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第026話「番外編『ご令嬢達の集い』:深夜密談!前世?現世?」


 ベッドの上、パジャマ姿の三人のご令嬢が、三角形を描くように座っている。


 パジャマパーティ。

 何のことはない、夜のお茶会真っ最中だ。


 中央には、厨房からこっそり持ってきたクッキーと紅茶。

 夜も更けてきたタイミングで侍女から差し入れがあった。

 あらかじめ準備していたのかもしれない。


 前世の話を興奮気味に語り合った後、少し落ち着いたタイミングで、ふと我に返る。

 蚊帳の外に置かれていたエリスが、キョトンとした顔で首を傾げていたのだった。


「あの……先ほどのお二人の会話もそうなのですが、理解できない単語が多くて……。

 ニホンとかディスカウントストア? とか、わたくし存じ上げませんわ。

 どこの国の言葉ですの……?」


 無理もない。

 前世知識由来の未知の単語が飛び交っていたのだから。


 私とチクロは顔を見合わせた。

 ここでエリスを仲間外れにするのは違う。

 私たちは「なかよし同盟」なのだから。


 私はエリスの手を取ると、諭すような口調で語りかけた。


「いい、エリス。

 よく聞いてちょうだい。

 ……驚かないでね。

 私とチクロは、どうやら『前世の記憶』があるみたいなの」


 エリスが『えっ!』と驚いた顔をする。


「前世……ですの?

 それは魂が輪廻する前、言い換えれば死ぬ前の記憶が残っていると言うことかしら?」


 さすが賢いエリスだ。概念としての理解が早い。


「そう。

 それも、同じ世界にある同じ国、日本と呼ばれる平和な文明国家での記憶。

 多分だけど、生きてた時期も殆ど変わらないと思うわ」


 チクロを見ると何やら考えごとをしていたようだが、こちらの視線に気が付くと、エリスに向かって深く頷いた。

 私の話した内容で相違ないという事だろう。


「前世で同じ世界、同じ国、同じ時を生きていたかもしれないなんて、ステキなお話ですわね……」


 エリスは目を輝かせた後、納得したように手を打った。


「なるほど!

 だからお二人の先程の会話、あんなに息がぴったりでしたのね!」


「ま、そういうこと。

 で、ここからが本題なんだけど……」


 前提の共有が済んだところで、チクロがニヤリと笑って切り込んできた。


「パルス。

 アンタ前世でなにやってたの?」


 チクロの直球な質問。

 私はクッキーを齧りながら、隠すことなく答えた。

 同郷のよしみだ、変な見栄を張る必要もないだろう。


「何って……OLよ?

 ごく普通の、どこにでもいるOL。

 ブラック企業の……」


「ふーん。

 まあ、そんな感じよね。

 ってブラック企業は普通じゃないわよ?

 予感はしてたのよね〜」


 チクロは妙に納得した顔で頷いた。

 そして、ジトッとした目で私を見る。


「そもそも若い子が某ディスカウントストアの歌うたいながら廊下スキップしないし……。

 もしかしてアンタ、アラフォー?」


「ブッ!!」


 私は飲みかけの紅茶を吹き出しそうになった。


「し、失礼ね!

 34歳よ!

 あと一か月で35だったけど……あくまで34歳よ!」


 私の剣幕に、チクロが一瞬ギョッとした表情をする。

 だが、すぐに冷めた真顔に戻って言い放った。


「あってるじゃん」


「あってない!

 アラサーだから!

 四捨五入して40になるのは35からだから!

 私はギリギリアラサーだから!」


 必死の抗弁。

 乙女(中身は34歳)にとって、この境界線は死守すべき絶対防衛ラインなのだ。


「アラサー?

 アラフォー?

