ご褒美
あの後、俺たちは魔物と遭遇することなく森を駆け抜けることができた。次に遭遇すれば命はない……。そう思ってまさに命懸けで走り抜いていた。
「はぁ……はぁ」
「大丈夫?」
全速力で走ったが、森を抜けることには数分掛かってしまった。その間は、速度をなるべく落とさず森を抜けた。
彼女の額には少し汗が流れている。それに息切れもある。酸欠の恐れはあまりないが……少し休んだほうがいいかな。
「少し休もう」
俺は森林地帯を抜けた直後にある、草原を指差して言った。それはまだ青く太陽は高く昇っていた。
「分かったわ」
俺たちは、自然に囲まれた草原の上に寝そべった。
フゥーと通り抜ける風が頬を打つ。熱のこもった体内に風が当たるのが心地よい。
「そういえば、名前なんて言うの?」
「あー、言ってなかったね。ヘルデン、ヘルデン・オブリオ。君は?」
「あたしはルミン・ベロセラ。さっきは助けられたわ」
「助けられたのは俺だよ、マジで死ぬかと思った」
俺は眼を閉じながらルミンの言葉を聞いていた。身体の体温が調節され、ポカポカしてきた。それによって来るのは睡魔……。あぁ、眠くなってきた。
だけど、今は寝てる場合じゃないからね。
「今日、泊まっていってもいいかな?」
「……はい?」
彼女は光り輝く緑の眼をこちらに向けてニコッと笑って言った。突然の衝撃発言に俺はなんて返せばいいのか分からなかった。あの世界でも俺は女子と関わりなんてほとんどなかったし……。
こういう時なんて返せば良いのか。承諾しても良いのだろうか。いや、もし承諾したとしたら下心があるとでも思われるのだろうか?
いや、しかしここでダメだと言うのは良くないんじゃないか? 彼女がそういうからには何か理由があるに違いない。ここで断れば泣いてどこかに行っちゃうかもだし……。
「実はね……今日泊まる場所決めてないの」
と、白い頬を赤らめ、眼を逸らして言った。
宿泊場所を決めてない……なんだ、そういうことか。それならば良いに決まっている。
「良いよ、ゆっくりしていって」
「ほんと?! ありがとう!」
先ほどまでの恥ずかし顔が、嬉し顔に変わった。表情豊かだなー。ちょっと羨ましいな。昔から表情を変えることがあんまりなかったから、少し陰で誰かにコソコソ言われてたなー。
「じゃあ、早速行きましょ!」
彼女は立ち上がり、草原の先を指さして言った。本当に切り替えが早いな。それを支えているのはきっと彼女の明るい心なんだろうな。
ルミンはもうそれは愉快そうにスキップしながら走って行った。俺はその行動の切り替わりの速さに眼を奪われて行動できなかった。
「……は! 俺も行かないと」
俺はルミンの後を追いかける。草を倒しながらルンルンと髪をなびかせながら歩くルミンの背に追いついた。彼女の髪は太陽の光に反射し、さらに輝いていた。
「ふんふん♪」
「なんで、そんなに嬉しそうなの?」
そういうと彼女はパッと後ろを振り返りニヤッと口角を上げると歩きながら言った。
「だって、建物で寝れるのよ! 硬い土で寝ないし、魔物を警戒する必要もないもの!」
と、とても嬉しそうに大きな声で言った。
あーなるほどね。そっか、冒険していると建物で寝ることが当たり前ではなくなるのか。加えて外で寝るから脅威となる魔物には注意しなければいけないから、安心して寝れないしね。
冒険者に俺がもしなったとしたら、同じ未来を歩くのかな。まぁ、それも冒険の醍醐味でもあろうな。俺も師匠と冒険するから、楽しみだ。
「なるほどね、それは確かに良いね」
「見て! あれララシ村じゃない?!」
ルミンがウキウキで前方を指差して言った。その小さな指先を見ると、俺にとっては馴染みのある家が見えてきた。家のそばにはボロボロの木でできた何かがある。
あれは……打ち込み台かな? だとしたらあそこは俺の家だ。さっき飛び出した家だ。まさか、真っ先に見つかるのが俺の家だったとは……。運が良いね。
「あれが俺の家だよ、さっそく行こう」
そう言うと彼女は眼をキラキラと輝かせていた。いや、待て。この子今まで、どんな生活してたんだ? 心配になるぞ。どれだけ、過酷だったんだ。
俺たちは一緒に歩いて家へと向かった。
そうして家に着き、俺たちは周囲の景色を見る。俺にとってはやはり、馴染みのある場所だ。青い海のような色をした山、それに被る雲。延々と続く草原地帯。ガラスのように透き通る水を運ぶ河川。その周囲に散らばる多様な色。
ここはやっぱり俺の幻想地帯だ。
「わぁー、ここ凄いわね」
俺の隣で感嘆の声が聞こえる。うんうん、そう言われると俺も鼻が高い。一応、ここは俺の出身地なわけだし、育った場所になるからね。地元を褒められるのは嬉しいな。
