第027話「聖女覚醒!対戦?殺害?」
――これは、秋葉原の薄暗い片隅から始まる物語。
現代日本。
乙女ゲーム市場において、異例のヒットを飛ばしていたタイトルがあった。
『ホーリースイート2 ~聖女の祈りと戦乙女の剣~』である。
その人気を牽引していた立役者の一人が、第二王子アーリー役を務める大人気声優・星野レンだ。
彼は単なる声優ではない。
曾祖父は元内閣総理大臣、祖父も父も現職の有力政治家という、正真正銘の超・上級国民の一族に生まれたサラブレッドである。
兄は父の秘書として政界の道を歩んでいる一方、次男のレンは、甘やかされた環境とコネと財力を惜しみなく使い、趣味と実益を兼ねて芸能界入りした。
ルックスよし。
家柄よし。
マルチな才能あり。
表向きは完璧な王子様。
だがその本性は、自分の思い通りにならないとすぐ癇癪を起こし、周囲を見下す傲慢なナルシスト。
女癖も非常に悪く、寄ってくるファンを「金づる兼・性処理係」程度にしか思っていない。
まさに絵に描いたようなクズ。
星野レンとは、そういう人間なのだ。
さて、彼の話はここまでにしておこう。
そんなことよりも、主題である『ホーリースイート2』について説明が必要だ。
本作は、ほぼ恋愛シミュレーションであった前作とは打って変わり、本格的なアクション戦闘要素を導入したことで話題となった。その独特なゲーム性が人気を博し、様々なメディアミックス展開が行われていたのだ。
その極めつけが、世界的な人気を誇る2D対戦格闘ゲームの金字塔、『KOF』とのコラボレーションである。
硬派な格ゲーの世界に、キラキラした乙女ゲームのキャラが参戦する――。
当初はKOF、ホリスイ双方のコアファンから「世界観が壊れる」と批判の声が上がった。
だが蓋を開けてみれば、そのあまりに尖った性能と、原作再現(?)のド派手な必殺技により、KOF側の一部の層――勝利のためならキャラ愛などドブに捨てるガチ勢たちに熱狂的に受け入れられることとなった。
一方、ホリスイ側の信者たちにおいても、コラボによる露出や推しグッズの展開が拡張されたことで十分な供給が得られ、結果として溜飲を下げるに至っていた。
◇
都内某所、イベントホール。
『KOF × ホーリースイート2 コラボ記念エキシビションマッチ』のメインステージは熱気に包まれていた。
格闘ゲーム界隈でKOFを知らない人は居ないと思うが、乙女ゲームから参入した新しいお友達のために、軽く説明しておこう。
KOF――正式名称『Known On Fight』。
二人の格闘家が画面左右に分かれて殴り合う、昔ながらの“1対1”の2D対戦格闘ゲームだ。
最大の特徴は、世界中の格闘スタイルを持つキャラたちが、己の拳ひとつで勝敗を決めるシンプルさと熱さにある。
炎を操るストイックな格闘家、雷を纏う天才少女、軍人、忍者、果ては謎の改造人間まで、ジャンルの垣根を越えた面々が、リングの上で真っ向勝負を挑む。
操作はシンプルだが奥が深く、初心者でも派手な必殺技が出せる一方で、上級者同士の読み合いはプロスポーツ並みに緊張感がある。
毎年世界大会が開かれ、優勝者は“世界最強”の称号を得る……という、格ゲー界の王道タイトルだ。
要するに――
「武器あり、素手あり、斬って、突いて、殴って、蹴って、投げて、1対1で勝った方が偉い」
そんな分かりやすさと熱さが人気の理由である。
今回のコラボレーションで実装された参戦キャラクターたちも、実に個性豊か――いや、個性が爆発していた。
初めに初心者にも扱いやすいスタンダードな剣士「絢爛舞踏アーリー・ソーヴィニオン」。
スタンあり、無敵時間ありの強力ユニットだ。
設置型魔法で相手を動けなくする「悪役令嬢エリスリトール・アセスルファム」。
遠隔ボムに直接爆破、空中散布機雷などの多彩な攻撃、クールタイム操作でとにかく化ける、使って楽しいのは彼女か?
