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第029話「逃亡準備!横領?貯金?」


「……よし、決めた。

 逃げよう」


 ビアンコ男爵邸、ロザリオの自室。

 豪奢な天蓋付きベッドの上で、俺は地図を広げながら固い決意を口にした。


 俺の今の年齢は10歳。

 再来月には11歳になる。


 この国の貴族の成人年齢は15歳だが、婚約などの外堀を埋められるのはこのくらいの年齢から始まるのが常だ。

 あの性悪クズ疑惑のある第二王子アーリーの側室として、『ハーレム』に入れられるなんて、想像しただけで鳥肌が立つ。


 幸い、俺には前世の記憶と知識がある。

 前世での年齢は21歳。

 性別は男。

 一人暮らしの大学4年生だった。

 確かにゲーム大好きのオタク生活ではあったが、自炊もしていたし、バイトだってしていた。

 実家通いの奴らより、よっぽど生活力には自信がある。


「問題は……どこへ逃げるか、だ」


 地図を指でなぞる。

 永続的な安寧を求めるのであれば、国外逃亡は魅力的だが、リスクが高すぎる。

 街道には関所があるし、身分証のない10歳の女児が一人で通れるとは思えない。


「アスパムテール伯爵の飛び地、パプリカ領がここから最も近い国境だが……」


 指で示すその先には、魔獣が生息する深い森がある。

 今の俺の筋力は、10歳にして前世とは比較出来ない程に強い。

 行けなくもないかもしれないが、わざわざ危険を冒す必要はないだろう。


 ならば、灯台下暗し。

 俺は自領であるビアンコ男爵領内に目を向ける。


「なら、ここだ。

『迷宮都市メレンゲ』」


 メレンゲは領内にある中規模の都市。

 ダンジョンの周りに作られた街で、多くの冒険者や商人が行き交っている。

 迷宮都市という性質上、外部との人の出入りが非常に多い場所だ。

 人の出入りが激しい場所なら、身元を隠して紛れ込むには好都合。

 それに、冒険者ギルドの支部もあり、俺が『冒険者』として暮らすための生活基盤も作りやすい。


「行き先は決まった。

 あとは軍資金だな」


 俺はニヤリと笑う。

 ここからは、俺の『社会経験』の見せ所だ。


          ◇


 ビアンコ男爵家の主な収入源は、領内のダンジョンから産出される『出土品アーティファクト』の流通を取り仕切る問屋業だ。

 冒険者が持ち帰った品を買い取り、鑑定し、王都の貴族や研究機関に卸す。


 屋敷の裏手には、買い取った品々を保管する巨大な倉庫がある。


「お父様、少しお手伝いいたしますわ」


「おお、ロザリオか。

 今日はどうした?

 感心だな」


 俺は淑女教育の合間を縫って、父の仕事を手伝うふりをしながら倉庫に入り浸った。

 そこは、俺にとって宝の山だったからだ。


 乱雑に積まれた木箱。

 中には、鑑定済みの高級品から、価値不明のガラクタまでが詰め込まれている。


「くぅ~! たまんねぇな、この『青箱ジャンクボックス』感!」


 前世のバイト先、某有名リサイクルショップのジャンクコーナーを思い出す。

 俺はそこで「動作未確認」「保証なし」のシールが貼られたガラクタを漁り、使えるパーツを見つけ出すのが趣味だった。


「お、これは……古代語の翻訳機か? こっちは魔力コンロの残骸だな」


 ガラクタの山を漁っていると、ふと、薄汚れた小石のようなものが目についた。


「これは……廃棄予定の『クズ魔石』か」


 魔力が空っぽになり、色が濁ってしまった魔石。

 通常ならただの石ころとして捨てられるものだ。


「もったいないな。

 磨けば光りそうなのに……」


 何気なく手に取り、布でキュッキュと磨いてみる。

 その時だった。


 ――ピカーッ!


 俺の手から溢れた光が、石に吸い込まれていく。

 濁っていた石が、みるみるうちに透明感を増し、淡い光を帯びた美しい結晶へと変化した。


「……は?」


 俺は瞬きをした。

 これは、まさか。


「『聖女の力』……か?」


 ゲーム設定にあった、聖女の「浄化」や「魔力充填」の能力。

 それがまさか、このタイミングで、こんな形で発動するとは。

 俺は出来上がった石をしげしげと眺めた。

 国宝級の輝きとまではいかないが、十分に「良質な中古品」レベルにはなっている。


「……これ、売れるんじゃね?」


 善は急げ、鉄は熱いうちに打て、ジャンクは売れるときに売れ、である。

 俺はお忍び用の地味な服に着替え、こっそりと屋敷を抜け出した。

 街の道具屋へ行き、何食わぬ顔で石を差し出す。


「おや、お嬢ちゃん、お使いかな?」


(良い感じに優しそうなオッサン店員が居るな。

 ここはちゃんと少女らしい対応をしとくのが王道ってやつだな)


「うん!

