第二話 新生活
「ふ、ふあぁぁぁ……Zzz」
とりあえず、一日が終わった。昨日はあの後、適当に面白そうな本を選んでベッドで読み、飽きたら身体を動かして再び書を読み漁る。これの繰り返しだった。
俺が選んだ本は合計三冊。
「英雄王シウスと大賢者ティラスの冒険」
「冒険家による大陸横断記」
「魔法と剣術の基礎」
とりあえず、世界のこと、魔法と剣のことを読み漁った。俺がこの世界に流れ着いたのが朝だったのか、一日が終わるまで長かった。
あえて評価をするならば、横断記は日記的なもので著者がただメモを書き残した感じだったから、面白みに欠けていた。
一方で冒険の書は史実を元に作られているだろうが、やや架空の要素が入っている気がした。かつ最後はバッドエンドだった、大賢者ティラスがシウスを守って死んでしまうのだ。どうせなら、結ばれて欲しかった。
残った魔法と剣術の基礎、これは俺だから面白かった。本当に習い始めた超駆け出しの人間が読む本なのだろうが俺はそれに当てはまるのでとても面白いものだった。
本当に基礎の基礎のことを書き記しているから、何も知らない俺にとって本当にありがたいことだった。
そして何より、この世界には五大元素と言われるものがあり、それが魔法の基盤を支えているらしい。
五大元素には、火、水、風、雷、土が該当する。これらを複数組み合わせて混合魔術を行うらしい。
魔術にも種類があり、単体で使うもの、混合魔術、五大元素以外の重力、転移、結界などがある。五大元素以外の魔法は難易度が高く、並大抵の人間には扱うことができないらしい。
一方で剣術。これにも五大元素のように公といわれる流派のようなものがある。ただ二つだけだ。
戟刃公、とにかく攻め。攻める要素は全てこの公に入っている。
堅月公、とにかく守り。防御の要素は全てこの公に入っている。
この本にはなんと槍術も載っていた。槍には縁がないだろうから、あまり読み込まなかった。
俺はゆっくりベッドから出て、背伸びをする。
「んー! よし、今日からだよね」
昨日のそばにいた強面のあの人に教えてもらうのか。なんか、いかにも強そうだったからスパルタ教育されないか心配だけどまぁ正直教え方が上手かったら誰でもいいかな。
そういえば、俺がこの世界でもう一つ驚いたのが食事に関してもほとんど一緒だったこと。
少し違うとこがあるとすれば米や魚を食べるという文化が全くないらしい。大陸横断記には米についての記述がほんの少しあったが、魚についての記述は一つもなかった。
そもそも魚が存在しないのか、ただ食べないのか。ジャパニーズの生命線とも言える米が食べることができないのは少し痛いが、魚に関しては嫌いだったから嬉しい。
米がない代わりにパンが主食となっており、セットで必ずスープ、お肉、野菜、牛のミルクが出てくる。この世界では定番らしい。普通に美味しかった。
あともう一つ以外だったのはあの強面の人が料理できたことかな。以外だったな。
「お、もう起きていたのか」
声の方向を見ると、あの人がいた。噂をすれば影がさすらしい。
銀色に縁取られた真っ黒なコートを着て、瞳の黄金色を輝かせながらこちらを見ていた。
「何を見ている、さっさと来い」
そう言うと扉の向こうへと消えていった。玄関の扉はベッドを起点にすると右、あの人が入った扉は正面にある。
俺は正面の扉のドアノブを握り、ゆっくりと捻りながら押す。その先は同じく木で覆われており、リビングのようにテーブルや椅子が並び、キッチンもすぐそばにあった。
テーブルには朝食が並べられていた。
パンが二枚、牛乳、豆の入った湯気が立っているスープ、そして緑の野菜がある。
「今日は忙しいぞ、素早く食べろ」
「はい」
俺は彼の対面に座り、パンをちぎりスープへイン、そして口へと運ぶ。コーンスープに近い味だ、これは好みだ。
「あの、そういえばなんて呼べば良いですか?」
「レアンだ、師匠と呼べ」
「お前は、まだ決まってないか」
「そ、そうですね。なのでどうしたら良いか」
「適当に名乗れば良い、自分で考えろ」
うーん、そうだなぁ。なんかカッコいい名前がいいけど、俺のカッコいいとこの世界の人のカッコいいは必ずしも同じってわけではないから……。
自分で考えろって言われた以上、誰かに考えてもらうわけにはいかないからなぁ。まぁ、後で考えるとするか……。
俺は名前を考えることをやめて、食事に集中した。そして、パパッと食べ終えてレアンに誘われた場所へと向かう。
「おぉっ」
誘われた場所にたどり着いた。そこは俺が先ほどまでいた室内の外。
そこに広がっていたのは、大自然の景観。まるで死後の世界のようだった。高い山々に周囲を囲まれ、雪を被った頂上が青空に。そして、赤やら黄色、青色の様々の花が咲き乱れ、一本の清らかな川が流れ周囲の小石が点在しており、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
さらに同じような材質の家が多くある。どうやら村のようだ。
「おー! あの世界以上に綺麗だな」
「何してる、早く来い」
「お?」
レアンはなにやら物騒な木剣を二本持ちながら、俺をじっと見ている。
えぇ、早速殴り合い?
