第012話「幕間:義姉爆誕!激痩?婚約?」
暫く時間軸がいろいろ動きます。
今回はスクラロース視点です。
パプリカ領での商談を終え、ゼブラー商会の馬車は一路、アスパルテーム領へと向かっていた。
荷台には、大量の「即席スープ」の試供品と、パルスイートお嬢様から預かった手紙や成果報告書が積まれている。
パプリカ印のスープは、すでに軍部への納入が決まっているが、一般市場での反応も見ておきたい。
これは「エサ」ではない、「食品」としての地位を確立するための重要なミッションだ。
私は揺れる馬車の中で、高級なバタークッキー(お徳用袋)をバリボリと齧りながらも、頭では今後の販路拡大について思考を巡らせていた。
「まずはアスパルテール領の領都、『シュガーヒル』にある支店で反応を見ようかしらねぇん。
あそこにはウチ(オリゴ家)の別邸もあるし、アスパルテーム伯爵家のお膝元……流行を作るにはうってつけよぉん」
クッキーを飲み込み、次は干し肉を齧る。
商人の旅は体力勝負だ。
揺れる馬車で思考を維持するには、常に糖分とカロリーを摂取し続けなければならない。
私のこの豊満なボディは、言わば「商売への情熱の貯蔵庫」なのよぉん。
「御者さん、あとどれくらいで着くのかしらぁん?」
「へい、あと二日ってとこですね!
スクラロース様、次の休憩でまた何か買いますかい?」
「ええ、ちょっとだけ甘いものが足りないわぁん。
街に着いたらホールのケーキを用意しておいてちょうだい」
◇
数日後。
私たちは無事に領都シュガーヒルに到着した。
街は活気に満ちている。
アスパルテール家が治めるこの地は、商業と流通の要所だ。
私は商会の支店に顔を出し、簡単な業務報告と在庫チェックを済ませると、休む間もなくアスパルテーム伯爵家の屋敷へと向かった。
次期当主であるアドバンテーム様から、多くの注文が入っていたからだ。
「ゼブラー商会ですわぁん。
ご注文の品と、パルスイートお嬢様からの書状をお持ちしましたのぉん」
屋敷の重厚な扉が開く。
応接間に通されると、そこに現れたのは、部屋の照明が一段明るくなったかと錯覚するほどの「輝き」だった。
「やあ、遠路はるばるご苦労だったね」
アドバンテーム・アスパルテーム。
パルスイートお嬢様の実兄であり、この国でも指折りの美男子だ。
窓から差し込む陽光が、彼のプラチナブロンドの髪に反射し、後光のように輝いている。
陶器のように滑らかな肌、整いすぎた鼻筋、そして宝石のような碧眼。
その瞳に射抜かれた者は、魂ごと吸い込まれてしまうという。
その微笑み一つで、屋敷のメイドたちがバタバタと貧血を起こして倒れるという噂は、どうやら本当らしい。
現に、私の心臓も早鐘を打っている。
持っていたクッキーの袋を、思わず背中に隠してしまったほどだ。
(あらぁん……本物は想像以上のイケメンねぇん……!
お肌ツヤツヤ! 毛穴が見当たらないわぁん!
同じ人間とは思えない美しさだわ……!)
私がその圧倒的な美貌に見惚れて呆けていると、アドバンテーム様が不思議そうに首を傾げた。
「おや、君は誰だい?
いつもの担当者じゃないようだが」
その声もまた、極上の楽器のように甘く響く。
横に控えていた従者が、慌てて耳打ちをした。
「若様、こちらはゼブラー商会で働いている、オリゴ子爵家の次女、スクラロース様です。
今回は特別に、パルスイート様の報告書を携えてこられたのです」
「……!」
その瞬間。
アドバンテーム様の表情がパァッと花開いた。
まるで冬が終わり、一斉に春の花々が咲き誇ったかのような、破壊力抜群の笑顔だ。
「ゼブラー商会……オリゴ家……ということは、もしかしてパルスのお友達かい?」
「あ、ひゃい!
と、とっても仲良くさせていただいてますわぁん!」
憧れの君に見つめられ、私はどもりながらも裏声で答えた。
商売人としての度胸など、この輝きの前では霧散してしまう。
背中に隠したクッキーの袋が、カサリと音を立てた気がして冷や汗が流れる。
「そうか、やっぱりパルスのお友達か!
