第028話「淑女訓練!王命?強制?」
聖女として覚醒(転生)してから、半年ほどの月日が流れた。
ビアンコ男爵家の娘ロザリオは、順調に成長していた。
貴族家の淑女として。
中身である俺(元21歳男)にとって、この半年間はまさに地獄の責め苦であった。
「ロザリオ様、背筋が曲がっておりますわよ」
「ロザリオ様、お紅茶をいただく際は小指を立てないように」
「ロザリオ様、刺繍の目が飛んでおります」
「ロザリオ様、ダンスのステップが遅れています」
朝から晩まで、淑女教育、淑女教育、また淑女教育。
ビアンコ家は男爵という下級貴族だが、どういうわけか俺への教育熱心さは異常だった。
王侯貴族のマナー、歴史、詩吟、ダンス、果ては隣国の語学まで。
現代日本の受験戦争も真っ青なカリキュラムが、俺の精神をゴリゴリと削り取っていく。
「……やってらんねぇ」
深夜。
屋敷の裏庭にある、誰も使っていない古びた倉庫。
ここが俺の唯一の聖域だ。
月明かりの下、俺の目の前には、庭師からこっそり貰った丸太を地面に埋め込んで自作した、特製の木人が立っている。
「俺がやりたいのは刺繍じゃねえ!
コンボ練習だ!
俺が踊りたいのはワルツじゃねえ!
キャンセルステップだ!」
俺はドレスの裾をまくり上げる。
中身が男なのでそこに恥じらいは生まれない。
裸足で地面を踏みしめる。
腰を捻るように……打つ!
「ふんッ!!」
ドゴォッ!!
鋭い踏み込みからの正拳突き。
丸太が悲鳴を上げ、木片が飛び散る。
「せいッ!
はぁッ!
『神の御心です!』」
バキバキバキッ!
三連撃からの投げ技モーション(相手がいないのでエアー投げ)。
そして締めのラリアット。
哀れな木人は中間部分からへし折れ、無惨な姿で地面に転がった。
「ふぅ……。
今日もいい汗かいたぜ。
レベル上げもできない、魔物もいない平和な王都じゃ、こうやってストレス発散するしかねえからな」
俺は額の汗を拭い、折れた木人を証拠隠滅するために粉々に踏み砕いた。
見た目は華奢な深窓の令嬢だが、その握力は既にゴリラ。
リンゴなど片手で軽く握りつぶせる域に達していた。
ああ、早くゲームしてぇ。
格闘してぇ。
なんで俺、こんな窮屈な生活してんだろ……。
◇
そんなある日のこと。
俺は父であるビアンコ男爵に呼び出された。
書斎に入ると、いつもは穏やかな父が、珍しく真剣な――いや、緊張で青ざめた顔をして座っていた。
「ロザリオ、よく来たね。
そちらに座りなさい」
「はい、お父様」
俺は完璧なカーテシーを披露し、優雅に椅子へと腰掛ける。
中身の俺としてはあぐらをかきたい気分だが、これは元のロザリオが長年積み重ねてきた訓練の賜物だ。
「単刀直入に言おう。
お前には、いずれ王家へ嫁いでもらうことになっている」
「……は?」
思わず素の声が出そうになった。
王家?
うちみたいな弱小男爵家が?
