第004話「辺境到着!要塞?実家?」
王都を出て一週間。
ようやく辿り着いた目的地、アスパルテーム伯爵家所有の飛び地、辺境の町「ピメント」。
「……ねえ、サッカリン、サラヤ」
「なんだお嬢」「なんでしょうかお嬢様」
「ここ、町なの?
それとも異界への入り口?
なんか荒野にそびえたつ魔王城みたいなのがあるんだけど?」
馬車の窓から外を見た私は、絶句していた。
そこには、あまりにも歪な光景が広がっていたからだ。
周囲に広がるのは、枯れかけた農地と、今にも崩れそうなボロ家が点在する寒村。
道路は穴だらけで、排水の悪臭が漂い、歩いているのは腰の曲がった老人ばかり。
まさに限界集落、廃墟寸前だ。
だが、その中心に――。
周囲の寂れ具合をあざ笑うかのように、ひと際巨大で、無骨で、そしてピッカピカに輝く軍事要塞が鎮座していた。
分厚い石積み、堅牢な鉄門、幾何学的に配置された銃眼。
塵一つなく磨き上げられたその建物だけが、異様な存在感を放っている。
「ここがお嬢の新居か。
……要塞じゃねぇか」
「意味がわからないわ。
なんで真ん中だけ文明レベルが違うのよ」
馬車は、その要塞――もとい領主館の前で止まった。
門の蝶番には油が差され、音もなく滑らかに開く。
整えられた前庭から、一人の老人がホウキを持って出てきた。
白髪をきっちりと撫でつけ、背筋をピンと伸ばした執事服の老人。
見覚えがある。
というか、私のトラウマ製造機の一人だわ。
「……あら?
アンタ、ソルビトールじゃない?
久しぶりね、生きてたの?」
私が声をかけると、老人はゆっくりと顔を上げ、片眼鏡の奥から私をじろりと見た。
「おやおや、幻覚かと思えば……パルスイートお嬢様ではありませんか」
老執事ソルビトール。
かつて私のマナー講師を務め、スパルタ教育で私を震え上がらせた、アスパルテーム家の古株だ。
「その薄汚れた格好、それに品のない従者たち……。
まさか没落ですか?
ざまぁ……いえ、おいたわしや」
「今『ざまぁ』って言ったわよね?
聞き逃さないわよ?」
ソルビトールはホウキを立てかけ、優雅に(しかし嫌味たっぷりに)一礼した。
「して、本日はどのようなご用件で?
ここは貴族の婦女子が遊びに来るような場所ではありませんぞ」
「遊びに来たんじゃないわよ。
しばらく世話になるわ」
「……は?」
「王都を追い出されたのよ。今日からここに居候させてもらうわ。
私への処分は『謹慎』だから、領主代行は引き続きアンタよ」
私がそう言うと、ソルビトールは呆れたように溜息をついた。
「やれやれ……。
私への辞令ならいざ知らず、お嬢様までここへ流れてくるとは」
「アンタへの辞令?」
そういえば、ソルビトールは数年前、突然本家から姿を消した。
てっきり引退したのかと思っていたが、まさかこんな辺境に飛ばされていたとは。
「アンタこそ、なんでこんな最果てで管理職なんてやってんのよ。
まさか定年後のスローライフ?」
「まさか。
現役バリバリで『左遷』されました」
ソルビトールは遠い目をした。
「あれは、三年前の夏のことでございました……」
「急に語りだすわね」
「兄君――アドバンテーム様の隠し部屋を掃除しておりました際、異臭を放つ布切れの山を発見しましてな」
「……ああ」
私は察した。
兄、アドバンテーム・アスパルテーム。
我が家の長男にして跡取り息子。
見た目は輝くような銀髪の美青年だが、中身は煮詰めたコールタールのような変態シスコンである。
「よく見れば、それはパルスイート様の使用済みパ…下……肌着でございました。
私は衛生観念を疑いましたよ。
カビでも生えたら屋敷の一大事です」
なんか例に挙げた品物が肌着しかないけど、それってパ〇ツしかなかっただけじゃない?
「で?」
「ですので、善意のみで、業務用の強力洗剤と漂白剤を使い、徹底的に煮沸消毒とプレスを行いました」
ブフォッ!
後ろで控えていたサッカリンが吹き出した。
私は真顔で頷く。
「兄君は大変憤慨なされましてな。
『貴様! これは神聖な聖遺物だぞ!
妹の温もりと香りを、穢れ(洗剤)で洗い流すとは何事か!
薄汚れ、黄ばんでこそ保存する意義があるのだ!』と」
「……あいつ、一回処刑したほうがいいんじゃないかしら」
私のドン引きを他所に、ソルビトールは淡々と続けた。
「私は『衛生的に問題があります』と正論を述べたのですが、アドバンテーム様の逆鱗に触れまして。
『愛がわからぬ堅物は辺境へ行け!』と、即日このピメントへ飛ばされた次第です」
「……それは、アンタが正しいわ。
ごめんね、うちの兄(変態)が」
アスパルテーム家の闇が深すぎる。
まともな人間ほど損をする家系なのだ、うちは。
「しかし、お嬢様も反応が薄いですな。
ご自身のお召し物ですよ?」
「だって知ってたもの」
「……はい?」
ソルビトールが片眼鏡をずらした。
「あいつ、私のパンツを盗むたびに、同じブランドの新品――しかもランクが上の特注品――をタンスに補充していくのよ?
