第038話「迷宮突入!予約?順番?」
街から馬車に揺られること半日。
私たちが到着したのは、切り立った崖に囲まれた「クレイ渓谷」――の入り口に建つ、巨大な石造りの建造物だった。
「……でっか!」
「っすね〜」
二人の口をら思わず素の感想が漏れる。
目の前にあるのは、どう見てもダンジョンの入り口というよりは、役所の合同庁舎か何かに見える。
天然の洞窟がポッカリ空いているのを想像していたが、どうやらこの世界のダンジョン管理は、自分が思っている以上に近代的らしい。
「ここでお別れですね。ありがとうございました」
ここまで厳重に周囲を警戒してくれていた二人の護衛(抽選の勝者たち)に礼を言う。
彼らはここから先、ダンジョン内部への立ち入り権限がないため、入り口での待機となる。
「おう、気をつけてな!」
「いい肉、期待してるぞ!」
彼らは満面の笑みで親指を立てて見送ってくれた。
本当に楽しそうだな、この人たち。
入り口に立つ常駐職員にギルドカードを提示し、専用のゲートを通過する。
魔導具による認証システムだろうか。
「ピッ」という無機質な音が鳴り、重厚な扉が開いた。
◇
建物の中に入ると、そこは広々としたロビーになっていた。
冒険者たちが装備の点検をしたり、パーティー募集の掲示板を見たりしている。
私たちは職員用の受付カウンターへと向かった。
「お疲れ様です。
冒険者ギルドから来ました」
持ってきた書類を提出すると、受付の女性職員が手際よく確認を進める。
「はい、伺っております。
今回のターゲットは『大角の黒牛』『剛毛の赤猪』『白亜の巨菌』『催涙の層球』の四種ですね」
職員さんはカウンターの下から一枚の地図と、黒い長方形の板を取り出した。
「こちらが本日の『使用可能エリア』が記されたマップになります。
当ダンジョンの魔物出現ポイント(ポップアップポイント)は、トラブル防止のため完全予約制となっております」
「予約制……」
飲食店の個室か何かなんだろうか。
「現在、お客様が申請された四種の出現ポイントは、全てギルド様の方で予約済みです。
こちらのマップに記されたルートに従って移動してください。
移動経路も整備されておりますので」
渡されたマップを見ると、狩り場だけでなく、そこに至るまでの最短ルートや、安全な通路まで詳細に記されていた。
親切設計すぎる。
もはや「冒険」というより「おつかい」の現場だ。
「そして、こちらが緊急連絡用の魔導具です」
彼女が示したのは、先ほどの黒い板きれだ。
見た目は完全にスマホ――いや、タブレット端末に近い。
「魔力を流して話しかけていただければ、こちらの管理室に繋がります。
怪我や事故などの緊急時はもちろんですが……」
そこで職員さんの声のトーンが、一段低くなった。
「もし、予約されている狩り場に、予約をしていない他の冒険者が居座っていた場合。
即座にご連絡ください」
「えっ」
「『ここ使ってます』などという不法占拠は、当ダンジョンでは一切認めておりません。
ご連絡いただければ、直ちに警備班が急行し、排除いたします」
職員さんの目は笑っていなかった。
どうやら、場所取りトラブルはこの業界の闇らしい。
管理側の「ルール違反者は許さん」という鉄の意志と殺気を感じる。
「……承知しました。
すぐに通報します」
「はい、ご協力感謝いたします」
にっこりと営業スマイルに戻った彼女に見送られ、私たちはダンジョン内部への扉をくぐった。
◇
ダンジョンの内部は、確かに天然の洞窟がベースになっていた。
だが、足場は平らに均され、要所には魔導ランプが設置され、壁面も補強されている。
これなら馬車でも通れそうだ。
「さて、どうするっすかグレースっち」
トレハがマップを覗き込んでくる。
「野菜系は浅い階層、豚は中層、牛は最深部みたいっすね」
「そうね。
買い物で考えると、遠い方から処理したいところだけど……」
私は少し考えてから結論を出した。
「一気に最深部まで降りましょう。
最初に『牛』を狩って、戻りながら『豚』『エリンギ』『玉ねぎ』の順で回収する逆走ルートで行くわ」
「了解っす!
でも、最深部まで歩くと結構な距離っすよ?
