第023話「学園事情!茶会?失踪?」
規格外の庭師、サッカリンを雇い入れたことで、我がアスパルテーム家の防衛力というか、私個人の勢力は盤石なものとなった…といったら流石に過言よね。
とはいえ庭木の剪定ついでに不審者も剪定してくれるのだから、これほど頼もしい存在はいない。
しかも教官として兵士育成までやってくれるんだから最高よ。
これで一安心……と言いたいところだが、私にはまだ一つ、喉に刺さった小骨のように気になることが残っている。
そう、この世界の本来の主人公であるヒロイン、「聖女」ロザリオ・ビアンコのことだ。
ふと、疑問に思う。
彼女は今、どうなっているのか?
物語開始の年齢が近づいているにも関わらず、まだ表舞台に出てくる気配がないのはなぜか?
本来のゲームシナリオ『ホーリースイート ~光の聖女と救いの世界~』において、彼女は平民(実は戦災孤児)であるものの、希少な「聖属性の光魔法」が使えることから、ビアンコ男爵家の養子に迎えられた…という設定だったはずだ。
そして15歳になり、王都にある「王立学園」に入学。
そこで第二王子やエリス(悪役令嬢)と出会い、恋と波乱の学園生活を送る……というのが王道ルートだ。
私?まぁエリスと一緒に出てきてたわよ。
チクロと少ないセリフを取り合ってね!
しかし、現状で「ゲーム」と「この現実」には大きな隔たりがあるのだ。
まず、私が(多分チクロも)結構裏で動きまくっている時点で、シナリオは既に歪んでいるのは間違いない。
さらに現時点では、攻略対象である第二王子はまともな感性の持ち主っぽいし、ライバル令嬢のエリスは完璧超人で性格も良い子だしで、かなり話が違う。
そして何より致命的に違うのが、物語の舞台になる「学園」の扱いだ。
ゲームだと、攻略対象もヒロインも悪役令嬢も、みんな学園に通って、キラキラした寮生活をエンジョイしていた。
けれど、この世界の貴族の婦女子は、そもそも学園なんかに通わない。
なぜなら、優秀な家庭教師を雇って個別指導(英才教育)をするからだ。
冷静に考えてみれば当たり前の話である。
大事な政略結婚の道具であり、家の格を示す看板娘である令嬢を、有象無象の中で寺子屋的に学ばせるなんてリスクしかない。
「ウチの娘は王妃教育も完璧ですわよ! 家庭教師はあの有名な〇〇先生ですの!」とブランド力を高めるのが、この世界の貴族の常識なのだ。
おかげで、私も毎日大変なのよ?
優雅な学園ライフなんて夢のまた夢。
現実は、家庭教師によるスパルタ教育の日々だ。
やれダンスやマナー、リュートにフルート、実技に筆記に、テスト、テスト、またテスト……。
私のスケジュール帳は真っ黒だ。
「お嬢様! 宿題ちゃんと進んでおられますよね?
まさかとは思いますが、またテストの点数が足りなくてデザート抜き……なんてこと、ありませんよね?」
ほら、またなんか嫌な声が聞こえてきた。
私の背後で眼鏡を光らせる、教育熱心な新執事ソルビットだ。
私の思考を読んだかのようなタイミングで釘を刺してくる。
「も、もちろん進んでおりましてよ?
失礼ね、やればできる子よ私は」
私は動揺を隠して優雅に扇子を開いた。
個人的に扇子は大事なご令嬢アイテム、悪役ムーブでなくとも欠かせない…と思ってる。
もちろん、宿題はまだ半分も終わっていない。
「あーあ、勉強しすぎて疲れましたわ。
脳に糖分が足りませんのよ。
今日の夕食後のデザートは、食堂ではなく自室で、ステビアとゆっくりいただきたいものね。
……ねえ、ソルビットもご一緒にいかがかしら?」
「え?」
ソルビットの表情がピクリと動いた。
「よ、よろしいのですか?
執事である私が、お嬢様のプライベートな空間に……しかもステビアさんとご一緒に?」
「ええ、構わないわよ。たまには息抜きも必要でしょう?」
「是非! 是非ともご一緒させてください!
お茶の準備は私が完璧に整えますので!」
食い気味に返答が来た。
宿題の件はどこへ行った。
(ほら、チョロい)
私は心の中で勝利宣言をした。
やはりこの男、ステビアという餌には弱すぎる。
◇
まあ話を戻すと、この国に学園自体はあるのだ。
でも通うのは基本、男子のみ。
将来の派閥の下地を作ったり、貴族としての箔を付けたり、あるいは平民相手に圧倒的な実力差(魔力や剣術)を見せて「ドヤァ!」とマウントを取ったりする場所だ。
なので、私のような深窓の令嬢(自称)は通わない。
となると、だ。
いつ、どうやって聖女ロザリオは現れるのか。
そして第二王子との出会いは、学園のイベントも無しにどうやって実現されるのか。
シナリオの強制力が働くのか、それとも別の何かが起きるのか。
その辺りを確認するため、私はサラヤに「ロザリオを養子として育てている筈のビアンコ男爵家の調査」を依頼していた。
そろそろ結果を報告に来る頃だろう。
(なんか予感をビンビン感じるのよね。)
◇
夕食後のデザートの時間。
自室でステビアとくつろいでいると、予定されていたようなタイミングでノックの音が響く。
入室してきたのはデザートの乗ったワゴンを押すメイド。
そして、それに付き従うように入ってきたソルビットだ。
「お待たせいたしました、お嬢様」
私は彼らを室内に招き入れ、ソファーを勧める。
私とステビアは先に席につき、ソルビットが完璧な手つきでワゴンからタルトケーキを取り出し、紅茶を淹れる。
芳醇な茶葉の香りと、タルトが発する甘く香ばしい香りが部屋の中に広がった。
そして最後にソルビットが席につき、テーブルを囲んで座る。
と――なぜか4人いた。
私、ステビア、ソルビット。
そして、当然のような顔をして私の向かいに座り、茶を啜っているサラヤ。
「……サラヤ」
「はい」
「アンタなんでシレっと一緒になって座ってるのよ?
