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第017話「王都到着!散策?遭遇?」


 ガタゴトと、馬車の車輪が石畳を叩く音が心地よいリズムを刻んでいる。


 私は窓ガラスに映る自分の顔を覗き込み、ペタペタと右頬を触ってみた。


「うん、セーフね。

 ギリギリだけど、腫れは引いたわ」


 ガラスに映る少女は、いつもの少し勝気そうな、それでいて愛らしい美少女(自称)伯爵令嬢の顔に戻っていた。

 青あざが残っていたらどうしようかと危惧していたが、そこはやはり若い肉体ということだろうか。

 あるいは、ステビアが付きっ切りで氷嚢を取り替え続けてくれたおかげかもしれない。

 どちらにせよ、これなら口にヒマワリの種を頬張ったハムスターのような顔で王都を歩くという羞恥プレイは回避できたようだ。


「よかったな、パルスイート。

 お前の美しい顔に傷が残らなくて、本当によかった……」


 向かいの席で、お父様がハンカチで額の汗を拭いながら、しみじみと言った。

 その顔色は相変わらず土気色で、今にもリバースしそうなほど憔悴している。


「ありがとうございます、お父様。

 お父様こそ、顔色が優れませんわよ?

 王都に着く前から満身創痍ではありませんか」


「誰のせいだと……いや、言うまい。

 これから公爵家の王都別邸へ謝罪と事後処理の報告に行かねばならんのだ。

 胃が痛くもなる」


 お父様は胃薬の瓶を取り出し、慣れた手つきで数錠を飲み込んだ。

 可哀想に。

 現代日本なら間違いなく労災認定されるレベルのストレス負荷だ。


「まあ、頑張ってくださいまし。

 私は私の任務(観光という名の情報収集)を遂行してまいりますので」


「ああ、羽を伸ばしておいで。

 ただし、あまり派手に動き回るんじゃないぞ。

 お前が動くと、どうもろくなことにならん気がしてな……」


 失礼な。

 私はいつだって平和主義者で、安寧な生活を求めているだけだというのに。


          ◇


 ――そして、2日が経過した。


 私の王都滞在は、明日で終わりを迎える。

 つまり、今日が最終日だ。


 この2日間、私は精力的に動き回った。

 王都のめぼしい観光地を巡り、下町の酒場街を馬車から覗き込み、時には怪しげな路地裏の入り口まで足を運んだ。


 だが、成果はゼロだ。


 闇の情報屋『サラヤ』の手掛かりなど、影も形も見当たらない。

 そもそも、コネもツテもない田舎の伯爵令嬢が、いきなり王都に来て「闇の情報屋いませんか~?」と探したところで、見つかるわけがないのだ。

 RPGのように、街の人に話しかければヒントが貰えるわけではないらしい。


 得られたものといえば、王都の名店『ハニー・ポット』のパンケーキと、『キャラメル・マウンテン』のパフェのカロリーくらいだ。


「はぁ……やっぱり、お兄様のイベントフラグをへし折ったのがまずかったかしら」


 王都別邸の玄関で、私は小さく溜め息をついた。

 今日見つからなければ、手ぶらで領地に帰ることになる。

 簒奪計画の第一歩がいきなり躓くのは面白くない。


「お嬢様、出発の準備が整いました!

 今日はどこへ参りましょうか!」


 ステビアが目を輝かせて待っている。

 彼女にとって、この2日間は夢のような「スイーツ食べ歩きツアー」だったらしく、忠誠心がカンストしそうな勢いだ。


「ええ、行くわよステビア。

 今日こそ、本命を落とすわ」


「本命……ですか?

 まさか、情報屋の!?」


「いいえ。

 菓子店『シュガー・ラッシュ』よ」


 私は拳を握りしめて宣言した。


「一昨日は定休日、昨日は売り切れで涙を飲んだ、あの店の『王都限定・宝石タルト』!

 今日こそ絶対に手に入れるわよ!」


「ええっ!?

 あ、あの、サラヤ探しは……?」


 ステビアが困惑した顔をする。

 当然の反応だ。


「もちろん探すわよ!