あちらの様子はどうだったかな?
パルスは元気にしていたかい?
ご飯は食べているかな? 痩せていないかな?
あの子は頑張り屋だから、無理をしていないか心配でね」
矢継ぎ早に繰り出される質問。
そのすべてが妹への愛に満ちている。
「はいぃ、とってもお元気でしてよぉん。
先日も、パプリカ領で一緒にお仕事してきましたのぉん。
イノシシを追いかけ回して、とても活き活きとしてらっしゃいましたわぁん」
私が答えると、アドバンテーム様はうっとりとした表情で天井を仰いだ。
その瞳は、ここにはいない誰か(妹)を映しているようだった。
「そうなんだね。
働くパルスの愛おしい姿、僕も一目見たいものだね……。
ああ、この報告書もパルスが触ったものなのかい?
……尊いな」
彼は私が差し出した封筒を、まるで聖遺物のように両手で受け取った。
そして、今度は私の手を取り、その碧眼でじっと見つめてきた。
距離が近い。
彼の甘い香水の香りと、温かい体温が伝わってくる。
「パルスの大切なお友達である君も、僕にとってはとっても愛おしい限りだ」
「……えっ」
ドキンッ!
心臓が跳ね上がった。
「今日は訪ねてきてくれてありがとう。
今まではパルスが担当していた買い付けだがね、これからは僕が担当することになったんだ。
スクラロース嬢、妹とも仲良くしてやってくれ。
……末永く、頼むよ」
甘い声。
熱い視線。
そして「愛おしい」「末永く頼む」という言葉。
私の頭の中で、何かが弾けた。
思考回路がショートし、彼の言葉がピンク色の極太フィルターを通して再生される。
(愛おしい? 末永く頼む……?
こ、これって……私、もしかして口説かれてるぅん!?)
◇
商談を終え、屋敷を出た私は、呆然としたまま御者に告げた。
「きょ、今日は思うところがあるから歩いて帰るわぁん……。
馬車は支店の誰かに取りに来させてぇん……」
「えっ、スクラロース様?
ここからオリゴ子爵邸までは結構な距離がありますよ?
歩き慣れていない靴で大丈夫ですか?」
御者の静止も聞かず、私はフラフラと歩き出した。
足取りは重い。
一歩踏み出すたびに、ドス、ドス、と地面を揺らす音が響く。
自分の体が重い。
今まで誇りに思っていたこの重量感が、今はただ恥ずかしかった。
あんなに美しい方と、こんな肉塊のような私が会話をしたなんて。
「アドバンテーム様……うふふ……」
私は空を見上げた。
トオイメになりながら、彼の言葉を反芻する。
これが、恋?
巨漢のオネエ口調であるこの私に、あんな素敵な王子様が?
信じられない。でも、あの瞳は嘘をついていなかった。
(※嘘はついていない。対象が妹なだけである)
「……歩きましょう。
愛の重さに比べれば、この身の重さなど……!」
私はその日、数キロの道のりを歩ききった。
家に着く頃には靴擦れで足は血まみれだったが、心は羽が生えたように軽やかで、雲の上を漂っていた。
◇
それから暫くしてのこと。
シュガーヒルにある、オリゴ子爵家の別邸。
スクラロースの両親は商売と美食のために、田舎の本領を離れてこの都会の屋敷に長期滞在していた。
今日も今日とて、オリゴ子爵家の食卓には、相も変わらず豪華な食事が並んでいる。
厚切りのローストビーフ、脂の乗ったガチョウのコンフィ、バターたっぷりのマッシュポテト、そして山盛りのパン。
食欲をそそる香りがダイニングに充満している。
だが、私の皿には手つかずの料理が残っていた。
「スクラロース!
