してきた。
彼女は既に完璧にドレスアップを済ませ、やる気満々の笑顔で私のベッドの布団を剥ぎ取ってくる。
「……んぅ……エリス……。
まだ……夜明け前みたいなもんじゃない……。
低血圧なレディには、優しさが必要なのよ……」
私は枕にしがみつき、呻き声を上げる。
昨夜の歓迎会で、調子に乗ってワインを飲みすぎたせいか、頭が少し痛い。
「何を言っていますの!
時は金なり、でしょう?
さあ、早く支度をして現地へ参りますわよ!
昨日の商談通り、貴女には『建設コンサルタント』として同行していただきますからね!」
エリスは容赦がない。
彼女の瞳は、「希望」と「野心」でギラギラに輝いている。
王家からの手切れ金という莫大な軍資金と、自由な身分を手に入れた彼女は、今まさに無敵状態なのだ。
「……へいへい。
わかったわよ、お客様……」
私はフラフラと起き上がり、ステビアを呼んだ。
お金をくれるクライアントの要望には、這ってでも応える。
それが、ブラック企業で培った私の悲しき社畜根性だった。
◇
朝食(今はロールパンと目玉焼き、カリカリイノシシベーコンと即席スープ)を胃に流し込み、私たちは馬車に乗り込んだ。
(なんかシリアル食べたいのよね……トニーが異世界転生してこないかしら……)
目指すは、ピメントのさらに西。
隣国との国境地帯に広がる、「魔獣の森」跡地だ。
「あら……?」
馬車が走り出してすぐ、エリスが窓の外を見て声を上げた。
「パルス、この道……石畳ではありませんわね?
黒くて、艶があって……。
馬車の揺れがほとんどありませんわ。
これは本当に『コンクリート』ですの?」
彼女が指差したのは、ピメントのメインストリートだ。
黒光りする路面が、朝日に照らされて鈍く輝いている。
「いいえ、それは違うわ。
それは『鉄甲舗装』よ」
「鉄甲……?」
「ええ。
『鉄甲イノシシ』の甲羅を砕いて、砂利の代わりに地面に埋め込んで固めたの。
強度は鉄並み、耐久性は抜群。
難点は、見た目が魔王軍の進軍路みたいに禍々しくなることと、夏場は熱くて目玉焼きが焼けることくらいね」
私が説明すると、エリスは目を丸くした。
「ま、鉄甲イノシシのような討伐ランクの高い魔獣の素材を……道路に!?
なんという贅沢……いえ、有効活用ですの!?」
「産業廃棄物の再利用とも言うわね。
あいつら毎日湧くから、甲羅の処分に困ってたのよ」
「素晴らしいですわ!
資源の現地調達、コスト削減、そしてインフラ整備!
パルス、貴女はやはり天才ですわ!」
エリスが手放しで称賛してくる。
ごめん……違うのよエリス。
天才なんじゃなくて、単にケチなだけ。
鉄甲は別の使い道が思いつかなくて、骨材にして棄てたのよ……。
やがて馬車はメタルロードを抜け、まだ未舗装の荒野へと入っていく。
ガタガタと揺れる車内で、エリスは地図を広げた。
「ここから西へ数キロ。
かつては鬱蒼とした森が広がっていた場所……。
チクロさんのお手紙には『ちょっとお掃除しておいたから』とありましたが、実際にはどのようになっていますの?」
「……見ればわかるわ。
というか、見たくない現実がそこにあるわよ」
私は遠い目をした。
あの日の衝撃音と、立ち上ったキノコ雲。
あれは「お掃除」なんて可愛いレベルの話ではない。
地形が変わるレベルの「災害」だ。
「到着しました」
御者台のサッカリンの声と共に、馬車が止まる。
私たちは扉を開け、外へと降り立った。
「……っ!」
エリスが息を呑む音が聞こえた。
そこには、異様な光景が広がっていた。
緑豊かな森が、定規で線を引いたように唐突に途切れ、その先には――
一面の、「硝子」の大地が広がっていた。
直径2キロメートルに及ぶ、完全な円形の平野。
草一本、岩一つない。
超高熱で瞬時に溶解し、冷え固まった地面は、太陽の光を反射して鏡のように輝いている。
ところどころに、まだ薄っすらと紫色の瘴気が漂っているのが、ここが尋常な手段で作られた場所ではないことを物語っていた。
「こ、これは……」
エリスが震える声で呟く。
「なんて……なんて綺麗なんでしょう……!」
「……そっちか!」
私はズッコケそうになった。
「恐ろしい」とか「酷い」じゃなくて、「綺麗」?
この子も大概、感性がズレているかもしれない。
「見てくださいパルス!
完全な平面!
強固な地盤!
測量の手間も、整地の手間もいりませんわ!