「そういえば、ルミンはどこから来たの?」
「あまり詳しくは言えないけど、あたしは山から来たのよね」
「山……? 山の奥?」
「内緒、しーっ」
そう言ってルミンは口に指を当てて秘密だと言った。なんか、あざといな……気のせいか。
俺はここを離れるのも嫌だけど、もっと広い世界を知りたいな。せっかくこの世界に来たからにはあっちの世界で出来なかったことをたくさんやりたい。
国境を跨いで、いろんな景観を見たいけど冒険も楽しみたいなー。そう思うとやっぱりルミンが羨ましいな。この年で各地を冒険できるほどの実力を持ち、各地を回っている。さぞ、楽しいことがありふれているだろう。
「そういえば人を探してるらしいね、最初からなの?」
「ええ、そうよ。この旅の目的は探している人を見つけること。それは見つかるまで変わらないわ」
「けっこう大変だね」
「そうね、でも自分で決めたことだからやり切らないとね」
彼女は自信に満ち溢れた顔でそう言った。どうやら彼女の意志は固いらしい。そうか……頑張ってほしいね。
「さぁ、上がって」
俺は扉を開けて彼女を出迎える。出迎えると言っても、元から外に出ていたけどね……。
そういうと彼女はパァッと顔が明るくなり、両手を合わせて顔の隣に持ってきて言った。
「お邪魔します!」
そうして彼女は家に入った。
「わぁ……! 木の温かみを感じるわね!」
俺の家は木製である。古くから用いられてきた木材はいつでも俺たちに自然を提供してくれる。将来は木造建築の家にするかな!
「部屋は空きがあるから、好きなところ使って良いよ」
「ありがとう!」
そう言うと俺は彼女を案内する。玄関から入って広がるのはリビングと台所。ここではいつも師匠が俺にご飯を作ってくれている。見たことないけど……。
そしてもう一つ扉がある、そこにあるのが俺の部屋だ。どう言うわけか俺の部屋にも外へ続く扉がある……。どいう間取りですかね。
ちなみにリビングには二階へ上がる階段がある。そこが今現在空き部屋となっている。二階建ての建物だったことはつい最近知った。
「あそこの階段が、あっ! そっちは俺の部屋だよ!」
ルミンはなんと、俺の部屋に繋がる扉を開けていた。しまった! どこでも使って良いって言ったからか!
俺は彼女を連れ戻すべく、急いで駆ける。決して何かやましいものがある、という訳ではない。
ただしょうもないが、散らかっているんだ。昨夜読んだ書物を片付けようとしたが稽古で直す暇がなく、終わった後結局すぐに寝てしまった。そのため、そのままの状態なんだ。
扉の先を見ると彼女は手に杖を握り、そのまま立ち尽くしていた。後ろ姿だが、何かを感じているのはわかった。それが、整理整頓できない情けないやつではないことを祈るよ。
「ど、どうした?」
俺はそーっと、彼女の顔を横から伺う。その顔は、「うわー」というような、部屋の汚さに眼を離すことができない状況に陥ってしまった顔をしていた。
と言う訳ではなく、彼女はなぜか少し嬉しそうな顔をしていた。
なぜか? 俺は彼女が注目していた方向を見る。
そこにあったのは、やはり本棚に収納されることなく放置された古ぼけた本。ではなく、真っ白な雲のようなベットだった。
「やっぱり、ベットって良いわね!」
そう言う彼女は今にもとびかかりそうな勢いだったが、そんなことはなく意外にも落ち着いているようだ。
「ここは、俺の部屋だよ。空き部屋は二階にあるよ」
「そうなのね、お邪魔しちゃったわね」
そう言うと彼女はスタスタと部屋を後にした。どうやら行動と内面は同じではないらしい。飛びかかるかと思ったが、その気持ちをしっかり抑えることができていたらしい。
ていうか、何も言われなくて良かったー。まじで、ヒヤヒヤしたよ……。
「ここの階段を上がってすぐ、見える部屋だよ」
俺は再びリビングに戻り、螺旋階段を案内する。俺は螺旋階段のクルクルと回り上がっていく、ということに目が回ってしまうがこの家の螺旋階段は短いからそんなことはないから助かる。
ちなみにこの階段もしっかりと同じ材質の木製だ。
俺たちは階段を上る。
「あそこの部屋だよ」
「ありがとう、一日だけお世話になるわ」
そう言うと彼女は、部屋に入って行く。あの部屋は師匠も自由に使って良いと言っていた。室内も俺の部屋と同じような構造になっていた。
そういえば彼女は、手に持っていたのは杖だけだったが他の荷物はどうしたのだろうか……。
俺はそれを聞こうとしたが、玄関が開く音が耳に入った。多分師匠だ! 帰ってきたのか!
