第042話「冒険試験!失望?離脱?」
季節は巡り、私はついに15歳の誕生日を迎えた。
この世界における、成人の日だ。
誕生日当日――
シンディの自宅では、グレースの誕生会がこじんまりと開かれていた。
参加者は私とシンディ、トレハ、そして経理のお姉さんの4人のみ。
手作りのケーキを囲み、ささやかな女子会で祝ってもらったのだ。
私としては、このくらい静かなのが一番幸せだったのだが……。
翌日、ギルドに出勤すると空気が重かった。
教官や、例の護衛職員たちが、まるで捨てられた子犬のような目で見つめてくるのだ。
「俺たちはお呼びじゃなかった……?」
「プレゼント用意してたのに……」
という怨嗟の声が、呪いのようにギルド内を漂っている。
話を聞きつけたギルドマスターから直接
「頼む、もう一度盛大に誕生会をやらせてくれ。じゃないとあいつらが仕事にならん」
と泣きつかれる始末。
(……いくらなんでも、みんな変じゃないか?)
ただの若手の見習い職員に、なぜここまで執着するのか。
ゲームの主人公「ロザリオ」としての特性――いわゆる『主人公補正(強制魅了スキル)』が、性別や年齢を超えて無差別に発動しているのではないだろうか。
だとしたら、厄介な呪いみたいなもんだな……。
そんな不安を心にしまい込みながら、今日も自席で納品物の伝票を集計するのだった。
◇
そんな疑惑はさておき。
成人したということは、法的に「冒険者」として登録できるようになったということだ。
これまでよりもさらに肉体的な成長を遂げ、すでに大人の女性としての体になりつつある。
喜びに飛び跳ねると感じるものがある。
まさに胸躍る(物理的に)とはこのことなのだろう。
「ギルドマスター、冒険者登録の試験を受けたいのですが」
たまたまフロアに降りてきたギルマスを捕まえ、私は意気揚々と申請を申し出た。
今まで職員として働いてきたが、やはりこの世界に来たからには冒険者として名を上げたい。
日々の訓練も、あの過酷な食材調達も、すべてはこの日のためだ。
「うむ、わかった。
グレースの実力なら形式的なもので構わんのだが……
普通の冒険者であれば、規定上、試験官との模擬戦が必要でな。
どうする?」
ギルマスがグレースの確認を取ろうとしたその時だった。
「待ってください!
その試験官、私がやります!」
バァン!と扉を開けて入ってきたのは、受付嬢の制服に身を包んだシンディだった。
彼女はいつになく真剣な、鬼気迫る表情をしている。
入ってきたシンディを見たときのギルマスの顔が物凄く嫌そうだった。
「おいおい、シンディ。
試験官は教官かD級冒険者、もしくは俺が……」
「いいえ!
グレースの最初の壁は、この私が務めます!」
「あのなぁ…
これは儀礼的な話で…」
「私を倒せなければ、冒険者になんてさせません!」
シンディが仁王立ちで宣言した。
こめかみを押さえ首を振るギルマス。
その背後で、教官や経理のお姉さんが「やめとけ」「大人げないぞ」と止めに入っているが、親バカ(?)モードに入った彼女は聞く耳を持たない。
(……なんてこったい)
シンディは普段は優しい受付のお姉さんだが、彼女はタダモノではない。
冒険者としての最終ランクこそ『C級』で引退しているが、それは依頼達成率や大型の魔物との戦闘などの総合評価での話だ。
こと『対人戦闘』に限って言えば、その実力は軽くA級に並び立つ。
あのB級冒険者である倉庫番の教官ですら、「シンディとだけは喧嘩するな」と震えるほどだ。
そんな彼女の二つ名は『紅蓮の死神』。
このギルドにおける、最強戦力の一角だ。
「……わかりました。お願いします」
私は覚悟を決めて訓練場へと向かった。
彼女なら『手加減なしの試験』になるだろうと思ったからだ。
◇
だが、現実は違った。
手加減なしの部分は正しかった。
ただし、それは試験ですらなかったのだ。
訓練場の中央。
シンディは、片刃の細剣を模した訓練刀を腰に下げている。
特段構えている様子はない。
完全な自然体だ。
「始め!」
審判の声が響く。
私は初手は譲らず動くことにした。
相手のカウンターによる動き出しを見て、それに合わせて――。
次の瞬間、首筋に冷たい感触があった。
「え……?」
私が瞬きをした時には、既に私の喉元に切っ先が突きつけられていた。
見えなかった。
予備動作も、筋肉の収縮も、殺気さえも。
気がついたら、終わっていた。
「そこまで。
……全然ダメね。
反応すらできていないじゃない」
シンディが冷たく言い放った。
普段の甘い声とは違う、絶対強者の声だ。
シンディの剣技の特徴は一点に特化する。
基礎であり基本であり奥義、『不可視の起点』。
攻撃の起こりが全く見えない、これに尽きる。
「後の先」なんて取れるわけがない。
こちらの「先」の時点で、既に彼女の刃は首を捉えているのだから。
「こんな実力じゃ、外の世界なんて歩けないわ。
冒険者なんて諦めなさい。
ここで職員として働いていれば、安全なんだから」
……ああ、なるほど。
そういうことか。
彼女は私を危険な目に遭わせたくないのだ。
だから、絶対に超えられない理不尽な壁として立ちはだかり、心を折って諦めさせようとしている。
でも、それは――あんまりだろう?
