第001話「婚約破棄!追放?誰が?」
全然シリアスじゃないご令嬢ストーリー、ここに開幕。
ソーヴィニヨン王国、王城「ブラン」。
その最奥にある謁見の間は、針が落ちる音さえ響き渡りそうなほどの静寂と、肌を刺すような緊張感に包まれていた。
豪奢な絨毯の上、周囲を近衛騎士に取り囲まれ、私は優雅にカーテシー(膝を折る挨拶)を決めている。
視線の先、玉座からこちらを見下ろしているのは、この国の最高権力者である国王デラウェア・ソーヴィニヨン。
そして隣には王妃ピオーネ様。
その傍らには、苦虫を噛み潰したような顔をしている第二王子アーリー様と、なんだかお腹が痛そうな顔で俯いている私の親友、エリスリトール・アセスルファム公爵令嬢。
うん、完璧。
この重苦しい空気。
私に向けられる冷ややかな視線。
これこそが、私が待ち望んでいた「悪役」の晴れ舞台よ!
(ふふふ……、計画通りね。ついにこの時が来たわ!)
心の中で、私はほくそ笑んだ。
私、パルスイート・アスパルテーム伯爵令嬢の中身は、かつて日本という国でブラック企業に勤め、不摂生で早死にしたアラサーOLである。
気がつけば、私は生前プレイしていた乙女ゲーム『ホーリースイート ~光の聖女と救いの世界~』の世界に転生していた。
最初は目を疑ったわよ。
だって、鏡に映っていたのは、ゆるふわなピンク髪に、垂れ目がちで甘そうな顔立ちの美少女。
名前はパルスイート・アスパルテーム。
……誰?
って、ゲームをやり込んでた私ですらも思ったわよ。
記憶を必死に掘り起こして、ようやく思い出した。
ああ、いたわね!と。
悪役令嬢エリスリトールの後ろで「そうですわね」とか「生意気ですわよ」とか言ってた、金魚のフンその2。
あの娘だわ。
ゲーム的な固有イベント?
ないわよそんなもの。
立ち絵?
あったけど、表情差分なんて笑顔と怒り顔の2パターンしかなかったわ。
極めつけにCVよ。
メインキャラが超有名声優を起用している中、私の声は確か……何かのバーターでねじ込まれた、名前も知らない新人アイドルだったはず。
演技が棒読みすぎて、逆にネットでネタにされていた記憶すらある。
つまるところ「モブ」キャラだ。
物語の背景。書き割りの一部。
「……上等じゃない」
転生した直後、幼い私は鏡の前で拳を握りしめた。
前世の私は、金がなくて死んだ。
安月給でこき使われ、節約のためにモヤシを齧り、最後は過労で倒れて孤独死。
そんな環境でゲームやってるから過労になるとかいわないでよ?
とにかく。
そんな惨めな人生は、もう二度とごめんだ。
幸い、今度の生まれは伯爵家。
そして私は、中身こそ薄汚い守銭奴だが、見た目だけは「愛され系ゆるふわ美少女」の皮を被っている。
この顔と、前世の知識(ゲーム攻略情報)を使えば、金持ちになることなんて造作もないはず。
家柄も容姿もあるのなら、そこで狙うはただ一つ。
「玉の輿」である。
愛? 友情? そんなものは金の前では無力だ。
王族という、この国で最も太い実家に食い込む。それこそが、私が平穏で優雅な老後を迎えるための最短ルート!
