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第024話「豪邸訪問!演舞?園芸?」

チクロさんのお話です


 ある日の出来事である。


 私たちアスパルテーム家は、寄親であるエリスリトール公爵家の方々と共に、訪問のためにとある場所へ向かっていた。


 行き先は、アセスルファム公爵派閥の筆頭、ズルチン侯爵家。

 そう、あの武闘派ご令嬢、チクロ・ズルチンの実家である。


「楽しみですわね、パルスイートさん!

 チクロさんのお屋敷に伺うのは久しぶりですの!」


 隣で目を輝かせているのは、私の親分ことエリスリトール公爵令嬢。

 相変わらずの美少女ぶりで、今日も完璧な淑女の微笑みを浮かべている。

 私たちは今、エリスの豪華な馬車に同乗して、ズルチン領へと向かっている最中だ。


「あら、そうですのねエリス様。

 わたくしは初めてお伺いしますのよ?

 ズルチン家は武門の名家と伺っておりますし、どのような歓迎を受けるのかとても興味深いですわ」


 私は適当に相槌を打ちながら、窓の外を流れる景色を眺めた。

 前回のアセスルファム公爵家訪問の際、強烈なインパクトを残したチクロ・ズルチン…


 いや、違った!


 お父様にブッ飛ばされて強烈なインパクトを残したのは私の方だった。

 その私の腫れた顔を笑い飛ばしたのがチクロね。


 彼女の実家がどのような場所なのか、少し……いや、かなり気になるところではある。


          ◇


 馬車がズルチン家の領地に入って暫くすると、やがて広大な敷地を持つ屋敷の正門が見えてきた。

 流石は侯爵家、アスパルテーム家とは門構えからして格が違う。


 しかし、私が驚いたのは建物の豪華さではなかった。


「……何よ、あれ」


 思わず素の声が出そうになった。

 正門から屋敷のエントランスへと続く長い道の両脇に、ズラリと並ぶ人影。

 それは、可愛らしいメイドや恭しい執事たちではない。


 鎧を纏い、槍や剣を携えた屈強な兵士たちだ。

 ざっと数百人はいるだろうか。

 彼らが一糸乱れぬ動きで整列し、私たちの馬車を出迎えている。


 さらに、どこからともなく重厚な太鼓の音が響き渡り、鼓笛隊による勇壮なファンファーレが演奏され始めた。

 歓迎というよりは、凱旋パレードか出陣式だ。


 馬車が車寄せに止まると、一人の人物が颯爽と歩み出てきた。


 チクロだ。

 だが、その姿はいつものドレス姿ではない。

 動きやすさを重視した、しかし貴族としての品格を損なわない、深紅の軍服風の正装に身を包んでいる。

 腰にサーベルはなく、彼女の背丈ほどもある禍々しい長槍――魔槍『ズールティン』を右手に携えていた。


「ようこそおいでくださいました、エリスリトール・アセスルファム公爵令嬢様、パルスイート・アスパルテーム伯爵令嬢様」


 チクロは凛とした声で挨拶すると、手に持った槍を軽く掲げた。


「本日は遠路はるばるのお越し、感謝いたします。

 歓迎の意を込めまして、少々空を清めさせていただきます」


 言うが早いか、彼女は無造作に槍を一振りした。

 ただ、軽く薙いだだけに見えた。


 ヒュンッ――!!


 凄まじい風切り音が響き、次の瞬間、上空を覆っていた分厚い雲が、まるで巨大な手で拭い去られたかのように消し飛んだ。

 一瞬にして広がる、突き抜けるような青空。

 太陽の光が燦々と降り注ぐ。


「……は?」


(なんか一瞬黒いモヤが槍から出てたけど気のせい?)


 私は開いた口が塞がらなかった。

 エリスも「まあ、素晴らしいですわ!」と手を叩いているが、いやいや、反応がおかしいでしょ。

 何なのよアレ……強いとか弱いとか、そんな次元じゃないじゃない!

 気象操作レベルの衝撃波って何?

 人間業じゃないわよ!


 唖然とする私に気づいたのか、チクロがこちらを見てニコリと笑った。

 そして、出迎えのために待機していたメイドたちに指示を出し、私たちを屋敷の中へと案内する。


「ちょっとチクロさん、なんか凄すぎませんこと?

 今の、魔法でして?」


 エリスがキラキラした目で尋ねる。


「いいえ、今のアレはズールティンが凄いのでしてよ。

 この槍の発する瘴気が風を呼ぶだけですの。

 このズールティンが使えればだれでもできるのですわ」


 チクロは事もなげに言う。


(嘘おっしゃい!

 あの槍、持ち主限定するタイプの呪い装備みたいなやつでしょ!

 結局使えるのアンタだけじゃない!

