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第021話「籠絡道中!仇討?庭師?」


 隣領への遠征が決まった直後。


 出発の準備を進める中で、私はステビアを捕まえてこっそりと耳打ちする。


「ねぇ、ステビア」


「なんでしょうお嬢様?」


「ソルビットだけど、多分アンタに一目惚れしたわよ」


「あ、そんな感じしました!」


 ステビアは頬に指を当てて少し考え、パッと花が咲くように明るく、そして思い出したように答えた。


(…純粋培養のモテっ娘め。

 驚くでもなくこの反応。

 自分がモテるって自覚してるのね)


 天然なのか計算なのか。

 どちらにせよ、この侍女は「追う側」ではなく「追わせる側」の生態系に属しているらしい。


「で、アンタいい歳っていうか、二十歳超えてるじゃない?

 チャンスとしてアリなの?

 私的には、家柄も釣り合うし、アリ寄りのアリでみてるんだけど?」


「え? そりゃ、アリですけど……

 パルスイートお嬢様、私結婚しちゃっていいんですか?」


「何言ってんの?

 当り前、良いに決まってるじゃない」


「だって、このお仕事できなくなっちゃいますよ?

 私が居なくなったらお嬢様がどうなるのか心配ですよ~」


 ステビアが少し残念そうに言う。

 アスパルテーム家での仕事は気に入ってくれているらしいが、それよりも私の素行が心配か?

 概ね正しい心配よね!


「はぁ?

 ソルビットのところだったら親戚じゃない。

 身重じゃなきゃ働けるでしょ!

 寿退社なんて許さないわよ」


「え~

 ソルビット様のお家、分家筋でも結構いいとこじゃないですか~

 結婚するなら専業したいです~」


「世の中そんなに甘くないわよ。

 そんなの、結婚出来てから考えなさいよね。

 とにかく次のイベント(遠征)で狙っていきなさい!」


「大丈夫ですよ~

 自信ありますから」


(何この恋愛百戦錬磨みたいな奴、前世34年で彼氏なしだった私への当てつけか!?

 違う…単にモテるから、これが普通なのよね……羨ましい!)


 私はギリリと奥歯を噛み締めながら、出発の号令をかけた。


          ◇


 そして始まった、隣領への馬車の旅。

 まだ見ぬ土地への道程……



 それは私にとって『ただの地獄』だった。



 馬車の中には私、専属侍女のステビア、執事長だけど護衛というか、お目付役のソルビット、そして情報屋サラヤ(御者台ではなく、図々しくも車内)の4人。


 私は暇つぶしにサラヤに話しかけようとしたのだが。


「ねえサラヤ、あの件だけど」

「ご利用ありがとうございます。情報提供ですね。あの件は銀貨1枚になります」


「……言っておいてなんだけど、あの件ってどの件よ……もういいわ……」


 会話一つにも課金しようとする守銭奴ぶりを見せつけられ、私は彼女を「空気」として扱うことに決めた。


 一方で、私の目の前には「春」が到来していた。


 ただし本物じゃない。


 ファンヒーターの温風が作り出すような、偽りの春だ……。


「私~、実はお料理が得意なんですよぉ。

 今度、新作のお菓子を作ってみようと思っててぇ」


 ステビアが、普段の3割増しで甘い声を出している。

 絶対同性には出さないやつ。


 ふむ…

 やる気らしい。


「ほ、本当ですか!

 私、甘いものは好きなんです!

 ぜひ、毒味……いえ、試食役をさせてください!」


 ソルビットが鼻の穴を膨らませて食いつく。

 眼鏡の縁が時折キラリと光る。

 何かイラッとする。


「あとぉ、私、子供が好きなんですよね~。

 将来は賑やかな家庭に憧れるなって」


「ぼ、僕も好きです!

 子供! いいですよね、子供!!」


(「僕も好きです」じゃないわよ。

 アンタ、見るからに子供苦手そうじゃない)


 私は虚空を見つめた。


 まったく…恋愛初心者か!

 私だって初心者よ!

 畜生!!


 狭い車内で繰り広げられる初々しくも痛々しいイチャつきに、胸がギュッと苦しくなる… 胸焼けで。


 車酔い?

 じゃないわよ…

 砂糖煮詰めたような甘い空気は胃に悪いって話ね…


          ◇


 精神的な疲労困憊の末、ようやく隣領の宿場町に到着。

 宿の手配を心配したが、ソルビットが早馬を飛ばして先に手配を進めてくれていたらしい。


 暫くして到着した宿屋。

 通されたのは、この寂れた町には似つかわしくない、最上級の部屋だった。

 流石は若くして執事長に就けるだけある、仕事が速い。


「いかがですか?

