第003話「魔獣襲来!物理?食材?」
盗賊……もとい、農民たちを拾ってから数時間。
所帯が大きくなった一行は、パプリカ領へ向けてさらに歩みを進めていた。
道中、暇だった私は、馬車の窓から手を出して魔法の練習をしていた。
「ピカッ……ビカーッ……」
指先に拳大の光の玉を生み出し、それを点滅させる。
私の固有魔法「光(物理)」だ。
LEDライトのように鋭い光が、薄暗くなり始めた荒野をチカチカと照らす。
「お嬢、眩しいからやめれ」
御者台からサッカリンの野太い声が飛んできた。
「馬の目が眩んで事故るだろうが。
ただでさえ道が悪いんだ、崖下に落ちても知らねぇぞ」
「ちぇっ。
ケチねぇ」
私は渋々、光の玉を握りつぶして消した。
ふわりと、手の中にホッカイロのような熱が残る。
「……お嬢様のその魔法、やはり特異ですね」
向かいに座るサラヤが、眼鏡の位置を直しながら興味深そうに呟いた。
「この世界の『光属性』とは、本来、神聖力を源とする浄化の光です。
ですがお嬢様のそれは……神聖さを微塵も感じません。
お嬢様だからかもしれませんが」
「私だから神聖さを感じないって、アンタだいぶ失礼ね。
といっても、これでも結構役に立つのよ?
たとえばそうね、夜中の読書灯とか、冬場のカイロ代わりに」
そう、私の魔法には「聖属性」がない。
アンデッドを浄化したり、傷を癒やしたりする高尚な力は皆無。
ただ単に「明るい」、そして「長時間つけてると電球みたいに熱くなる」。
言わば、魔力を直接「光エネルギー」と「熱エネルギー」に変換しているだけの、極めて物理的な現象なのだ。
「聖なる祈りも、邪悪な呪いもない。
ただの照明器具ってところよ」
「ただの照明器具にしては、無駄に出力が高すぎますが」
そんな無駄話をしていると、馬車の後ろをゾロゾロとついて歩いていた農民たちのリーダーが、息を切らせて声をかけてきた。
「あ、あのぉ……お嬢様……。
そろそろ休憩にしませんか……。皆、腹が減って……」
見れば、太陽は西に傾きかけている。
後ろの元・盗賊たちは疲労困憊だ。彼らの体力作りも今後の課題ね。
私は馬車を止めさせた。
「そうね。今日はこの辺りで野営にしましょう。
……ところでアンタ、名前は?」
私はリーダー格の男に尋ねた。
これからこき使うのに、名前も知らないのでは不便だ。
「へ? 名前、ですか? えーと、俺の名前は……」
男はモゴモゴと何か言おうとしたが、どうせ農村特有の長ったらしい名前か、覚えにくい名前だろう。
「あー、もういいわ。
顔色が土気色で塩っ気が足りなさそうだから、アンタは今日からナトリウムの『ナト』ね」
「な、ナト…リウム……?」
「そう。
いい名前でしょ? 甘くなさそうで」
「は、はぁ……ありがとうございます?」
ナトは戸惑いながらも頭を下げた。よし、採用だ。
「で、ナト。
そもそもアンタたちが村を捨てた原因は何だったの?
