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第046話「戦慄考察!帰還?来訪?」


 領主館の食堂は、朝から戦場のような活気に包まれていた。


「おかわり」


 何度目かの静かな、しかし力強い声が響く。

 積み上げられた皿の山を背景に、チクロ・ズルチン侯爵令嬢は優雅な所作で、しかし凄まじい速度で極厚のイノシシステーキを胃袋へと収めていた。


「チクロ……朝からそんな脂っこいもの、よくバクバクと食べれるわね」


 私は呆れ半分、感心半分でその様子を眺めながら、自分の分のサラダ(モヤシとカイワレ)をつつく。


「昨日の『アレ』でカロリーを使ったのよ。

 魔力の充填には、良質なタンパク質と脂質が一番効率がいいの」


 チクロはナイフとフォークをカチャカチャと鳴らすことなく、綺麗に肉を切り分けながら答える。


 昨日の『アレ』。


 パプリカ領西端の原生林を、直径二キロメートルに渡って消滅させた、あの戦略兵器級の破壊活動のことだ。

 彼女はそれを「庭の草むしり」程度の感覚で言っているが、私の心労はいまだに計り知れない。


「はいはい、ダウトダウト。

 アレってばアンタのカロリーじゃなくて槍に溜まった瘴気でしょ?

 本人は全然カロリー使ってないじゃない」


「あ、バレてた?

 まぁアタシは家の方針もあって、起きてる時はずっと身体強化状態なのよ。

 実際にはそれでお腹が空いちゃうって話。

 それにしてもこのイノシシ肉、臭みがなくて本当に美味しいわね?

 王都で出回っている普通の肉とは別次元だわ。

 これなら毎日でも食べられる」


「でしょう?

 うちのハラペーニョ自慢の『熟成鉄甲イノシシ』よ。

 四日間、不眠不休で走り込ませて、体内の余分な水分と不純物を排出させた逸品なんだから……

 って毎日は無理じゃない?」


「……えげつない生産工程ね。

 まぁ毎日は流石に飽きるかな」


 チクロは苦笑しながらも、最後の一切れを口に運んだ。

 どうやらお気に召したようで何よりだ。


     ◇


 朝食後、私たちは旅立つチクロを玄関前で見送ることにした。

 彼女の豪華な馬車には、後部の荷台が沈み込むほど大量の木箱が積まれている。


「これ、全部持っていくの?」


「そうよ。

 この『フリーズドライ・モヤシスープ』、こっちの世界じゃ革命的よ。

 お湯を注ぐだけで野菜スープが飲めるなんて、徹夜での執筆を思い出すわ……

 それは置いといて、遠征や軍事演習の必需品になると思うのよ。

 実家にも紹介しておくから、とりあえず在庫全部もらうわね?」


 チクロはそう言って、対価としての金貨袋を私に放り投げた。

 ずしりとした重み。

 掴むとチャリっという小気味よい音と感触。

 私の頬が自然と緩む。


「毎度ありー。

 王都での販路拡大、期待してるわよ」


「善処するわ。

 ……あ、そうそう。

 言い忘れてたけど、私、来月、結婚式なんだけどさ」


 馬車に乗り込もうとしたチクロが、ふと思い出したように振り返る。

 そういえば、彼女は第二王子アーリー・ソーヴィニヨン殿下との婚姻が決まっているのだった。


 本来なら、私の親友であるエリスが立つはずだった場所。

 そして私が簒奪しようと目論み、失敗した場所だ。


「念のため聞くけど、招待状、送った方がいい?」


「こちらも念のため言うけど、やめておくわ。

 招待状出す方も、体裁的に止められると思うわよ?