 お父さんが、珍しい物拾ったからお小遣いにしなさいって!!」


「おぉそうかい、そうかい。

 おや、これは……珍しい魔力の魔石だねぇ?

 こうやってね、白く光ってるのは聖魔石っていってね。

 ちょっとだけ珍しい魔石なのさ。

 普通の魔石なら銀貨5枚ってところだが、聖魔石は持ちがいいからね。

 倍とまではいかないが、これなら……色をつけて銀貨8枚で買い取らせてもらおうか」


「ありがとう!おじさん(ガッツポーズ)」


 店主は少し驚いていたが、子供が小遣い稼ぎに持ってきた程度にしか思わなかったようだ。

 これならいける。

 俺はそれからというもの、倉庫の廃棄箱からクズ魔石を回収し、夜な夜な『聖女パワー注入』によるジャンク修理作業に没頭した。


 さらに、俺の金策はそれだけでは終わらない。


「お父様、こちらの帳簿ですが、少し計算が合わないようですわ」

「ん?

 そうか?どれどれ……」


 俺は父の目を盗み、出土品の買取価格を微妙に操作していた。

 例えば、銅貨100枚で買い取ったものを、帳簿上は120枚とし、差額の20枚を俺の懐へ。

 いわゆる『中抜き』、職場でやれば『横領』というヤツである。


 さらに、山積みになった宝石の原石の中から、目立たない小粒なものを数個くすねる。

 これも『検品中のロス』として処理。

 こっちも立派な犯罪だ。


(お父様、申し訳ありません。

 これは手切れ金……じゃなくて、未来の最強格闘家への先行投資だと思ってくれ…いや、ください…)


 罪悪感?


 ない。


 俺をあんなクズかもしれない王子に売ろうとした代償だ。

 これくらい安いものだろう。


          ◇


 そして、決行の日が近づいてきたある夜。

 俺は倉庫の奥深くで、運命の出会いを果たした。


 埃を被った木箱の底。

 そこに眠っていたのは、無骨な鉄塊のような装備だった。


「これは……!」


 両手に装着するタイプの実戦用『ナックル(手甲)』。

 そして、顔の上半分を覆うバイザー付きの『ヘッドギア』。


 どう見ても淑女が身につけるものではない。

 だが、俺の魂が震えた。


「これだよこれ!

 聖女っつったら、杖じゃなくて拳だろ!」


 俺は震える手で装備を手に取った。

 元のサイズは少し大きいが、ヘルメットタイプではないので、ベルトを締めればなんとかなる。

 ヘッドギアを被ってみると、鏡に映ったのは、もはや誰だかわからない不審な格闘家だった。


「完璧だ……。

 これなら顔も隠せるし、そもそも誰もビアンコ男爵家の令嬢だとは思わないぜ」


 バイザーの下、俺の口元はニヤリと笑っていた。


          ◇


 決行の夜。

 俺は貯め込んだ資金と、最低限の着替え、そして愛用のナックルとヘッドギアを風呂敷に包んだ。


 最後に、机の上に置き手紙を残す。


『お父様、お母様へ。

 田舎での淑女教育には、もう飽き飽きですわ。

 わたくしはもっと広い世界で、華やかな都会の絵の具に染まりたいのです。

 王都へ行き、一人優雅に暮らします。

 探さないでください。

 ロザリオより』


 完璧なブラフだ。

 これを読めば、追っ手は真っ先に王都へ向かうだろう。

 だが俺が向かうのは、王都とは逆方向。

 泥臭く、暴力と欲望が渦巻く迷宮都市だ。


「あばよ、実家。

 あばよ、お父様。

 そして……あばよ、クソ王子に王家の奴ら。

 俺は自由を掴み取るぜ!」


 月明かりの中、小さな影が屋敷の窓から飛び出した。

 身軽な着地。

 そして、迷いのない足取りで闇へと消えていく。


 後にその拳一つで戦う姿から『撲殺乙女』と呼ばれ、歴史にその名を刻むのは、まだまだ先の話である。

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