第047話「幕間:追憶回想!創造?憂鬱?」
石畳ですらない、無機質で平坦な灰色の地面。
馬車の車輪が、その上を滑るように回転していく。
ガタガタという不快な振動が少ないのは、ひとえにこの舗装された道のおかげだ。
私は窓枠に頬杖をつき、流れていくパプリカ領の風景をぼんやりと眺めていた。
視線の先にあるのは、見慣れた灰色の帯――コンクリート。
この中世風の世界観において、明らかに異質な光景。
だが、私は特に驚きはしない。
「……まぁ、概ねシナリオ通りみたいね」
小さく呟く。
この世界――『ホーリースイート2』の設定において、コンクリート(セメント)の概念自体は既に存在している。
実際に王都の周辺などではすでに舗装が進んでいる箇所も多く存在した。
ただ、コストや手間の問題で、辺境であるパプリカのような領地での普及が難しかっただけだ。
それを、パルスイートが効率化して量産している。
砕石を自前で調達し、コストを削減して舗装を進めたのだ。
もしこれが、石油精製プラントを必要とする「アスファルト」だったなら頭を抱えていただろう。
あれは完全にこの世界に存在しない技術だ。
もしそれがあれば、世界観の崩壊どころの話じゃない。
だが、目の前にあるのはコンクリート。
ギリギリ、セーフだ。
彼女はまだ、私の知る世界の範疇で動いている。
……たぶん。
私は視線を車内に戻し、積み上げられた木箱の一つを覗き込んだ。
そこには、あのあざといピンク髪の令嬢――パルスイート・アスパルテームから半ば脅し取る形で入手した『フリーズドライ・モヤシスープ』の塊が詰まっている。
カサカサに乾いた、軽石のようなブロック。
お湯を注ぐだけで元のスープに戻るというそれは、かつて締め切り前の修羅場で私が啜っていたインスタント食品そのものだ。
「……たくましいわね、本当に」
パルスイート・アスパルテーム。
彼女の言動は、貴族の令嬢にしては所帯じみていて、金に汚く、どこか達観した老婆心のようなものが見え隠れする。
34歳。
前世で過労死した、疲れたOL。
普通なら『なんだこのヒロインは』となりそうなその設定も、私にとっては違和感がない。
なぜなら、それもまた『ホリスイ2』の主人公設定そのままだからだ。
キラキラした『1』とは違う、リアルで世知辛い「アラサー転生者」。
それが『2』のコンセプトだった。
だから私は、彼女を「優秀なNPC」あるいは「設定通りに動いているゲームキャラ」だと思っていた。
……あの日までは。
私の脳裏に、当家の宴での光景がぼんやりと蘇る。
上機嫌になったパルスイートが、廊下をスキップしながら妙な節回しで歌っていたあの歌。
『ド〇ド〇ド〇、ド〇キ~♪』
……ディスカウントストアのテーマソング。
あれを聞いた瞬間、私の思考は一瞬停止した。
この世界には存在しない旋律。
あれは『ホリスイ』のBGMリストにもないし、どの設定資料にも存在しない。
あれは、間違いなく「地球の現代日本」の歌だ。
(アドリブ……にしては具体的すぎるし)
つまり、彼女の中身は「34歳OLという設定のAIやNPC」ではない。
私と同じ、本当に日本から来てしまった『人間』である可能性が高い。
そして、その「34歳」という年齢と、あの独特のノリ。
34歳ってだけじゃ誰かわかんないわよね…
芸能人やアイドルくらい著名ならまだわかりそうなものだけど――そう笑い飛ばそうとして、ふと嫌な汗が背中を伝う。
私の記憶の底から、ある一つの苦い記憶が浮かび上がってくる。
それは、とあるシナリオライターが関わってしまった、取り返しのつかない失敗の記憶。
『ホーリースイート2』の制作中、シナリオは2度、大きく変更された。
当初はディレクターやシナリオライターの意向でシリアスな復讐劇が企画会議に挙がった。
しかし、経営側の方針によりコミカルで明るい物語として走り出すこととなった『ホリスイ2』。
企画会議のやり取りでは
「復讐劇などは誰も望んでいない」
「もっと変わった導入を」
「人の考えない話を」
「若年層向けでコミカルな明るいシナリオを」
そんなオーダーに従い、シナリオライターは筆を走らせた。
それが仕事だと疑いもせずに。
その変更のあおりを真っ向から受けたのが、パルスイート役の声優……いや、プロモーションで「中の人」として売り出されていた、あるタレントだった。
彼女はもともと『1』では端役だった、売れないアイドルだ。
あっけらかんとしたキャラクターが持ち味の、いわゆる天然系の少女だった。