 実際のところ王家は私に感謝しかしてないでしょうけどね。

 エリスだって被害者側とはいえ当事者だし、立場的には参列するべきじゃないって感じよね」


 世間的に見れば、私は「王子をたぶらかそうとして失敗した悪女」であり、エリスは「婚約破棄された可哀想な公爵令嬢」だ。

 そんな二人が、第二王子妃となるチクロの結婚式に出席などできるはずがない。


「そうよね~

 私もそう思う。

 ま、貴族の結婚なんて形式的なものだし、適当に済ませるわ」


 チクロはあっけらかんと言い放つ。

 ロイヤルファミリーになるというのに、この緊張感のなさはどうだ。


 まあ、昨日のあの破壊力を見せつけられた後では、彼女が「玉の輿に乗る」というよりは、王家が「秘密兵器を手元に置こうとしている」ようにしか思えないのだが。


「落ち着いたら、また遊びに来るわ。

 どうせ第二王子妃なんてお飾りだし、絶対に暇だと思うのよね~」


「いや……あんまり頻繁に来られても、更地に出来る部分が無くなっちゃうから困るんだけど」


「ふふっ、だよね。

 あ、帰りにエリスの領地に寄って帰るつもりなんだけどさ、何か伝言ある?」


 チクロの問いに、私は少し考えてから答えた。


「そうね……

 『あんたがうちの領地の森にドデカい更地を作った』ってことと、『ゼブラー商会を手配してくれてありがとう、こっちは元気にやってる』ってだけ伝えておいて。

 お土産は……まあ、そのスープを分けてあげてよ」


「了解。

 じゃあね、パルス。

 お互い、しぶとく生き残りましょ!

 …何があっても……」


 チクロは意味深な言葉を残し、馬車へと乗り込んだ。

 御者が鞭を振るい、重そうな車輪が砂利を噛んで回り始める。


 遠ざかっていく馬車を見送りながら、私は小さく息を吐いた。

 嵐が去った。物理的にも、精神的にも。


「……お嬢」


 背後から、死人のような声が掛かる。

 振り返ると、サッカリンとサラヤが、げっそりとした顔で立っていた。


「どうしたのよ、二人とも。

 墓場の動く人肉みたいになってるわよ?」


「ゾンビじゃねぇか!

 言い得て妙だけど、言い返す元気が出ねぇよ……

 流石にあの嬢ちゃんの圧は堪えたぜ……」


 サッカリンが首を鳴らしながら呻く。

 歴戦の傭兵である彼をしてここまで言わしめるとは、チクロの強さは異常だ。


「お嬢様、私も……お休み……ください……」


 サラヤが無表情のまま懇願してくる。

 彼女は情報屋として修羅場を潜り抜けてきたはずだが、今回ばかりは相手が規格外だったようだ。


 私は腕組みをして、わざとらしく眉をひそめた。


「何言ってるのよ。

 美味しいものでも食べてれば、人間働けるもの……」


 私が言いかけると、二人は絶望的な表情でこちらを見た。


 さすがに可哀想か。

 それに、私自身も整理したいことが山ほどある。


「……と思ったけど。

 まあ、昨日はイレギュラーな事態だったしね。

 今日は特別にあんたたちはお休み。

 好きに過ごしてていいわよ?」


「「!!」」


 二人の顔に生気が戻った。


「わりぃなお嬢、助かるぜ!」


「ありがとうございます。

 午後のお茶には呼んでください。

 出来ればタルトもおねがいします。」


 そう言うと、二人はそれぞれの部屋へと消えていった。

 サラヤは相変わらず現金な奴よね。


 一人残された私はソルビトールに「今日は部屋に籠もるから、食事は部屋まで運んで」と伝え、自室へと向かった。


     ◇


 自室のベッドにダイブし、天井を見上げる。


 静寂が心地よい。

 だが、私の脳内は騒がしかった。


(……さて、反省会と行きますか)


 私は枕を引き寄せ、昨日の出来事を反芻する。


 最大の懸念事項は、やはりチクロだ。

 彼女の存在は、私の知る『ホーリースイート』の世界観を根本から揺るがしている。


 まず、チクロ自身のあの強さ。

 そして魔槍『ズールティン』による地形改変レベルの攻撃。


 あれはただの「悪役令嬢の取り巻き」が持っていい力じゃない。

 ゲーム終盤の隠しボスか、あるいはイベントシーンでのみ発動する古代兵器レベルの出力だ。


 そして、彼女の口から飛び出した単語。


『ホリスイ2』


(……ツー、なのよね)


 私の前世の記憶が確かなら、『ホーリースイート』は私が死んだ時点では一作しか発売されていなかった。

 続編の制作決定はニュースになっていた気がするが、詳細な設定など、一般には出回っていなかったはずだ。

 なのに、チクロはそれを知っていた。

 「リリース前のリーク情報」と言っていたが、そんなマイナーな、しかも開発段階の情報を、いちプレイヤーが詳しく知っているものだろうか?

