第002話「盗賊出現!農民?採用?」
王都を追放された私の馬車は、ガタゴトと頼りない音を立てて街道を進んでいた。
目指すは辺境、パプリカ領。
王都から馬車で一週間。文明の光が届かぬ僻地である。
「……はぁ」
私は馬車の中で深いため息をついた。
狭い。揺れる。お尻が痛い。
王族御用達の豪華馬車とは雲泥の差だ。
これが没落貴族の現実か。
「なんだお嬢、湿っぽい面してんなぁ。
パプリカ行くんだって?」
御者台から顔を覗かせたのは、無精髭を生やした強面の男。
我が家のアスパルテーム伯爵家で庭師をしているサッカリンだ。
「うるさいわねサッカリン。
誰が湿っぽいよ。
これは怒りの炎で燻されている顔。
怒ってるの。」
「へえへえ。
で、なんで俺まで連れて行かれんだよ?
俺、先週新しい長屋に引っ越したばっかなんだけど。
敷金礼金、貯金から払ったばっかなんだけど?」
「どうせ安普請の借家じゃない。
向こうに着いたら、いい家を用意してあげるわよ」
「いい家って、パプリカ領だぞ!
大草原の小さな家しか想像できねぇよ!
俺は都会派なんだよ!」
サッカリンが不満げに鼻を鳴らす。
こいつはただの庭師ではない。
その正体は、ゲーム『ホーリースイート』の中盤、第4章で登場する中ボス「死神サッカリン」だ。
本来のシナリオでは、戦いに飢えて無差別に人を襲う狂戦士として登場し、ヒロインたちの経験値となって死ぬ運命にある。
(冗談じゃないわよ。
あんな高ステータスの筋肉ダルマ、ただの経験値にするなんて資源の無駄遣いもいいところだわ)
私はゲーム知識を駆使し、彼がまだ「死神」として名を馳せる前、路地裏でくすぶっていたところを確保したのだ。
『人殺してる暇があったら、うちの庭木でも剪定してた方が刃物も喜ぶってものよ?』
私がそうスカウトした時、彼は腹を抱えて笑い出し、本当に庭師になってしまった。
お給料は庭師の価格、護衛雇う相場に比べれば半額以下!でも戦闘の腕は超一流。
これぞ賢い主婦の節約術である。
って主婦なんかになったことないけどね!
「文句言わないの。
アンタだって、人を殺すより庭木を剪定してる方が性に合ってるって言ったじゃない」
「まあな。
お嬢の下で働くと、なぜか退屈しねぇから不思議だぜ」
サッカリンはニヤリと笑って前を向いた。
「お嬢様、お茶が入りました」
私の向かいに座るメイドが、揺れる馬車の中で一滴もこぼさずに紅茶を差し出した。
彼女の名はサラヤ。
地味な黒髪に地味な眼鏡。見た目はどこにでもいる侍女だが、彼女もまたゲームの登場キャラクターだ。
ただし、敵ではない。
彼女はゲームの裏ショップに登場する「闇の情報屋サラヤ」。
王家の暗部に属しながら、金次第でどんな情報も売るという銭ゲバキャラで、ゲーム内では攻略に必須な激レア情報を高額で売りつけてくる、プレイヤー泣かせの守銭奴だった。
(ゲームだと情報一つで10万ゴールド、この世界の金貨1枚分も毟り取るのよね、この女……)
そんな有能(かつ強欲)な人材を、野放しにしておく手はない。
私は彼女がまだ王城の暗部組織で「薄給でこき使われる下っ端」だった時期に接触したのだ。
『私の専属侍女になれば、週休二日とボーナスを保証するわ』
その一言で、彼女はあっさりと王家を裏切り、私の配下となった。
「ありがとうサラヤ。
……で、アンタの方はなんで付いてきたの?」
「王城の労働環境よりも、お嬢様の今後の『稼ぎ』の方が期待値が高いと判断しましたので」
「あらそう。
相変わらず金に目がないわね」
「お嬢様ほどではありません」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
サラヤが懐から羊皮紙をチラつかせる。
どうせ私との契約書か、あるいは既に調べ上げたパプリカ領の裏情報だろう。
彼女の情報収集能力と、サッカリンの戦闘力。
この二人がいれば、辺境だろうが地獄だろうが、金脈を掘り当てることは可能なはずだ。
「はぁ……頼りになるのは、金で繋がった関係だけね」
「信頼関係より強固ですね」
「違いない」
そんな軽口を叩いていた、その時だった。
ヒヒィィィン!
突然、馬がいななき、馬車が急停止した。
御者台のサッカリンが舌打ちをする。
「お嬢、お出ましだぜ。
招かれざる客だ」
私は窓から外を覗いた。
街道を塞ぐようにして、十数人の男たちが立ちはだかっている。
手には錆びた剣や鍬、棍棒を持っている。
見るからに薄汚い、盗賊団だ。
「おいコラァ! 金目のものを置いてけぇ!」
「貴族の馬車だ! 身ぐるみ剥いでやるぞぉ!」
盗賊たちが叫ぶ。
普通のご令嬢なら「きゃあ!」と悲鳴を上げて気絶するところだろう。
だが、私は違う。
(カモがネギ背負って来たぁぁぁーーっ!!)
