第018話「真偽鑑定!変装?地味?」
「お嬢様がお探しのサラヤは、多分私です」
「…………あん?」
私は思わず、貴族令嬢にあるまじき間の抜けた声を漏らした。
道行く人が振り返りそうになるのを、護衛のオーリンがやんわりと視線で牽制してくれている。
私は目の前で土下座(正確には膝立ちでの懇願)をしている侍女を、まじまじと観察した。
茶色の髪。
茶色の瞳。
中肉中背。
特徴という特徴がこれでもかというほど削ぎ落とされた、究極の「無個性」。
(いやいやいや、ないわよ)
私は脳内で激しく首を振った。
確かに『ホーリースイート』に登場する「闇の情報屋サラヤ」は、表向きは目立たない王宮侍女という設定だった。
プレイヤーが見つけるまで正体を隠している、隠しキャラ的な存在だ。
けれど、だ。
腐っても重要NPCだ。
ゲーム画面で会話する際には、ちゃんと専用の「立ち絵」が存在していたはずだ。
私の記憶にあるサラヤの立ち絵は、もっとこう……艶やかな黒髪に、知的な眼鏡をかけた、切れ長の瞳が印象的なクールビューティー(地味め)だったはず。
目の前のこいつは、どう見ても背景に溶け込んでいる「茶髪の侍女B」だ。
ゲームのサラヤと比べ、目鼻立ちが幼い気がするのは時系列的な問題にしても、あまりにオーラがなさすぎる。
「アンタ…本当にサラヤって証明できる?」
私は疑いの眼差しを向けた。
私の知ってるサラヤは、もう少しこう……キャラとしての『記号』というか、画面映えする特徴があったはず。
「悪いけど、私を騙そうったってそうはいかないわよ。
私の記憶とな~んか見た目が違うのよね~」
私がそう指摘した瞬間。
カッ!
侍女の目が、驚愕に見開かれた。
能面のような無表情が崩れ、戦慄が走る。
「なっ……!
まさか……貴女様は、私の『真の姿』をご存知と、そう言うことなのですか……?」
「は?」
「王宮広しと言えど、サラヤという名の侍女は期待の新人である私一人……
それにしても、この完璧な変装(モブ化擬態)を見抜くとは。
ただの世間知らずなお嬢様ではなかったようですね!」
(自分を助けてくれそうなご令嬢に対して、世間知らずとか良く言えるわよね…)
「尚、サラーヤ や サラヤンという名前の女性士官なら在籍しています。
他にも探しますか? 別料金になりますが…」
「そんな紛らわしいの聞いてどうすんのよ。
要らないに決まってるでしょ!」
「そうですか…
残念ですが仕方ありませんね」
彼女は肩をすくめると、改めて周囲を警戒するようにキョロキョロと視線を走らせた。
そして、意を決したように私に向き直る。
「わかりました。
お嬢様の慧眼には敵わないようです。
私がサラヤであると証明しなければ明日をも知れぬ身。
お見せしましょう……真の素顔を」
彼女は頭に手をやった。
そして、きっちりと纏めていた茶色のお団子髪を、一気に引き抜いた。
バサァッ……!
茶色いウィッグ(かつら)が外れ、その下から夜の闇のような黒髪が溢れ出した。
「おぉっ……!」
私は思わず声を上げた。
茶髪から黒髪へ。
これだけで印象はガラリと変わる……はずだった。
「…………」
沈黙が流れる。
路地裏の風が、ヒュオッと吹き抜ける。
(……うん。
髪色・髪型だけじゃ大して変わんねぇ~~!!)
私は心の中で盛大にツッコんだ。
いや、確かにお団子は解かれ、髪色は変わった。
綺麗な黒髪。
でも、それだけ。
地味な顔立ちに黒髪が乗っただけだ。
顔の造形そのものは、さっきまでの「侍女B」と何ら変わりない。
(おかしいわね……。
私の記憶だともっとこう、鋭い眼光を放つ、知的な美女だったはずなんだけど……)
私が納得いかない顔をしていると、サラヤ(仮)はおもむろに懐から何かを取り出した。
銀縁の眼鏡だ。
彼女はそれを、チャッという効果音が聞こえそうな手つきで装着した。
そして、クイッと中指でブリッジを押し上げる。
「これが、私の素顔です」
そこにいたのは。
ゲーム画面で見慣れた、「闇の情報屋サラヤ」その人だった。
「あ、サラヤだ」
私は即答した。
疑う余地などなかった。
あの立ち絵そのままだ。
(あ~~~~……
なるほどね!)
私はすべてを理解した。
これは「大人の事情」だ。
ゲーム開発において、すべてのキャラクターをゼロからモデリングするのはコストがかかる。
特にサブキャラクターや隠しキャラには、そこまで予算が回らないこともあるだろう。
だから、開発陣は考えたのだ。
『お団子頭の汎用モブ侍女モデルを流用して、髪色を黒に変えて降ろす。
あとは眼鏡でも装備させれば、別キャラとしていけるんじゃね?
服の色も変えてみる?