 たしか、彼女の生前の仕事はライターだと言っていた筈だ。

 百歩譲って考えるなら、彼女がゲーム業界のライターだという方向性だ。

 ゲーム雑誌などの担当者なら、先行してゲーム情報を入手できる可能性は高い。

 『ホーリースイート』の世界に転生している私が、なぜ「ゲームとしての知識」を所有できているのか。

 それは私が「プレイヤー」だったからだ。

 だが、もしチクロが……私以上の情報を持っていたとしたら?


 先程の考察、『ゲーム雑誌などの担当者』で、先行情報を入手できていた可能性は比較的高いと思う。


 あるいは、私よりも『未来』から転生してきたとか……


(……だとしたら、彼女の強さも説明がつく?)


『ホリスイ2』という作品がわからない以上、一作目の常識で動いている私にとって、彼女はまさに異次元の存在だ。


 彼女は言った。


「ロザリオとかチクロ、エリスもそうなんだけど、チート持ちな異世界設定らしいのよね」

 と。


 ロザリオは1作目のヒロインだから分かる…聖女の力だ。


 だが、チクロやエリスまで?

 エリスにそんな設定があっただろうか。

 彼女はせいぜい、優秀な魔法使い程度の能力しかなかったはずだ。


 もし、この世界が『ホリスイ1』ではなく、『ホリスイ2』の設定ベースで動いているとしたら……

 私の持つ「攻略情報」は、今後の展開で殆ど役に立たないゴミ屑ということになる。


「……あまり芳しくない妄想ね」


 私は寝返りを打つ。


 今までは「ゲーム知識」という絶対的なアドバンテージがあると思っていた。

 だからこそ、辺境に飛ばされても余裕綽々でいられたのだ。


「どうせモブだからイベントには巻き込まれない」


「主要キャラの行動パターンは把握している」


 そんな前提が崩れ去ろうとしている。


 チクロは「お互いしぶとく生き残りましょ」の後に「…何があっても……」と付け加えた。

 あれは単なる挨拶か?

 それとも、これから起こる何らかの厄災を知っていての忠告か?


 彼女が嫁ぐ第二王子アーリー。


 ゲームでは、ルートによっては冷酷な決断を下すこともあるが、基本的には優秀な王子だった。

 そうでなくては攻略対象になんてなってない。


 まぁうちのお兄様のような性癖破綻者の場合もあるが、あのゲームの攻略対象は基本的に優良物件だ。

 だが、チクロのあの態度を見る限り、彼女はアーリーに対して愛情どころか、興味すら持っていないように見える。

 政略結婚だと割り切っているにしてもドライすぎるわよね。


(……分からない)


 情報が足りない。

 今の私にできることは、ハラペーニョ拡大によって自身の身辺を富国強兵し、どんな事態になっても逃げ出せるだけの資金と戦力を蓄えることだけ。


 そう、金が必要だ。


 金さえあればなんとかなる。

 コンクリート、フリーズドライ、次は何だ?


 前世の知識を総動員して、この世界で生き抜くための「力」に変えなければ。


 私は天井に向かって拳を突き出した。


「見てなさいよ、チクロ。

 あんたが規格外の兵器なら、こっちは規格外の経済力で対抗してやるんだから!」


 不安を打ち消すように宣言し、私はそのまま泥のように眠りに落ちた。


     ◇


 それから、二週間が過ぎた。


 ピメントの町は今、空前の開発ラッシュだ。


 チクロが更地にした魔獣の森にあるエリア。

 そこを有効活用して広大な保養施設を作る計画を進めている。


 その為の施工機器の増産。


 転んでもただでは起きない。

 それがアスパルテーム家の家訓だ(今決めた)。


 そんなある日。


 王都方面から、一頭の早馬がやってきた。

 アスパルテーム家の家紋ではなく、王家の伝令かと思うほど立派な装備を纏った使者だ。


「パルスイート・アスパルテーム様!