往復で二日はかかる計算っす」
「普通に歩けば、よね?
走りましょ」
私は軽く笑んで、足に魔力を集中させる。
全身のが圧縮され、爆発的な推進力を生み出す準備が整う。
「私たちなら、もっと速く行けるでしょ?」
「あはっ、そりゃそうっすね!」
トレハも即座に反応し、軽やかな構えを取る。
二人とも、身体強化はお手の物だ。
「行くわよ。
管理用通路を通って、ノーエンカウントで突っ走る!」
「ラジャ!」
地面を蹴る音と共に、私たちは弾丸のように駆け出した。
景色が後方へとすっ飛んでいく。
風を切る音が心地よい。
整備された通路のおかげで、足元を気にする必要もない。
これなら日帰りどころか、おやつの時間には帰れそうだ。
身体強化、マジで偉大すぎる。
◇
そして、あっという間に最深部。
予約されていた『バイソン』のポイントに到着した。
「早速いたっすね……」
岩陰からそっと覗くと、そこには巨大な黒い影があった。
『大角の黒牛』。
岩のような皮膚と、立派な二本の角を持つ巨獣だ。
「教官の言ってた通り、群れから少し離れた個体がいるわね。
アレにしましょう」
少し離れた場所に、一頭だけで草(ダンジョン苔)を食んでいる個体がいた。
他の個体よりも毛並みがツヤツヤしている。
あれなら肉質も間違いないだろう。
「了解。
んじゃ作戦通り、アタシが翻弄するっす」
「わかった。
私が正面から沈める」
トレハが勢いよく飛び出していく。
逃がさないよう音もなくターゲットの死角から近づくと、突如正面へと回り込んだ。
いきなり現れたトレハに驚くバイソン。
わざとらしく小石を投げつけ、牛の注意を引きつける。
「ブモォッ!?」
牛が怒り狂ってトレハに向き直る。
その巨体が動き出した瞬間、トレハはひらりと舞うように横へ跳んだ。
牛の突進が空を切る。
私は全速力で突っ込んだ。
「ふっ!!」
踏み込みの衝撃で地面が陥没する。
その隙だらけの側頭部を拳の間合いに捉えた。
腰の回転と体重移動、そして身体強化を乗せた渾身の右拳を放つ。
ズドォォォォン!!
鈍い音が響き、牛の巨体が宙に浮いた。
そのまま横倒しに倒れ込むバイソン。
残心のまま様子を窺うが、すでにピクリとも動く様子はないようだ。
まさに一撃必殺。
「お見事っす!」
トレハが拍手しながら駆け寄ってくる。
私は拳の感触を確認しながら息を吐いた。
以前なら恐怖していただろう巨大な質量も、今の動体視力と胆力があれば、ただの止まった的でしかない。
「さて、と」
私は倒れた牛を見下ろして、ふと疑問に思ったことを口にした。
「ねえトレハ、これって血抜きとか要るの?
教官、そういう処理にうるさそうだけど」
現場で解体して血抜き処理をするとなると、結構な手間と時間がかかる。
何よりグロいし汚れる。
「あ、要らないっすよ」
トレハがあっけらかんと答えた。
彼女は教官から預かったマジックバッグの口を広げた。
「このバッグ、時間経過のない『時間停止タイプ』の高~いやつなんで。
獲った瞬間の鮮度がそのまま保存されるっす。
だから、そのまま突っ込んでいいっす!
帰ってから、専門の解体担当の職員にやって貰った方が、素人のアタシらがやるより美味しいお肉になるっすよ」
「……文明の利器ね…」
マジックバッグによる時間停止に質量無視。
狩った獲物の現地での血抜きも解体も不要。
ただ袋に詰めるだけ。
もはや狩りというより、スーパーでの買い物に近い感覚だ。
私たちは協力して、牛の巨体をマジックバッグへと押し込んでいく。
スルリと吸い込まれていく様は見ていて気持ちがいい。
「よし、まずは一丁あがり」
私はパンパンと手を払った。
幸先の良いスタートだ。
「次は『豚』ね。
教官お墨付きの、極上バラ肉が待ってるわよ」
「ラジャっす!
このペースなら楽勝っすよ!」
私たちは再び身体強化を発動させ、次なる獲物が待つ中層エリアへと向けて駆け出した。