私の目は金貨になっていたはずだ。
そもそもパプリカ領へ行くための旅費は心もとない。
そこへ、向こうから「お金を持った悪者」が現れたのだ。
サッカリンというS級戦力と、サラヤというS級索敵能力を持つ私にとって、その辺の野盗など「歩く財布」にしか見えない!
「サッカリン! サラヤ! 仕事よ! 残業代は歩合制でいいわね!?」
「へいへい、雑草の駆除も庭師の仕事ってか」
「承知しました。死体からの追い剥ぎ及び換金も担当します」
私は馬車のドアを蹴り開け、外に飛び出した。
「おーっほっほっほ! いい度胸ね! 私の前に立つとは、身ぐるみ剥がされる覚悟はできているのかしら!?」
高笑いと共に仁王立ちする私に、盗賊たちが怯む。
サッカリンが背中の巨大な大剣(※庭木剪定用)を軽々と引き抜き、サラヤがスカートから暗器を取り出す。
さあ、狩りの時間よ! ヒャッハー!
「ひっ、ひいいっ! 命だけは!」
「ま、待ってくれ! 俺たちは……!」
盗賊たちが情けなく悲鳴を上げる。
あれ? なんか弱くない?
よく見ると、彼らの服はボロボロで、頬は痩け、手足は枯れ木のように細い。
武器だと思っていたのも、よく見れば農具だ。
「……アンタたち、なによそれ」
私が尋ねると、リーダー格の男が土下座した。
「す、すまねぇ! 俺たちは近くの村の農民なんだ! 不作で食い扶持がなくて、どうしても腹が減って……つい魔が差して盗賊の真似事を……!」
「か、金なんて持ってねぇ! あるのはこの借金まみれの体だけだぁ!」
……チッ。
私は大きく舌打ちをした。
外れかよ。
金を持ってない盗賊なんて、種なしのスイカより価値がないわ。
あれ?スイカは種がない方が価値あるんじゃない?
まぁいいわ!とにかく期待して損した。
さっさと追い払おうかと思ったが、ふと閃いた。
(待てよ? 『借金まみれの体だけ』?)
私はニヤリと笑った。
これから向かうピメントは人手不足の僻地だ。
開拓するにも、私の手足となって働く労働力が必要になる。
ここでこいつらを見逃しても、どうせ野垂れ死ぬか、本当に犯罪に手を染めるだけ。
だったら……。
「……ふふふ。そう、お金はないのね。
ないのなら、仕方がないわ」
私は扇子で口元を隠し、冷酷な悪役令嬢の顔を作る。
「ならば、その体で払ってもらおうかしら?」
「ひっ!? か、体で!?」
「ええ。
アンタたちはパプリカ領のピメントへ連行するわ。
付近に村があるのよね?
じゃあ後日、その村の住民も同様に連行よ!
一家もろとも、それこそ一族郎党、そこで死ぬまでこき使ってあげる。
衣食住は最低限くれてやるから、馬車馬のように働きなさい!」
そう、これは奴隷契約に近い強制労働の宣言だ。
ブラック企業顔負けの条件提示。
さあ、絶望に顔を歪めるがいい!
「……え?」
男たちが顔を見合わせる。
「い、衣食住……?」
「め、飯が食えるのか?」
「雨風しのげる家があるのか?」
「は? ええ、まあ、働かせるなら最低限の燃料は必要だからね……」
私が戸惑っていると、男たちの顔がパァァッと輝いた。
「女神様だ……!」
「俺たちを見捨てず、仕事と飯をくれるなんて!しかも家族まで!」
「ありがとうございます! ありがとうございますお嬢様!」
「一生ついていきますぅぅぅ!」
男たちが一斉に地面に頭をこすりつけ、涙を流して感謝し始めた。
「はあぁ!? なんでそうなるのよ!?」
「へえ、さすがパルスお嬢。
罪を憎んで人を憎まずってか。
更生の機会を与えるとは、慈悲深いこって」
「効率的な人材確保ですね。
世代を超えて雇い入れる慧眼。
感服いたしました」
サッカリンとサラヤまで感心した顔をしている。
違う! 私はただ、タダ同然の労働力を半永久的に確保して搾取しようとしただけなのに!
なんで私が「飢えた民を救う聖女」みたいになってるのよ!
「ちっ、違うわよ! 勘違いしないでよね!
あーっ……もういいわ、体の悪いヤツは荷台に乗りなさい!
他はちゃきちゃき歩くのよ!
パプリカに着くまで逃がさないからね!」
「へい!
喜んで!」
こうして、私のパプリカ領への旅路は、なぜか十数人の元農民たちを引き連れた大所帯になってしまったのである。
……私の計画、本当に大丈夫かしら?




