第040話「巨菌探索!発見?安堵?」
豚――もとい、人間の冒険者たちの確保と連行を見届けた私たちは、気を取り直して次なるエリアへと向かった。
目指すは中層の上部に位置する、岩場エリア『B-2』。
ターゲットは『白亜の巨菌』――いわゆる巨大エリンギだ。
ダンジョンの様相が少しずつ変化していく。
湿り気を帯びていた土の道は、次第に乾燥した岩盤へと変わり、壁面にはゴツゴツとした石英が混じり始めた。
足音がカツン、カツンと乾いた音を立てて響く。
「……ないっすね」
現地に到着してから、かれこれ30分。
私たちは広大な岩場の周囲を、うろうろと歩き回っていた。
「おかしいわね。
マップだと確かにこの辺りなんだけどな~」
私は腕組みをして、周囲を見渡した。
視界を遮るものは少ない。
あるのは荒涼とした岩肌と、所々に生えている太い石柱、あるいは白い壁だけだ。
肝心のキノコらしきシルエットが、どこにも見当たらないのだ。
「キノコだし、岩の陰とかに隠れてるのかしら?
湿った場所を好むはずだし」
「いやー、アタシの『索敵』にも引っかからないっすよ?
もっと奥っすかねぇ。それとも崖の上とか?」
トレハも首を傾げている。
斥候職である彼女の感覚に引っかからないとなると、潜伏能力が高いのか、あるいは場所が根本的に間違っているのか…
とにかく、これ以上無駄にキノコを探し回るのは時間の無駄。
私はため息をつき、懐から再び「黒い板きれ」を取り出した。
「こういう時は、管理者に聞くのが早いわ」
魔力を流し込み、通話モードにする。
コール音は鳴らず、すぐに繋がった。
『はい、こちら管理室。
……先ほどの通報の件でしょうか?』
先程と同じ女性職員の声だ。
心なしか、声色が弾んでいる気がする。
きっと、日頃のストレス要因だった不法占拠者を一網打尽にできて、ノルマ達成的な喜びがあったのだろう。
「いえ、別の用件です。
予約した『B-2』エリアにいるんですが、ターゲットのエリンギが見当たらないんです」
『はい?
……少々お待ちください』
向こう側で、ガサゴソと資料を確認する音が聞こえる。
しばらくの沈黙の後、訝しげな声が返ってきた。
『おかしいですね。
お渡しした通信機の現在地を示す魔力反応と、こちらで確認したエリンギの所在マップの座標を照合しましたが……お客様はまさにターゲットの目の前にいらっしゃいますよ?』
「目の前?
いえ、何もないですよ」
『あんな巨大な物、そうそう見落としたりしませんが……』
「巨大?
具体的には、どれくらいですか?」
『直径30メートルほどの、白い巨木のような外見ですが』
「……は?」
直径30メートル。
白い巨木。
思考が停止した。
私はゆっくりと、ギギギと首を回すように後ろを振り返った。
さっきから歩き疲れて、私が背中を預けて休憩していた「真っ白な壁」。
触れてみる。
冷たく、しっとりとした弾力がある。
石ではない。木でもない。
これは、高密度の繊維質だ。
そのまま視線を上へとずらしていく。
ズドォォンと空に向かって伸びる白い柱。
その高さは50メートルを下らないだろう。
そして遥か頭上、薄暗い洞窟の天井付近に、かすかに「カサ」のような茶色い部分が見えた。
「……これ?」
私は背中の「壁」を、確認するようにぺちぺちと叩いた。
『はい、多分叩いているそれが『白亜の巨菌』だと思いますよ』
「ごめんなさい、ありました。
てっきり……ダンジョンの一部である柱や壁だと……」
灯台下暗しにも程がある。
というか、デカすぎて『キノコ』として認識できていなかった。
アリが巨象の足元にいて、それが生き物だと気づかないようなものだ。
「これ、どうやって収集するんですか?
根元から倒すの?」
『いえ、倒すと地面が揺れて落盤の危険がありますので。
必要な分だけ、表面から削り取っていってください。
再生能力が高いので、またすぐに生えてきますから』
「なるほど、そういうやつなんですね。
わかりました、ありがとうございます」
私は通信を切ると、改めて目の前の巨体を見上げた。
圧倒的な質量。
視界を埋め尽くす白。
だが、そのスケールに圧倒される一方で、私は密かに胸を撫で下ろしていた。
(よかった……)
心の底から、安堵のため息が出た。
キノコ型モンスターと聞いて、もっとこう……卑猥な見た目を想像していたのだ。
前世の知識というか、ネットの悪いミームに毒されていた自分としては、「人型サイズで、手足が生えて動き回るナニか」だったらどうしようかと危惧していた。
それか見た目が前世の男だった時に見慣れたモノだったりしたら…
もしそうだったら、そのビジュアルのインパクトだけで、調理するのも食べるのも躊躇われるところだった。
生理的な嫌悪感で食欲が死ぬ可能性があったのだ。
「ただデカいだけでよかったわ……。
これなら、ただの食材として見れる」
「何ブツブツ言ってるんすか、グレースっち。
顔、赤いっすよ?」
「べ、別になんでもないわ!
さ、採集しましょ!」
私は雑念を振り払うように叫ぶと、採集ナイフを取り出して構えた。
トレハも同じようにナイフを取り出す。
サクッ、という心地よい感触と共に切り出された断面は、確かにエリンギそのもので、爽やかな菌類の香りが漂う。
私たちは協力して、巨木の幹からステーキサイズのブロックをかなりの量削り取った。
それこそ何kg採集したかもわからないくらいに削り取ったのだが、元々のサイズが大きすぎて、ちっとも減った気がしないのであった。
(自分、あんまりエリンギ好きじゃないんだよな~)




