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第031話「面影回想!悲劇?惨劇?」

シンディ側の描写となります。


 冒険者ギルド、メレンゲ支部。

 私はいつものようにカウンターに立ち、貼り付けたような営業スマイルで業務をこなしていた。


「おいシンディちゃんよぉ、今日の仕事はシケてんなぁ」

「もっと実入りのいい仕事ねぇのかよ?」


 昼間から酒臭い息を吐きながら絡んでくる冒険者たち。

 彼らの多くは、真面目に依頼をこなす気などない。

 楽をして稼ぎたい、あわよくば犯罪まがいのことでも構わない。

 そんな連中が、この迷宮都市には掃いて捨てるほどいる。


「申し訳ありません。

 現在、ご案内できるのは掲示板にあるものだけですね」


 私は作り笑顔でかわしながらも、心の中で舌打ちをする。

 

(……ゴミが。

 どいつもこいつも、魔獣の餌にでもなればいいのに)


 特にどうという話ではないが、私は元C級冒険者だ。

 腕には多少の覚えがあったが、ギルドマスターからの熱心な勧誘もあり、冒険者を引退してこの職に就いた。

 理由は単純。

 危険な冒険稼業から足を洗い、唯一の家族である妹と、安定した暮らしを送りたかったからだ。


 だが――その願いは、最悪の形で踏みにじられた。


 去年の冬のことだ。

 当時10歳だった妹が、忽然と姿を消した。

 犯人は、私が冒険者時代に壊滅させた犯罪組織の残党だった。

 奴らは私に恨みを持ち、あろうことか妹を人質に取り、私を脅迫しようとしたのだ。

 『妹の命が惜しければ、ギルドの内部情報を流せ。』と。

 要するに『人攫いの片棒を担げ』と言っているのだ。


 だが、妹は強かった。

 奴らの言いなりになって私が犯罪に手を染めることを良しとせず、覚えたての剣技と拙い魔法で、必死に抵抗したらしい。

 結果――逆上した犯人たちによって、彼女は殺された。


 街外れの森で変わり果てた姿となった妹と対面した時の、あの凍えるような絶望。

 自分の過去が招いた悲劇。

 守るために安定を求めたはずが、逆に死なせてしまった悔恨。

 私はその十字架を背負いながら、今もこのカウンターに立ち続けている。


          ◇


 ギィィィ……。


 重厚な扉が開き、一人の来訪者が現れた。

 その瞬間、ギルド内の空気が変わったのを、私は敏感に察知した。


 入ってきたのは、子供だった。

 身長は130センチほどだろうか。

 顔の上半分を奇妙なヘッドギアで隠し、両手には不釣り合いな鉄のナックルを嵌めている。


(……何、あの子?

 付き添いは…入ってこない、まさか一人!?)


 異様な格好だ。

 だが、それ以上に私の神経を逆撫でしたのは、周囲の冒険者たちの視線だった。


 値踏みするような目。

 獲物を見つけた猛獣のような、粘着質な視線。

 特に、ギルドの隅でたむろしている「素行の悪い連中」の目が、ギラリと光ったのを私は見逃さなかった。

 奴らは、かつて妹を奪った連中と同じ匂いがする。


 奴らの仲間の一人が静かに立ち上がると、そっとギルドの外へと出て行くのが見えた。


(あいつら…あの子に狙いを付けたわね…

 マズいわ……)


 彼らにとって、身寄りのない子供は格好の「商品」であり、あるいは「道具」だ。

 親も連れず、こんな場所にノコノコと入ってくるなんて、自殺志願者としか思えない。


 少女は、周囲の視線に気づいているのかいないのか、肩を怒らせて歩いてくる。


『……なんだぁ? 嬢ちゃん、お使いか?』

『おいおい、ここはガキの来るところじゃねぇぞ』


 嘲笑を浴びながら、少女は懸命に虚勢を張っているように見えた。

 その小さな肩が、小刻みに震えている。


(震えてる……。

 そうよね、怖いに決まってる。

 でも、ナメられないように必死に耐えて……)


 その姿が、私の記憶の中にある「あの子」と重なった。


 ――お姉ちゃん、私、強くなりたいの。

 ――お姉ちゃんの迷惑にはならない!


 ――私だって戦えるもん!!


