第030話「迷宮都市!突撃?保護?」
ビアンコ男爵領の端、領境付近に位置する『迷宮都市メレンゲ』。
王都から馬車を乗り継ぎ、最後は徒歩で山を越え、俺はついにこの街へとたどり着いた。
「ふぅ……。
ここが、俺の第二の人生のスタート地点か」
目の前には、堅牢な城壁に囲まれた都市が広がっている。
入り口である大門の前には、検問待ちの長い列ができていた。
俺は物陰に隠れ、実家であるビアンコ邸から拝借してきた懐中時計を確認する。
時刻は正午過ぎ。
行商人や冒険者たちが、昼食や納品のために最も出入りが激しくなる時間帯だ。
「よし、計算通りだ」
俺は大荷物を抱えた商隊の集団が門に差し掛かるタイミングを見計らい、その死角に滑り込んだ。
身長の低さを利用し、荷馬車の影に隠れるようにして進む。
門番たちは商隊の親方とのやり取りに忙殺されており、足元の小さな影になど気づきもしない。
「……チョロいもんだな」
関所を抜け、都市の中へ。
そこは、王都の洗練された雰囲気とは違う、熱気と雑踏に満ちた空間だった。
武装した冒険者、露店の呼び込み、鉄を打つ音。
(うっひょー!
これだよこれ!
ファンタジーRPGの初期村って感じだ!)
俺のゲーマー魂が歓喜に震える。
だが、観光している場合ではない。
まずは拠点と身分の確保だ。
俺は事前に頭に叩き込んでおいた地図を脳内で展開する。
目指すは街の中心部、『冒険者ギルド』だ。
◇
迷うことなく路地を抜け、俺は目的の建物の前に立った。
剣と盾が交差した看板。
間違いなく冒険者ギルドだ。
(さて、ここからが演技の見せ所だ)
俺はバイザー付きヘッドギアの位置を直し、意気揚々と重厚な扉を押し開けた。
「たのもー!!」
……とは口に出さなかったが、気分は道場破りだ。
ギィィィ……。
扉が開くと同時に、喧騒が一瞬だけ止んだ。
昼間から酒を煽る荒くれ者たち、依頼書を眺める戦士たち。
彼らの視線が、一斉に入り口の「珍客」に集中する。
身長130センチそこそこ。
顔の上半分を覆う不審なヘッドギア。
両手には無骨な金属製のナックル。
どう見ても迷子か、頭のおかしい子供だ。
「……なんだぁ? 嬢ちゃん、お使いか?」
「おいおい、ここはガキの来るところじゃねぇぞ」
下卑た笑い声が漏れる。
俺はわざと肩を怒らせて歩き出した。
(この街で女子供が一人で生きていくにはナメられたら終わりだ。
だからこそ『男口調』を使っていこう。
か弱い少女が、自分の身を守るために必死に虚勢を張っている……そういうキャラ作りでいくぜ)
俺は周囲の視線を無視し、スタスタと奥のカウンターへと向かう。
そこには、妙齢の受付嬢が一人、目を丸くしてこちらを見ていた。
赤みがかった茶色の髪をシニヨンにまとめ、キリッとした眉が印象的な美人だ。
(お、美人受付嬢発見。
まずは登録、といきたいところだが……)
俺がカウンターに手をかけようとした、その時だった。
「あ! あら~(汗)
アナタ、お家で待っててっていったじゃな~い……
もう、寂しくてきちゃったの? だめよ~」
「……は? 何言って……」
俺が呆気に取られた瞬間。
受付嬢が猛ダッシュでカウンターを乗り越えてきた。
そして有無を言わさず俺を小脇に抱えると、信じられない腕力で、そのまま出口へと直行したのだ。
「ちょ、え!?」
「ごめんなさいね~! うちの従妹なの!
すぐ戻らせるから!」
彼女は店内の冒険者たちに愛想笑いを振りまきながら、俺を抱えて外へと飛び出した。
◇
ギルドから離れた横道。
路地裏と呼ぶほど奥ではない。
ようやく解放された俺は、乱れた服を直しながら抗議した。
「ちょっと! いきなり何すんだよ!」
「それはこっちのセリフよ!!」
受付嬢の女性が、鬼のような形相で怒鳴った。
俺は思わずビクッと肩を震わせる。
「あんた、自分がどんな場所に足を踏み入れてたのかわかってんの!?