こんなにやつれてどうした!? フゴッ!」
テーブルの向かいで、丸々と太った父――オリゴ子爵が悲鳴を上げた。
その動きで椅子がミシミシと鳴る。
実際に悲鳴を上げているのは椅子の方だ。
その隣で、これまた豊かな肉付きの母が心配そうに眉を寄せる。
「病気かしら、お菓子も食べないなんて……フゴゴ。
マドレーヌ焼かせましょうか? それとも羊を一頭潰す?」
二人揃って見事なまでの肥満体型である。
しかし、よく見れば鼻筋は通り、目はぱっちり。
いわゆる「痩せれば美形」の遺伝子を持つ一族なのだ。
私も含め、オリゴ家の人間は「美味しいもの」への愛着が強すぎて、その真の姿(美貌)を脂肪という名の鎧で隠しているに過ぎない。
太っていることこそが富の象徴であり、幸福の証であると信じて疑わない一族なのだ。
そして今、その隠されし美の遺伝子が覚醒しようとしていた。
「いりませんわぁん……。
お肉を見ると……アドバンテーム様のしなやかな筋肉を思い出して……胸がいっぱいで……」
私はフォークを置いた。
食べようとすると、彼の笑顔が脳裏に浮かぶ。
すると喉がキュッと締まり、胃が活動を停止するのだ。
その代わり、胸の奥が熱くなり、凄まじい勢いでカロリーを消費していく感覚がある。
そこに座っていたのは、かつての巨漢ではない。
「ポッチャリ」程度までサイズダウンした私だった。
とはいえ、元の骨格と身長があるため、街を歩けば誰もが振り返るほどの迫力ある美女になりつつあった。
「お父様、お母様。
心配いりませんのよぉん。
アドバンテーム様にお会いしてから、どうも胸が苦しくて……ご飯があまり喉を通らないだけですわぁん」
私がため息交じりに告げると、両親は顔を見合わせた。
「なんと、あの食いしん坊のスクラロースが恋煩いか! フゴッ!」
「あらアナタ、この子ももう19よ?
年頃としては遅いくらいですのよ。フゴゴ。
それに相手はアドバンテーム様?
ということはアスパルテーム伯爵家の次期ご当主……フゴ……あの例の」
「ああ、あの妹追放劇の……」
「ええ、あの重度のシスコンの……」
両親は何かを納得したように頷き合った。
貴族社会において、彼の実妹への偏愛ぶりは有名だったらしい。
だが、今の私はそんな悪い噂など信じない。
私にとってのアドバンテーム様は、ただ「妹想いの優しいお兄様」でしかありえないのだ。
「どうだスクラロース。
そこまで想っているのなら、縁談の申し入れをしてみては」
父の言葉に、私は首を横に振った。
「アタシみたいなデブスじゃ到底無理よぉん……。
身分も違うし、釣り合いませんわぁん……。
それに、まだアタシの体には……こんなに醜い脂肪が……」
私は自分の腹部をつまんだ。
以前よりは減ったが、まだ掴める肉がある。
こんな体で彼の隣に並ぶことなど、想像するだけでおこがましい。
◇
そしてまた、しばらくの時が流れた。
領都シュガーヒルでは、ある噂が持ちきりになっていた。
『ゼブラー商会に、傾国の美女がいる』と。
私が街を歩けば、人々が振り返る。
馬車が止まり、中から貴族が顔を出す。
商会で店先に立っていても、商品ではなく「私」を目当てにした男性客が列をなすようになった。
花束、プレゼント、求婚の言葉。
かつての私なら、これらを「お菓子代」に変えて喜んでいただろう。
だが今の私には、それらは何の意味も持たなかった。
「スクラロースちゃん! 結婚してくれ!」
「君のためなら城でも建てよう!」
「ごめんなさいねぇん。
私、心に決めた人がいますのぉん」
私は冷たくあしらい続けた。
そしてある日。
部屋の姿見の前で、私は呆然と立ち尽くしていた。
「……なんか……ちょっと痩せちゃっただけで大げさねぇん……」
鏡の中にいたのは、私であって私ではなかった。
かつての鎧(脂肪)は完全に消え去り、そこにはスラリと背が高く、モデルのような体型の美女が映っていた。
胸の苦しさで食事が喉を通らず、ただひたすらに恋焦がれ、溜息をつき続けた結果、私はオリゴ家の「美形遺伝子」を完全解放した「完全体」になってしまっていたのだ。
くびれたウエスト。
長い手足。
そして少し愁いを帯びた表情。
社交界のお茶会に出席した母のもとには、釣書(結婚の申し込み)の山が届いていた。
長女はとっくに嫁いでいるため、狙いは次女の私だ。
「息子の嫁に」「是非我が家に」と、引く手あまたの状態らしい。
「でも、皆がこんなに素敵って言ってくれるんだものぉん。
……アドバンテーム様への求婚に、一縷の望みを掛けてみるのもありよねぇん?」
私は鏡の中の自分に問いかけた。
今の私なら、あの輝く人の隣に立っても、ギリギリ失礼には当たらないのではないか?