 私の妹もそうだった。

 私の負担になることを何より嫌い、まだ子供なのに強がって。

 そして、その「中途半端な強がり」が犯人を刺激し、あんな無残な最期を遂げたのだ。


 思考が白く染まる。

 気づけば、私はカウンターを飛び越えていた。


「あ! あら~(汗)

 アナタ、お家で待っててっていったじゃな~い……

 もう、寂しくてきちゃったの? だめよ~」


 口から出たのは、とっさの嘘だった。

 この子には「身寄り(保護者)」がいるのだと、周囲に知らしめるための嘘。


 私は呆気に取られる少女を抱え上げ、連中の視線から隠すようにして外へと走り出した。


          ◇


 路地裏まで走り、ようやく足を止める。

 安堵よりも先に、怒りがこみ上げてきた。


「ちょっと!

 いきなり何すんだよ!」


 少女が男勝りな口調で抗議してくる。

 その声の震え、必死に作った強気な表情。

 それを見るだけで、胸が締め付けられるように痛い。


「あんた、自分がどんな場所に足を踏み入れてたのかわかってんの!?」


 私は声を荒らげた。

 彼女のためを思ってではない。

 ただ、二度と同じ過ちを見たくないという、私のエゴだ。


 少女は言った。

 冒険者になりたいと。

 一人で生きていくために、強くならなきゃいけないんだと。


「……死ぬからよ。

 中途半端な力で、武器を持って粋がってる子供なんて……真っ先に殺されるわ」


 口に出した言葉は、過去の自分への戒めでもあった。

 あの時、もっと厳しく止めていれば。

 あるいは、もっとちゃんと守ってあげていれば。


 少女は私の剣幕に押され、シュンと小さくなった。

 聞いてみれば、彼女――グレースは、山奥の村の生き残りだという。

 天涯孤独。

 頼れる大人など一人もいない状況で、たった一人、この無法の街へ流れ着いたのだ。


「グレース……いい名前ね」

「うん、死んだおとうさ…親父がつけてくれたんだ」


 亡き父の贈り物。

 彼女が男言葉を使うのも、きっと自分を守るためなのだろう。

 決して侮られないように。

 弱い自分を隠すために、必死に「男」の仮面を被っているのだ。

 かつての妹のように。


(ああ、なんて……健気な子なの)


 私の中で、何かが音を立てて崩れ落ち、そして再構築された。


 神様がくれた機会(チャンス)なのかもしれない。

 守れなかった妹の代わりに、この子を守れという。


(よし…決めた)


「いい?

 アンタは今日から、私の『従姉妹いとこ』よ」


 私は強引に提案した。

 もう、離さない。

 あんなハイエナどもの餌食になんてさせない。


 彼女は最初こそは戸惑っていたが、最後には「お世話になります……姉御」と頭を下げた。

 そのあどけない仕草に、私は救われるような思いがした。


 ただ、姉御という呼び方だけは却下しておいた。


          ◇


 職員寮の一室。

 かつて妹が使っていたベッドで、グレースが寝息を立てているのを確認し、私はそっとドアを閉めた。


「……ふふ、あんな物を大事に抱えて」


 枕元には、彼女が肌身離さず持っていた無骨な武器とヘッドギアが置かれている。

 よほど不安だったのだろう。

 あれが彼女なりの「お守り」なのか、もしかしたら両親の形見なのかもしれない。


(冒険者になりたい、なんて言ってたけど……)


 あんな危険な真似はさせない。

 まずは家事手伝いから。

 そして勉強を教えて、教養を身につけさせて。

 いずれは、まともな商家にでも嫁げるような、立派なレディに育ててみせる。


 その時、窓の外でゴウッっと大きな風が吹いた。


『お姉ちゃん!』


 風の音に、妹の声が聞こえた気がした。


『お姉ちゃん、私は冒険者になりたいの!』


  覚えている、最後の喧嘩。


『ダメよ、アナタが思っているような世界じゃないの。

 私はあなたに真っ当な世界で暮らして欲しいのよ』


『もういい、私はお姉ちゃんが真っ当じゃないなんて思ったことなんてない!

 そんな風に考えてるお姉ちゃんなんて大嫌い!』


 どうしてあの時、あの子が冒険者になりたいと思ったことに反対してしまったのだろう。

 過去の悔恨がシンディの思考を塗りつぶす。


 ずっと後悔しかなかった。

 もっと、出来ることがあったはずだった。

 私があの子に教えて、ずっと一緒に行動して、そして、どうして、なんで…


(もうそんな後悔をするのはやめようと決めたじゃない!)


「今度こそ、守ってみせるわ」


 グレースは冒険者になりたいと言った。

 じゃあ私は元冒険者として、その道をサポートするべきだ。

 必ずあの子を、一人前の冒険者にしてみせる。


 私は静かな決意と共に、夜空を見上げた。


 こうして、家出少女と受付嬢の奇妙な同居生活が幕を開けたのである。

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