第010話「真空吸引!エコ?闘魂?」
「ふぅーっ、ふぅーっ……!」
領主館の裏庭に、男の荒い息遣いが響く。
サッカリンだ。
彼は全身から滝のような汗を流し、目の前の機械についたハンドルを死に物狂いで回している。
「いいわよサッカリン!
メーターが上がってきたわ!
あと少し! あと少しで『真空』よ!」
「お、お嬢……流石に……限界…だ…!」
彼が回しているのは、私が開発した新兵器その2。
『パプリカ式真空発生器・吸太郎』だ。
原理は前世の幼少期、エアコンの修理にきたオッチャンが話していた記憶を頼りにした。
確か父が模型の塗装をするときに使っていた、コンプレッサーみたいなのをエアコンにつないでいたので聞いたことがあるのだ。
「これ、空気でるやつ~。
おうちにもあるよ~」
「おぉ?そうかい。
でも、多分これはちょっと違うんだなぁ。
なんていうか逆っていうか、空気を吸う機械なんだよ。
仕組みは変わらないんだけどなぁ…
といっても、お嬢ちゃんには難しいか~」
小さい頃の私、健気。
ってことで、空気を吐き出すコンプレッサーがあるなら、その反対側は吸っているはず。
その吸気口を密閉容器に繋げば、中は真空になる。
そんな話なんだろうと予想したわ。
結果は成功。
モヤシの水分は見事に飛び、スカスカに軽くなっていた。
成功だ。
これで輸送コスト問題は解決する。
筈なのだが…
「……だめだ、限界だ……!」
ガクン。
サッカリンがハンドルから手を離し、地面に崩れ落ちた。
同時に、プシューッという音と共に空気が逆流して真空状態が失われる。
「チッ。
やっぱり人力じゃ限界があるわね。
というか試作機でもちゃんとした逆流防止弁つけなさいよ!」
私は舌打ちした。
吸太郎の性能は完璧だが、それを動かす動力が足りない。
サッカリンをあと3人雇えばいけるかもしれないが、人件費が嵩む。
「……お嬢様。
まさかとは思いますが、私たち執事やメイドにも回させるおつもりでは?」
ソルビトールが警戒して後ずさる。
「まさか!?
アンタたちじゃパワー不足よ。
あ~もう……仕方ないわね。
ちょっと早いけど…
仕方ない!
早速アレを投入しましょう」
「アレ……?」
「ええ。
アレよ。
私が密かに職人たちに準備させておいたのよ。
究極のエコ動力源……名付けて!」
私は工房の奥に設置された、ありえないほどに巨大な箱型の装置を指差した。
「『無料回転力発生機・猪姫』の試作箱よ!」
「…………」
その場に微妙な沈黙が流れた。
ソルビトールが、眉間に皺を寄せて口を開く。
「……お嬢様。
なぜでしょう。その名前を聞くと、無性にこう……顎をしゃくってしまいたくなるのですが」
「気のせいよ?」
私は即答した。
「『いのき』の『き』は姫よ、姫。
『き』だけに、顎は気のせいに決まってるでしょ?
太郎は不評っぽいから、今度は女の子の名前にしたわ。
可愛いでしょ?」
「はぁ……お嬢様。
ネーミングセンスの有無に、太郎も姫もあまり大差はないのですよ」
ソルビトールは釈然としない顔だ。
まあ、無理もない。
この世界――原作『ホーリースイート』は日本のゲームだ。
住人たちの魂の奥底に、某闘魂の遺伝子が刻まれていても不思議ではないのだ。
え?
そういう話じゃない?
まぁいいじゃない。
「で?
その……イノキ? はどういう機械なんだ?」
復活したサッカリンが尋ねる。
「それは実物を見るしかないわね。
じゃあ、『イノシシコロコロ』の場所にレッツゴーよ」
「ちょ、お嬢!俺は休憩なしか!」
「はいはい。
馬車の中で休んでなさい。
冷えたエールも付けといてあげるわよ」
「あ~もう、しゃーねぇな。
2杯な2杯!」
◇
私たちは馬車に揺られ、領地外れにある『イノシシコロコロ』の現場へと向かった。
サッカリンは約束通り、馬車の中でよく冷えたエールを煽り、生き返ったような顔をしている。
ソルビトールとサラヤは、これから何が始まるのかという不安を隠せない様子で、静かについてきていた。
時は深夜0時間近。
現場に到着すると、そこにはすでに職人たちが待機していた。
巨大な『猪姫』の試作箱が、イノシシ収穫ラインの横に鎮座している。
異様な光景だ。
「親方、お待たせ~。
じゃあ始めましょうか」
「お嬢様、お待ちしておりました。
おい、連結開始!」
私の合図で、職人たちがレールを切り替える。
頭上には、あの『イノシシコロコロ』のレールが走っている。
普段なら解体所へ直行するルートだが、今日はその手前で分岐し、この『猪姫』の上部へと繋がった。
『猪姫』の真ん中あたりから1本の軸が出ており、それが一緒に運んできた『吸太郎』と連結されている。
ガタン、ゴトン……。
「ブモッ!?」
0時を迎え、落下してきた鉄甲イノシシが、箱の中へと吸い込まれる。
着地したのは、箱の中に設置された巨大な「回し車」の中だ。
「ブモォォォォッ!!」
閉じ込められた鉄甲イノシシはパニックになり、出口を求めて全力疾走を始める。
そうすると当然、床は動き回し車が回転する。
ギュルルルルル……!!