今年は天気も良かったはずでしょう?」
焚き火を囲みながら問いかけると、ナトは忌々しそうに吐き捨てた。
「……『鉄甲イノシシ』です」
「鉄甲イノシシ?」
聞き覚えのある名前だ。
ゲームの中盤、マップ外周の辺境エリアにある狩猟フィールドで出現するモンスターだ。
「奴らが畑を荒らすようになりまして。
名前の通り、鉄みてぇに硬い皮を持った魔物で、鍬も鎌も通りやしねぇ。
柵を作っても体当たりで粉砕される。
おかげで今年の収穫は全滅でした」
なるほど。害獣被害か。
物理防御力が異常に高く、生半可な物理攻撃は全て「1ダメージ」にする厄介な敵だ。
「ねえサッカリン。
アンタなら大剣でバッサリ行けるんじゃない?」
「ありゃ無理だ」
サッカリンは即答し、焚き火に薪をくべた。
「俺も傭兵時代に道すがら仕方なくやり合ったことがあるが、ありゃ硬すぎる。
切れないというか、刃が全く通らねぇんだよ。
戦車に包丁で挑むようなもんだ。
倒すなら、魔法使いの高火力で丸焼きにするか……」
「あるいは魔獣ですので『聖属性』の光魔法で、装甲を透過して内部からコアを浄化するか、ですね」
サラヤが補足する。
それがゲームでの正規攻略法だ。
聖女ロザリオの「ホーリーレイ」なら、物理防御を無視して浄化という名の特大ダメージを与えられる。
だから、このエリアはロザリオのレベル上げに最適とされていた。
「……詰んでるじゃない」
私は溜息をついた。
私には聖属性がない。サッカリンの剣も通じない。
パプリカ領に着いたら、まずはその害獣駆除から始めなければ農業なんてできないのに。
「聖女様がいればなぁ……」
ナト達が遠い目をする。
正規ルートなら聖女ロザリオは今頃、王都で逆ハーレムを築くのに忙しい筈。
だろうに、名前で聞くだけでこの世界に来てから一切見かけてないのよね?
まぁ邪魔してこないならいいんだけど…
ん?
あれ?
「……待って」
今はロザリオのことは置いとこう。
とにかく、別のことを考えついてしまった。
私は自分の指先を見つめた。
光り、そして熱を持つ指先。
聖属性はない。浄化もできない。
でも、「光」であることに変わりはない。
光…
『馬の目が眩んで事故るだろうが。
ただでさえ道が悪いんだ、崖下に落ちても知らねぇぞ』
サッカリンのあの時の台詞が脳をよぎる。
「ねえ。
いくら鉄の皮を持っていても、眼球まで鉄でできているわけじゃないわよね?」
「は? まあ、流石に目は普通でしょうけど……」
「なら、いけるわ」
私の脳内で、パズルが組み合わさっていく。
聖なる力がないなら、物理で攻めればいい。
「サッカリン、ナトとその仲間たち。
領地に着いたら、まず畑の周りに深い落とし穴を掘りましょ」
「落とし穴ぁ?
さすがにイノシシでも簡単には落ちねぇぜ?」
「そう。
でもイノシシは直進しかできない。
だから追い立てて頂戴。
私が魔力全開の『超高輝度フラッシュ』をお見舞いして目をつぶしてやれば、後はわかるわよね?」
暗闇の中で、突然カメラのストロボを、いや、車のハイビームを至近距離で浴びせられたらどうなるか。
生物である以上、視界を奪われ、パニックになるはずだ。
「目が眩んで暴走したところを、穴に誘導して落とす。
動きが止まったら、上から岩を落として圧死させるか、鼻の穴に槍を突っ込んで窒息させればいいわ。
装甲が硬いなら、呼吸を止めればイチコロよ」
私の説明に、場が静まり返った。
サッカリンが呆れたように頭をかく。
「……お嬢、あんたホントに貴族か?
発想が猟師そのものじゃねぇか。
聖なる光で浄化とか、そういう綺麗な発想はねぇのか」
「合理的と言ってちょうだい。
綺麗な戦いで腹は膨れないわ」
これで害獣問題の解決策は見えた。
問題は、今現在の空腹だ。
「サッカリン、獲物は?」
「ウサギが一羽と、鳥が数羽。
この人数じゃスープにして啜るのが関の山だな」
少ない。圧倒的にタンパク質が足りない。
私は立ち上がり、周囲の荒野を見渡した。
何か食べられるものはないか。
ふと、地面からワサワサと生えている葉っぱが目に入った。
ギザギザした葉。そして、土から少し顔を出している白い根っこ。
「……これ」
私はその葉を掴み、力いっぱい引き抜いた。
ズボッ、という音と共に現れたのは、土にまみれた白い根菜。
細く小さいが、間違いなく大根だ。野生の大根。
「あった! 食材ゲットよ!」
「お、お嬢様! それはダメです!」
ナトじゃない農民が慌てて止めに入った。
「それは『鬼の根』です!
この辺りじゃよく生えてますが、硬くて筋っぽくて、おまけに舌が痺れるほど辛いんです!