ここは私の部屋で、これは私の女子会(+執事)なんですけど」
私がジト目で睨むと、サラヤは悪びれる様子もなく真顔で答えた。
「違います。
ちゃんとメイドとして一緒にデザートを運んできました。
これは労働の対価です。
タルト、美味しかったですよ?」
「勝手につまみ食いしてんじゃないわよ!」
ワゴンを見ると、すでに一切れ減っている。
相変わらずの手癖の悪さだ。
いつの間に食べたんだ。
「ソルビット、アンタもなんで何も言わないのよ。
執事長として、不審者を排除しなさいよ。
なんでアンタが淹れた紅茶を、コイツが一番最初に飲んでるわけ?」
私が矛先を向けると、ソルビットは視線を泳がせた。
「あ、いや、まぁ……お嬢様のお客様ですし、顔見知りでしょうし……ここは私も大目にみようかと……」
ソルビットが何やら焦りながら、歯切れの悪いことを言う。
いつもの「マナー違反です!」という厳格さはどこへ行った。
「そうです。
私の『大事なお客様』もこう言ってますので、お嬢様も大目にみてください」
「はぁ?」
サラヤが意味深なことを言いながら、ソルビットに視線を送る。
大事なお客様?
守銭奴のサラヤにとってのお客様とは、すなわち「情報を金で買ってくれるカモ」のことだ。
(あ! ソルビットのやつ、サラヤから金で情報買ってるだろ!
……多分、ステビアの好きな花とか、誕生日の情報とか!)
執事長ともあろう者が、なに部外者に弱み握られてるのよ。
新人情報屋に恐喝(?)されているとは情けない。
私は呆れてため息をついた。
「もういいわ。
サラヤ、さっさと結果報告しなさいよ。
アンタの用事、どうせ例の件でしょ?
結局のところ、ビアンコ男爵家の娘、ロザリオはどうしてたの?」
「はい」
サラヤはタルトの最後の一口を飲み込み、懐から一枚の報告書を取り出した。
「ロザリオ・ビアンコは、2年前に『しっそう』したようです」
「え? なんて?
疾走?
走るの?」
私は首を傾げる。
聖女が全力で走って…でどうなる?
「違います。
猛ダッシュじゃなくて、行方不明の方です」
「行方不明?
もしかして誘拐でもされたの?」
「いえ。
ビアンコ家から私財…端的に言うと現金や高額な宝石を持ち出して、夜逃げしたとのことでした」
「…………は?」
私は持っていたティーカップを取り落としそうになった。
カチャン、とソーサーの上でカップが跳ねる。
「ロザリオーーッ!!
いったい何やってんのよ!?」
思わず叫んでしまった。
(悲劇のヒロインが、まさかの親の財布から金パクッて&夜中に家出!?
清廉潔白、慈愛の心を持つ聖女設定はどこへ消えた。
こんなの原作関係ないじゃない!)
「現在、ビアンコ男爵家は必死に行方を捜しているようですが、足取りは完全に途絶えています。
少々手際が良すぎる点を鑑みるに、恐らくですが、しっかり計画を練ったうえでの失踪ではないでしょうか……」
サラヤの淡々とした報告が、私の頭の中で反響する。
また一つ、ゲームのシナリオが音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
(……で、ロザリオってそもそも何者なのよ?)
◇
――時は遡り、およそ12年前。
ソーヴィニオン王国の隣国である、聖リプトーン教国側にある小さな国境沿いの村。
ここで一つの惨劇が起きた。
小規模な紛争による、村の焼き討ちである。
夜闇を焦がす炎、逃げ惑う人々の悲鳴。
燃え盛る炎の中、ソーヴィニオン王国軍の先行部隊として私兵を派遣していたビアンコ男爵配下の兵士たちは、戦火の中において、ある一人の赤ん坊を発見。
瓦礫の下で泣き叫ぶその赤子は、周囲を焼き尽くす炎を物ともせず、優しく淡い光に包まれている。
そう、本来リプトーン教国の民にしか発現しないはずの、聖なる輝き――「光属性魔法」を、その身に宿しているのだ。
本来であれば、リプトーン教国の聖女として見いだされ、国を挙げて崇められるはずの存在。
だが、戦火の混乱がその運命をねじ曲げたのである。
兵士たちはすぐさま赤子を保護し、その特異性を即座にビアンコ男爵へ報告。
男爵は事の重大さを悟り、すぐさま祖国へと早馬を飛ばした。
その日のうちに、デラウェア・ソーヴィニオン国王より極秘の呼び出しを受けたビアンコ男爵。
夜を徹してたどり着いた王宮の奥深く、そこで一つの勅命が下される。
『その赤子を、ビアンコ家の養女とし、実の娘として育てよ。
決して出自を悟らせてはならぬ。
いずれ我が国の切り札となるであろう』
この日、聖リプトーン教国から聖女が失われた。
そして本来であれば聖女を有さないソーヴィニオン王国において、新たな「聖女伝説」が、略奪という形によって創りだされようとしていた。
その赤子の名こそが、ロザリオ・ビアンコ。
後の世で「聖女」と呼ばれるはずの、今はまだ行方知れずの少女である。




