第020話「弱点発覚!遠征?恋慕?」
新執事ソルビットの着任から数日が経過したある日の午後。
私は屋敷の庭園で、優雅なティータイムを楽しんでいた。
ステビアに淹れさせた香り高い紅茶と、王都から持ち帰った宝石タルト(の残り)。
暖かな日差しと、心地よい風。
平和だ。
実に平和な午後である。
目の前に座る、この不審者さえいなければ。
「サラヤ」
「……御傍に」
「御傍にじゃなくて、なんでアンタまで一緒に座って菓子食べてるのよ?」
私の向かいの席には、先日「屋根裏」から出現した地味な眼鏡の女――サラヤが、当然のような顔をして鎮座していた。
しかも、私のタルトをパクついている。
「毒味です」
サラヤは真顔で答え、モグモグと口を動かした。
「毒味って……それ、もう半分以上食べてるじゃない。毒があったらとっくに死んでるわよ」
「遅効性の猛毒という可能性も捨てきれませんので。念には念を」
「ただ食いたいだけでしょうが」
私は呆れてため息をついた。
この女、王家の暗部に所属する現役のエージェント(ただし新人)であり、裏社会では情報屋も営んでいるという、設定だけ聞けばハイスペックな人物だ。
先日、私の依頼(剣王ソーマチンの捜索)を完了して報告に来たのだが、そのまま「仕事のついで」と称して屋敷に居座っている。
どうやら、私が支払った報酬(借金返済に消えた)とは別に、現物支給のおやつを目当てにしているらしい。
「アンタうちの侍女じゃないわよね?
ステビアもこんな奴にお茶あげなくていいから。
自分のも一緒に淹れたらコッチ座って食べなさいよ」
私は給仕に控えていたステビアに声をかけた。
ステビアは少し戸惑ったように目を丸くする。
「えっ? よろしいのですか、お嬢様?
私のような者が同席するなど……」
「いいのよ。どうせここには私達しかいないんだし。
それに、そんな図々しい部外者が食べてるのに、身内のアンタが立ってるのも変でしょう?」
私がサラヤを顎でしゃくると、サラヤは「解せぬ」という顔をしながらもタルトを嚥下した。
「良いんですか!?
やった~」
ステビアは嬉しそうに私の隣に腰掛け、自分用のカップにお茶を注いだ。
こうして、貴族令嬢、専属侍女、そして暗部という、奇妙な女子(?)会が始まった。
◇
たわいない雑談に花を咲かせつつ、私は頃合いを見て本題を切り出した。
「ねぇ、ステビア。
隣の領地の宿場町に、なにか目新しいものないか知らない?」
私の目的は、先日サラヤが特定した「剣王ソーマチン」の確保だ。
彼は現在、アスパルテーム領の隣、隣接領側にある寂れた宿場町に潜伏している。
会いに行くには屋敷を出て、領境を越えなければならない。
当然、あの厳しい新執事ソルビットを納得させるだけの「正当な理由(外出の口実)」が必要になる。
「隣の宿場町……ですか?」
ステビアが小首をかしげる。
すると、タルトを食べ終えたサラヤが、眼鏡をクイッと押し上げて割り込んできた。
「その情報なら、この私が……」
「アンタのは金が掛かるから後でいいわ」
「……ッ!」
私が即答で切り捨てると、サラヤは「商機が……」と呟いてガックリと項垂れた。
分かりやすく凹んでいる。
こいつ、本当に金に困っているらしい。
王家からの給料はどうなっているんだ。
「で、ステビアは何か知らない?」
私が無視して続けると、ステビアは少し考える素振りを見せ、ポンと手を叩いた。
「その宿場町って、うちの本領と隣領の中継のための町ですよね?
あ! あ~っ!
あります! ありますよ!!」
「なになに? 珍しいスイーツとか?」
「パイです、パイ!!
新作の『魚の頭がいっぱい出てるやつ』が美味しそうって噂なんですよ!」
「…………は?」
私はカップを持つ手を止めた。
魚の頭がいっぱい出てる、パイ?
私の脳裏に、前世の記憶にある「とある画像」がフラッシュバックした。
パイ生地の表面から、ニシンの頭が突き出して星空を見上げている、あの狂気の料理。
某・魔法少女が宅配する的な映画で、お婆ちゃんが焼いてくれたのに孫娘が「私これ嫌いなのよね」と言い放った、あのアレか。
スターゲイジー(星を見上げる)パイ。
(……いや、不味そうとかそういう次元じゃなくて。
ビジュアル的にアウトでしょ)
私は若干引きつった笑みを浮かべた。
「へぇ……」
「なんでも、隣領の名産である川魚をふんだんに使った自信作だそうで!