そして極めつけはホーリースイート1のヒロインである「聖女ロザリオ」。
見た目は可憐なヒーラーでありながら、その実態は凶悪な投げ技で全てを破壊するグラップラーだ。
なお、画面端まで届く圧倒的範囲攻撃、魔槍スールティンで一方的に叩き潰すスタイルの「魔装令嬢チクロ・ズルチン」。
何故かタイマン世界で強力な仲間を召喚して戦う異色のユニット「強欲令嬢パルスイート・アスパムテール」。
この二人は次のアップデートで実装予定となっている。
彼ら(現時点ではアーリー・エリス・ロザリオ)がKOFのリングで繰り広げる理不尽かつ爽快なバトルは、ゲーマーたちの闘争本能に火を点け、新たなeスポーツのジャンルすら確立しつつあった。
◇
そして今。
そんな熱狂の渦の中心地となる、都内某所・eスポーツ専用イベントホールにおいて、新たな風が吹き荒れようとしている。
無数のサイリウムが揺れ、黄色い声援と野太い怒号が入り混じるカオスな空間に、開演を告げるブザーが高らかに鳴り響く。
スポットライトがステージ中央を射抜き、マイクを握った司会者が大きく息を吸い込んだ。
「さあ! 本日のメインイベント!
大人気乙女ゲーム・ホーリースイート1&2から、ファッションモデルでありプロゲーマーでもあるあの人!
第二王子アーリー役の大人気声優、星野レン氏とのスペシャルマッチです!!」
司会の煽りと共に、スモークの中からキラキラした王子様衣装を着た星野レンが登場する。
会場の女子たちが悲鳴を上げた。
「みんな、今日は来てくれてありがとう!
KOFの世界でも、僕の剣で君たちを守ってみせるよ!」
爽やかな笑顔。
だが内心では、
チッ、こいつら騒がしいな。 とか
さっさと終わらせて飲みに行くか…… とか
そんなふうに思っているわけだが、もちろん顔には出さない。
「対する挑戦者は……事前のオンライン予選を勝ち抜いた、一般参加のこの方!
エントリーネーム『堕天使@美少女錬金術師』選手!!」
紹介と共に現れた一人の青年。
身長は165センチほど。
痩せ型。
年の頃は20歳前後だろう。
だが、その服装は独特だった。
指ぬきグローブ、謎の英字Tシャツ、ジャラジャラとしたウォレットチェーン。
いかにも“陽キャ寄りのオタク”といった風貌だが、本人は自信満々である。
「うっひょー! 本物のレン様だ!
すっげー! イケメン!
握手してくださーい!」
空気を読まずズカズカと歩み寄り、汚れた手で握手を求める。
星野は一瞬引きつったが、すぐ営業スマイルに切り替えた。
「あ、ああ。よろしくね」
(触るなよ薄汚い……)
「今日は僕の『最強の』聖女ロザリオをお見せします!
刮目せよ、愚民ども!
ってね!アハハ!」
マイクを奪わんばかりの勢いで叫ぶ青年。
会場は苦笑いだが、本人は気にした様子もない。
お互いが席に着き、試合開始のアナウンスが流れる。
「それでは、レディー……ゴー!!」
そして試合開始。
星野の使用キャラは「第二王子アーリー」。
片手剣を駆使した素早い攻撃とスタン効果のある必殺技、固有スキル発動時の無敵時間を持つ強キャラだ。
対する青年が選んだのは「聖女ロザリオ」。
か弱きヒーラー……ではなく、このゲームきっての投げキャラ(グラップラー)である。
「いくよ! ライトニング・スラッシュ!」
星野が牽制にスタン付き必殺技を放つ。
アーリー使いの王道パターンだ。
このような王道攻撃に対しては、誰しもが思いつく『セオリー通りの対応』が存在する。
KOFの他キャラであれば、ここから小技の応酬やキャンセル必殺技による、熱い攻防が繰り広げられるはずだった。
しかし、青年の対応はその常識を根底から覆すものだった。
「甘いッ! その技は見切ったぁぁッ!」
青年が叫びながらボタンを叩く。
画面内の聖女が光の速さで踏み込み、王子を掴んだ。
「『神の御心です!』」
ドゴォッ!! バックドロップ。
「からの~! 起き攻め! 『迷える子羊よ!』」
ドカッ、バキッ! ジャイアントスイングで壁に叩きつける。
「うっひょー! 決まったァァ!
これぞ聖女式・慈愛の無限ループ!
ハメ技? 違うぜ!