今回の私の作戦はこうだ。
ターゲットは第二王子アーリー・ソーヴィニヨン。
本来のゲームシナリオでは、彼は悪役令嬢エリスリトールと婚約しているが、ヒロインである「聖女」ロザリオ・ビアンコに現を抜かし、最終的に婚約破棄イベントが発生する。
だが、私は知ってしまったのだ。
親友(という設定のボスキャラ)であるエリスリトールが、実はアーリー王子との婚約を死ぬほど嫌がっていることを。
彼女は本来、高潔な公爵令嬢なのだ。
「第二王子との婚約よりも、自分や領地のための経営学を学びたい」と常々こぼしていたのを、私は聞き逃さなかった。
そこで、私は裏で手を回した。
エリスリトールが婚約者として相応しくないという噂を、それとなく流布したのだ。
『公爵令嬢は実は性格が悪いらしい』
『夜な夜な藁人形に王子の名前を書いて打っているらしい』
『実は隠れ禿げらしい』
……最後のはちょっと盛りすぎたかもしれないけど、まあ誤差よ。
当然、この噂の出所がバレれば、私は「王家の婚約を邪魔した悪女」として糾弾されるだろう。
だが、それが狙い。
逆転の発想で…攻める!
私が悪役となってエリスリトールの婚約を破談にさせる。
エリスリトールは自由の身になり、私は断罪される。
しかし、婚約破棄によってフリーになったアーリー様は傷心状態だ。
そこへ、「実は全て王子のためを思ってやったことなのです……」と、涙ながらに健気な顔で滑り込めば
どうなる?
ちょろい王子ならイチコロだ。
なにせ私は、見た目だけは「か弱くて守ってあげたくなる系女子」なのだから!
さあ、デラウェア国王よ!
高らかに宣言なさい! エリスリトールとの婚約破棄を!
そして私の断罪イベントを開始してちょうだい!
その後ですぐに色仕掛けカウンターを決めてやるから!
私の熱い視線を受け、国王陛下が重々しく口を開いた。
「……静粛に。これより、第二王子アーリー・ソーヴィニヨンと、公爵令嬢エリスリトール・アセスルファムの婚約に関する沙汰を申し渡す」
きたきたきたー!
私の心臓が高鳴る。
さあ、言っちゃって!
「まずエリスリトール。其の方とアーリーの婚約は、本日をもって白紙とする」
(よっしゃあああああ!! 第一段階クリアァァァッ!!)
内心でガッツポーズを決める。
エリスリトールの方をちらりと見ると、彼女はハンカチで口元を押さえ、肩を震わせていた。
ああ、泣かないでエリス。
君の自由は私が勝ち取ったのよ。ついでに君の元婚約者の隣の席も私が頂くけど、Win-Winの関係ってやつよね!
「……そして」
国王陛下が言葉を切る。
いよいよ私の番か?
さあ、私を呼んで! 『パルスイート、貴様が裏で糸を引いていたな?』って!
「アセスルファム公爵家との縁談はなくなったが、王家には強き武の支えが必要不可欠。公爵家派閥にありながら、武門の誉れ高き『あの家』との結びつきこそが、今の王家には必要であると判断した」
……ん?
なんだか雲行きが怪しいぞ?
「あの家」ってなんだ。
私のアスパルテーム伯爵家は文官系というか、どっちかというと地味な家柄なんだけど。「武の支え」なんて皆無よ?
お兄様が一時的な趣味で集めたモーニングスターのコレクションくらいしかないわよ?
「ズルチン侯爵令嬢、チクロよ。前へ」
……は?
私の思考がフリーズした。
え、今なんて?
チクロ?
私のもう一人の親友っていうか、金魚のフンその1のチクロ・ズルチン?
騎士たちの列から、一人の少女が進み出る。
紺色の髪をきっちりと結い上げた、真面目そうな少女。
チクロ・ズルチン侯爵令嬢。
私のゲーム知識が確かなら、彼女は単なる「取り巻き1号」であり、私と同じ…程じゃないけどまぁ完全なモブ令嬢のはず。
私(取り巻き2号)の記憶では同じ扱いに等しい背景キャラとしか記憶にない。
「はっ……。御前に」
チクロが硬い動きで私の横に並び、跪く。
ちょっと待って。なんであんたが出てくるの?
ちらり、と横目でチクロを見る。
(……おい、チクロ。目、泳いでないか?)
