第039話「滅殺屠殺!通報?連行?」
最深部での「牛狩り」を終えた私たちは、再び身体強化を発動し、風のようにダンジョンを駆け上がった。
目指すは中層エリア。
次なるターゲット、『剛毛の赤猪』の狩猟だ。
「ついたっす!」
トレハが足を止め、マップを確認する。
予約していたポイント、C-4エリアだ。
いた!
『豚』の群れだ。
こちらの存在を悟られないよう素早く身を隠す。
「……ねえ、トレハ」
私は岩陰からその光景を覗き込み、眉をひそめる。
「あれがクリムゾン・ボア?
……なんか、偉そうに二足で歩行してるんだけど」
そこにいたのは、太った二足歩行の豚の集団。
何故か装備を着け、顔を真っ赤にして酒まで飲むようだ。
彼らは焚き火を囲み、酒を回し飲みしながら下品な笑い声を上げていた。
伸び放題の髭、突き出た腹、脂ぎった肌。
――まるで不細工な人間の集団のようだ。
なるほど見事、あれがクリムゾン・ボアか。
『剛毛の赤猪』とは良く言ったものだ。
「随分と人間臭い様相ね。
あれ、食べるのちょっと嫌だな~
二足で歩行されると食べるの抵抗ない?」
「食べちゃ駄目っす!
豚みたいだけど人っす…多分って!
あれは、ただの柄の悪い冒険者っすよ!
でもある意味では豚であってるっすけど」
トレハが全力で否定した。
が、肯定もした。
なんだ、食材じゃないのか。
紛らわしい。
私たちが姿を現すと、豚――じゃなくて、人間の冒険者たちがこちらに気づいた。
「あ?
なんだ嬢ちゃんたち」
リーダー格らしき豚男Aが、肉を齧りながら凄んでくる。
ブヒッと聞こえた気がするが、気のせいだろう。
「ここは『俺たちが使って』ンだよ!
は?予約?
知らねぇな。
早い者勝ちが冒険者のルールだろ?」
典型的な「場所取り(ルール違反)」だ。
受付の時にお姉さんが殺気立っていた理由はこれか。
すると、横にいた豚男Bが下卑た笑みを浮かべて立ち上がった。
「よく見りゃ君たち、すっげー可愛いね〜
そう邪険にするなって。
こっち来て酌でもしてくれよ」
豚男Bが、私の頭のてっぺんから足先までを舐めるように見回す。
「そうだ君たち、僕たちとパーティー組まない?
結構ベテランなんだぜ?
『狩り』の手ほどき、手取り足取り教えてあげるよ~?
特にそっちの銀髪ちゃんは、細いのにイイ体してるねぇ…グヘヘ」
……なるほど。
不法占拠のマナー違反に加え、ナンパしてくる変質者ということか。
私は無表情のまま、懐から例の「黒い板きれ」を取り出した。
躊躇いなく魔力を流し込み、起動する。
「おい、なんだそれ?」
首をかしげる豚たちを無視して、私は端末に向かって明るく声を吹き込んだ。
「もしも~し、おまわりさ〜ん」
『はい、こちら管理室。
どうされました?』
受付のお姉さんの、冷静かつ即応体制の声が響く。
「C-4エリアに変質者がいま~す。
予約場所を不法占拠して、さらに未成年に卑猥な言葉を投げかけてきま~す」
『……了解いたしました(・・・)』
通信の向こう側で、何かが爆発的に勢いで動き出した気配がした。
「は?
おい、何して……」
事態が飲み込めない豚たちに、私は満面の笑みで告げた。
「えっと、つうほーしました!」
「なっ、なんてことするんだよ!
話せばわかるだろ!?」
「さっきのブヒブヒッて言ってたの、通じる言葉で話してたんですか?
てっきり鳴き声かと」
「テメェッ……!!」
逆上した豚たちが武器に手をかけた、その瞬間だった。
ドォォォォォォンッ!!!!!