 ……また不思議な言葉ですわ」


 エリスが再び首を傾げる。


「あー、ごめんねエリス。

 えっとね、向こうの世界での年齢に対する呼び方の話なんだけど……。

 算術で『四捨五入』ってあるでしょ?」


「ええ、ありますわ。

 4以下を切り捨てて、5以上を切り上げる計算方法ですわよね」


「そうそれ。

 その世界ではね、30歳前後の人を『アラウンド・サーティー(30)』、丸めて三十って意味の異国語を略して『アラサー』。

 40歳前後の人を『アラウンド・フォーティー(40)』略して『アラフォー』、こっちは丸めて四十ね。

 そんな風に呼ぶ文化があったのよ」


「なるほど……。

 つまり、34歳は切り捨てで30に近いから『アラサー』。

 35歳になると切り上げで40に近くなるから『アラフォー』……という区分けなんですのね?」


「その通り!

 エリスは賢いわね!」


 私は我が意を得たりとばかりに力説する。


「だから私はアラサーなの!

 ここ大事だから!

 テストに出るから!」


「……まあ、少しでもアラサーを延命したい気持ちはわかるけどさ」


 チクロは呆れたように肩を竦めた。

 そして、ふっと自嘲気味に笑う。


「じゃあ、そういうチクロはいくつなわけ?

 ここまでのネタがわかるなら歳はそんなに変わらない筈よ!

 アンタが歌ってた殺虫剤メーカーのCMソングだって、ふつうの若い子は歌わないんだから」


「私?

 28歳よ。

 正真正銘、ど真ん中のアラサー。

 残念ながら私は『華の20代』だけどね!」


「げっ……マジか!」


 私は思わず声を上げた。

 28歳。

 一番脂が乗っていて、仕事もプライベートも充実し始める黄金期じゃないか。

 34歳の崖っぷちOLからすれば、眩しすぎて直視できない年齢だ。


「なによ、その顔」


「いや……若いなって。

 いいわねぇ、20代。

 お肌の曲がり角とか、まだ先の話でしょ?」


「そんなことないわよ。

 徹夜続きだと化粧ノリ最悪だったし……腰も痛かったし」


「腰って何やってたのよ?

 ガテン系?

 徹夜って貫徹麻雀大会でもやんの?」


「違うわよ。

 ライターよ、物書き。

 椅子に座ってる時間が長いから腰が痛いのよ。

 何で徹夜だと貫徹で麻雀なのよ……」


 そう語るチクロは遠い目をしていた。

 彼女も彼女で、何かしら思うところがあったのだろう。


 そんな大人の事情丸出しの私たちを見て、エリスが不思議そうに首を傾げた。

 そして、爆弾のような質問を無邪気に放り込んできた。


「あの、素朴な疑問なのですけれど……。

 お二人とも、前世ではすっかり大人でしたのよね?

 では、お子様は何人ぐらいいらしたの?」


 ピタリ。

 私とチクロの動きが同時に止まった。


 この世界では、20代後半ともなれば結婚して子供が2~3人いるのが当たり前だ。

 34歳ともなれば、大きな子供がいてもおかしくない。

 エリスに悪気はない。純粋な疑問だ。

 だが、その純粋さが胸に突き刺さる。


「……」

「……」


 言い淀む二人。

 重苦しい沈黙が場を支配する。


「……パルスさん?

 ……チクロさんもどうされましたの?」


 意を決し、暫しの沈黙を破る。


「い、いないわよ!

 子供どころか、結婚もしてないわよ!

 なんなら殿方とお付き合いしたこともないわ!

 未通よ!

 ピッカピカじゃないけど新品よ!」


 私は開き直って叫んだ。

 もういい、失うものなんて何もない。

 34年間の純潔(売れ残り)を誇ってやる。


「そ、そういうチクロだって似たようなもんでしょ!?」


 道連れにしようと話を振ると、チクロは少しバツが悪そうに視線を逸らした。


「……学生時代に彼氏は居たわよ。

 普通の恋愛もしてたし。

 まあ……プラトニックだったけど」


「なんだ、アンタだって結局ゴールもホームランもなしじゃない。

 あんまり変わらないわね、ふっ」


「一緒にしないでよ!

 私は仕事が忙しかっただけで、機会はあったんだから!」


 低レベルな争いを繰り広げる私たちを見て、エリスが目を白黒させている。


「では婚約……は?

 もしかして貴族ではなかったのですか?