気のせいではない。
チクロの視線は、明らかに挙動不審に宙を彷徨っていた。
冷や汗もかいている。
まるで「やべぇ、どうしよう」と顔に書いてあるようだ。
「チクロ・ズルチンよ。其の方を、アーリーの新たな婚約者として迎えるものとする」
「つ、つつ、謹んで……お受けいたします……」
(なんでやねんんんんんんっ!?)
私は心の中で盛大にツッコミを入れた。
いやいやいや! おかしいでしょ!
私が汚れ役をやって、私がエリスリトールの悪評を流して、私が舞台を整えたのよ!?
なんで一番おいしいところを、何もしなかったチクロが持っていくのよ!?
混乱する私の脳裏に、ふと父の言葉が蘇る。
『ズルチン侯爵家は、代々“魔槍ズールティン”を継承する武の名門だ。アセスルファム公爵家の派閥筆頭だが、王家としては喉から手が出るほど欲しい戦力だろうな』
……まさか。
王家は、この騒動を利用したの?
エリスリトール(アセスルファム公爵家)との婚約が破談になったタイミングで、公爵家派閥の重鎮であるズルチン家を、王家側に引き抜くため?
そのためのコマとして、チクロを選んだっていうの!?
(うっそでしょ……私の玉の輿計画、大人の政治的思惑に完全敗北!?)
呆然とする私を置いて、話は進む。
国王陛下の鋭い視線が、今度こそ私に向けられた。
「さて……そこに控えるは、パルスイート・アスパルテームだな?」
「……はい」
震える声で答える。
違う、これは恐怖で震えているんじゃない。
怒りと悔しさで震えているのよ!
私の苦労は!? 私の投資(根回し費用)は!? 私の老後資金計画は!?
「パルスイートよ。貴様の行い、余の耳にも届いておるぞ。エリスリトールの醜聞を流し、王家の婚約を破断にせんと画策したそうだな?」
「そ、それは……」
言い訳をしようとしたが、言葉が出てこない。
だって事実だから。
でも、「私が王子と結婚したかったからです!」なんて言ったら、それこそ不敬罪で首が飛びかねない。
「……王家の顔に泥を塗った罪は重い。だが」
国王陛下はそこで言葉を区切り、ふっと表情を緩めた。
なんだその目は。
まるで、聞き分けのない子供を見るような、生温かい目は。
「その『献身』、あるいは『友情』ゆえの暴走か。……やり方が過ぎるぞ」
(……はい?)
献身? 友情?
何の話をしてるの?
恐る恐る顔を上げると、隣のエリスリトールと目が合った。
彼女は泣いていた。
それはもう、ボロボロと大粒の涙を流して、私をじっと見つめている。
その眉は八の字に下がり、「ごめんなさい、私のせいで……」と語っている。
『パルスイート……! 私のために、あなたが悪役になってくれたのね……! 私が婚約を嫌がっていたのを知っていたから、わざと自分が泥を被って……!』
いや違う。
言ってないけど、君の目はそう言ってる!
違うのよエリス! 私は君のためじゃなくて、私のサイフのためにやったの!
聖女みたいな目で見ないで! 目が焼ける!
隣のチクロを見る。
彼女もまた、気まずそうに視線を逸らした。
『ごめんパルスイート……。
なんか、実家のしがらみで私が第二王子と婚約することになっちゃった……。
あんたが体を張って作ったチャンスなのに、私が鳶に油揚げをさらう形になって……マジすまん……』
こっちはこっちで、妙に事情を察した顔をしている!
そうよ! その通りよ!
あんたはもっと申し訳なさそうにしなさいよ!
ていうか、代わってよ! その婚約者の座、私と代わりなさいよ!
「アスパルテーム伯爵家の長年の忠義、そして貴様のその不器用な友愛に免じ、極刑は免じてやる」
勝手に友愛で片付けられた!