『2』の企画会議で、シナリオライターは安易な提案を口にした。
「では、新たな企画では、彼女をそのまま主役にしましょう。
話題にもなるし、宣伝にもなる。
ギャラも抑えられるでしょう」
しかし、製作発表の反応は惨憺たるものだった。
シナリオ変更によるキャラクター崩壊への批判を、あろうことか演者である彼女へと向けられたのだ。
普通ではありえない誹謗中傷。
誰かの悪意すら感じられる罵詈雑言の数々。
『大作にあんな素人、枕営業だ』
『事務所のゴリ押し』
『お前のせいで作品が死ぬ』
ネットの悪意は暴走し、彼女の実家への嫌がらせや、ペットへの危害にまで発展したと聞く。
シナリオライターは、それを安全な場所から眺めていた。
そしてホーリースイート2の製作が中盤に差しかかった頃、彼女は周囲からの圧力に耐えきれず、高所から飛び降りを図った。
享年十九歳。
まだ先の長い生涯だったはずだ。
結果としてホーリースイート2のシナリオは一度不採用となっていた鬱屈としたシリアスな復讐劇の方に戻され、作品は無事に完成を迎えた。
皮肉なことに、ホーリースイート2は初代を大きく上回る大ヒットとなった。
◇
その後の『3』の企画会議でシナリオライターの書いた新たなシナリオ案は不採用だった。
会議が終わり、重苦しい空気のままビルを出る。
夜風はやけに冷たく感じられた。
その帰り道――
交差点で、背中を誰かに強く突き飛ばされた。
振り返る間もなくトラックが迫り、気づけばこの世界にいた。
あれは事故ではない。
因果応報だ。
「……まさかね」
カサカサになったスープの塊を箱に戻し、小さく息を吐く。
もし、あの中身が彼女だとしたら。
シナリオライターの書いた物語が遠因となって命を落とした彼女が、今、その役柄のガワを被って、この世界に生きているのだとしたら。
あんなにも楽しそうに商売をし、着実に足場を築きながら。
実際の「鬱展開」など、鼻で笑うように打ち砕いて生きている。
だとすれば――それはなんと皮肉で、なんと救いのある話だろう。
そう考える希望とともに、もう一つ別の「気がかり」もある。
「アドバンテーム……いえ、『絶鎧』アスラムテイルが、一緒にいないのよね」
私は眉間のあたりを指で揉んだ。
パルスイートの兄、アドバンテーム。
本来の設定なら、彼は最強のインテリジェンスウェポン『絶鎧』として、常に妹を守っているはずだ。
最終的に採用された『2』の仕様では、パルスイートが危機に陥れば即座に鎧となって彼女を包み込む。
それが絶対のルールだ。
なのに、今の彼女の取り巻きに彼は居ない。
同じインテリジェンスウエポンであるズールティンによると、どうやら精神リンクだけは繋がっているようだが、鎧として実体化した気配はないようだった。
監視(Read Only)モードで留まっている?
あの過保護設定な彼が、契約者を放置するなんてありえない。
だとしたら、考えられる理由は一つ。
彼女自身が、拒絶しているのだ。
「守られるだけのヒロインにはならない」と。
あの鎧を纏えば安全だ。
でも、それは『シナリオ通り』に生きることを意味する。
彼女はそれを、魂のレベルで嫌がっているのかもしれない。
「……だいぶズレてきてるけど、大丈夫なのかしら」
窓の外に広がる空を見上げる。
ホリスイ2ではいくつかのネームド装備が存在する。
私が嫁ぐ相手。
第二王子アーリー・ソーヴィニヨン。
彼が持つ『聖剣ソルビニオン』は、魔属性に対して絶対的な優位性を持つ。
私の持つ『魔槍ズールティン』は対外勢力に対しては、ほぼ最強と言って過言ではない。
が、聖剣ソルビニオンなんかの聖属性との相性は最悪だ。
もし、アーリーが敵に回れば、私は封殺される可能性が高い。
万が一にもそうなれば、私がパルスイートやエリスリトールを守ることは難しい。
そもそもエリスリトールが『滅杖アゼズルガル』を継承できているかも不明だし、パルスイートも、『絶鎧』を持たない今の状態では、聖剣の使用者と対峙するのは無理だ。
1プレイヤーとしても、展開が読めないというのは、なんとも座りが悪い。
でも、妙な高揚感もある。
「……まぁ、いいわ。
好きにやりましょうか、パルス」
今は私はこの世界の一部でしかない。
観客席でそれを見届けるだけの存在ではないのだ。
馬車は車輪の音を響かせながら、王都へと続く道をひた走る。
制作側のシナリオが壊れていく音を、どこか心地よく聞きながら。
※2026/03/12
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