これは公式仕様だからな!!」
青年はノリノリでコンボを決め続ける。
公式だろうが非公式だろうが関係ない。
単なるハメ技で間違いなかった。
星野は顔を真っ赤にしてレバーをガチャガチャ動かすが、王子は一度も立ち上がれない。
「おい、動けよクソキャラ!」
マイクが拾っているのも忘れ、星野が毒づく。
これはキャラ性能が悪いのでも、星野が下手なのでもない。
悪いのはゲームの調整不足か、それともエキシビションマッチでハメ技を使うプレイヤーのモラルか。
「終わりだ! 『悔い改めなさい!』」
最後はパワーボムでフィニッシュ。
パーフェクトゲーム。完封勝利。
「勝ったァァ! 俺最強! 聖女最強!
レン様、修行が足りないっスね~! ギャハハ!」
無邪気に煽る青年。
星野は無言で筐体をバン!と叩き、怒り狂ってステージを後にした。
この時の星野の怒りだけは正当な感情で間違いないと、見ていた誰しもがそう思っていた。
◇
イベント終了後。夜の路地裏。
青年はルンルン気分で帰路についていた。
「いやー、勝っちゃったよ!
レン様の顔、マジウケたわ~。
やっぱゲームは勝ってナンボっしょ!」
コンビニで買ったパンを齧りながら歩いていると、前方から一人の女性が歩いてきた。
小柄で可愛らしい、ふわふわした雰囲気の女の子だ。
「ん? 可愛い子じゃん。
もしかして俺のファン? サインしちゃう?」
青年が調子に乗って声をかけようとした、その時。
「……ゴミ屑漁りのドブネズミが」
「え?」
すれ違いざま、少女が懐からナイフを取り出した。
「レン様に恥をかかせた害獣は……死んで?」
ドスッ。
迷いなく、正確に。
ナイフは青年の胸部を深々と貫いた。
「が、は……ッ!?」
青年はガクリと膝を折り崩れ落ちる。
痛みよりもなによりも、今の彼の中には驚きが勝っていた。
そんな彼を見つめる少女は、返り血を浴びても表情一つ変えず、むしろ恍惚とした笑みを浮かべていた。
「ふ、うふふ……あはぁぁ?
やった……やったわ! ネズミ狩り大成功!
これなら、ここまでやる子の私なら、きっとレン様にとって特別になれるはず……
待っててね、レン様ぁ!」
少女は血濡れのナイフを握りしめたまま、青年をゴミのように一瞥し、走り去った。
薄暗い路地裏に残されたのは、血の海に沈む一匹の『ネズミ』だけであった。
(嘘……だろ……?
何?俺、死ぬの?
何で……?
……痛ってぇ……なんだよこれ……)
彼の意識は、唐突にブラックアウトした。
◇
一方その頃。
会場の裏口で、星野レンはイライラとスタッフに当たり散らしていた。
「おい!ふざけんなよ!
なんだ?あのマッチメイクは!
あんなキモい一般人に俺が負けるなんてありえないだろ!
つうかロザリオで嵌め技使ってくるとか運営側で何とかする話だろうが!
二度とお前のところの仕事は受けねえから!
後、親父達にもお前のとこの会社は問題だらけだと伝えておいてやるよ」
そこへ、先ほどの少女が走ってきた。
服にはべっとりと返り血を浴び、手には血まみれのナイフ。
「レン様ぁ~!」
「あ?
なんだお前……うわッ!?」
星野は後ずさった。
彼女は、星野が適当に遊んでいる女のうちの一人、通称「8号さん」だ。
見た目は可愛いが、中身は依存体質のメンヘラで、最近は疎ましく思っていたところだった。
「見てくださいレン様!
やってやりましたわ!
レン様を対戦で虐めたあの生意気なネズミ男、私が処分しましたの!」
少女は血のついたナイフを誇らしげに掲げ、褒めてほしそうに微笑んだ。
「……は?」
一瞬理解ができなかった星野の顔から、一瞬で血の気が引いていく。
処分?
血?
こいつ、あの対戦相手を…刺したのか?
(やばい、こいつマジモンだ……。
関わるべきじゃないタイプじゃん……。
いや待てよ?
そうか!ここで上手く立ち回れば……)
星野の脳内で浅はかな計算が走る。
ここで彼女を突き放せば自分も危ない。
逆に、優しく諭して自首させれば、「狂ったファンをも更生させようとした慈愛の聖人」として株が上がるのではないか?