 っていうかやっぱあの黒いモヤ、瘴気だしてるんだ…

 確かに『魔槍ズールティン』って言ってたもんね)


 私は心の中で激しくツッコミを入れた。

 やはり、この女はヤバい。

 サッカリンを確保して調子に乗っていた自分が恥ずかしいレベルだ。


          ◇


 その後、チクロはお色直しのために一旦下がり、私たちは裏庭にある広大な庭園へと案内された。

 そこには、先ほどの武骨な軍隊歓迎ムードとは打って変わって、色とりどりの花が咲き乱れる美しい空間が広がっていた。


 しばらくして、ドレスに着替えたチクロが戻ってきた。

 先ほどの軍服姿も凛々しかったが、ドレス姿も様になっている。

 ただ、その瞳の奥にある強者の光は隠せていないけど。


「エリスリトールお嬢様、パルスイートさん、改めましてようこそいらっしゃいました。

 一応、最低限の人払いは済ませてあります。

 公式な場ではなくなりましたので、自由に話しましょう」


 優雅にカーテシーを披露するチクロ。

 私たちは白いテーブルセットに腰掛け、優雅なティータイムを始めた。


「素敵なお庭ですわね!

 見たことのないお花もたくさんありますわ」


 エリスが感嘆の声を上げる。


「ありがとう。

 この花、私が育ててるのよ~」


 チクロが嬉しそうに言った。


「えっ?

 庭師じゃなくて、チクロ…さん自身が?」


 私が驚いて尋ねると、彼女は目を輝かせて頷いた。


「あ、私にも『さん』は要らないわよ。

 そうね。

 土作りから肥料の配合まで、全部自分でやってるの。

 このバラの品種なんて、接ぎ木して苦労して咲かせたのよ。

 こっちの紫の花は、土の酸度調整が難しくてね……」


 チクロが熱く語り始めた。

 その顔は、先ほど槍で雲を吹き飛ばした武人とは別人のようだ。

 純粋に園芸を楽しんでいる少女の顔。

 エリスも「すごいですわ~!」と楽しそうに話を聞いている。


(ふーん、意外ね。

 脳筋かと思ったら、意外と繊細な趣味をお持ちで)


 私は庭を見渡した。

 確かに手入れが行き届いている。

 ただ、私としては花よりも実用性が気になる。


「私はどうせなら食べられるのがいいわ~」


(キク科とか?お浸しにできるやつ。

 それともサラダ油が採れるアレがいいかな~)


「パルスイートさん、お花を見て食欲を湧かせるのは貴女くらいですわよ」


 エリスに苦笑された。

 まあ、花より団子、色気より食い気は私の信条だから仕方ない。


          ◇


 楽しいお茶会の最中だが、夕方になるとチクロが席を立った。


「ごめんなさい、当家では夕方に稽古の時間があるのよ。

 私たちのお茶会はここまでにしましょう。

 夜には歓迎のパーティがあるから、それまで部屋でゆっくりしててくれる?」


「稽古、ですの?」


「ええ。

 私のというか、兵士たちの稽古をつけてあげるのよ。

 日課なの」


「どんな稽古やってるの?」


 私が尋ねると、チクロは少し考え込んでから答えた。


「うーん、言葉で言うなら……一斉乱取り、みたいなものかしら。

 まあ、言葉で言ってもわからないわよね。

 見に来る?

 結構賑やかだから」


 というわけで、私たちは稽古の見学をすることになった。

 案内されたのは、屋敷の裏手にある広大な練兵場だ。


 そこには、屈強な兵士たちが百人以上集まっていた。

 全員が木剣や槍、盾を持ち、やる気満々の状態。


 その中心に、チクロが一人で立っていた。


 彼女が手に持っているのは、魔槍ズールティンではない。

 ただの長い木の棒。

 ドレスから動きやすい稽古着に着替えているが、防具は一切つけていない。


(……なにあれ、えっとなに、何尺…棒だったっけ?

 とにかく、なんで槍つかわないの?)


 私が疑問に思っていると、横に控えていたチクロの家のメイドが恭しく教えてくれた。


「チクロ様は普段、兵士の方々が怪我をされないように、あのようなただの棒でお相手なさっているのです。

 槍を使うと、どうしても……その、手加減が難しいようでして」


「……あ、はい」


 手加減のためだった。


「始めッ!!」


 号令と共に、周囲を取り囲んでいた兵士たちが一斉にチクロに襲い掛かった。

 四方八方からの同時攻撃。

 普通なら回避不能の絶望的な状況だ。


 だが。


 ゴッ、バキッ、ドゴォッ!!


 鈍い音が連続して響き渡り、兵士たちが次々と宙を舞った。

 チクロの持つ六尺棒が、まるで生き物のようにしなり、回転し、あらゆる方向からの攻撃を弾き返し、カウンターを叩き込んでいる。


 速い。

 速すぎて棒の軌道が見えない。

 チクロは一歩も動いていないように見えるのに、彼女の周囲に見えない結界があるかのように、兵士たちが近づいた瞬間に吹き飛ばされていく。


「うっそ、無双ゲーじゃない……」


 私は呟いた。

 槍いらないでしょ、これ。

 棒術だけで国一つ落とせそうな勢いだわ。


 30分後。

 そこには、地面を舐めて這いつくばる百人の兵士たちの死屍累々(※全員生きてます)と、息一つ切らさずに涼しい顔で立っているチクロの姿があった。


「はい、お疲れ様。

 衛生兵、怪我人の手当てを急いで」


 チクロはウロウロと怪我してる人がいないか声かけて回っている。

 その姿は、部活のマネージャーのように甲斐甲斐しいが、やったのは全部彼女だ。


「……なんか凄すぎて感想がでないわね」


 隣でエリスもポカーンとしている。


(とりあえず仲良くなっとかないと、この子が一番ヤバいわ。

 敵に回したら、サッカリンと全護衛を投入しても3秒で全滅する未来しか見えないもの)


