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第十七話 始まりと終わり

経験したことのない技、敵。結界術という相手を引き込む異空間の世界。


 「高度な魔術……」


 佇まいも只者でない。


 普通のじいさん、なら良かったが……百戦錬磨の戦神という感じか? ゆっくりと腰に掛けた剣に触れる手はもう血管や骨が浮き出ておりとても剣を触れるとは思えない……。


 だがそれも次の瞬間にフルリセットされる。


 「――っ!」


 柄を掴んだその瞬間、俺の心臓を鷲掴みにされ、全方向に刃物を突きつけられているような気がした。


 全身から汗が吹き出る……。震えが止まらない。まさしくこの男は……この男は!


 「怪物………!」


 到底敵わない……! 師匠が力を気配を抑えていたとしても、こいつは師匠よりも遥かに化け物。


 「この結界はただお前を閉じ込めるためではない。今、この瞬間もこの結界は動いている。あの聖獣から離すためだ。早くせねば二度と会えぬぞ」


 「っはぁ……はぁ………く、そ……」


 俺はゆっくりと震え手で剣を掴む。


 ガチャガチャと音を立て、剣を鞘から抜く。まるで、初めて剣を握っている初心者ようだ。


 鼓動が早くなる。

 ドクンドクンと心臓が体を叩く、その度に緊張と焦りが入り混じった複雑な感情がどんどん心を支配していく。


 逃げたい……逃げたい……逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい!


 なんで……あの時は、ヒグマみたいなやつの時は戦うことに高揚していた。

 どうして……あいつよりも格上の怪物相手になると怖気付くんだ? 

強力な後ろ盾がないからなのか? 

ルミアやルイがいないから? 

俺一人では何もできないから? 

技術不足なことを彼らで穴埋めしていたのか?


 いや、そんなことはない。俺は、今、自分の足で立ってここにいる。例えあいつらがいなくても俺は自分一人で戦える。

 できる、俺はあの人に指導を受けた。この世界でも指折りの傑物から直接。


 「さぁこい。お前はどこまでいけるか」


 俺はわなわなと震える手で剣をしっかりと構える。

 目で捉えろ――視界から消したら死だ――戦え……逃げるな。


 俺は右足を半歩前に「ドン」と出す!

 決心した。例え死んでも良い。勝てなくても良い………ただ、自分が格上だとたかを括っているこのじいさんの顔を一発殴ってやりたい。あのシワのある顔がどんな感じになるのか。


 「ふんっ!」


 心はまだ落ち着いていない。

怖いし緊張してる。

逃げたいよ。

でもさ、もう引けないんだ。

ここは異空間。

結界で閉ざされた場所だ。ここにいるのは俺と、先ほどからニヤリとした笑みを貼り付けたじじい。


 それでも俺は迷わなかった。

一直線に突っ込む!!

勝機はない。

算段も、作戦も何もない。

どうやって戦うのかも考えていない。


 「こいっ!」


 俺が選んだのはただの斬り合い!!

 やつとの距離をゼロにし、剣の間合いへと侵入!!

 背水の陣、いや、無理やり押し込まれた――とでも言おう!


 体格差は凄まじい。

 何度も言うようだが本当に子供の体というのは不便でしかない。

 もしも精神年齢と同等の体格であったら俺はもっと、正面から恐れず戦えたのかもしれない。


 俺は下から、ラミールは上から高低差を利用し突き刺すような剣が降り掛かる!!

 俺はその度に剣を無茶苦茶に振り、弾き飛ばす!!

 甲高い金属音が耳を刺激する。

 黄金の火花が飛び散る!!


 それと同時にどんどんと、俺の体は削られていく。

 血飛沫を上げ、一秒に三つ四つの傷が作られていった。

 この体は正直なものでただのかすり傷なのにまともに斬られたかのような痛みが走る。

 これなら小回りを効かせて戦ったほうがいいのかもしれない。


 「くっ……子ども相手にガチになりすぎだろ」


 「遊んでも良いが、今は少し急がないとな。移動してるとはいえ結界の持続時間は長くない」


 その間にも俺は削られていく。

 もう服は血でべっしょりだ。痛覚が麻痺でもしてくれたら良いが、そうはいかないみたいだ。


 次の展開へ発展させたのは俺、ではなくラミールの方だった。


 斬り合いの中で突如として体がブレた!