あそこは冒険者ギルドよ?
酒と暴力と欲望が渦巻く掃き溜めなのよ!?
そんなところに、親も連れずに、しかもそんなふざけた格好で一人で入ってくるなんて……
死にたいの!?
攫われたいの!?」
「い、いや、わた…俺は冒険者に……」
「10歳そこらの子供がなれるわけないでしょ!!」
「なれるさ!
俺は強いんだ!」
俺は計算通りに、精一杯の強がりを見せた。
震える手でナックルを握りしめ、大人たちを睨みつける野生動物のように。
「俺は……一人で生きていかなきゃなんねぇんだ。
だから、強くならなきゃいけないんだよ!」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の表情が凍りついた。
怒りではない。
もっと深い、悲しみと後悔が入り混じったような色。
「……っ」
彼女はハァと大きく息を吐きだすと、俺の肩を強く掴んだ。
「ダメよ。
絶対にダメ」
「な、なんでだよ」
「……死ぬからよ。
中途半端な力で、武器を持って粋がってる子供なんて……真っ先に殺されるわ」
彼女の声が震えていた。
まるで、過去に見た誰かの姿を俺に重ねているかのように。
「いい? この街はね、あんたが思ってるよりずっと治安が悪いの。
特に最近は、子供を狙った人攫いも多いの。
あんたみたいに、身寄りもなくて、ちょっと腕に覚えがあるような子が一番危ないのよ!」
……なるほど。
彼女のこの反応、ただの親切心じゃないな。
何か個人的な事情があるのかもしれない。
俺の本能が『ここは大人しく従うべき』との判断を下した。
「わ、わかったよ……ごめんなさい」
「……はぁ。わかればいいのよ」
彼女は深い溜息をつき、少し落ち着きを取り戻したようだ。
「アンタ、名前は?」
「……グレース」
とっさに偽名を名乗る。
「グレース……いい名前ね」
「うん、死んだおとうさ…親父がつけてくれたんだ」
これは『亡き父の贈り物』という設定カードを切ることで同情を誘う作戦。
「そう……お父様が……」
案の定、彼女の瞳が揺れた。
天涯孤独の身の上。
男勝りな口調は、身を守るための鎧。
そして、亡き家族への想い。
彼女の中で、俺という「守るべき対象」の像が完成した瞬間だった。
「わかったわ、グレース」
「何が?」
「いい?
アンタは今日から、私の『従姉妹』よ」
「……はい?」
彼女は俺の顔を指差して宣言した。
「身寄りがないなら、うちに来なさい。
ギルドの職員寮に住んでるんだけど、去年まで家族が使ってた部屋が空いてるから、そこを使わせてあげるわ」
(そうきたか!
だが乗るにはまだ早いよな)
「え、いや、悪いよそんなの」
「うるさい! これは決定事項!
10歳の女の子を路頭に迷わせるなんて、寝覚めが悪くてやってられないのよ!」
彼女の剣幕に、俺はたじろいだ。
いや、これは計算外のラッキーだ。
衣食住の提供。
身元の保証。
ギルドへのコネクション。
全てが棚からぼた餅状態で転がり込んできた。
(ふっ、やはり俺の日頃の行いが良いからだな)
「冒険者になりたいっていうなら、ギルドへの出入りも許可してあげる。
ただし! 登録はまだできないわ。
そもそもギルドの登録は保護者同伴でも最低13歳。
一人だと15歳の成人以降よ。
まずは私の手伝いと、家の家事をすること。
それから、アンタの歳なら勉強も必要ね。私が教えてあげるから」
「わかった。お世話になります……姉御」
「姉御じゃないわよ。
私はシンディ。
ギルドで受付をしてるわ」
「よろしく、シンディ…お姉さん」
◇
シンディに手を引かれ、俺たちは職員寮へと向かって歩き出した。
彼女の手は、温かかった。
だが、その握る力は少し痛いくらいに強く、震えているようにも感じられた。
(ま、事情は知らないけど、なんかあるんだろうな……)
俺は握られた手を優しく握り返した。
こうして、家出少女と受付嬢の奇妙な同居生活が幕を開けたのである。
修正:国境付近 ⇒ 領境付近
ビアンコ領の端で、お隣の領と隣り合っています。
パプリカ領の北西ですかね。




