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第103話「戦線前線!無双?凄惨?」


 ソーヴィニオン王国と、隣国である聖リプトーン教国との国境地帯。


 そこは今、血すらも焼けるような熱さと酷い匂いが立ち込める、文字通りの地獄と化していた。


 アスパルテーム伯爵家当主として、そして『絶鎧』の契約者として王命を受けた私――パルスエット・アスパルテームが最前線の陣地に到着した時、目に飛び込んできたのは目を覆いたくなるような惨状だった。


「うぁぁ……痛い、痛いよぉ……」


「神官は!?

 早く神官を呼んでくれ!!」


 野戦病院として急造された巨大なテントからは、絶え間なく兵士たちのうめき声が響き渡っている。

 運び込まれる負傷兵の数は異常に多く、医療用の物資も回復魔法の使い手も、完全に限界を超えていた。


 前線から戻ってきた兵士たちは一様に土気色をした顔で、武器を杖代わりにしてようやく立っているような有様だ。


「……酷い有様ね。

 うちの軍は、優勢だって聞いていたはずだけど?」


 私は愛用のモーニングスターを肩に担いだまま、現場を預かる王国軍の指揮官へと声をかけた。


「アスパルテーム伯爵代理……!

 よくぞ、よくぞおいでくださいました……!」


 血走った目で地図を睨んでいた初老の指揮官は、私の姿を認めるなり、すがるような目で駆け寄ってきた。

 その顔には、隠しきれない絶望と疲労が深く刻み込まれている。


「一体、何があったのよ。

 戦線が完全に崩壊しかかってるじゃない」


 私が単刀直入に問うと、指揮官はギリリと奥歯を噛み締め、震える声で事の次第を語り始めた。


「……敵陣に、教国の切り札が投入されたのです。

 奴らが『聖女』と崇める、奇跡の御業を使う女が」


「聖女、ねぇ。

 回復魔法の使い手くらい、うちの軍にだって従軍神官がいるでしょうに」


「次元が違うのです!

 あの女の放つ光は、広範囲に及び……そして、恐ろしいほどの治癒力を持っています。

 我々がどれだけ敵兵を切り伏せようと、どれだけ弓矢で致命傷を与えようと……!」


 指揮官の言葉が、恐怖で震える。


「後方に控える聖女の光を浴びた瞬間、敵兵の傷は瞬時に塞がり、何事もなかったかのように再び立ち上がって向かってくるのです!

 首を刎ねるか、胴を切り離しでもしない限り、奴らは決して止まらない。

 終わりのない波状攻撃……あんな不死身の軍団を相手に、生身の人間がどうして戦線を維持できましょうか!」


 なるほど。

 倒しても倒しても、魔法で回復されて再び襲ってくる。

 終わりの見えない恐怖と疲労が、王国軍の兵士たちの精神と体力を確実に削り取っているというわけだ。


「……なるほどね。

 ご苦労だったわ、指揮官殿。

 でも、もう安心なさい」


 私は肩に担いでいたモーニングスターを下ろし、ドスンと地面に立てた。


「私が来たからには、これ以上の突破は許さないわ。

 その不死身の軍団とやら、私がまとめて相手をしてあげる」


「ほ、本当でございますか!?

 ですが、閣下はお一人……いくら四大至宝の契約者とはいえ、あの数を相手にするのはあまりにも……」


 指揮官が不安げに口を開きかけた、その時だった。


(……パルスエット。

 無理をするなとは言わん。それがお前の役目だからな。

 だが、私を信じて、外の防御は一切気にするな。全て私が弾き返す)


 私の脳内に、重々しいアスラムテイルの思念が響き渡った。

 それと同時に、私の周囲の空間が眩い黄金色の光に包まれる。


「……な、なんだ!?」


 光が収まった後、私の体は、荘厳にして華麗な、黄金色のフルプレートアーマー――四大至宝の一つ、『絶鎧アスラムテイル』に完全に包まれていた。


 関節の動きを一切阻害しない完璧なフィット感。

 そして、この鎧を纏っている間、私はあらゆる外部からの攻撃を無効化する『絶対防御』を得る。


「いくわよ、アスラムテイル。

 お小言はなしよ?」


(フン。

 せいぜい、自爆して内臓を痛めないように立ち回ることだな)


 私はニヤリと笑い、指揮官に向かって顎で前線をしゃくった。


「前衛部隊を左右に退かせなさい!