回し車が猛烈な勢いで回転し、その回転力が『吸太郎』へと伝わる。
「す、すげぇ……」
サッカリンが目を見開いた。
「鉄甲イノシシが……動力になった……」
「ええ。しかもこれだけじゃないわ」
私は説明を続けた。
「検証の結果、この魔獣は湧いてから5日経つと自然消滅することが分かったわ。
消滅されたら素材も肉も手に入らない。もったいないでしょ?」
「はあ……」
「いい?
だから、こうするの。
まず、湧いた直後に捕獲して、この箱に入れる。
そして4日間、死ぬ気で……というか死ぬ直前まで走らせる。
もし途中疲れて速度が落ちたら、後ろの小窓から火魔法が出る棒で尻を炙って加速させるわ」
「………エグっ…」
「そして、消滅ギリギリの4日目が過ぎたら、自動的に床が開いて排出。
残りの高さを落下して即死。
そのまま解体所へ運ばれて、お肉と素材になる」
私は胸を張った。
「どう?
燃料費ほぼゼロ。廃棄ロスなし。
おまけに最後の最後まで役に立つ。
完璧なリサイクルシステムじゃない!」
私の説明が終わると同時に、従者たちが一斉に呟いた。
「「「アンタには人の心とかないんかい!」」」
「ん?失礼ね!」
私は心外だと抗議した。
「え~とさ…もしかしてだけどアンタたち。
魔法で無限湧きする召喚生物を人化して考えてない?」
「いや、普通に生きてるだろ……」
「あのねぇ、アレって所詮、人間に害をなすために設定されて生まれてきてるのよ?
生殖で増えるわけでもないし、愛でたら改心するわけでもない。
放置すれば5日で消える『動く自然災害』なのよ?
食えるけど普通の動物じゃないの」
私は回し車の中で必死に走る鉄甲イノシシを指差した。
「要するに、良くわからない理屈で動くイノシシ型のエネルギー源なの。
わかってる?
これを使って回し車回すのと、風を使って風車を回すのと何が違うわけ?
これは『イノ力』よ」
私の完璧な論理に、サッカリンたちはぐうの音も出ないようだ。
あれ?
呆れ果てて言葉が出ないだけとか言わないわよね?
「それとは、別のこともあるのよ」
そう言って私はニヤリと笑う。
「試しに限界まで走らせた方のイノシシ肉を試食したの……」
「なんだ?
やつれて不味かったとかか?」
サッカリンが顔を少し顰める。
「いや、逆に激ウマだったわ」
「は?」
「4日間、不眠不休で走り続けたおかげで、余分な脂が落ちててね。
赤身の旨味が凝縮された、引き締まった極上肉になってたのよ。
現代風に言えば『熟成赤身肉』ってところかしら」
運動不足のデブイノシシが、アスリートのような筋肉質な肉体に。
美味しくなって成仏できるんだから、イノシシだって本望だろう。
「……悪魔だ」
「……合理性の化身ですな」
「……お肉が美味しいなら、私は従います」
三者三様の反応を見せつつも、彼らは受け入れたようだ。
サラヤだけ順応が早いのは助かる。
現場の村人たちも、
「村のもんたちは美味い肉が食べられれば……」
「弱肉強食でも焼肉定食でも……」
ってことで、細かいことは気にしていない。
轟音を立てて岩を砕く『砕太郎』。
空気を吸い込み続ける『吸太郎』。
基本、こいつらは既存機械の焼き直し。
所詮は「買うと高いから」という理由で作った、自領生産のDIY機器でしかない。
しかし、その中心で断末魔の叫びと共に回転し続ける『猪姫』。
この動力だけはまさに新機軸。
だって無限湧きするイノシシを使って、新しい方法で物理的に『軸』を回しているんだもの。
文字通りの意味で『新機軸』ってことでいいわよね?
ちなみに『砕太郎』も、この『猪姫』で動くように連結したのは必然の流れだ。
悲鳴と轟音、そして香ばしい肉の香りが漂う。
こうして、パプリカ領の元名も無き村に、異世界初の「魔獣動力式工業地帯 ハラペーニョ」が誕生したのだった。
産業チートっぽいのはそろそろやめたいと思っております。
次回くらいで。
※言い回し小修正