古い下着が勝手に新品の高級品に変わるなら、サブスクリプションとしては優秀よね。
私が直接被害を受けるわけじゃないし、実害ゼロだから放置してたわ。
途中からキモイメッセージが刺繍されてた気がしたけど、まぁ履くだけなら文字関係ないじゃない?」
私の言葉に、ソルビトールが絶句した。
「……さすがは損得勘定の化身。
アドバンテーム様も異常なら、お嬢様も大概ですな」
「合理的と言ってちょうだい」
まあ、ゲームの設定的にも兄の愛は重いのだ。
ゲーム内の隠し攻略対象としても、そのルートに入るには「妹の…を愛する兄を母性で見守る」というインフェルノ級の精神力が要求される、トロコン阻止のラスボス的存在だったのだ。
「して、まさかお嬢様も?
兄君のコレクションに手を出して飛ばされたので?」
「ないわー。
私が直接お兄様に構ってあげたら、それこそコレクションなんてそっちのけでフルタイムストーカーになっちゃうわよ。
私のは別よ別。
『国王命令』ね」
私はふんぞり返った。
「国王陛下直々の命令で、謹慎処分を受けたの。
……まあ、お兄様は私が追放されたと聞いて発狂したらしいけど」
「でしょうな。
では今頃、馬を飛ばしてこちらへ向かっているのでは?」
「それは大丈夫みたい。
お父様が衛兵を総動員して捕縛したって聞いたわ。
今は屋敷の地下牢に『監禁』されてるはずよ」
お兄様は将来の伯爵だ。
私みたいな「政略結婚のコマ(失敗作)」とは扱いが違う。
簡単に僻地にやるわけにはいかないのだろう。
「旦那様(父)のご英断に感謝を。
もしあの方がここに来たら大騒動は免れません」
ソルビトールは本気で安堵の息を吐いた。
「……では、このような場所で立ち話もなんですので、続きは中で話すといたしましょう」
私たちは要塞のような館の中に案内された。
廊下はピカピカに磨き上げられ、窓ガラス一点の曇りもない。
だが、通された応接室には、最低限の家具しかなかった。
「……ねえソルビトール。
ひとつ聞いていい?」
「なんでしょう」
「この館、やけに綺麗だけど、維持費はどうなってるの?
外の町はあんなにボロボロなのに」
私が問うと、ソルビトールは涼しい顔で答えた。
「当然です。
ここは仮にも隣国との国境ライン。
過去の国の防衛拠点としての名残から、館の維持管理費は全額『国防予算』から出ております」
「なるほどね!
国の金!」
私は手を叩いた。
やっぱり金はあるんじゃない!
「じゃあ、町の道路工事とかもできるわね!
ついでに私の衣食住とか、美味しい食事とか」
「できません」
ソルビトールが即答した。
「は?」
「ここは軍も駐屯していない名ばかりの拠点です。
認められているのは『施設維持費』のみ。
それ以外の個人的な生活費や、周辺インフラの整備費は『国防上不要』として却下されました」
「……じゃあ、町のお金は?」
「それは『領地経営費』の管轄です。
つまりアスパルテーム家の財布ですが……」
ソルビトールは窓の外、寂れた村を指差した。
「産業なし、特産品なし、若者不在。
税収はゼロどころかマイナスです。
……つまるところ
予算はほぼゼロです」
「…………」
私は理解した。
ここにあるのは、国の金でピカピカに維持された「箱」だけ。
中身の生活費も、町を良くする資金も、一銭もないのだ。
典型的な縦割り行政の弊害じゃない!
「じゃあ何?
私はこの立派な要塞の中で、指をくわえて飢えろってこと?」
「備蓄の乾パンくらいはありますが?」
「嫌よ!
私はフカフカのベッドで寝て、美食に舌鼓を打ちたいの!」
私は立ち上がった。
他人がくれないなら、自分で作るしかない。
「ソルビトール。
この町の管理者はアンタだけど、実質的な支配者はこの私よ。
私の快適な生活のために、領地改革を行うわ!」
私は後ろに控えるナトたち(元農民)と、サッカリン、サラヤを指差した。
「戦力(筋肉)はある。労働力(奴隷)もある。
そして『金脈』の目星もついているわ」
「……はぁ。
また何を企んでおられるのやら」
「それと、アンタのその完璧な掃除スキルも貸しなさい。
館だけが綺麗でも、庭である町が殺風景じゃ気分が上がらないわ」
呆れるソルビトールを無視して、私は高らかに宣言した。
「明日の朝から、総動員で動くわよ!
まずは『物理的害獣駆除』で安全を確保し、次に『カイワレ栽培』で現金を稼ぐ!
見てなさい、この廃墟同然のピメントを、私のための黄金郷に変えてやるんだから!」