 っていうか探してるわよ、私の脳内シミュレーションでね!

 でもね、腹が減っては戦はできぬって言うでしょ?

 まずは糖分を補給して、脳を活性化させてからが本番なのよ!」


 もっともらしい理屈を並べ立て、私は馬車に乗り込んだ。

 護衛兼御者のオーリンが、やれやれといった顔で手綱を握る。


          ◇


 こうして私たちは、三度目の正直で『シュガー・ラッシュ』の前へとやってきた。


「うっわ……」


 目の前に広がる光景に、私は思わず声を漏らした。


 相変わらずの長蛇の列だ。

 とぐろを巻くような人の波。

 最後尾が見えない。

 某夢の国の人気アトラクション待ちかと思うほどだ。


「お、お嬢様……またこれに並ぶのですか……?

 昨日よりも人が多いような……」


 ステビアが絶望的な顔をする。

 だが、私はニヤリと笑った。

 今日は、この状況を逆手に取る。


「ええ、並ぶわよ。

 今日を逃したら、次はいつ王都に来られるかわからないもの」


「で、ですが、この列では日が暮れてしまいます……」


「だから、頼んだわよステビア」


「えっ?」


 私はポケットから小袋を取り出し、ステビアの手に握らせた。

 中には銀貨が数枚入っている。


「私は人混みが苦手だから、ちょっとそこの鞄屋でも見て時間を潰しているわ。

 その間、あなたが並んで買ってきて頂戴。

 もちろん、私の分だけじゃなくて、アンタの分も買っていいわよ。

 経費で落とすから、好きなのを選びなさい」


「えっ!?

 わ、私の分も!?

 よろしいのですか!?」


 ステビアの目が、宝石タルト以上にキラキラと輝いた。

 チョロい。

 甘いものと経費タダという言葉には、どんな忠誠心も揺らぐものだ。


「ええ、もちろんよ。

 この2日間、私のワガママに付き合ってくれた感謝の印だと思って、遠慮なく買いなさい。

 その代わり、絶対に買えるまで列を離れちゃダメよ?」


「はいっ!!

 お任せくださいお嬢様!!

 このステビア、命に代えてもタルトをゲットしてまいります!!」


 ステビアは鼻息荒く、戦場(行列)へと突撃していった。

 これで数時間は自由時間が確保できた。


 私はくるりと踵を返し、後ろに控えていたオーリンに向き直る。


「さてと。

 ステビアが戻るまで暇だし、私はちょっとそこの路地裏にあるアンティークショップでも見てこようかしら」


「お嬢様、大通りから外れるのは感心しませんな。

 一昨日も昨日も、何もありませんでしたでしょう?」


 オーリンは困ったように眉を下げた。

 彼は真面目だ。

 この2日間、私の無駄足に付き合わされて少し呆れている節がある。


「あら、すぐそこよ?