「お前が生まれた時からの決定事項なのだ。
そのために、今まで厳しい教育を施してきた」
なるほど、あの地獄の淑女教育は王妃教育の一環だったわけか。
納得はしたが、同意はできない。
王族と結婚なんて、面倒くさいことこの上ない。
折角のファンタジー世界。
そして聖女ロザリオという強キャラへの転生。
俺は将来、冒険者になって世界を放浪し、各地の強者とストリートファイトをしたいと考えていた。
「お父様、それはあまりに……」
「拒否権はない」
父は震える手で汗を拭った。
「既に話はついている。
お前が物心つく前にだ。
まずは近々入学する学園で、第二王子アーリー様との縁を作りなさい。
基本的に、学園には伯爵家以上の令嬢は居ない。
あそこは男児教育の場で、女子はうちのような弱小男爵家の子女か平民のみ。
そんな中でお前の美貌と教養ならば、同じ学園の王子との縁が生まれても、だれも不思議に思うまい」
「第二王子……」
アーリー・ソーヴィニオン。
『ホーリースイート2』におけるメイン攻略対象の一人。
そして、俺が前世で最後にボコボコにしたキャラだ。
(うわぁ、因縁深い相手だなぁ。
でもまあ、ゲームのアーリー王子は性格良かったし、ルートによっては最高の相棒になるキャラだったか。
中の人(声優)はクズだったけど)
というか、学園生活の方も出来レースってどうなんよ。
ゲーム攻略も何もねぇし、ゲームとしては終わってるな。
「とにかく、言う通りにするのだ。
これは王命でもある。
逆らえばビアンコ家は終わりだ」
父の悲痛な訴えに、俺はとりあえず頷くしかなかった。
まあ、学園で適当にやり過ごして、向こうから「お前なんか興味ない」と振られればいい話だ。
モブとして生きる。それが俺の生存戦略。
だが、事態は俺の予想よりも遥かに早く、そして最悪の方向へと転がり始めた。
◇
数日後。
俺は父に連れられ、王城の奥深くへと足を踏み入れていた。
表向きの謁見の間ではない。
王族のみが利用するという、隠し扉の奥にある豪奢な秘密の部屋。
重厚な扉が開かれると、そこにはこの国の最高権力者たちが勢揃いしていた。
国王、デラウェア・ソーヴィニオン。
王妃、ピオーネ。
そして、二人の王子。
第一王子、キャンベル。
第二王子、アーリー。
(うっひょー、王家勢揃いじゃん。
壮観だなオイ)
俺は内心で茶化しながらも、父に倣ってその場に平伏した。
絨毯がフカフカで気持ちいい。
「面を上げよ」
国王の厳かな声。
俺はゆっくりと顔を上げた。
「……ふむ。美しいな」
国王が値踏みするように俺を見る。
その視線には、父親のような温かさはなく、良質な商品を検品するような冷たさがあった。
「ビアンコ男爵。
約束通り、娘は健やかに育ったようだな。
これならば、我が王家の血に入れるに相応しかろう」
「は、ははっ!
ありがたき幸せにございます!」
父が額を床に擦り付ける。
どうやら俺は、政治の道具として出荷されるらしい。
知ってたけど。
「さて、息子たちよ。どうだ?」
国王が左右に控える王子たちに視線を向けた。
まずは第一王子キャンベル。
金髪碧眼の正統派イケメンだが、その目つきは鋭く、神経質そうだ。
彼は俺を一瞥すると、鼻で笑った。
「父上、私は遠慮しておきます。
いくら見た目が良くとも、所詮は男爵家の娘。
平民に毛が生えた程度の家柄です。
次期国王たる私の伴侶には、もっと相応しい相手が必要でしょう。
家格を問わないのであれば……そうですね、例の武家の娘などが政略的には良いのでは?」
にべもない拒絶。
そして別人の推挙。
よし、ナイスだキャンベル!
その調子で俺を弾いてくれ。
「無茶を言うなキャンベルよ……。
王国として将軍職を与えてはいても、あそこはアセスルファム公爵派閥の筆頭寄子だ。
王家とは派閥が違う。
加えて国内最大の軍事力を持つ故に、そうそう邪険にも扱えぬ。
アセスルファム公爵派閥で余程の失態でもない限り、王家側につけるのは難しいであろう。
別の公爵家にも打診はしておる、暫し時期を見定めるがよい。
――ならばアーリー、お前はどうだ?」
国王の視線が、第二王子に向けられる。
アーリー・ソーヴィニオン。
兄と同じ金髪だが、少しウェーブがかっており、甘いマスクをしている。
ゲーム内でも一番人気だった、キラキラ王子様だ。
彼は俺をじっと見つめていた。
驚いたような、何かを探るような視線。
(ん? なんだ?