一度食べてみたいと思っていたんです~」
ステビアは目を輝かせている。
どうやら彼女の味覚(視覚?)センサーは、少々独特なようだ。
まあ、目的はあくまで「外出の口実」だ。
それがニシンパイだろうが何だろうが、使えるものは使う。
「お嬢様、ここにいらっしゃいましたか」
その時、背後から硬質な声が掛かった。
噂をすれば影。
新執事、ソルビットだ。
「あら、ソルビット。ご苦労様」
私が優雅に振り返ると、ソルビットは完璧な姿勢で一礼した。
そして、同席しているサラヤに視線を向ける。
「お客様におかれましても、ご機嫌麗しゅうございます」
「どうも」
サラヤも澄ました顔で会釈を返す。
ソルビットはサラヤのことを「お嬢様のお客様(と称する不審者)」として認識しているため、礼儀正しく振る舞っている。
ここまではいい。
問題は、私の隣に座っているステビアだ。
「……ステビア」
「あ、は、はいっ! 執事長!」
ステビアが慌てて立ち上がろうとする。
ソルビットは眉を寄せ、少し厳しい口調で言った。
「仕事中に座ってサボり……いえ、お嬢様と同席するなど、使用人としていかがなものかと……その、思いますが」
言葉の内容は説教だ。
だが。
その口調はどこか歯切れが悪く、視線がステビアの顔を直視できていない。
よく見れば、耳のあたりがほんのりと赤い。
(……はは~ん)
私は心の中でニヤリとした。
ステビアに対する態度だけ、明らかに緊張でガチガチだ。
あのソルビトールの息子とは思えないほどの初々しさ。
これは、どう見ても「ホの字」だ。
まあ、無理もない。
実はこのステビア、顔が良いのだ。
向かいで菓子を食らっているサラヤが、汎用グラフィックを流用したかのようなモブ顔(失礼)なのに対し、ステビアは「現地産」にしては非常に質の高い美人顔をしている。
決して傾国の美女とか、キラキラとした美少女という派手なタイプではない。
けれど、快活で愛らしく、老若男女誰からも好かれそうな……そう、クラスで一番どころか「学年で一番カワイイ」くらいの絶妙な可愛さを持っているのだ。
(使える……)
私は瞬時に計算機を叩いた。
ここで、二人の関係性をおさらいしておこう。
ステビアは、アスパルテーム家の寄子である騎士爵家の三女だ。
騎士爵といっても、永代貴族ではない一代限りの名誉職のようなもの。
実質的には「ほぼ平民」に近い下級貴族である。
対するソルビットは、四代前のアスパルテーム家当主の弟が分かれた分家筋の出身だ。
爵位こそ持っていないが、代々ずっとアスパルテーム本家の執事長を務めてきた家系であり、貴族の血も流れている。
いわゆる「上流平民」だ。
身分的にはソルビットの方が格上だが、釣り合いが取れないほどではない。
職場恋愛としては王道中の王道だ。
(この堅物執事の唯一の弱点、利用させてもらうわよ)
私はティーカップを置き、何食わぬ顔で切り出した。
「ねぇ、ソルビット。
私、ちょっと隣領の宿場町に行きたいんだけど」
「却下です」
即答だった。
ソルビットは表情を引き締め、事務的に告げる。
「まだ宿題が山のように残っております。
この時期はマナー講義も詰まっておりますし、先日のリュートの課題曲も合格をもらえてませんよね?
遊んでいる暇はありません」
無碍も無く却下。
取り付く島もないとはこのことだ。
父ソルビトール譲りの鉄壁のガードである。
(だよね~)
ここまでは想定内。
私はわざとらしく大きなため息をついた。
「あ~あ、そうか~。残念だなぁ。
ステビアがどうしても、その町のパイを食べたいって言うし、観光も兼ねて連れて行ってあげたかったんだけどなぁ~」
「えっ? わ、私ですか?」
ステビアがキョトンとする。
私はテーブルの下で彼女の足を軽く蹴りつつ、小声で囁いた。
「(ちょっとステビア、話合わせなさい!
アンタもパイ食べたいんでしょ!?)」
「(あ、は、はい!)」
ステビアは私の意図(半分くらい)を察し、ソルビットに向かって身を乗り出した。
「そ! そうなんですよぉ。
おいしそうなんですよね~、そのパイ。
ソルビット様も、ご一緒にどうですか~なんて……」
ステビアが上目遣い(天然)でソルビットを見つめる。
その瞬間。
「ッ!?」
ソルビットの眼鏡がズレた。
鉄壁の表情筋が崩壊し、狼狽の色が浮かぶ。
「あ、いや……その……
パ、パルスイートお嬢様が、それでやる気を出していただけるのであれば……
私が反対するようなことは……」
視線が泳いでいる。
さっきまでの厳格さはどこへ行った。
「というか……私もご一緒に?
よろしいのですか?」
ソルビットが期待を込めた眼差しで私(の隣のステビア)を見る。
「ええ、もちろんよ。
どうせ片道1日の町よ。
滞在も1日だから、往復入れても3日くらい平気でしょ?
私は現地でサラヤと用事があるから、その間は別行動ね。
アンタら二人で、そのパイとやらを確保しておいて貰えないかしら?」
つまり、現地では実質「自由時間」を与えてやると言っているのだ。
これで落ちない男はいまい。
ソルビットはゴクリと喉を鳴らし、力強く頷いた。
「な、なるほど……
お嬢様の護衛も兼ねて、私が同行するのは理に適っています。
……では、許可しましょう!」
(チョロい……)
私は心の中で勝利のガッツポーズをした。
やはり男という生き物は、いつの世も単純なものだ。
こうして、私の「剣王確保作戦」のための遠征は、新執事の淡い恋心を利用するという、いささか外道な手段によって幕を開けることになったのである。
待ってなさいよ、ソーマチン。
そしてご愁傷様なのはソルビット、あのパイを食べる羽目になるアナタよ!