とても人間が食える代物じゃありません!」
「辛い? 硬い?」
私は首を傾げた。
大根が辛いのは当たり前だ。特に野生種なら、身を守るために辛味成分を多く含んでいるだろう。
多分、辛味大根の方だ。
でも、それは「生」で食べた場合の話だ。
「アンタたち、これをどうやって食べてたの?」
「へ? どうって……泥を落として齧るか、焚き火で軽く炙って……」
おぉぅ、やっぱり。
貧しい彼らには、じっくり料理をするための「鍋」もなければ、貴重な「水」や「燃料」を長時間消費する煮込み料理など、発想になかったのだ。
生で齧れば辛いし、直火で焼けば水分が飛んで余計に硬くなる。
「ふふふ……無知とは罪ね。
いい? 見てなさい」
私はサラヤに命じて、持参していた鍋を取り出させた。
貴重な水を注ぎ、サッカリンが狩ったウサギ肉をぶつ切りにして放り込む。
そして、洗った野生の大根を、皮ごと乱切りにして投入した。
ついでに、サラヤが集めてきた香草も入れる。
「強火で煮込むのよ! サッカリン、火力上げて!」
グツグツと鍋が煮立つ。
大根に含まれる酵素が熱で分解され、辛味が甘みに変わっていく。
肉の出汁が大根の繊維に染み込み、逆に大根の成分が肉を柔らかくする。
「さあ、召し上がれ! 特製・野営鍋よ!」
恐る恐る器を受け取ったナトが、汁を一口啜り、大根を口に入れた。
「……っ!?」
彼の目が大きく見開かれた。
「あ、甘い……!?
あの石みたいに硬かった『鬼の根』が、とろけるように柔らかい……!
肉の味が染みて、体が芯から温まる……!」
「うめぇ! なんだこれ、すげぇうめぇ!」
「これが貴族様の料理魔法か……!」
農民たちが涙を流しながら鍋を貪る。
魔法じゃない、ただの化学反応(煮込み)だ。
だが、彼らにとっては魔法以上の奇跡に見えたらしい。
「ふん、チョロいわね」
私も熱々の大根を頬張り、満足げに頷いた。
タダ同然の食材で、この満足度。コスパ最強だ。
「これだけ美味いなら、パプリカ領に持ち帰って育てましょうよ。
品種改良すれば、立派な特産品になるわ」
私が提案すると、ナトが申し訳なさそうに首を振った。
「いや、それが……俺らの村の土だと、こいつは育たないんです」
「育たない?」
「ええ。土が合わないのか、種を蒔いても、根っこが太くならなくて……。
ヒョロヒョロの白い茎が出て、ちっせぇ双葉が開くだけで、すぐ枯れちまうんです」
ナトは、親指と人差指で数センチの長さを示した。
「そんな雑草みたいな状態じゃ、腹の足しにもなりゃしねぇ」
ヒョロヒョロの白い茎。
可愛い双葉。
そして、この大根特有のピリッとした辛味。
私の脳内で、稲妻が走った。
「……ナト。
その『ヒョロヒョロの芽』、もしかして水だけで育つ?」
「へ? ええ、まあ。湿った場所なら勝手に生えてきますが……」
(――ビンゴッ!!)
私は思わず立ち上がりそうになった。
それ、「カイワレ大根」じゃない!
根っこ(大根)になるまで育てるには、数ヶ月かかるし、深く耕した土壌も必要だ。
だが、スプラウト(新芽)であるカイワレなら?
種を蒔いて、水さえあれば、一週間足らずで収穫できる。
土壌の良し悪しなんて関係ない。室内栽培も可能。
つまり――超・高回転率の換金作物だ!
「ふ、ふふふ……」
笑いがこみ上げてくる。
イノシシの皮。そしてカイワレ大根食べ放題。
パプリカ領には「何もない」と思っていたが、どうやら私の勘違いだったようだ。
…いや、勘違いじゃなくて実際のパプリカ領には「何も無い」じゃない!
危うく舐めて掛かるところだったわ。
確かに何もない地域だが、あそこには誰も気づいていない「金脈」が眠っている。
それを私が発掘してウハウハするのよ。
「お嬢、なんか悪い顔してるぞ」
「失敬な。希望に満ちた顔と言いなさい」
焚き火の炎に照らされながら、私はニヤリと笑った。
待ってなさいパプリカ領。
この私が、搾り取れるだけ搾り取って、黄金の郷に変えてやるわ!