俺は急いで階段を下り、玄関へと向かう。そこに立っていたのは案の定師匠だ。だが、両手には何もない。どうしたのだろうか、迷いすぎて買うことが出来なかったのかな。
なんだ、師匠は優柔不断なのか。
「すまん、少し遅くなった。ルミンには部屋を案内したか?」
「えっ……どうしてそれを?」
「む? 忘れたのか? 見ていると言ったはずだが」
「あぁ! そうでした!」
そういえばそうだった。もうすっかり忘れていた。師匠はリビングにある椅子へと腰掛ける。それと同様に俺も腰掛ける。
そして、いよいよ師匠から褒美を渡される時が来た。ワクワクドキドキだ。一体師匠は俺にどのような物をくれるのか……。ここは師匠の腕が試される時でもあるな。
「まずはこれだな」
そう言うと師匠は机に一つの宝玉を置いた。それは、水晶のように浅葱色をしており、これを通して見ると机が透けて見えるほどだった。
宝石……? アクセサリーの一部にするのだろうか。俺のサイズが分からないから、今から作成するのかな?
「何してる、手に取るんだ」
師匠がそう言った。俺はその言葉通りに、自分の手に置いてみた。その宝石は空中に浮き、クルクルと回転しながら眩い光を放つ。その光は部屋全体を照らすほどだったため、俺は眼を瞑った。
しばらくの間、俺は眼を開けることが出来なかったが、ゆっくりと眼を開けた。
「……? !!?」
目の前にいたのはロシアンブルーの毛色をし、綺麗な空の色をした瞳をもつ猫がいた。
俺は大の猫好きだが、この世界に猫がいるのは初めて知った。
「ね、猫?!」
「猫じゃないよ、僕は聖獣ルイだよ」
「精霊……? てか、しゃべったし」
「聖獣は最も信頼をおくことができる姿になり、現れる。こいつはお前に色々なアドバイスをしてくれる。今後行き詰まりを感じた時は、私ではなくそいつにしてもらえ」
えぇ!? 師匠ではなく、この聖獣に?!
いやー、いつしか猫と話したかったけどさ、こんな形で叶うとは全く思ってもなかったよね。すげぇわ。
「これが一つ、もう一つはこれだ」
そう言って師匠は胸から一つの小瓶を取り出した。それはアメジストの色をした液体が詰まっている。いかにも怪しい小瓶だ。
これがいわゆる魔法瓶、ってやつかな?
「これは俺が作った魔力増強の瓶。飲めば、日増しに魔力総量が増えていく。しかし、永遠ではない。効果が切れるのは摂取してから十年後。加えて摂取している間は魔力が増量しやすくなる。たくさん魔法を使え」
そう言って師匠は俺に小瓶を渡した。サイズはそこらへんにあるフラスコよりも二回りくらい小さい。
「タイミングは任せる」
師匠はそう言った。なるほどね、じゃあもう少しだけ増やして、「これ以上は増えないな」ってときに飲むとしよう。
「でも、一年以内には飲んだ方がいいよ。そうでないと、効果が薄まるからね」
さっそく、聖獣のルイからのアドバイスだ。いわゆる、消費期限かな?
「さて、次だが……耳を貸せ」
「……?」
三つ目の褒美は師匠に耳打ちされた。
「…………」
「……は? 何言ってるんですか?」
俺は理解できなかった。今まで一番師匠が何を言っているのか分からなかった。剣術でも魔法でも理解できた師匠の言葉が褒美を与える時には理解できなかった……。