ダンジョンの壁を突き破るかのような轟音と共に、天井から降り注ぐ「5つの影」。
「動くな!
ダンジョン管理課だ!!」
土煙の中から現れたのは、全身を輝くフルプレートメイルに包んだ5人組。
ギルド選りすぐりの精鋭部隊――通称『5発の銀の弾丸』だ。
気のせいか?
ポージングしているように見えるが…まぁ見間違いだろう。
自称ダンジョン警察を名乗る彼らの動きは神速だった。
「ひっ、うわっ!?」
「離せ! 俺たちはただ……!」
「問答無用! 確保ォォッ!!」
ガシャァァン!
抵抗しようとした豚たちを、流れるような関節技と拘束魔法で一瞬にして制圧。
手足を縛り上げられ、地面に転がされるまで、所要時間はわずか10秒。
「……ってかもう来たっす!
確保はやっ!」
通報から到着まで早すぎる。
どういう移動速度してんの?
リーダー格の職員が、爽やかに敬礼してきた。
「ご協力ありがとうございます!
彼らを不法占拠および迷惑防止条例違反で連行します!
ご迷惑をお掛けいたしました。
それでは、快適なダンジョンライフをお楽しみください!」
言うが早いか、彼らは豚たちをロープで数珠つなぎにし、ズルズルと引きずっていった。
「ドナドナだ……」
「ドナドナっすね……」
哀愁漂う背中を見送りながら、私はふと呟いた。
「……やっぱ屠殺かな?」
「しないっすよ!!
たぶん出禁と罰金、余罪があれば強制労働って感じっす!」
◇
嵐が去った後の静けさ。
邪魔者が排除されたポップアップポイントに、改めて魔法陣の光が灯る。
今度こそ、本物の獲物のお出ましだ。
「ブモォォォォッ!!」
現れたのは、全身を赤茶色の剛毛で覆われた巨大な猪。
『剛毛の赤猪』だ。
鼻息荒く、蹄で地面を削っている。
「よし、邪魔者も消えたし……」
私が前に出ようとすると、トレハがスッと手を挙げた。
「待った!
グレースっちはさっき牛をやったっしょ?
こいつはアタシに譲ってほしいっす!」
トレハが腰のショートソードを抜き放ち、好戦的な笑みを浮かべる。
「豚なら任せろっす。
スピード勝負なら負けないっすよ!」
「わかった。任せるわ」
私は一歩下がり、彼女の背中を見守ることにした。
斥候職とはいえ、彼女もまた一流の冒険者だ。
「ブモッ!」
猪が弾丸のように突進してくる。
その巨体がトレハを串刺しにする――寸前。
「ほいっ!」
トレハの姿がブレた。
最小限の動きで突進を躱し、すれ違いざまに剣閃が走る。
猪の脇腹に赤い線が刻まれる。
「遅いっすよ~!」
彼女は止まらない。
方向転換しようとする猪の死角に滑り込み、関節や腱を的確に斬りつけていく。
パワーで押し切る私とは対照的な、削り殺すスタイル。
猪が激昂して暴れれば暴れるほど、その攻撃は空を切り、トレハの刃が深く突き刺さっていく。
「これで……終わりっ!」
最後は、突進の勢いを利用したカウンター気味の一撃。
喉元を深々と貫かれた赤猪は、数歩よろめき、どうっと音を立てて倒れ伏した。
「ふぅ……!
一丁あがりっす!」
トレハが剣を振って血を払い、Vサインを送ってくる。
鮮やかな手際だ。
「ナイス!トレハ。
可食部に余計な傷を付けない完璧な仕事だったわ」
「えへへ、それほどでも~!
さ、さっさとバッグに入れて、次の『野菜』に行くっすよ!」
私たちは手早く獲物を回収し、次なる階層へと足を向けた。
焼肉パーティーまで、あと二種類だ。