 射線を開けて!

 私が、正面から突破するわ!」


     ◇


 最前線。


 王国軍の兵士たちが左右に割れ、ぽっかりと空いた空間の中央に、私は一人で歩み出た。


「なんだ、あの女は?」


「たった一人で出てきやがったぞ!」


「構うな、殺せ!

 聖女様のご加護がある我らは無敵だ!」


 教国軍の兵士たちが、狂信的な雄叫びを上げて一斉にこちらへ殺到してくる。

 その後方からは、雨あられのような弓矢と、攻撃魔法の豪雨が私を目掛けて降り注いだ。


「アスパルテーム様!

 危ない!!」


 王国軍の兵士たちが悲鳴を上げる。

 だが。


 カンッ!

 カィィィンッ!!

 ドガァァァァァンッ!!!


 無数の矢は私の鎧に触れることすらできず、見えない壁に弾かれるようにして折れ飛び。

 炎や雷の魔法は、私を包む黄金のオーラによって文字通り「霧散」した。


「……なっ!?」


「ま、魔法が効かないだと!?」


 教国軍の動きが、一瞬だけ止まる。


 私はゆっくりとモーニングスターを頭上で回し始めた。

 鎖が風を切り、重たい鉄球がヒュンヒュンと唸りを上げる。


「いくら聖女の回復魔法が強力だって言ってもね。

 即死(木っ端微塵)させちゃえば、治しようがないでしょ?」


 極めて物理的かつ、合理的な脳筋理論。

 私は身体強化の魔力を全身に巡らせ、地面を蹴って敵陣のど真ん中へと跳躍した。


「ふっ!!

 せいりゃぁぁぁぁぁっ!!」


 遠心力と体重、そして落下の勢いを全て乗せた、渾身のフルスイング。


 ドゴォォォォォォォンッ!!!


 鉄球が地面に直撃した瞬間、爆発のような轟音が戦場に響き渡った。

 クレーターのように陥没した大地。

 そして、その直撃を受けた数名の教国兵は――。


 悲鳴を上げる間もなく砕け散り、四方八方に赤い血肉の雨を降らせたのだ。


「…………ひっ」


 戦場に、静寂が落ちた。

 敵も、そして味方であるはずの王国軍の兵士たちでさえも。


 生身の人間が、巨大な鉄球によって物理的にすり潰され、原形をとどめない肉塊に変わる光景。

 それは、剣で斬り合う戦争の常識を逸脱した、あまりにも凄惨で、人道から外れた地獄絵図だった。


「あ、悪魔だ……」


「バケモノ……!!」


 教国兵が、震える声で後ずさる。

 だが、私は手を緩めない。


「さあ、ドンドンいくわよ!

 治せるもんなら、治してみなさい!」


 ブォンッ!! ドガァァァァンッ!!


 私は一切の防御をアスラムテイルに任せ、ただひたすらに、目の前にいる敵を「粉砕」することだけに特化して暴れ回った。


 大気を震わせる鉄球の唸り。

 それが振り下ろされるたびに、教国兵の体が真っ二つに折れ曲がり、あるいは頭部がスイカのように弾け飛ぶ。


 血の雨が降り注ぎ、地面は赤く染まっていく。


 飛び散る血肉はアスラムテイルの絶対防御に弾かれ、私自身は汚れ一つない黄金の輝きを保ったまま、死の舞踏を踊り続けていた。


「ひぃぃぃぃっ!

 逃げろ!

 逃げろぉぉっ!!」


 もはや聖女の加護など信じられない。

 即死の恐怖に耐えきれなくなった教国軍の前衛が、完全にパニックに陥り、背を向けて逃げ出した。


     ◇


「押し込め!