無理だよ? 第一に俺、喧嘩なんてしたことないし、それに木剣なんて見たことあるくらいで実際に握って振り回したことなんてないんだから。
「おわぁ!?」
なんとレアンは俺に二本あるうちの一本の木剣を投げつけてきた。
俺はそれをぎこちなく、受け取り、眺める。初めてだ、初めて剣の形をしたものを握った。
(おー、カッコいい)
「ほら、かかってこい」
「えぇ? いや、あの、戦い方知らないのですが」
「何となくは知ってるだろ? とりあえずでいい、来い」
とりあえずか。たしかに、何となくは知ってる。時代劇とか、アニメとかで戦闘シーンを見たことがある。それを見よう見まねでやるか……。
「む? 妙に様になっているな」
俺は手に握っている木剣を正眼に構える。剣と刀の違いは詳しくは知らない。でも、何となくこうだろ! っていう感じは何度も見てきた、年頃の高校生らしく頭の中で何度も妄想を繰り返してきた。
だから、イメージはもう完璧に出来上がっている。
俺は肺に溜まっている空気を少しだけ残し、ほとんど吐き出し、大きく吸い込むと同時、俺はレアンに向かってダン! と踏み込んだ。
レアンに近づけば近づほど、彼の体格が大きいことが分かる。幼い俺の体の倍はある体格だ。あまりにも差がありすぎて影ができてしまいそうだ。おそらく1.4か1.5倍くらいしかないが、それでもやはり大きく感じた。
俺は正眼に構えていた木剣を斜め袈裟に落とす。
それはもちろん、肩に届くなんてことは全くない。せいぜい一番高くても横腹くらいだろう。
そして、レアンと木剣が触れるかどうかの距離にまで迫っていた時、突如として黒色のコートが視界から完全に消えた。
「あれ?」
「こっちだ」
ボコっ! その音と同時に頭にジンっとした痛みが走る。全くもって痛くはないが、この身体では危険信号らしい。たんこぶできたか?俺が放った袈裟は当たらなかったらしい。レアンは俺から見て右へと避けていた。
どうやら、何かしたらしい。至高の域にある避けではない気がする、公があるなら避ける必要は全くない。何かしらの技があるはず。
「どうした、もう終わりか?」
む、そう言われるとこちらも終わることはできない。俺は振り終わりの体勢のまま左足でレアンの足を薙ぎ払う。
ザザザという土を削る音とともに、再び距離が縮まる。そして、当たるかどうかの距離にまで来た時、俺は右側へと木剣を振った。
先ほどと同じ避け方なら、これで当たる
はずだった―――
だが、またしても俺の左足も木剣も空を切った。そうなると俺の頭を過ぎるのはただ一つだけ、『左側』。これだけだ。
「悪くない、惜しいな」
左耳から、低い声が入ってきた。やはり、俺の予想は外れていた。俺の行動は読まれていた。足で薙ぎ払うことも、右へ木剣を振ることも……。
だが、諦めない。俺は視界にないレアンを狙って空気を割きながら突きを放った。それは、俺が今出せる最大の速度だった。
「これもまた惜しい」
今度は大きく視界から消えるような避けをされることはなく、木剣とレアンの顔があと少し、ミリ単位で当たる位置まで迫っていた。
しかし、そこが俺の伸びだった。そのため、永遠に当たることはなかったのだ。
俺は背中にヒヤリとしたものが走るのを感じ、顔から汗が滴った。
それ一体なぜか。
それはもうすでに勝敗がついているからだ。先ほどから木剣が首元に迫っている。というよりも触れている。これがもしも、真剣なら俺の命は尽きている。
そしてなによりレアンの勝ちを悟った顔をしていた、というわけではなく、どこか俺のことを本気で殺しそうな眼をしているのが恐ろしかった。
瞳は開かれ、金色の光がブレることなく一点集中して俺のことを見ている。それはまるで、心の中まで全て見透かされているかのようだった。
「……ま、負けました」
「フッ、そうであろうな」
いや、大人気ない気がする……。でも、そんなこと言ったら細切れにされるね。
「うーむ、剣は素人だが動きはそこそこだ。見よう見まねだが、才能はある。やはりお前は剣術を磨くといい」
「魔法はどうしますか?」
「魔法か、極めたいのか?」
「いえ、どうせなら両立しようかと」
「そうか、では両立して頑張ることだな。俺は実践形式が多い、ゆえに死ぬなよ?」
「え? 今日から実践ですか?」
「お前が望むならできるが、流石に基礎もできてないやつが戦うことはできないだろう」
うぉ……。まじかよ、本当のことだが結構刺さるね。基礎の基礎か、まぁ剣道なんてやったことなかったしなぁ。今さっき、初めて木剣を握ったし、仕方ないか。
「一ヶ月間、とりあえず戟刃公と堅月公の基礎を教える。その間魔法の基礎も並行して教える、この世界で最低限生き抜く術を身につけてやるぞ」
「はい、頑張ります」
ハードだなぁ、昨日この世界に来たばっかりでよく知らないのに。まぁ、自分で選んだことだからね、後には引けない。
ここから、成り上がってみせるか。