 窓からの景色が素晴らしいでしょう!

 あちらから綺麗な夕日が見えるんですよ、ステビアさん!」


「わあ、素敵ですぅ~!」


 ソルビットが窓辺で、一生懸命ステビアにアピールしている。


 私を差し置いて。


(……お前の雇い主、私(の家)だからね?)


 私は生温かい目で二人を見つめながら、明日の作戦を練った。


          ◇


 翌日。

 私たちは予定通り二手に分かれることにした。


「じゃあステビア。

 頑張ってらっしゃい。

 成果報告、期待してるわよ」


「はい! 任せてください!

 『魚頭パイ』、ちゃんと屋敷で再現できるように、味とレシピをしっかり覚えてきます!」


 ステビアが張り切ってバスケットを持つ。


(魚頭は頑張んなくて良いから!

 あと、言っておくけど主役の魚は頭の方じゃないからね!)


 その横で、ソルビットが騎士のように胸を張った。


「私が必ずお守り……いえ、同行してサポートいたしますので、ご安心を!」


(うん。

 こっちは安定のチョロさだし、そういう意味では安心ね)


 こうして、二人は意気揚々とパイ屋の視察(という名のデート)へ向かっていった。

 残ったのは私とサラヤ。

 そして、御者としてついてきた護衛の兵士が一人。


「さて、行くわよ」


 私たちは、サラヤの案内で町の外れへ向かう。


 護衛の兵士には「ちょっと野暮用よ」と伝えてあるが、もし現場が危なそうなら、サラヤを「この日の為に雇った現地ガイド兼用心棒」と説明して、後は口止め料でも握らせて離れてて貰うつもり。


 町を抜け、人気のない高台へと続く道を進む。


 その時、先行していたサラヤがピタリと足を止めた。


「……お嬢様」


 いつもと違う、緊張感のある声。


「少しお待ちを、様子が変です」


 サラヤの顔に更なる緊張が走る。


「……どうやら、ソーマチンの元には簡単にお連れできないかもしれません」


「どういうこと?」


「血の匂いがします。

 それも、大量の」


 サラヤの言葉に、護衛の兵士が剣の柄に手をかける。

 私は手で彼を制し、待機を促す。

 サラヤが先行したのを見て察したのだろう、特に確認もなく下がってくれた。


 先導するサラヤに続き、慎重にその先へと進む。


 高台の広場。

 そこに立つ人影が一つ見える。


 その足元に、もう一つ。

 人らしき物が地面に転がっている。


 ボロ布を纏った、立派な体躯の男だった。


 袈裟懸けに切り捨てられ、大量の血の海に沈んでいた。


 サラヤの方に目をやると、それに気がついたのか、残念そうな顔で首を横に振った。


 聞いていたほど老人では無さそうだが、倒れている方が探していた「剣王ソーマチン」だろう。


 そしてもう一つの方。

 死体の傍らに、血まみれの大剣を肩に背負って立つ男がいた。

 凶悪な目つきをした、こちらも負けず劣らず筋肉質の大男だ。


「……なんだあんたら?」


 男が気だるげにこちらを向く。

 殺気はない。

 あるのは、仕事を終えた後のような虚無感だけだ。


「あ~、これな。

 心配すんな、言うなら敵討ちってやつだ。

 アンタらに敵意は無いし、危害加えようとかはしねぇよ。

 それにギルドに決闘許可とってるはずだぞ?

 ……俺がじゃなくて、コイツの方が勝手に取ったんだけどな」


 男は死体を顎でしゃくった。


 一歩遅れて状況を理解した私は、思わず声を荒らげた。


「ちょっとアンタ、なんてことしてくれんのよ!

 死んだらソイツのこと雇えないじゃない!」


 私の言葉に、男はきょとんとした顔をした。

 死体を見て悲鳴を上げるでもなく、通報するでもなく、「雇えない」と文句を言った子供が珍しかったのだろう。


「あん?

 この爺さんに用があったのか。

 ……悪い、勘弁してくれ。

 こっちも知人友人併せて5人もコイツに殺されてんだわ」


「5人も?」


「ああ。

 別に辻斬りみたいにやられたって話じゃねぇんだよ。

 強い剣士を見付けると、必ず決闘を申し込んでくる狂った爺さんこと剣王ソーマチンってな。

 有名だろ?