国王陛下、いい話風にまとめてますけど、これ体好のいい厄介払いですよね!?
要は、公爵家との縁を切りつつ、ズルチン家を取り込むための「スケープゴート」として、私の暴走がちょうど良かったってことでしょう!?
「パルスイート・アスパルテーム。
貴様を王都より追放し、辺境『ピメント』での謹慎を命じる! 即刻立ち去るがよい!」
ガーン!
ピメント!
って国境の大辺境じゃない!
我が実家、アスパルテーム家が持つ領地の中でも、最も僻地で、何もないド田舎!
特産品?
ないわよそんなもの!
あるのは山と雑草だけよ!
「兵よ、連れて行け」
「はっ!」
左右から近衛兵に腕を掴まれる。
待って、私の足で歩けるから! 引きずらないで!
ドレスが汚れるじゃない! これ高かったのよ!?
「エリスリトール様、お達者で……!」
「ううっ、パルスイート……ありがとう、あなたのことは一生忘れないわ……!」
感動の別れみたいな雰囲気になってるけど、私は心の中で絶叫していた。
(ふざけんなあああああああ!
私の玉の輿! 私のロイヤルライフ!
なんで一番頑張った私が一番損するのよおおおおっ!
チクロ、後で絶対呪ってやるからなぁぁぁぁっ!)
重い扉が閉まる瞬間、最後に見たのは、
涙を拭うエリスリトールと、いたたまれなさそうに天を仰ぐチクロ、
そして「若者の青春じゃのう」みたいに頷く国王の顔だった。
青春じゃねぇ!
これは私の、人生を賭けた投資の大失敗だ!
「……離しなさいよ!」
廊下に出た瞬間、私は衛兵の手を振りほどいた。
衛兵たちは驚いた顔をしている。
さっきまでの「か弱い令嬢」が、急にドスの利いた声を出したからだろう。
「自分で歩くわよ。……はぁ、最悪」
私は乱れたドレスの裾を直しながら、思考を切り替える。
追放処分は決定だ。覆ることはない。
ピメント行きは確定。
だが、問題はそれだけではない。
今回の騒動で、もっと恐ろしい爆弾に火がついている可能性がある。
(……問題はお兄様よ)
私のアスパルテーム家の長男、アドバンテームお兄様。
ゲーム内では「隠し攻略対象」として登場する、銀髪碧眼の超絶美形。
だが、その実態は――。
『僕のパルスイート!
今日も酸素を吸って二酸化炭素を吐いていて偉いね!
その二酸化炭素さえ愛おしいよ!』
……という、常軌を逸したシスコンである。
彼の名前の由来「アドバンテーム」は、砂糖の約2万倍の甘さを持つ甘味料だ。
つまり、彼の愛は常人の2万倍。
制作会社の名前の意図が重すぎる。
私が追放されたと知ったら、発狂して王城に火を放ちかねない。
それに、もし辺境にまで兄がついてきたら、現地に誰も止められる人間がいない。
生活どころか、私の精神が崩壊すること間違いなしだ。
まあ、あのお父様のことだ。
跡取り息子をみすみす追放先にやるわけがない…筈。
今頃、屋敷の地下牢にでもブチ込んでくれていると信じよう。
「……ふん」
私は王城の廊下を、カツカツとヒールを鳴らして歩き出した。
金も、名誉も、婚約者も手に入らなかった。
残ったのは「追放」という汚名と、無駄に高まった「友情」の評価だけ。
でも、これで終わりだと思うなよ。
私は転んでもただでは起きない。
地面に落ちてる小銭だって拾って生き延びてやる。
「待ってなさいよ、ピメント……」
辺境だろうが地獄だろうが関係ない。
私は必ず、そこでお金を毟り取って、這い上がってやるんだからーっ!
平日13時、休日21時に投稿予定です。
※2026/01/23
言い回し等の今後の話との齟齬を修正しました。