それは2Pっぽいから駄目か、じゃあ服はやめとこう』
と言ったところかしらね。
いわゆる「差分商法」あるいは「パーツ流用」というやつだ。
(アンタ……髪色と眼鏡以外、モブグラだったのね……)
変装だと思っていた「地味な姿」こそが、彼女のベースモデルだったのだ。
むしろ「眼鏡」というアイテム一つでキャラとしてのアイデンティティを保っていたことに、涙を禁じ得ない。
「……どうでしょうか。
これで本物だと証明できたのではありませんか?」
サラヤ(本物確定)が、眼鏡の奥から不安そうに聞いてくる。
その顔は、「真の姿を見せたのに反応が微妙で戸惑っている」という風情だ。
「……そうね、本物だわ」
私は深く頷いた。
色々な意味で納得した。
「合格よ。
約束通り、お皿の代金を立て替えてあげるわ」
私は懐から革袋を取り出し、中から金貨を五枚をつまみ出した。
ラフィーノ工房の飾り皿程度なら、金貨一枚あれば結構なお釣りが来るはずだ。
数枚買っても5枚あれば充分だろう。
「どう。
これで足りそう?」
金貨を手渡すと、チャリンと硬貨の触れ合う高い音が路地裏に響いた。
その瞬間。
サラヤの表情が豹変した。
クールぶっていた(地味な)顔が崩れ落ち、現金に目が釘付けになる。
まるで餌を前にした忠犬のような、あるいは獲物を狙う肉食獣のような、欲望に満ちた目だ。
「ああっ!
ありがとうございます!
ありがとうございますぅっ!!」
彼女は目にも留まらぬ程の勢いで金貨を懐に仕舞い込んだ。
「これで首が繋がります!
給仕長に殺されずに済みます!
家賃も払えます!
今日の夕飯も食べられます!」
「よかったわね。
で、お釣りは約束の『お小遣い』よ?
無駄遣いしないようにね」
さらに銀貨を数枚渡すと、彼女は感極まって涙を流し始めた。
眼鏡が涙で曇り、もはやコントのような顔になっている。
「お嬢様は神様です! 仏様です!
命の恩人です!
このサラヤ、一生お嬢様についていきます!」
「いや、一生は重いからいいわ」
私は冷たく切り捨てた。
重い女は嫌われるわよ。
「その代わり、契約よ。
アンタは情報屋なんでしょ?
今後、私が情報を求めたら、他の客よりも最優先で回しなさい。
もちろん、対価は払うわ。
アスパルテーム伯爵家のパルスイートの名において、正当な報酬を約束する」
「アスパルテーム家……!
はい、承知いたしました!
パルスイートお嬢様のためなら、王宮の裏帳簿から国王陛下のパンツの色まで、何でも調べてまいります!」
「あ~、その情報はいらないわ。
……さて、それじゃあ連絡手段を決めておきましょうか」
私は彼女に、実家への連絡方法を伝えた。
もちろん、表向きの手紙では検閲が入る可能性があるし、何よりお父様やお兄様にバレると面倒だ。
「私の実家へ、『パルスイート様ファンクラブ・会員番号001』という差出人で手紙を送りなさい。
内容は当たり障りのないファンレターを装って、行の頭文字を繋げると暗号になる……とか、そういうベタなやつでいいわ」
「会員番号001……!
光栄です!
わかりました、その手筈で!」
サラヤは金貨と銀貨を大事そうに懐にしまうと、再びウィッグを被り、眼鏡を外して「モブ侍女」へと戻った。
その手際の良さは、さすがプロ(?)だ。
「それではお嬢様、またの機会に。
この御恩は忘れません!」
彼女は深々と一礼すると、脱兎のごとく路地裏の奥へと消えていった。
その背中は、最初に出会った時の「死にそうなオーラ」が嘘のように生気に満ち溢れていた。
「……行ってしまいましたね。
本当に連絡してくるでしょうか?」
一部始終を見ていたオーリンが、呆気にとられたように呟く。
「ええ、行ったわね。
サラヤなら大丈夫よ。
金の臭いがするんだから絶対にくるわ。
金貨5枚程度なら安い買い物よ」
私は満足げに頷いた。
金貨たった5枚で、ゲーム屈指の情報源を確保できたのだ。
費用対効果は最高と言えるだろう。
これで簒奪計画の最初の要、「目と耳」は確保できた。
「さて、戻りましょうか。
そろそろステビアも戻ってくる頃よ」
◇
大通りに戻ると、ちょうど向こうから人波を掻き分けて戻ってくる人影があった。
髪は振り乱れ、服はヨレヨレになり、目には修羅のような光を宿した私の侍女、ステビアだ。
その手には、美しい化粧箱が二つ、しっかりと握りしめられている。
「お、お嬢様ぁぁ……!
勝ち取りましたぁぁ……!
『宝石タルト』ですぅぅ……!」
彼女はよろめきながら私の前に辿り着くと、宝物を捧げるように箱を差し出した。
まさに戦士の帰還だ。
「よくやったわステビア!
あなたは最高の侍女よ!」
「あ、ありがとうございます……!
自分の分も買えたので、もう悔いはありません……ガクッ」
「ちょっと、ここで寝ないでよ!?
帰りの馬車で食べさせてあげるから!」
私はステビアを支え、オーリンに目配せをする。
「さあ、帰りましょう。
目的はすべて達成したわ」
サラヤとのコネクション。
そして、念願の宝石タルト。
王都遠征は、これ以上ないほどの大成果だ。
(他のお菓子も美味しかったしね)
私は馬車に乗り込み、遠ざかる王都の景色を眺めた。
「待っていなさい、エリス。
そしてチクロ。
最強の布陣で、私たちの未来を切り開いてあげるから」
私は膝の上のタルトの箱を撫でながら不敵に笑う。
これからの明るい未来を、漂う甘い香りが予感させていた。