 私は生存戦略として、チクロとの友好関係構築を最優先事項に設定した。


          ◇


 稽古の後、私たちは客室に案内された。

 エリスは旅の疲れが出たのか少し昼寝をするというので、私は一人で暇を持て余してしまった。


 部屋付きのメイドに、先ほどの庭園の話を振ってみる。


「あのお庭、本当にチクロ様が手入れされているの?」


「はい、左様でございます。

 旦那様(侯爵)は『武門の娘が土いじりなど』とあまり良い顔をされませんが、チクロお嬢様は土いじりがお好きで、いろんな植物を育てるのが趣味だと仰って……。

 今も稽古の後で、裏庭の奥で花壇をいじっているはずです」


「へぇ……」


「お暇でご興味があるなら、お連れいたしますよ?

 当家ではチクロ様とご一緒にそのような趣味をご共有できる方もおられませんので、パルスイート様のように関心を持っていただけると、お嬢様もお喜びになるかと」


 メイドの言葉に、少し引っ掛かりを覚えた。

 兄妹がいるような話は聞いてないけど、まぁ普通に考えたら居るわよね。

 当主夫婦とチクロ以外はみてないから、兄弟仲はあんまり仲良くないのかしら?

 侯爵もいい顔をしないってことだし、家庭内では孤独なのかもしれない。


 まあ、そう考えたらうちも別にお兄様とは仲良くなかったわ。

 一方的、かつ変態的に粘着されるだけで。

 そう考えると、少し親近感が湧いてくる。


「あら、それは楽しそうですわね。

 興味ありますわ。

 是非、案内していただけますかしら。」


(お友達大作戦として、一緒に花壇で土いじりでもしようじゃないの!)


 私はメイドの案内で、屋敷の裏手、さらに奥まった場所にあるという専用の花壇へと向かった。


 角を曲がると、ふわりと花の香りが漂ってきた。

 そして、何やらご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。


「♪これは……あぶらむし!」


「ん?」


「♪これは……はだに!

 ♪白い~……うどんこびょう~……葉を枯らすのです!」


「えっ…ちょ」


「♪ふふん、ふふんふふん、ふふふふ大切に~」


 私は足を止めた。

 全身に鳥肌が立つような衝撃が走る。


 なんか聞いちゃいけない、でも絶対に聞いたことのある旋律だわ。

 前世の記憶がフラッシュバックする。

 休日に連れていかれたホームセンター。

 その園芸コーナーで、モニターから無限リピートで流れていた、あの恐ろしいほど中毒性の高いCMソング。


 間違いない。

 殺虫剤メーカーの有名な歌だ。


 花壇の前で、しゃがみこんで土をいじっているチクロの背中が見える。

 私は震える声を抑えて声をかけた。


「……チクロ様、ごきげんよう。か…変わった歌ですわね?」


 チクロが振り返る。

 私を見て、ニコリと笑った気がした。


「あら、パルスイートさん。

 ……私、この歌すきなのよ。

 花壇への愛を感じるっていうか……

 まぁ、貴女は知らないと思うけど」


(悪い、知ってるわ。

 殺虫剤と殺菌剤の歌だろそれ)


 私は心の中で即答した。

 だが、ここで指摘するのはまだ早い。

 確証はあるが、決定的な「言質」が欲しい。


「そうなのね。

 確かにあまり効かない独特なメロディだわ。

 ……所でお稽古の後に、なんで園芸?」


「……なんでかな」


 チクロはスコップを持ったまま空を見上げた。


「生まれた時からっていうか、あるときからっていうか。

 出来なかったことが出来る喜びっていうか。

 ま、私、花や緑が好きなのよ。

 育てる方の意味でね!」


 その言葉には、どこか前世への郷愁が含まれているように感じた。

 コンクリートジャングルで生きていた日本人が、異世界に来てスローライフ(物理的暴力付き)に憧れるみたいな気持ち?

 なんとなく分からなくもないけど…


「あ、エリスも来たの?」


 振り返ると、お昼寝から目覚めたエリスが、ズルチン家のメイドに連れられてやってくるところだった。


「じゃあ、二人にこんな土だけのところじゃなくて、今満開の花壇があるから見せてあげるわね。

 行きましょ!」


 チクロはパンパンと手の土を払い、明るい笑顔で私たちを誘った。

 その笑顔は、無双の武人でもなく、悪役令嬢でもなく、ただの「花好きの少女」のものだった。


 私は確信を深めつつ、彼女の後を追う。


 この後の夜会、そしてお泊り会。

 そこで必ず、彼女の正体を見極めてやるわ。


(……だって、どう考えたって普通の令嬢じゃない筈よ)

お強いですね。

カダンの歌はご存じですか?

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