俺の顔に何かついてるか?
……あ、もしかして俺の美貌に見惚れちゃった系?)
俺が内心で自惚れていると、アーリーの口元が、ゆっくりと歪んだ。
ニヤリ。
その瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。
甘い王子様の笑顔ではない。
獲物を見つけた猛獣のような、あるいは他人を見下して嘲笑うような、底意地の悪い笑み。
一瞬だけ浮かび、すぐに消えたその表情。
(……あれ?
今の顔、なんか見たことあるぞ?)
記憶の糸が手繰り寄せられる。
前世の記憶。
秋葉原の路地裏。
イベント会場のステージ。
そうだ。
あの時、俺を見下していたあの顔。
あの声優。
『星野レン』。
そうだ、あいつの時折見せる笑顔にそっくりだ。
いや、顔立ちはゲームのキャラそのものだから違うはずなんだけど、滲み出る「性根の腐ったオーラ」がそうさせているのかもしれない。
(まさか……な。
死んでも覚えてるくらい強烈な記憶だったから、イメージが被っちゃっただけか?
まあ、第二王子の担当声優だったし、雰囲気似ててもおかしくないか~)
俺が自分を納得させようとしていると、アーリーが口を開いた。
「私だって平民如きではつり合いませんよ、父上。
それに私はアセスルファム『公爵令嬢』という婚約者がすでに居ります。
兄上のお眼鏡には叶わなかった御下がりですがね」
ですよねー。
俺は心の中でガッツポーズをした。
これで解放される。
さよなら王族、もう会いませんように!
だが、アーリーの言葉には続きがあった。
「――そうだ。
私がハーレムを作ってそこに入れるのではどうですか?
もちろん側室としてです。
それならば、まあ、置いてあげてもいいですよ」
「……!」
場が静まり返る。
アーリーは楽しそうに、そして卑猥な視線で俺の全身を舐めるように見ていた。
「ふむ、側室か。
男爵家ならば、正妻は荷が重かろう。
悪くない案だ」
国王があっさりと頷く。
父が青ざめる。
だが、一番凍りついたのは俺だった。
側室?
ハーレム?
この俺が?
あいつの?
(……無理)
本能が警鐘を鳴らした。
生理的な拒絶反応が、全身を駆け巡る。
俺、アイツ絶対無理だわ。
なんか殺された時の痛みとか、刺された時の熱さとか、そういうのがフラッシュバックしてくる。
いや、別にアーリー王子はレン様じゃないし、そもそもレン様に殺されたわけでもない。
でも、それ以上に。
(つーか、男と結婚とか……夜の……とか。
マジで想像してみたけど、無理無理無理!!
俺、中身21歳で、女の子が好きな男だぞ!?
悪いけど元男として同性は対象外だぜ)
百歩譲って美少女とイチャつける百合ハーレムなら考えなくもなかったが、男のハーレムの一員になるとか、死んでも御免だ。
しかも相手があの、性格の悪さがヒシヒシと伝わってくるアーリー王子。
絶対にロクな扱いをされない未来しか見えない。
「では、追って沙汰を出す。下がれ」
国王の言葉で、謁見は終わった。
◇
屋敷に帰る馬車の中。
俺の心は決まっていた。
(このままじゃ、俺の貞操、そして男としての尊厳が危ない。
王命?
知ったことか。
俺は自由に生き、最強の格闘家になるんだ!
けど…
うーん……)
俺は窓の外を流れる景色を眺めながら、固く拳を握りしめた。
(家出すっか!)
こうして、生前21歳の男であり、格ゲーマーだった頃の記憶を持つ聖女、ロザリオ・ビアンコの波乱万丈な逃亡生活の幕が上がろうとしていた。




