第025話「餡子発見!激安?同郷?」
ズルチン侯爵家での歓迎パーティーは、想像以上に盛大なものだった。
煌びやかなシャンデリア、豪華な料理、着飾った貴族たちの笑い声。
武門の家柄とはいえ、侯爵家の財力と権力を見せつけるには十分すぎる夜会だ。
私はエリスの隣で愛想笑いを浮かべつつ、内心では別の獲物を探していた。
そう、料理だ。
色気より食い気。
武力も大事だが、胃袋の充実も人生の幸福度には欠かせない。
ビュッフェ形式のテーブルを物色していると、デザートコーナーの一角に、見慣れない……いや、見慣れすぎた「黒い饅頭」のようなものが置かれているのを発見した。
「……これ、まさか」
私は周囲の目を盗んで、その黒い物体を一つ皿に取り、口に運んだ。
しっとりとした食感。
そして、その中から溢れ出す、濃厚で、どこか土の香りを感じさせる優しい甘み。
「んんっ!?」
口の中に広がる懐かしい味に、私は目を見開いた。
「あ、餡子だわ!!」
間違いない。
これは小豆を砂糖で煮詰めて作った、正真正銘の餡子だ。
この世界にも「豆」はあるし、煮込み料理には使われる。
だが、それを砂糖で甘く煮てペースト状にするという発想は、この国の食文化には存在しないはずだ。
(中にモチモチした何かが入っているが、ちょっとモチ米とは違うみたいね。
それでも……)
「……美味い! 嬉しい!
ああ、生きててよかった……!」
私は感動のあまり、小刻みに震えながら二個目、三個目と口に運んだ。
これは「アンコロ」という名前で供されているらしいが、完全にあんころ餅だった。
きっとチクロだ。
チクロが現世知識で職人に指示し、小豆から餡子を作らせたに違いない。
やはり彼女は日本人だ。
この味は、DNAに刻まれた和の心を持つ者にしか再現できない……と思う。
私は皿に山盛りにしたアンコロを平らげ、至福の時を過ごした。
◇
食べ過ぎた。
完っ全!に調子に乗った。
餡子の魔力に負けて、胃袋の限界を超えて詰め込んでしまった私は、お腹の張りを解消するために会場を中座し、お手洗いへと向かった。
用を足し、鏡の前で身だしなみを整える。
ふぅ、と息を吐くと、満腹感と解放感が同時に押し寄せてきた。
スッキリした~。
誰もいない廊下。
美味しい餡子を食べた高揚感と、生理現象を解決した安堵感で、私の気は完全に緩んでいた。
つい、足取りが軽くなる。
ドレスの裾を揺らしながら、廊下をスキップしてしまう。
そして、口をついて出たのは、前世の魂に深く刻まれた「あの歌」だった。
「♪ドンドンドン、ふっふ~」
軽快なリズム。
「♪ド〇キ~、ホ~〇~」
歌詞は適当にごまかしつつ、メロディは正確に。
「♪ボ~リュ~ム満々~、激安ジャ……」
曲がり角を曲がろうとした、その瞬間だった。
向こうから歩いてきた人物と、鉢合わせになった。
「!!」
私はスキップの片足立ちの姿勢のまま、石像のように硬直した。
目の前にいたのは、夜会の主役であるチクロ・ズルチンだった。
彼女もまた、私を見て目を見開いている。
時が止まる。
静寂が廊下を支配する。
チクロの視線が、私の顔に突き刺さる。
その瞳は何とも言えない思いを語っているようだった。
(やばっ、聞かれた?
変な歌うたってる痛い令嬢だと思われた!?
流石に鼻歌歌って廊下でスキップって、家のマナー教育を疑われるわよね……)
数秒の沈黙の後、チクロがふっと息を吐き、真顔に戻った。
「……パルスイートさん。
廊下でそのような……はしたない行動では、家令にどやされましてよ」
「……あ、ありがとうございます……」
私は赤面しながら、蚊の鳴くような声で挨拶を返すのが精一杯だった。
チクロが「では」と言って、私の横を通り過ぎていく。
だが、すれ違いざまに交わした視線には、確かな「確信」の熱が宿っていた。
◇
夜会が終わり、夜も更けた頃。
チクロの発案で、エリスと私、そしてチクロの三人による「ご令嬢パジャマパーティ」が開催されることになった。
今夜はお泊り会である。
ズルチン家の広大な客室には、天蓋付きの巨大なベッドが用意されていた。
私たちはフリルのついた可愛いパジャマに着替え、ベッドの上でクッションを抱えて車座になる。
「うふふ、パジャマパーティなんて初めてですわ!