商売人だもの。
当たって砕ける時があってもいい。
チャンスがあるなら、掴みに行くのがゼブラー流だ。
「なら、善は急げよ!
婚姻、申しこんじゃいましょ~!」
◇
数日後。アスパルテール伯爵家。
「お取次ぎ願いますわぁん。
ゼブラー商会の、スクラロース・オリゴですのぉん」
応接間に通された私は、緊張でガチガチになりながらアドバンテーム様と対面した。
新品のドレスは、以前のサイズの半分以下の特注品だ。
彼は書類から顔を上げ、私を見て……少しだけ首を傾げた。
その瞳に、一瞬だけ困惑の色が見える。
「スクラロース?
パルスのお友達の、あの商人だったよね?」
(はて、こんなすごい美人だったかな?
前に会った時は、もっとこう……質量のある、特徴的な見た目だったと思ったんだけど……)
アドバンテーム様の困惑も無理はない。
今の私は、以前の半分の重さもないのだから。
別人に見えて当然だ。
私は深呼吸をし、震える声で切り出した。
「ぜ、是非ワタクシと……け、結婚してくささいませことぉん!?」
噛んだ。
思いっきり語尾が迷子になった。
極度の緊張と、恋心で頭が真っ白だ。
恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
しかし、アドバンテーム様は優雅に微笑んだ。
彼は立ち上がり、私の前に立った。
私は女性にしてはかなり長身で、今のモデル体型になってからは特に背の高さが目立つ。
ヒールを履けば、普通の男性なら見下ろしてしまうほどだ。
だが、目の前の彼は、私よりもさらに頭半分ほど背が高かった。
見上げる形になるその身長差。
彼の広い肩幅と、圧倒的な存在感。
それが、さらに私の胸を高鳴らせる。
「婚姻の申し込みかい?
直接とは珍しいパターンだね」
彼は私の瞳を覗き込むようにして言った。
その声には、拒絶の色はない。
「君はパルスのお友達。
しかも、一緒に商売をするほどの大の仲良し……だったね?」
「そ、そうですわぁん!
間違いないですのよぉん!」
私が必死に頷くと、彼は満足げに頷いた。
「うん。
じゃあOK。
結婚は了承したよ。まずは婚約手続きから入ろうか」
「……はひぃ?」
あまりの即答に、私はマヌケな声を上げた。
え? いいの?
こんな簡単に?
私の悩み苦しんだ日々は一体?
アドバンテーム様は、私の手を取り、うっとりと呟いた。
「これからよろしく頼むよ、スクラロース。
君を大切にするよ(パルスのために)」
(パルスのお友達、しかも大の親友となれば……逃がす訳にはいかないな。
彼女を妻にすれば、パルスとの接点は一生消えない。
堂々とパルスに会いに行けるし、パルスの情報も入り放題だ……!
スクラロース嬢の容姿が変わったようだが、そんなことは些末な問題だ。
重要なのは『パルスの友人』という属性一点のみ…
そうか…政略結婚も使いようということか!
僕がお友達をハーレムにすれば、お互いの関係性も深まる。
これは一石二鳥だね)
その瞳の奥には冷徹な計算が走っていたが、恋で盲目なスクラロースの知る限りではない。
「は、はいぃぃぃ~っ!!
幸せにしますわぁぁぁん!!」
こうして、激痩せ美女スクラロースの恋は成就した。
互いの動機に致命的な齟齬があることに気づかぬまま、二人の婚約は成立してしまったのである。
ちなみに、自分の商売仲間が、いつの間にか「義理の姉」になるという衝撃の事実を、パルスイートが知るのは結構先の話になるだろう。
次は過去です。