 それを認識したほんの数ミリの差で俺は体に交通事故でも起きたかのような衝撃を覚え、仰向けになっていた……


 単純な蹴り。

 強化したものでもなく、本当にただの蹴りだ。まるで、技を使うまでもない――そう言ってるかのようだった。


 「ゴフッ………」


 俺は逆流してくる血液を吐き出した!!

 気持ち悪い……酔ったわけではない、体に対しての衝撃が重すぎた……

ゆっくりと上体を起こす。

 ポタッ、ポタッという音とともに紅色の液体が地へと滴る。


 「――!!」


 血が垂れた場所を注視すると先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、草が生えていた。周囲を観察すると上に広がるのは晴天と真緑の草原。よく見た場所に似ているが、どこか違う。


 あの村……でもないし、狭間の世界でもない。ここはどこだ。


 コツコツとい音と同時に黄金の煌びやかな輝きが目に入る。

 なんだ、何をした。


 「――?」


 そんな思いとは裏腹にラミールは首を傾げて眉間にシワを寄せていた。

 知らない、とでも言うつもりか。なるほど、これは罠だ!


 ギュッと手に力を入れ、真剣を見つめる。

 死ぬのか……そうか死ぬのか。またか、また死ぬんだ。いや、あの時は死んだというよりも自分から死んだのか。


 今回は違う。俺は殺される(・・・・)。他殺か、しかもかなりの格上。やつは大段上に剣を振り上げ見下ろす。

 その目に宿るのは…………殺意----


 「さらばだ」


 なるほどね……そういうことね。周囲の情景が変わったのは死を意味するのか。俺がこの世界に来たときと同じ情景となったのはあそこを再現したのか。


 ラミールはそのまま剣を振り下ろした。

 だが、それは峰打ちだった。

 正確に脳天へとヒットした。俺はそのまま視界が不安定になり、その場へと力なく倒れる。


 死戦期呼吸に等しい息遣いを耳に入れながら、瞼が重くなりだんだんと目を覆っていく。


 ラミールの顔は無表情だった。何も思っていない、能面のような顔だった。


 最後に見るのがこいつとは……なんとも運が悪いものだな。


 短いものだったなぁ。まだ一年も経過していない。たかが数ヶ月、いや半年も経過してないか。なんで俺がこの世界に来たのか――できればそれを知りたかったが、難しいか。


 ごめんなルイ、ダメな主で。もう少し、もう少しだけおまえにこの世界のこと教えてもらいたかったわ。


 師匠、結局あなたは何者だったんでしょうか。

 最初から最後まで俺はあなたのことが分かりませんでした。

 知っていたのはあなたが料理が好きということと、面倒見のいい人ということ。


 次は最強になってみたいなぁ……。弱者から成り上がる、ということではなく最初から周囲の人間を寄せ付けない怪物にでもなってみたい。


 圧倒的な武力で敵を翻弄して数多の強者をねじ伏せたい。


 だんだんと力も抜けていき言葉も思いつかない。もう、時間かぁ……やっぱりこの体、不便だった。


 俺は意識を手放した。



 ―――



 「……失敗した、まずい。オブリオが連れていかれる」


 駆け出したのは選択ミスだった。あのまま隣にいたら……ここで凡ミスか。


 「グッ……なんだ……貴様は……」


 結界で絶たれたときにここには数人の護衛か、ならずものか分からないけど襲いかかってきた。

 だけど、こんなもので僕は止められない。


 しかもここは一般の商店街。周囲を見ればいろんな顔をした人がいる。何やらコソコソ話している。でも今はそんなことよりもオブリオをどうにかしないと。


 僕はオブリオの放つ微細の魔力を探す。

 彼はいつも必ずミクロサイズの魔力を放っていた。だから、たとえ離れても探し出すことはできる。そう思っていたが


 「まずい、半径五キロにいないとなると……」


 ---探知外だ。


 結界が動いていくのは分かる。本来結界は閉じ込めて、その場に具現化される。でも、ラミールの結界は見当たらない。超高速で移動したか、透明か……。そんな高等技ができるようには見えない。


 このままここに隕石を落として街ごと潰しても良いけど、オブリオに怒られちゃうしね。


 そういえば前に怒られたっけ。町のやんちゃな子どもにお仕置きしようとしたら、やりすぎだって言われたな。


 そんなことよりも、どうしたら良いかな。当てずっぽうで探し出すのはあまりにも非効率だしね。いや、でも半径五キロを超えているということはもうこの国にはいない。


 となると各地を転々とするしか―――それともあいつ(・・・)に会いに行く?