 30を過ぎて未婚だなんて……ご両親はなんと?」


「私達が生前いた国ではね、婚前交渉も普通にある世界だったのよね。

 そんな中で純潔を守るってのも、そういう貞淑さが尊ばれることもあるし。

 どっちかっていうとどっちもありだったのよ」


 苦しい言い訳だとは思う……。

 が、嘘ではない。

 ただ、34歳までそれが続くと「尊い」ではなく「心配」されるだけだが。


「それに、身分差とかもない自由恋愛が基本だから。

 結婚するかどうかも個人の自由なのよね」


 チクロがフォローを入れる。


「自由恋愛……身分差もない……」


 エリスが感嘆の声を漏らした。

 政略結婚が常識の彼女にとって、それは夢のような話に聞こえるのだろう。


「それによる問題なども色々あるでしょうけど……素晴らしい国ですのね」


 エリスはうっとりとした表情を浮かべ、それから私の顔とチクロの顔を交互に見て――クスクスと笑った。


「ということは……。

 お二人とも結婚もご出産も、何もかも未経験。

 中身が大人だと言っても、そういった経験の面では、今の私たちにあまり差はないということですわね?」


「うっ……」

「痛いところを……」


 私とチクロは同時に顔を赤らめた。

 何も言い返せない。

 恋愛経験値で言えば、一位がプラトニックでも彼氏がいたチクロ。

 二位に婚約者がいるエリス。

 ダントツの最下位が生涯お一人様の私ってことよね。


「ふふっ、なんだか安心しましたわ」

「……ま、そういうことにしておきなさいよ」

「まさしくその通りすぎて、恋愛経験最下位の私に語れる事は無いわ……」


 私たちは顔を見合わせ、苦笑いした。


「……ま、とにかく」


 チクロは強引に話を戻した。


「ただ、パルスも私も、一度は30年程生きてるわけよね。

 パルスはまぁ私よりはオバハン? だけど。

 いずれにせよ、ちょっと思考が年寄りなのよね」


「アンタね!

 でもオバハン以外は否定はしないわ。

 オバハン以外はね!」


「あはは……

 でも、人生の先輩としての意見が聞けると思うと、同じ歳でも大人だった記憶があるというのは嬉しいですわ。

 それに別の世界のお話も聞けて、とっても楽しい限りでしてよ」


 エリスも楽しそうに笑っている。

 秘密を共有したことで、私たちの距離はぐっと縮まった気がした。


「この世界じゃ同じ『異邦人』は私とパルスイートだけかもしれない。

 けど、この秘密を共有しているのはエリスも入れて3人よ。

 3人だけの秘密、結束も固くして行かないとね!」


 チクロの言葉に、間髪を入れず私がフォローを入れる。


「そう。

 もちろん、エリスも仲間よ。

 貴女はもう、私たちの『なかよし同盟』の一員なんだから」


「……!

 ええ! 嬉しいですわ!」


 エリスが花が咲いたような笑顔を見せる。

 

 普通?のOL(34)のパルスイート。

 腰痛ライター(28)のチクロ。

 そして、公爵令嬢のエリスリトール。


 凸凹で、ちぐはぐで、でも最強の布陣。

 夜は更けていく。

 私たちはベッドの上で、未来の話をした。


 どうやって幸せな未来を掴み取るか。


 チクロは「武」を。

 エリスは「財」を。

 そして私は――「大人の魅力」……は無理だから「愛嬌」を。


「ねえ、約束しましょ」


 いつの間にか眠気が回ってきたようで、重い瞼と戦いながら、とろんとした目で提案する。


「私たちが大人になっても、お婆ちゃんになっても。

 こうやって三人で、笑って紅茶を飲める関係でいようって」


「ええ、もちろんですわ」

「当たり前でしょ。

 アンタたちとは腐れ縁になりそうだしね」


 三つの手が重なる。

 窓の外には月が輝いていた。


 この時は、本気でそう思っていた。

 この幸せな関係が、永遠に続くと信じていた。

次話より新章 ロザリオ編です


*2026/02/20 タイトル変更

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