 エリスリトール・グルコース男爵様より、親書をお預かりしております!」


「……はい?」


 私は自分の耳を疑った。

 エリスリトール……グルコース?

 誰だそれは。


 私の知る親友の名は、エリスリトール・アセスルファム公爵令嬢だ。

 グルコースなんて家名は聞いたことがない。


 使者から受け取った手紙は、最高級の羊皮紙に、見たこともない新しい紋章――ブドウの蔦と剣をあしらった意匠――の封蝋が押されていた。

 嫌な予感がする。


 背筋を走る悪寒を感じながら、私はペーパーナイフで慎重に封を開き、中身を取り出した。


『親愛なる友、パルスイートへ。

 お元気ですか?


 チクロさんからお話は伺いましたわ。

 貴女が辺境で懸命に生きていると聞き、私は居ても立っても居られず、このように筆を執った次第ですの。


 さて、突然のご報告となりますが、私、エリスリトールはこの度、アセスルファム公爵家を出奔し、独立することとなりました』


「……は?」


 出だしの数行で、私の思考は停止した。


 出奔?

 独立?


 何を言っているんだこのお嬢様は。

 私は震える手で続きを追う。


『事の経緯は、例の婚約破棄騒動に端を発します。

 第二王子殿下との婚約解消、および殿下の新たな婚約者としてチクロさんが選ばれた件について、我がアセスルファム公爵家は王家に対し、多大なる精神的苦痛と面目の失墜を訴えましたの。

 王家としても、一方的なズルチン家への鞍替えは外聞が悪いとお考えになったようです。

 そこで、アセスルファム家への「損害賠償」および「迷惑料」として、私の処遇について特例が認められたのですわ』


 手紙の文面は、流れるような達筆で、淡々と恐ろしい政治的決定を綴っている。


『『結果、私は公爵家本家の籍を離れ、平民……ではなく、アセスルファム公爵家より直叙の男爵位を賜りました。

 新たな家名は「グルコース」。

 王家からの支援金(という名の手切れ金)も頂戴し、このたび晴れて独立いたしました。

 つきましては、新米男爵エリスリトール・グルコースとして、貴女の治めるパプリカ領へ伺います。

 これからはお近くで領地経営のノウハウを学ばせていただきたく存じます。

 まずは、私が先に当主となりましたこと、ご挨拶申し上げますわ。』


「…………」


 私は手紙を読み終え、深い、深い溜息を吐いた。


 つまり、こういうことだ。

 王家と公爵家の間で、『第二王子の婚約者変更』という不祥事を手打ちにするため、エリスという『被害者』を『独立貴族』に祭り上げることで決着をつけたのだろう。

 『捨てられた可哀想な令嬢』ではなく、『自ら道を切り開く新興貴族』というポジションを与えることで、公爵家の顔を立てつつ、王家も責任を果たし、美談で片付けようという魂胆ではないだろうか。


 なんて政治的で、なんて面倒くさい解決策だ!

 しかも、その「新米男爵」の受け入れ先が、なぜ私のところなのか!


「お嬢様、まだ続きがありますよ?」


 横から覗き込んでいたソルビトールが指摘する。

 見れば、手紙の最後に追伸があった。


『追伸:

 早速ですが新しい領地の事もあり、直接ご挨拶に伺いますわ。

 この手紙が届く頃には、私もピメントの境界線を超えている頃かと。

 お茶の準備をして待っていてくださいませ』


「……手紙出したと同時に出立しますわって、もう来ちゃうじゃない!!」


 私の絶叫が、ピメントの青空に虚しく響き渡った。


 チクロという戦略兵器が去ったと思ったら、今度はエリスという政治爆弾が着弾しようとしている。

 しかも「グルコース男爵」って……女男爵?


 爵位名のせいで性別がどっち付かずなのよね……


 私のスローライフ計画は、今日も修正を余儀なくされるのだった。

※2026/03/12

 不整合や言い回し修正

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