 諦めたらそこで試合終了なのよ。

 それに、あなたがついているんだから大丈夫でしょう?」


「……はぁ。

 お嬢様は一度言い出したら聞きませんからな。

 わかりました。お供いたしますので、決して私の側から離れませんようお願いいたします」


「ええ、わかっているわ」


 よし、言質は取った。

 私は内心でガッツポーズをしつつ、優雅な足取りで大通りを外れ、少し人気のない横道へと入っていった。


 正直、あまり期待はしていなかった。

 この2日間と同じように、古びた雑貨屋を冷やかして終わるだろう。

 そう思っていた。


          ◇


 大通りの喧騒が嘘のように遠ざかる。

 石畳は少し古びて、建物の影が濃く落ちている。

 ここは貴族街と下町の境界線あたりだろうか。

 静かだが、生活感のある独特の空気が漂っていた。


「お嬢様、やはり何もありませんよ。

 戻りましょう」


「もうちょっとだけ。

 この角を曲がったら戻るわ」


 私は適当な理由をつけて、さらに奥へと進む。

 これで最後。

 ここを見て何もなければ、大人しくタルトを食べて領地に帰ろう。

 そう決めて、角を曲がった。


 と、その時だった。


 道の端。

 レンガ造りの建物の壁に向かって、誰かがうずくまっているのが見えた。


「……ん?」


 私は足を止めた。

 オーリンが警戒して前に出ようとするのを、手で制する。


 うずくまっているのは、女性だ。

 それも、かなり身なりの良い格好をしている。

 上質な濃紺の生地に、白いエプロン。

 あれは……王宮、もしくは上位貴族の家で働く侍女の服だ。


 彼女は地面に膝をつき、壁に向かって指で「の」の字を書くような勢いで、どんよりとしたオーラを放っている。

 まるで、この世の終わりを目撃したかのような絶望感だ。


 そして、その足元には。


 今まさに『カシャン』と音を立てて砕け散ったばかりのような、真っ白な破片が散乱していた。


(あれは……)


 私は目を細める。

 破片の断面が、日の光を受けてキラリと光る。

 透き通るような白磁。

 縁に施された繊細な金箔の装飾。

 そして、割れた破片の中央に見える、特徴的な獅子の紋章の一部。


(王室御用達、ラフィーノ工房の飾り皿……!?)


 伯爵令嬢としての鑑定眼(と前世の知識)が警鐘を鳴らす。

 あの一枚で、平民が半年は暮らせる値段の高級食器だ。

 それが、無残な姿で石畳の上に散らばっている。


(暇だし、ちょっと見てくるか。

 もしかしたら公爵家とか、有力な貴族の関係者でコネができるかもしれないし)


 私はオーリンに向かって小声で告げる。


「オーリン、ちょっと様子を見てくるわ」


「お嬢様、よろしいのですか?

 関わり合いにならない方が……」


「困っている人を放っておくのは、貴族の矜持に関わるわ。

 あなたはあまり離れない程度に距離をあけてついてきて。

 怖がらせてもいけないから」


 私はもっともらしい理由をつけ、うずくまる侍女へと近づいた。


「そこのあなた、大丈夫?

 お腹でも痛いの?」


 声をかけると、侍女の肩がビクリと跳ねた。

 彼女は恐る恐る顔を上げる。


 その顔を見て、私は一瞬、思考停止した。


(……地味だ)


 失礼ながら、第一印象はそれだった。

 茶色の髪に、茶色の瞳。

 整ってはいるが、これといって特徴のない顔立ち。

 街ですれ違っても、3秒後には忘れてしまいそうなほど印象が薄い。


 なんていうか……そう。

 ゲームに出てくる「村人A」とか「侍女B」みたいな、汎用グラフィックのような顔なのだ。


 彼女は無表情なまま、私を見上げた。

 その瞳には、光がない。完全に死んでいる。


「……終わりました」


 彼女は抑揚のない声で呟いた。


「終わりました……私の人生……」


「え、えっと……そのお皿、割っちゃったの?」


 私が足元の残骸を指差すと、彼女は機械的に頷いた。


「はい。

 王宮での給仕の仕事中に……新品の食器を割ってしまいまして。

 給仕長にこっぴどく叱られ、『教育的指導だ、自腹で同じものを買って弁償しろ』と命じられたのです」


(うわぁ、ブラック……。

 王宮も大概ね。

 ていうか給仕長、それパワハラじゃない?)


「なけなしの貯金をはたいて、やっとの思いで買い直したんです。

 これでもう、今月の食費も家賃も払えません。

 でも、これで許してもらえるならと思って……」


 彼女は割れた皿の破片を、愛おしそうに、そして憎々しげに拾い上げた。


「なのに……。

 帰り道で、石畳の溝に躓いて……。

 また、割ってしまいました」


「…………」


 かける言葉が見つからない。

 ドジっ子属性ここに極まれり、といった悲劇だ。

 貯金をはたいて買った高級皿を、持ち帰る途中で割る。

 コントなら笑えるが、現実でやられたら笑えない。


「もう、買い直すお金もありません。

 手持ちもゼロです。

 給仕長に合わせる顔もありません。

 ……もう、死ぬしか……」


 彼女は本気で思いつめているようだ。

 無表情なのが逆に怖い。


 ふと、彼女の視線が私のドレスに止まった。

 伯爵令嬢として仕立てた、そこそこ上等な生地の外出着。

 そして、私の指に光る指輪。


 彼女の死んだ魚のような瞳に、カッと生気が宿った。


「お嬢様……!