 パルスエット様に続けぇぇっ!!」


 私の圧倒的な暴力による蹂躙を目の当たりにし、王国軍の兵士たちもようやく我に返り、反撃の雄叫びを上げて前進を開始した。

 戦線は維持するどころか、怒涛の勢いで教国軍の陣地へと押し込まれていく。


 私は次々と敵の防衛線を粉砕し、ついに敵本陣の奥深くへと肉薄した。


「……見つけたわ」


 敵陣の中央。

 厳重な護衛の兵士たちに守られ、高台の上で神聖な白い光を放っている一人の女性。

 純白の法衣に身を包み、必死に祈りを捧げている教国の切り札――あれが『聖女』だ。


 彼女は劣勢を覆すべく、杖を高く掲げ、かつてないほどの巨大な光の陣を空に描こうとしていた。


「聖なる光よ!

 我が敬虔なる戦士たちに、癒やしと復活の奇跡を!!」


 広範囲回復魔法。

 その光が戦場に降り注げば、またしても敵の士気が回復し、泥沼の持久戦に持ち込まれてしまう。


「……させないわよ」


 私はモーニングスターを肩に担ぎ、左手を真っ直ぐに聖女の方へと向けた。

 そして、私の体内に流れる、聖属性を真っ向から否定する特異な魔力――『アンホーリー(反神聖)属性』を、全力で解放する。


「消えなさい!」


 私の手から放たれたのは聖女と同様に眩しく輝く光であったが、その本質は冷たく淀んだ光の波動だった。


 その波動が、聖女の放った慈愛の光と空中で激突する。

 だが、それは拮抗するようなものではなかった。


 私のアンホーリーの波動は、聖女の光をまるで泥水が清流を汚すかのように、瞬く間に侵食し、掻き消してしまったのだ。


「な、何!?

 私の魔法が……光が、消えた!?」


 聖女が信じられないものを見る目で目を見開く。

 だが、真の地獄はそこからだった。


 私のアンホーリーの波動は、聖女の光を掻き消しただけでなく、戦場全体に広がっていった。

 そして、これまでに聖女の回復魔法を受けて、無理やり傷を治され、体力を回復され、不死者の如く戦っていた教国兵たちに降り注ぐ。


「……え?」


「あ、が……ぁ……?」


 奇妙な声が、あちこちから上がり始めた。


「痛い……!

 痛いぃぃぃっ!!」


「傷が!?

 治ったはずの傷がぁぁぁっ!!」


 教国兵たちが、次々と武器を取り落とし、地面にのたうち回り始めた。

 アンホーリー属性の力。

 それは、過去に受けた聖属性の治癒効果を「なかったこと」にしてしまうという悪魔のような特性。


 塞がっていたはずの剣の傷が突如としてパックリと開き、鮮血が噴き出す。

 繋がっていたはずの骨が砕け、癒えていたはずの火傷が再び皮膚を爛れさせる。


「助けて……聖女様……助け……」


 不死身を誇っていた教国軍は、一瞬にして自らの負った重傷を一気に爆発させ、あちこちで血の池を作りながらバタバタと倒れ伏していった。


「そ、そんな……!

 私の光が……私の癒やしが、反転している……!?

 あなたは、一体……悪魔……

 いえ……こんなもの!

 神への冒涜だわ!!」


 聖女が悲鳴のような声を上げ、私を指差して震える。


「冒涜でもなんでもいいわよ。

 戦場に神様なんていないんだから」


 私は冷たく言い放ち、聖女の元へと一気に距離を詰めた。


     ◇


「お守りしろ!

 聖女様を退かせろぉぉっ!!」


 残った教国の近衛兵たちが、決死の覚悟で私と聖女の間に立ち塞がる。

 聖女自身も、ありったけの魔力を振り絞り、強固な聖属性の防壁――何重もの光の盾を自身の周囲に展開した。


「無駄よ!!」


 私はアンホーリーの魔力を、右手のモーニングスターに直接纏わせた。

 禍々しい紫色のオーラを放つ鉄球が、聖女の絶対防壁へと叩き込まれる。


 パァァァァンッ!!