星野は震える声を押さえ、最高のキメ顔を作った。
「そ、そうか……。
僕のためにやってくれたんだね。
ありがとう、嬉しいよ」
「! レン様……!」
ここまでは良かった。
「でもね、罪はいけないことだ。
一緒に警察に行こう?
僕もついててあげるから。
罪を償って、綺麗な君に戻ってほしいんだ」
完璧な演技だった。
自分に酔いしれるほどに。
だが、少女の反応は違った。
パリン と、彼女の心のどこかで、何かが割れるような音がした。
「なんで……?」
少女の瞳からハイライトが消える。
「なんで……?
私、レン様のためにやったのに……。
褒めてくれないの?
なんで?
どうして?……警察?
なんで私を、捨てるの?
私、いつも頑張ってるよ?
レン様のためになることいっぱいしてきたよ?
全部、なんでも、なんだって、レン様の為に、レン様だから、レン様…レン様…」
「いや、違うんだ! 君のためを思って……」
その言葉に、少女の顔へ柔らかな笑みが浮かぶ。
星野が「おいで」と両手を広げると、少女は嬉しそうに小走りで胸元へと飛び込んだ。
抱き寄せた星野の胸に深々と突き刺さるナイフ。
「嘘!!
嘘つきッ!!!
裏切り者ぉぉぉッ!!
死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」
鬼の形相で口角から泡を飛ばす勢いで叫ぶ少女。
何度も何度も星野の胸にナイフを突き立てる。
逆上した少女の刃は、今度は星野に向けられたのだった。
「ぎゃあああッ!?」
星野レンの悲鳴が夜の街に響き渡り、そして途絶えた。
◇
『……次のニュースです。
昨夜未明、人気声優の星野レンさんが、交際相手とされる一般人女性に刃物で刺され、死亡しました。
女は殺人の現行犯で逮捕されました。
警察では現在、犯人の動機について……』
翌日のニュースは、星野レンの死で持ちきりだった。
イケメン声優の悲劇的な最期に、世間は涙した。
『……なお、現場近くの路地裏でも、20代の男性の遺体が発見されました。
警察は、女が星野さんを襲う前に殺害した、一連の犯行によるものと見て捜査を進めています。
続いてのニュースです』
もう一人の犠牲者については、名前すら報じられず、ただの「巻き添え」として処理された。
◇
「……ッ!?」
ガバッ、と勢いよく起き上がる。
激しい動悸。
腹部を貫かれた幻痛。
「うおぉぉッ!?
い、生きてる!?
ここどこだよ! 病院!?」
青年はベッドの上で自分の体をペタペタと触った。
傷はない。
それどころか、感触がおかしい。
「……ん?
なんか視界、低くね?」
慌てて部屋の鏡を見る。
そこに映っていたのは、さっきまでの中二病ファッションの青年ではなかった。
腰まで届くプラチナブロンドの髪。
10歳くらいの、浮世離れした美少女。
「……は?」
青年はその姿に見覚えがありすぎた。
ついさっきまで操作していた、俺の相棒。
「マジで……?
俺、ロザリオたんになってる……?」
頬をつねる。痛い。
夢じゃない。
「うっひょー!!
マジかよ! 転生!? 異世界転生キタこれ!!
でもちょっとちっちゃくね?
あ、そっか10歳か。
ロザリオとして育った記憶があるわ……
って、ま、いっか!」
悲壮感など微塵もなかった。
彼は鏡の前で、ゲームの勝利ポーズを真似てポーズを取った。
「ってことは……
この体なら、あの『最強の投げ技』がリアルで使えるってコト!?」
ネズミ男改め、ロザリオ・ビアンコ。
彼は自分が殺されたことなど既に過去のこととし、推しキャラ(KOFコラボ版)になれたと考え、その喜びに打ち震えていた。
残念ながらこの世界の根幹はホーリースイート本作であり、KOF側の設定はコラボキャラとしての一部だけしか反映されていないのを知るのは、かなり先の話になるだろう。
「待ってろよ異世界!
俺の――いや私の『慈愛の無限ループ』で、世界を平和(物理)にしてやるぜー!!」
いずれ聖女と呼ばれる少女が発するとは思えない、能天気な声が部屋に響き渡る。
どうにも締まらない能天気聖女誕生の瞬間であった。