これなら、今日からでも建物の墨出しができます!」
エリスはドレスの裾をまくり上げ、カツカツとガラスの大地へと踏み出した。
ヒールの音が、硬質な響きを立ててこだまする。
「しかも、この地面……ただの土ではありませんわね。
溶解してガラス化しているということは、湿気も上がってこないということです。
資材置き場や倉庫には最適!
さらに、雑草が生えてこないということは、維持管理費もゼロ!
最高の物件ですわ!」
「……逞しいわね、アンタも」
私は呆れつつも、内心では同意していた。
確かに、チクロの「ガス抜き」は戦略兵器級の破壊だったが、開発視点で見れば、これ以上ない「基礎工事」でもある。
伐採、抜根、整地、地盤改良。
本来なら数年と数億ゴールドがかかる工程が、槍一振りで完了しているのだから。
「で?
ここをどうするつもりなの、領主様?」
私が尋ねると、エリスは振り返り、満面の笑みで宣言した。
「ワタクシはここに、『交易都市』を作りますわ!」
彼女は両手を広げ、何もない虚空に未来図を描くように語り始めた。
「ピメントは隣国との国境に位置します。
ですが、これまでは険しい森と魔獣に阻まれ、街道が通じていませんでした。
しかし、この更地を利用すれば、隣国への最短ルートが開通します!
宿場町を作り、物流の拠点とするのです!」
「……」
エリスの目は本気だ。
「悪役令嬢」という役割を降り、「新興貴族」として自分の足で立とうとしている。
その着眼点は素晴らしい。
素晴らしいが……。
「少し見通しが甘いわね、エリス」
私はため息交じりに首を振った。
「あら、何がですの?
完璧な計画だと思いましてよ?」
「場所が悪いのよ。
忘れたの?
ここが元々、何と呼ばれていた場所か」
私は足元のガラス状の大地をコツコツと踏み鳴らす。
「『魔獣の森』よ。
それも、再奥の超危険地帯。
森の殆どはチクロが消し飛ばして更地にしたけどね……。
『魔獣が湧き出すスポット』そのものが消えたわけじゃないのよ」
「あ……」
エリスの顔が引きつる。
「ここはね、隣国との国境である以前に、大陸有数の『魔獣の湧き水』なの。
森がなくなったことで、遮蔽物が消え、魔獣たちはより自由に動き回れるようになった。
そんな場所に、無防備な『宿場町』なんて作ってみなさい。
交易商人が来る前に、魔獣たちのビュッフェ会場になって、3日で壊滅よ」
「そ、そんな……!
で、では、この土地は使い道がないと……?」
エリスが肩を落とす。
せっかくの更地が、ただの危険な広場でしかないと知って絶望したようだ。
だが、私はニヤリと笑った。
「逆よ。
『湧く』ってことは、資源が向こうから勝手にやってくるってことじゃない」
「……はい?」
「交易都市なんて後でいいの。
そんな生温いものは後回し。
ここで最初に作るのは、『迎撃要塞都市』兼『魔獣素材加工プラント』よ」
私はエリスの前に立ち、指を突き立てた。
「まず、周囲を高い防壁で囲う。
そして、湧いてくる魔獣を自動的に処理する罠や迎撃システムを構築する。
倒した魔獣はその場で解体、加工、製品化。
ここはね、無限に資源が湧き出る『油田』みたいなものなのよ」
エリスがポカンと口を開ける。
まだ理解が追いついていないようだ。
「交易路としての活用は、その安全が確保されてから。
わかる?
エリスがやるべきは、宿屋の女将じゃない。
『防衛司令官』兼『工場長』よ」
エリスの瞳が、再び輝きを取り戻していく。
いや、先ほどよりも強く、怪しく。
「……魔獣が、資源。
無限に湧く、宝の山……」
「そう。
皮も、肉も、骨も、魔石も。
全部金になる。
普通の交易都市より、よっぽど儲かると思わない?」
「……乗りましたわ!」
エリスが食い気味に叫んだ。
「素晴らしいですわパルス!
要塞都市!
加工プラント!
なんて甘美な響きでしょう!
ええ、やりますわ!
ここを大陸一の魔獣産業拠点にしてみせますわ!」
単純な子で助かる。
これで、私の計画の邪魔をされることなく、彼女には面倒な「魔獣の処理」という汚れ役を喜んで引き受けてもらえるわけだ。
「わかったわ。
その夢、私が基礎を作ってあげる」
私は後ろに控えてさせておいた現場監督と建設部隊を呼び寄せた。
「みんな!
出番よ!
このツルツルのガラス地面の上に、コンクリートで基礎を打つわよ!
滑らないように表面に傷をつけて、鉄甲イノシシの骨を入れて補強!
エリス様の注文通りに、まずは頑丈な『砦』と『加工場』を最速で建てなさい!