 ガラスが割れるような甲高い音と共に、聖属性の防壁は私のアンホーリー属性によって完全に中和され、あっけなく粉砕された。

 そのままの勢いで、鉄球の遠心力は止まらない。


「せいっ!!」


 ドガァァァァァンッ!!!


「キャアアアアアアッ!?」


 防壁を抜けた衝撃波と鉄球の破砕力が、盾となっていた近衛兵たちごと、聖女の体を高台から吹き飛ばした。

 血を吐きながら宙を舞い、地面に叩きつけられる聖女。


「聖女様ぁぁぁっ!!」


「撤退!

 撤退だ!!

 陣形を立て直せ!!」


 重傷を負った聖女を抱え、特記戦力を失った教国軍は完全に戦意を喪失した。

 彼らは蜘蛛の子を散らすように背を向け、自国の領土へと敗走していく。


「……ウォォォォォォッ!!」


「勝った!

 俺たちの勝ちだ!!」


「アスパルテーム様、万歳!!」


 王国軍の兵士たちから、地鳴りのような歓声が上がる。

 絶望的だった戦況を、たった一人の力で、それも圧倒的な暴力でひっくり返したのだ。


 王国と教国との間に、これで一時的な『休戦協定』が結ばれることは間違いないだろう。


 私は周囲の歓声に手を挙げて応えながら、ゆっくりと自陣へと歩き出した。


(……よくやった、パルスエット。

 これほどの戦果、王家も文句は言えまい)


 アスラムテイルの思念が、誇らしげに響く。

 私も「ふふん、当然よ」と胸を張って見せた。


 だが。

 自陣に戻り、指揮官の労いの言葉を適当に躱して、一人きりの陣幕へと入った、その瞬間だった。


「…………ッ!!」


 ガクンッ、と。

 膝の力が抜け、私はそのまま地面に崩れ落ちた。


 胸の奥で、何かが破裂したような激痛。

 心臓が、握り潰されるような異常な脈打ちを始めている。


「あ……が……っ、はぁっ……!」


 私は胸を掻き毟り、呼吸を求めて喘いだ。

 視界が真っ赤に染まり、口の中に生臭い鉄の味が広がる。


 ゴホッ……。


 咳き込んだ瞬間、私の口から大量の鮮血が吐き出され、陣幕の床を赤く染めた。


(パルスエット!!

 しっかりしろ! また発作か!?)


 アスラムテイルが悲痛な思念を叫ぶ。

 だが、彼の絶対防御は、私の内側で暴走する心臓を止めることはできない。


(言っただろう!

 外の攻撃は防いでも、内側の負担は防げんと!

 あんな無茶な戦い方をすれば、ただでさえ弱い心臓にどれほどの負荷がかかるか……!

 お前は、本当に死ぬ気か!!)


「……うるさ、いわね……。

 これくらい……想定内、よ……」


 私は血に染まった唇の端を無理やりに吊り上げ、強がって見せた。


 だが、自分の体の限界は、自分が一番よくわかっていた。

 今日の激戦で、私の寿命は確実に削り取られた。

 このポンコツな心臓は、もう長くは持たない。


(……マルチトール)


 薄れゆく意識の中で、私は本国で留守を守っている、愛する夫の穏やかな顔を思い浮かべていた。

 いつも私の体を気遣い、特製の薬草茶を淹れてくれる、不器用で優しい彼。


 私の命は、いつ消えるかわからない。

 明日かもしれないし、一年後かもしれない。


 だから。


(……残したいわ。

 私が、この世界に生きた証を。

 愛するあの人との、結晶を)


 私は血だまりの中で、自身の短すぎる命の限界を痛感しながら、これまでにないほど強烈な「未来への願い」を抱いていた。


 私と彼の子。

 それが、どのような運命を背負うことになるかも知らずに。


 陣幕の外からは、まだ勝利の歓声が聞こえ続けている。

 だが私の戦いは、これから来る「命の継承」という新たな局面へと向かおうとしていたのである。

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