 要するに、調子に乗って決闘受けて、単に負けて消えてっただけだ。

 今度は俺の番が回ってきたわけだが、ま、見てのとおりの状態よ。

 ちょっと私怨がてら、売られた決闘で返り討ちにして殺すくらい、敵討ちってことで多めにみてくれや」


 男は血のついた剣を振るい、血糊を払った。


「私はパルスイート・アスパルテーム。

 隣の領主の娘よ。

 怪しまれたくないから名乗っておくわね」


 私は扇子を開き、口元を隠して名乗った。

 護衛の兵士が「お嬢様!?」と慌てているが無視する。


「私はつよ~い護衛雇いたくてソーマチン探してたの。

 で、見つけたってので来てみたら死んでたって訳よ。

 ……アンタ、名前は?」


「……サッカリンだ」


(サッカリン……あ、死神サッカリン!

 なんでこんなところに居るのよ?

 というか、なんで原作ゲームだと4章の中ボスクラスのコイツが、終盤裏ボスみたいなソーマチン倒してるわけ?

 ステータス的に無理でしょ…)


 男――サッカリンは、私を値踏みするように見た。


「強い……まぁ滅茶苦茶強かったな、この爺さん。

 剣王とか呼ばれてるだけあったぜ?

 確かにコイツを普通に雇えればいいんだろうが、多分無理だったと思うぞ」


「なぜ?」


「金も地位も名誉も興味なし。

 剣術でのタイマン死合いのことしか考えてない生粋の決闘馬鹿だぜ?

 ……今じゃ『だった』だけどな」


 サッカリンは足元の死体を見下ろした。


「決闘の事以外、まるで話が通じる感じじゃなかったぞ?

 最後も斬られて、笑いながらぶっ倒れて死んだからな。

 そんな頭オカシイやつ雇っても、碌なことにならんぜ」


 なるほど。

 話を聞く限り、私の求めていた「武力保険」としては不適合だったようだ。

 制御不能な暴走車など、保険どころかリスクでしかない。

 その点では、死んでくれて手間が省けたとも言える。


 だが、これはある意味で別のフラグが立ったとも言える。

 子供の使い…私がまだ子供だから子供のお使い?

 とか言ってられないのよ。

 とにかく、手ぶらで帰るわけにはいかないのよ。


 私はサッカリンを見た。

 あの剣王を、正面から斬り伏せた男。

 中盤で消える筈のイベントキャラなのに、この時点でこの強さ。

 想定外だけど、これに乗らない手は無いわ。


 完全なジョーカー。


 後のイベントで消される位なら、ここでの入手に望みを掛ける!


「ねえ、サッカリン」


「あ?」


「殺し殺されるなんて、正直ダサくない?」


 サッカリンが目を剥いた。

 ダサい。

 命のやり取りを、そんな言葉で表現されたのは初めてだったのだろう。


「ダサい……だぁ?」


「ええ、ダサいわ。

 だって生産性がないじゃない。

 友人を殺されて、敵を殺して、後に何が残るの?

 虚しさだけでしょう?」


「…………」


 サッカリンは黙り込んだ。

 図星だったのだろう。

 仇を討った彼の顔に、達成感は微塵もない。


「同じ刃物を振るうなら、もっと建設的なことに使いなさいよ。

 例えば……そうね、うちの庭の剪定とかどう?」


「……は?」


「人を殺す剣じゃなくて、木を整える鋏とか持ってみたらって言ってるの。

 傭兵以外、どうせ行くあてなんてないんでしょ?

 戦争時でもなければ、半分無職みたいなもんじゃない」


 私は彼を指差した。


「ウチに来なさい。

 給料は出すし、住む場所もやるわ。

 その腕、私の家の庭師として雇ってあげる」


 サッカリンは呆気にとられ、それから乾いた笑い声を上げた。


「庭師……庭師か。

 剣王を殺した腕で、庭木を切れってか?

 ……ハッ、最高に狂ってやがる」


 彼は剣を鞘に収め、私の前に歩み寄った。


「いいぜ、お嬢ちゃん。

 殺し合いよりは、よっぽどマシな暇つぶしになりそうだ」


「じゃ雇用決定!

 3カ月は見習い。

 お試し期間は見習い賃金だからね!」


「かーっ! 見習いだぁ?

 ガキの頃に剣振ってたとき以来じゃねぇか!

 ガハハハハ!」


 こうして、私は敗れ去った剣王に代わり、最強の庭師(予定)を手に入れた。


 目的は果たした。


 あとは、ニシンパイで死にかけているであろうソルビットを回収して帰るだけだ。


 まさか昼間から、別のパイに手を出してないでしょうね……。

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