第041話「催涙野菜!号泣?絶品?」
肉→肉→キノコ→タマネギ(いまココ)。
これまで、順調に焼肉パーティの食材を集めて来た私たちの前に、最後にして最大の難関が立ちはだかっていた。
出口に近い準湿地帯エリア『A-1』。
足元の土は若干重く、空気はひんやりと重い。
次のターゲットは『催涙の層球』――このダンジョン特産の玉ねぎだ。
「うっ……!?」
エリアに足を踏み入れた瞬間だった。
あの独特の臭気が、鼻腔の奥にへばりつく。
「オエッ…
なんか腐ってないっすか!?
涙と鼻水が止まんないっす!!」
「マジくっさ!」
(なんだこれ!?
俺の知ってるタマネギや、何かの腐敗臭とかってレベルじゃねぇぞ!)
物理攻撃でも、魔法攻撃でもない。
ただそこに存在するだけで撒き散らされる、高濃度の催涙成分。
植物としての最強の防衛本能。
だが、今回のタマネギは魔物なのだ。
植物が発する物とは訳が違う!
空気が黄色く見えるほどの刺激臭が、容赦なく粘膜を焼き尽くす。
「けほっ、ごほっ!
な、なによこれぇぇ!」
私はボロボロと涙を流しながら叫んだ。
身体強化?
そんなものに意味はない。
どれだけ筋肉を鍛えても、どれだけ魔力で体を覆っても、この空虚で呼吸をし、この空気の中で目を開けている限りは防げない。
これは単なる『痛み』などではない。
極度の悪臭と刺激に対する、肉体と精神の『拒絶』なのだ。
「グレースっち!
あそこ!
あそこに居るっす!」
トレハが指差す先、湿地帯の中央。
涙で揺れる視界の先に、バレーボールほどの大きさの球根が、半分ほど土に埋まった状態で群生しているのが見えた。
風も殆ど吹いていない中で、ゆらゆらと独特の葉を揺らしながら、時折黄色いガスのように何かを吹き出している。
間違いない…
アレが災害の元凶だ!
「わかってる!
わかってるんだけど!!
あ〜っ!
涙で前が見えないのよ〜!」
鼻の奥がツーンと痛み、視界が涙で歪む。
さらには流れ出る鼻水による呼吸障害に、どんどん思考力が奪われる。
私たちは涙と鼻水で顔面をグシャグシャにしながら、泥だらけの湿地帯を這いずり回った。
とても人にお見せできるような状態ではない。
牛の突進よりも、豚の暴言よりも、何倍もキツイ。
あれ?暴言は人だっけ?
とにかく今はそれどころじゃない
これは拷問だ。
「こんちくしょうが!
絶対に食ってやるんだからぁぁ!」
私は殺意と食欲だけを原動力に、臭気の中を突き進んだ。
最後は意地だ。
手探りで巨大な球根の葉を掴む。
引っこ抜いた瞬間、さらに強烈なガスが噴出する。
「ギャァァァァァ!!
目が…私の目がぁぁぁ〜!」
断末魔の叫びは発しても、掴んだその手は離さない。
私たちは根性だけで玉ねぎをマジックバッグに放り込み、我慢の限界に達すると同時に、一目散に全力でその場を離れた。
あらゆる意味で、今日一番の強敵だったのは間違いない。
◇
夕刻。
茜色に染まる空の下、ギルドの中庭には、食欲をそそる香ばしい匂いと、白い煙が立ち込めていた。
「おお……これは素晴らしい」
倉庫番の教官が、焼き上がった肉を見て感嘆の声を漏らす。
中庭に設置された大きなコンロ。
赤々と燃える炭火の上でジュウジュウと音を立てているのは、私たちが必死で持ち帰った食材たちだ。
参加者は意外と多く、私やトレハはもちろん、シンディや発起人である教官、荷物持ちをしたかったと嘆いていた経理の女性職員も居る。
そして、昼間に「王族の護衛」ばりの警備をしてくれた男性職員二人もニコニコ顔で満喫中だ。
私は涙が出そうになった。
今度の涙は刺激臭と腐敗臭のせいではなく、純粋な感動による歓喜の涙である。
◇
それから数時間後。
ギルドの中庭には、静寂が戻っていた。
ただし、それは平和な静けさではない。
「……うぐっ、もう食えん……」
「……幸せ……」
「……肉、最高……むにゃ」
あちこちに、職員たちの死体が転がっていた。
もちろん死んでいない。
美味すぎる肉と野菜を限界まで腹に詰め込み、酒を浴びるほど飲んだ結果の、幸福な撃沈である。
テーブルに突っ伏すシンディと経理の女性職員。
ベンチで大の字になる護衛の二人。
そして、地面で満足げな笑みを浮かべてイビキをかく教官。
まさに、死屍累々。
「……ふぅ、食った食った」
唯一生き残っている私とトレハは、膨れたお腹をさすりながら夜空を見上げた。
「グレースっち、次の狩りも絶対誘ってほしいっす……」
「もちろん。
また一緒にいきましょ!」
私たちは固く誓い合った。
こうして、ギルドの焼肉慰安会は、大成功で幕を閉じたのだった。