 でも全てを僕に任せるって言ってたし……。そもそも、もういないか。しょうがないか、じゃあ――――


 「ねぇねぇ、君たち。ラミールの根城教えてよ」


 僕は返り討ちにしたならずものたちに近ずき、質問をする。そう、これは質問だ。いじめとかではない。


 僕は魔法をちらつかせながら少しずつ近づく。先ほどの出来事で力の差は知っているはず。もしも抗えばどうなるかは嫌でも分かるはず。


 それを聞いた者たちはみるみる顔色が悪くなり強張る。

 そして必死に首を振る。中には涙を流して何かを恐れている者もいた。


 「し、知らない! 知らないです!」


 うーん。仕方ない、僕はさっと手を横に振る。


 「ぐぁぁぁぁあ! がぁぁ! ぉぉぉお!!!」


 そのうちの一人、僕に一番近い少し強面の顔に大きな傷がある男がのたうち回る。

 右へ左へ転がり、頭を抱え込み発狂を繰り返す。


 精神操作魔法「開示の悟り(リベレ)」。申し訳ないけど、色々と操作させてもらう。いや、操作させてもらうというか、教えてもらう。


 僕はグッと魔力を送り込む。

 すると、あらゆる出来事がフラッシュバックする。これは全てこの男が経験したものだ。

 

 子供を誘拐したとき、飯を食ってる時、何か話している時、人を殺した時、ラミールに跪いている時、その後もいろいろなものが流れてきたが、一際気になるものがあった。


 それは、ラミールとの対話だ。

 僕はそれに焦点を当てた。すると周囲の視界は今とは打って変わり、豪華な装飾が施された宮殿内にへと変貌した。


 煌びやかに光り輝き、大きなシャンデリアがあるその下で二人の男が話す場面へと変わった。


 「良いか? やつを捕らえたら西の小屋へと運ぶ。その間、お前は聖獣を少しでも長く足止めしろ。一般市民を巻き込んで良い」


 「はい。ですが聖獣はいかがしますか? 殺しますか?」


 「できるものならな。不可能に近いぞ、あれは間違いなく私に匹敵する」


 「だ、だったら私を!」


 「ダメだ。私が絶対と言えば絶対だ。お前に拒否権はない。抗えばお前の妻子、いや一族は皆殺しだ」


 「――っ、分かり………ました………」


 「では、手筈通りに動け。これが始まりの狼煙だ」


 その瞬間、僕は吸い込まれるかのように視界がぐるぐると回った。そして、先ほどの場所へと戻ってきた。相変わらず男はのたうち回っていた。


 「うわぁぁぁ?! がぁぁ! ぁぁぁぁあああ!」


 なるほどね、この男も被害者なのか。圧倒的武力と、恐怖による支配。ラミールが健在の限り、この国の被害は止められそうにもないな。


 西ね、西の小屋。わかった。単にオブリオをさらって金を稼ぐわけではないね。


 そもそも、あんな男今までどこに隠れていたのだろうか。最近、王宮内へと入ったとは言えあんな男の噂は聞いたことがなかった。


 「不可侵 ラミール・ガリス……」


 あれは間違いなく怪物。これは始まりなのかもしれない……。


 僕はかの男から得た情報をもとに飛んで西へと向かう。あぁっと忘れていた。


 僕は地面へと降り立ち、いまだに苦しんでいる男の元へと駆け寄る。

 そして、さっと手を振る。

 すると苦しんでいた男はとたんに落ち着き、スヤスヤと息を立てて寝だした。


 開示の悟りは解除するとしばらく睡眠へと入る。まぁ多大な負荷が掛かるからね。これは例え誰であっても例外ではない。僕でも同じだね。


 「いつか必ず、君も救うから」


 そう言って漆黒の髪をさすりながら、傷のある顔を見る。この傷もきっとあいつにつけられたんだろうなぁ。


 僕は今度こそ西へと向かって飛んでいった。


 




 

 

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