表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

第020話「弱点発覚!遠征?恋慕?」


 新執事ソルビットの着任から数日が経過したある日の午後。

 私は屋敷の庭園で、優雅なティータイムを楽しんでいた。


 ステビアに淹れさせた香り高い紅茶と、王都から持ち帰った宝石タルト(の残り)。

 暖かな日差しと、心地よい風。

 平和だ。

 実に平和な午後である。


 目の前に座る、この不審者さえいなければ。


「サラヤ」


「……御傍おそばに」


「御傍にじゃなくて、なんでアンタまで一緒に座って菓子食べてるのよ?」


 私の向かいの席には、先日「屋根裏」から出現した地味な眼鏡の女――サラヤが、当然のような顔をして鎮座していた。

 しかも、私のタルトをパクついている。


「毒味です」


 サラヤは真顔で答え、モグモグと口を動かした。


「毒味って……それ、もう半分以上食べてるじゃない。毒があったらとっくに死んでるわよ」


「遅効性の猛毒という可能性も捨てきれませんので。念には念を」


「ただ食いたいだけでしょうが」


 私は呆れてため息をついた。

 この女、王家の暗部に所属する現役のエージェント(ただし新人)であり、裏社会では情報屋も営んでいるという、設定だけ聞けばハイスペックな人物だ。

 先日、私の依頼(剣王ソーマチンの捜索)を完了して報告に来たのだが、そのまま「仕事のついで」と称して屋敷に居座っている。

 どうやら、私が支払った報酬(借金返済に消えた)とは別に、現物支給のおやつを目当てにしているらしい。


「アンタうちの侍女じゃないわよね?

 ステビアもこんな奴にお茶あげなくていいから。

 自分のも一緒に淹れたらコッチ座って食べなさいよ」


 私は給仕に控えていたステビアに声をかけた。

 ステビアは少し戸惑ったように目を丸くする。


「えっ? よろしいのですか、お嬢様?

 私のような者が同席するなど……」


「いいのよ。どうせここには私達しかいないんだし。

 それに、そんな図々しい部外者が食べてるのに、身内のアンタが立ってるのも変でしょう?」


 私がサラヤを顎でしゃくると、サラヤは「解せぬ」という顔をしながらもタルトを嚥下した。


「良いんですか!?

 やった~」


 ステビアは嬉しそうに私の隣に腰掛け、自分用のカップにお茶を注いだ。

 こうして、貴族令嬢、専属侍女、そして暗部という、奇妙な女子(?)会が始まった。


          ◇


 たわいない雑談に花を咲かせつつ、私は頃合いを見て本題を切り出した。


「ねぇ、ステビア。

 隣の領地の宿場町に、なにか目新しいものないか知らない?」


 私の目的は、先日サラヤが特定した「剣王ソーマチン」の確保だ。

 彼は現在、アスパルテーム領の隣、隣接領側にある寂れた宿場町に潜伏している。

 会いに行くには屋敷を出て、領境を越えなければならない。

 当然、あの厳しい新執事ソルビットを納得させるだけの「正当な理由(外出の口実)」が必要になる。


「隣の宿場町……ですか?」


 ステビアが小首をかしげる。

 すると、タルトを食べ終えたサラヤが、眼鏡をクイッと押し上げて割り込んできた。


「その情報なら、この私が……」


「アンタのは金が掛かるから後でいいわ」


「……ッ!」


 私が即答で切り捨てると、サラヤは「商機が……」と呟いてガックリと項垂れた。

 分かりやすく凹んでいる。

 こいつ、本当に金に困っているらしい。

 王家からの給料はどうなっているんだ。


「で、ステビアは何か知らない?」


 私が無視して続けると、ステビアは少し考える素振りを見せ、ポンと手を叩いた。


「その宿場町って、うちの本領と隣領の中継のための町ですよね?

 あ! あ~っ!

 あります! ありますよ!!」


「なになに? 珍しいスイーツとか?」


「パイです、パイ!!

 新作の『魚の頭がいっぱい出てるやつ』が美味しそうって噂なんですよ!」


「…………は?」


 私はカップを持つ手を止めた。

 魚の頭がいっぱい出てる、パイ?


 私の脳裏に、前世の記憶にある「とある画像」がフラッシュバックした。

 パイ生地の表面から、ニシンの頭が突き出して星空を見上げている、あの狂気の料理。

 某・魔法少女が宅配する的な映画で、お婆ちゃんが焼いてくれたのに孫娘が「私これ嫌いなのよね」と言い放った、あのアレか。

 スターゲイジー(星を見上げる)パイ。


(……いや、不味そうとかそういう次元じゃなくて。

 ビジュアル的にアウトでしょ)


 私は若干引きつった笑みを浮かべた。


「へぇ……」


「なんでも、隣領の名産である川魚をふんだんに使った自信作だそうで!