ふつふつと、怒りが湧いてきた。
こんなクソゲームーブ、フラグごと圧し折ってやろうじゃないか。
「……シンディさん」
私は感情を押し殺し、静かに立ち上がった。
そして、努めて冷静に、事務的な口調で告げた。
「成人したての新人冒険者が、対人特化のA級相当の実力者に勝つ。
それが合格条件……というのがシンディさんの正直な気持ちなんですよね?」
「え? ええ、まあ……そうよ。
そのくらいじゃないと安心できないもの」
「わかりました。
そんな難題をクリアしなければ冒険者になれないというのなら、私はこの試験を辞退します」
「そ、そう! わかってくれたのね!
なら……」
「ですので」
私はシンディの言葉を遮り、ペコリと頭を下げた。
「私はここを出て、別地域の冒険者ギルドを活動拠点にします」
「……はい?」
シンディの笑顔が凍りついた。
「ここでの登録は諦めます。
王都か、あるいは隣国のギルドへ行って、そこで登録試験を受けます。
そこなら、常識的な新人相応の試験を受けさせてもらえるでしょうから」
理路整然とした正論だ。
バグだらけの無理ゲーサーバーに固執する理由はない。
さっさとログアウトして、別のサーバーに行くだけだ。
「シンディさん。
今まで大変お世話になりました。
他の方々も良くしていただいてありがとございました。
荷物をまとめたら、すぐに出立します」
私は踵を返し、出口へと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って!?
グレース!?」
背後でシンディの悲鳴が上がるが、私は止まらない。
冗談じゃない。
こっちは本気だ。
すると、影から見ていたトレハがたまらず飛び出してきた。
「グレースっち!
待つっす!
アタシを置いていかないでほしいっす!」
「トレハ……ごめんね。
私はずっと冒険者になるために過ごしてきたの。
だからこれは譲れない。
元気でね」
「いやっす!
どうしても出ていくなら、アタシも一緒についていくっす!
同じギルドに行くっすよ!
斥候がいないと不便っすよ~」
トレハが私の腰にしがみつく。
さらに、それを聞いていた他の職員たちも騒ぎ出した。
「おい、グレースちゃんがギルド辞めるってよ!?」
「ふざけんな!
癒やしがいなくなったら俺も辞めるぞ!」
「私もついていくわ!
グレースちゃんのいない職場なんて地獄よ!」
一瞬にして、ギルド内が大パニックに陥った。
集団離職、あるいは暴動の気配だ。
「わ、私も!
私もついていくわ!
お姉ちゃんも一緒よ!」
半泣きのシンディまでが荷物をまとめようとし始めた。
「あんたが悪いんでしょうがぁぁぁ!!」
経理のお姉さんが、鬼の形相でシンディにドロップキックをかました。
カオスだ。
◇
「待てぇぇぇぇい!!」
そこへ、別の職員から報告を受けたギルドマスターが、息を切らせて駆け込んできた。
彼は私の前に立ちふさがると、ガバッと頭を下げた。
「すまん!
これは止めなかった俺の落ち度だ!
試験は無効!
そもそも試験など必要ないって話なんだ」
「え、でも……」
「お前が食材調達で牛や豚を狩ってきた実績は、既にDランク相当の実力を証明している!
これ以上、何を試す必要があるんだ!
シンディが過保護になる気持ちはわからなくもないが、このやり方は間違っている。
彼女の戯言は無視してくれ!
このギルドの最高権限者は俺だ。
俺が良いといえば、それはこのギルドの決定。
グレース、お前は今日から冒険者だ!」
ギルマスが必死の形相でまくし立てる。
チラリと後ろを見ると、シンディが経理のお姉さんに正座させられ、説教を受けていた。
トレハはいまだに私の足にしがみついて離れない。
「……じゃあ、ここで冒険者をやってもいいんですか?」
「もちろんだ!
頼むから出ていかないでくれ!」
「わかりました。
じゃあ、これからは冒険者として頑張ります。
職員の方は退職ということで……」
「いや、それはちょっと…」
ギルマスと、その場にいた全員が声を揃えて言い淀んだ。
一瞬の沈黙の後、堰を切るように就業継続の嘆願が寄せられる。
「職員は継続で!
週に数回でいいから! 顔を出すだけでいいから!」
「グレースっち、アタシの仕事手伝ってくれるっすよね!?」
「お願い、辞めないでぇぇ!」
大人たちが、なりふり構わず15歳の少女に泣きついている。
……どうしてこうなった。
(はぁ……仕方ないか)
心の声に合わせ、ため息をつき苦笑する。
「わかりました。
じゃあ、冒険者と職員、二足のわらじで頑張ってみます」
「おおぉぉぉ!!」
ギルド内に歓声が上がった。
まるで魔王を倒したかのような盛り上がりだ。
こうして、様々な騒動と身内の暴走を乗り越え、私はついに『D級冒険者』になった。
前途多難な気もするが、まあ、退屈はしなさそうである。
まだ見ぬ冒険への期待を胸に秘めつつも、自席に積みあがっていた資料を思い出し気分を重くするのであった。