とっても楽しみにしておりましたの!」
エリスは純粋にお泊り会を楽しんではしゃいでいる。
可愛い。癒しだ。
とりあえず、定番の恋バナから振ってみたのだが……。
「殿下の話なんてしたくありませんわ。あんな無能、思い出すだけで不愉快ですもの。それより今度の領地経営の件ですが……」
エリスは通常運転だ。
彼女が「男に生まれてバリバリ仕事をしたい」「王子となんて絶対に結婚したくない」という野望を持っていることは、私たちの中では周知の事実である。
(私はお金と食い気、チクロは園芸と武芸、エリスは経営と商売……どうなってんのよこの女子会!)
恋にうつつを抜かす女子が一人もいなかった。
仕方ないので次の話題。
お肌の手入れの話などで盛り上がった後、エリスが少しウトウトし始めたタイミングを見計らって、空気が変わった。
私とチクロの視線が交差する。
あの廊下での出来事以来、私たちは互いに「確認」の時を待っていたのだ。
「……さて、パルス」
チクロが真剣な表情で切り出した。
手元のクッションをギュッと抱きしめている。
「私、貴女に聞きたいことがあるのよね」
「奇遇ね、チクロ。
私も貴女に確認したいことがあるわ」
緊張感が走る。
エリスが「あら、内緒のお話ですの?」と不思議そうに首を傾げるが、今はそれどころではない。
「……アンタが先に言いなさいよ」
「いいえ、アンタが先でいいわよ?」
しばしの睨み合い。
そして、どちらからともなくため息をついた。
「「……どっちでもいいわね」」
ハモった。
もう隠す必要もない。
チクロがズバリと言い放った。
「アンタ、日本人でしょ!」
その言葉を聞いた瞬間、私は肩の力が抜けるのを感じた。
ああ、やっぱり。
一人じゃなかったんだ。
私はニヤリと笑ってポーズを決める。
「大正解~!」
その答えにチクロもホッと表情を緩める。
「やっぱりそうか~~!!」
チクロが叫んで、ベッドに倒れ込んだ。
「いや薄々は感づいてたけど!
間抜けさとメタい発言でそうかな~とは思ってたのよ。
で、有名ディスカウントストアの歌で『確定!』ってなったわよ!
あんなの歌う令嬢、この世界にいるわけないじゃない!」
「そっちこそ!
殺虫剤メーカーのCMソング歌うたいながら園芸趣味ってこの時点で確定じゃない!
極めつけは餡子!
あんなコテコテの和スイーツ出す侯爵令嬢がいてたまるかっての!」
私たちは手を取り合わんばかりの勢いで盛り上がった。
互いに孤独な転生者。
言葉の通じる同郷の友を見つけた喜びは、何物にも代えがたい。
「あの、お二人とも……?
ニホン? ディスカウント?
何のお話ですの……?」
一人取り残されたエリスが、ポカンとして私たちを見比べている。
私たちは顔を見合わせ、声を合わせて笑った。
「あはは、ごめんねエリス。
ちょっと、遠い故郷の言葉で盛り上がっちゃって」
「そうそう。私の魂のルーツの話よ」
「???」
エリスの頭上に無数のクエスチョンマークが浮かんでいるが、まあ、おいおい説明すればいいだろう。
(多分理解できないだろうけど、パジャマパーティの夜は長い。
私とチクロのルーツ、そして出自を共有して、エリスと3人の絆を深めないとね!)
最強の武力を持つズルチン侯爵令嬢、そして最強の権力と財力を持つアセスルファム公爵令嬢。
そして結構普通のアスパルテーム伯爵令嬢の私。
ここに秘密の「なかよし同盟」が結成された瞬間だった。
過去編のメインはここまでです。
次は幕間で女子会の続きを。