 一度食べてみたいと思っていたんです~」


 ステビアは目を輝かせている。

 どうやら彼女の味覚(視覚?)センサーは、少々独特なようだ。

 まあ、目的はあくまで「外出の口実」だ。

 それがニシンパイだろうが何だろうが、使えるものは使う。


「お嬢様、ここにいらっしゃいましたか」


 その時、背後から硬質な声が掛かった。

 噂をすれば影。

 新執事、ソルビットだ。


「あら、ソルビット。ご苦労様」


 私が優雅に振り返ると、ソルビットは完璧な姿勢で一礼した。

 そして、同席しているサラヤに視線を向ける。


「お客様におかれましても、ご機嫌麗しゅうございます」


「どうも」


 サラヤも澄ました顔で会釈を返す。

 ソルビットはサラヤのことを「お嬢様のお客様(と称する不審者)」として認識しているため、礼儀正しく振る舞っている。

 ここまではいい。

 問題は、私の隣に座っているステビアだ。


「……ステビア」


「あ、は、はいっ! 執事長!」


 ステビアが慌てて立ち上がろうとする。

 ソルビットは眉を寄せ、少し厳しい口調で言った。


「仕事中に座ってサボり……いえ、お嬢様と同席するなど、使用人としていかがなものかと……その、思いますが」


 言葉の内容は説教だ。

 だが。

 その口調はどこか歯切れが悪く、視線がステビアの顔を直視できていない。

 よく見れば、耳のあたりがほんのりと赤い。


(……はは~ん)


 私は心の中でニヤリとした。

 ステビアに対する態度だけ、明らかに緊張でガチガチだ。

 あのソルビトールの息子とは思えないほどの初々しさ。

 これは、どう見ても「ホの字」だ。


 まあ、無理もない。

 実はこのステビア、顔が良いのだ。

 向かいで菓子を食らっているサラヤが、汎用グラフィックを流用したかのようなモブ顔(失礼)なのに対し、ステビアは「現地産」にしては非常に質の高い美人顔をしている。

 決して傾国の美女とか、キラキラとした美少女という派手なタイプではない。

 けれど、快活で愛らしく、老若男女誰からも好かれそうな……そう、クラスで一番どころか「学年で一番カワイイ」くらいの絶妙な可愛さを持っているのだ。


(使える……)


 私は瞬時に計算機を叩いた。

 ここで、二人の関係性をおさらいしておこう。


 ステビアは、アスパルテーム家の寄子よりこである騎士爵家の三女だ。

 騎士爵といっても、永代貴族ではない一代限りの名誉職のようなもの。

 実質的には「ほぼ平民」に近い下級貴族である。


 対するソルビットは、四代前のアスパルテーム家当主の弟が分かれた分家筋の出身だ。

 爵位こそ持っていないが、代々ずっとアスパルテーム本家の執事長を務めてきた家系であり、貴族の血も流れている。

 いわゆる「上流平民」だ。


 身分的にはソルビットの方が格上だが、釣り合いが取れないほどではない。

 職場恋愛としては王道中の王道だ。


(この堅物執事の唯一の弱点、利用させてもらうわよ)


 私はティーカップを置き、何食わぬ顔で切り出した。


「ねぇ、ソルビット。

 私、ちょっと隣領の宿場町に行きたいんだけど」


「却下です」


 即答だった。

 ソルビットは表情を引き締め、事務的に告げる。


「まだ宿題が山のように残っております。

 この時期はマナー講義も詰まっておりますし、先日のリュートの課題曲も合格をもらえてませんよね?

 遊んでいる暇はありません」


 無碍も無く却下。

 取り付く島もないとはこのことだ。

 父ソルビトール譲りの鉄壁のガードである。


(だよね~)


 ここまでは想定内。

 私はわざとらしく大きなため息をついた。


「あ~あ、そうか~。残念だなぁ。

 ステビアがどうしても、その町のパイを食べたいって言うし、観光も兼ねて連れて行ってあげたかったんだけどなぁ~」


「えっ? わ、私ですか?」


 ステビアがキョトンとする。

 私はテーブルの下で彼女の足を軽く蹴りつつ、小声で囁いた。


「(ちょっとステビア、話合わせなさい!

 アンタもパイ食べたいんでしょ!?)」


「(あ、は、はい!)」


 ステビアは私の意図(半分くらい)を察し、ソルビットに向かって身を乗り出した。


「そ! そうなんですよぉ。

 おいしそうなんですよね~、そのパイ。

 ソルビット様も、ご一緒にどうですか~なんて……」


 ステビアが上目遣い(天然)でソルビットを見つめる。

 その瞬間。


「ッ!?」


 ソルビットの眼鏡がズレた。

 鉄壁の表情筋が崩壊し、狼狽の色が浮かぶ。


「あ、いや……その……

 パ、パルスイートお嬢様が、それでやる気を出していただけるのであれば……

 私が反対するようなことは……」


 視線が泳いでいる。

 さっきまでの厳格さはどこへ行った。


「というか……私もご一緒に?

 よろしいのですか?」


 ソルビットが期待を込めた眼差しで私(の隣のステビア)を見る。


「ええ、もちろんよ。

 どうせ片道1日の町よ。

 滞在も1日だから、往復入れても3日くらい平気でしょ?

 私は現地でサラヤと用事があるから、その間は別行動ね。

 アンタら二人で、そのパイとやらを確保しておいて貰えないかしら?」


 つまり、現地では実質「自由時間デート」を与えてやると言っているのだ。

 これで落ちない男はいまい。


 ソルビットはゴクリと喉を鳴らし、力強く頷いた。


「な、なるほど……

 お嬢様の護衛も兼ねて、私が同行するのは理に適っています。

 ……では、許可しましょう!」


(チョロい……)


 私は心の中で勝利のガッツポーズをした。

 やはり男という生き物は、いつの世も単純なものだ。


 こうして、私の「剣王確保作戦」のための遠征は、新執事の淡い恋心を利用するという、いささか外道な手段によって幕を開けることになったのである。


 待ってなさいよ、ソーマチン。


 そしてご愁傷様なのはソルビット、あのパイを食べる羽目になるアナタよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