お洒落な宿屋なんて後回しよ!」
「へい!
お任せくだせぇ!」
作業員たちが歓声を上げて散らばっていく。
彼らにとっても、新しい仕事は臨時ボーナスのチャンスだ。
「ありがとう、パルス!
資材費と工賃は、言い値で払いますわ!」
「言い値は駄目よエリス。
やる前に破産しても知らないわよ?」
私たちは視線を交わし、ニヤリと笑い合った。
友情とビジネス。
その両方が成立する、最高の瞬間だ。
◇
現場の指揮を現地の担当者に任せ、私たちは少し離れた場所にある、私の「秘密兵器」を見に行くことにした。
パプリカ領の工業地帯、「ハラペーニョ」だ。
「……すごい音ですわね」
エリスが眉をひそめる。
近づくにつれ、地響きのような轟音と、何かの断末魔のような叫び声が聞こえてくる。
「ブモォォォォォ!!」
「ギギギギギ……!」
「あ、あれは……?」
エリスが指差した先には、巨大な木箱のような装置が並んでいた。
その中では、巨大な魔獣――鉄甲イノシシが、血走った目で必死に走り続けている。
足元の床が回転し、その動力が巨大なシャフトを通じて、隣の粉砕機や真空ポンプを動かしているのだ。
「紹介するわ。
我が領の心臓部、魔獣動力機関『猪姫』よ」
私が胸を張って紹介すると、エリスは口元を手で覆い、青ざめた顔で後ずさった。
「な、なんて……なんて残酷な……!
生きている魔獣を、あんな風に酷使するなんて……!」
「残酷?」
「当然ですわ!
あの子たち、泣いていますわよ!?
いくら魔獣とはいえ、あまりに非人道的ではありませんか!?」
エリスは正義感に燃える瞳で私を非難する。
まあ、普通の令嬢ならそう思うだろう。
だが、私は涼しい顔で解説を加えた。
「エリス。
あいつらはね、あの大きさで召喚されて、放置すれば5日で消滅しただの魔力に還る。
そういう存在なの。
親も子もない、生き物ですらない。
放っておけば畑を荒らし、人を襲う害獣の形をした災害よ」
「そ、それはそうですけれど……」
「ここで走らせることで、彼らは全力を出し切り、最後は美味しいお肉になって人々の血肉となる。
しかも、その労働力で私たちの生活が豊かになる。
これこそ、消えてなくなるだけの命を無駄にしない究極の『エコサイクル』じゃない?」
「エコ……?」
「それにね。
限界まで走らせたイノシシ肉は、余分な脂が落ちて、最高級の赤身肉になるの。
昨日の晩餐で食べたステーキ。
あれ、ここの卒業生よ?」
「……っ!?」
エリスが息を呑む。
昨夜、彼女は「美味しい、美味しい」と3回もお代わりしていた。
「あ、あの美味しいお肉が……
この、苦しみの果てに生まれた味だと……?」
「そうよ。
悲鳴はスパイス。
労働は熟成。
どう?
仕組みを知った上で、もう一度食べたいと思う?」
私は意地悪く問いかけた。
エリスは葛藤するようにイノシシを見つめ、それからギュッと拳を握りしめ――。
「……食べますわ」
「え?」
「命をいただくとは、そういうことですもの。
彼らの尊い労働と命を、私が美味しくいただくことで報いますわ!
パルス、帰りにこの『熟成肉』、100キロほど発注します!」
「……見た目によらず、意外と図太いのね!?」
私は感心した。
高潔なだけじゃない。この子は、現実を受け止めて飲み込む強さを持っている。
これなら、辺境の領主としてもやっていけるだろう。
そうだ!
どうせなら食育の教育現場として商売を……っというのはネタバレが危ないからやめておくわ。
「見た目とのギャップはパルス程じゃありませんのよ?」
……確かに。
◇
視察を終え、領主館に戻った頃には、夕日が空を赤く染めていた。
「今日は有意義な一日でしたわ。
パルス、貴女と手を組めて本当によかった」
エリスが私に手を差し出す。
私はその手をしっかりと握り返した。
「ええ。
これからもよろしくね、お隣の男爵さま。
困ったことがあったら何でも言って。
相場より『ちょ~っと』だけ安く、相談に乗ってあげるから」
「ふふっ、ちゃっかりしてますわね。
でも、頼りにしていますわ」
こうして、パプリカ領内において新たな同盟が結ばれた。
私の『金への嗅覚』と、エリスの『商才』。
そしてチクロが残した『更地というキャンバス』。
パプリカ領はここから爆発的な発展を遂げることになるだろう。
窓の外を見る。
ピメントの静かな夜空に、なぜか見えない暗雲が立ち込めているような気がした。
※2026/03/12
微修正