 もしかして、お金持ちですか!?」


「えっ?

 ま、まあ……そこそこの家ですけど……」


 私が引くほど、彼女はズイッと膝行しっこうで迫ってきた。


「私、結構なんでも知ってます!

 王宮の噂話から、貴族の醜聞、美味しいお店の情報まで!

 お金はないけど、仲間内では情報担当……じゃなくて情報通なんです!

 何か知りたいことはないですか!?

 情報、買いませんか!?」


 言葉は必死だ。

 まるで溺れる者が藁を掴むような切実さがある。

 だが、顔は微動だにしない。

 能面のようなポーカーフェイスで「情報買いませんか」と迫ってくる様は、シュールを通り越して不気味ですらある。


(なんか……変わった娘ね?)


 私は一歩引きながら、彼女を観察する。

 必死さは伝わってくるが、どこか違和感がある。

 王宮の侍女にしては、ガツガツしすぎているというか、商魂逞しいというか。


 それに……。


(な~んか見覚えあるのよね~)


 この特徴のない顔。

 この無表情。

 どこかで見たことがあるような気がする。


 でも、『ホーリースイート』に出てくる王宮の侍女って、みんなこんな感じの顔なのよね。

 いわゆる「モブ顔」。

 容量と製作費の削減のために使い回された汎用モデル。


(ま、いいか)


 私は思考を切り替えた。

 目の前に、金に困っている(自称)情報通がいる。

 そして私は、情報を求めている金持ちだ。


 お皿の代金?

 ラフィーノ工房の飾り皿といっても、伯爵家の財布からすれば、はした金もいいところ。

 お父様の胃薬代より安いかもしれない。


「あ~、このお皿を買いなおしてほしいのね」


 私が言うと、彼女はヘドバン並みの速さで頷いた。


「別に買ってあげてもいいけど、やっぱタダはないじゃない?

 世の中、ギブアンドテイクよ」


「は、はい!

 何でもします!

 靴もお舐めします!」


「舐めなくていいわよ。

 靴なんて汚いでしょ。

 仕方ないわね……いいとこの侍女っぽいし、一つ質問に答えてくれたら、このお皿の代金、私が立て替えてあげるわ」


「本当ですか!

 ありがとうございます!

 神様、仏様、お嬢様!」


 彼女は拝むように手を合わせた。


「じゃあ、単刀直入に聞くわよ」


 私は少し声を落とし、彼女の目を真っ直ぐに見据えた。


「アンタ、『サラヤ』っていう王家仕えの侍女を知ってる?」


 その瞬間。


 ピクリ。


 ポーカーフェイスな侍女の眉が、ほんの数ミリだけ動いたのを、私は見逃さなかった。

 それは、感情を殺す訓練を受けた者が、不意を突かれた時に見せる微細な反応。


(……お?)


 彼女は一瞬沈黙し、私の顔をじっと見つめ返した。

 値踏みするような、探るような視線。


「……もし知ってたら、この食器の代金を立て替えて貰えますか?」


 低い、抑揚のない声で彼女は聞き返した。


「ええ、いいわよ。

 もし本人に会わせてくれる、あるいは案内してくれるのなら、それに加えてお小遣いもあげるわ」


 私は畳み掛けた。

 金で頬を叩くのは貴族の嗜みだ。


 金貨1枚でも平民の給料なら数日分。

 今の彼女にとっては、喉から手が出るほど欲しい現金のはずだ。


 その言葉を聞いた瞬間。


 彼女はカッと目を見開いた。

 無表情の仮面が剥がれ落ち、そこには「金欲」という名の強烈な感情が浮かび上がっていた。


「お嬢様がお探しのサラヤは、多分私です」


「…………あん?」


 私は思わず、貴族令嬢にあるまじき間の抜けた声を漏らした。

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