第十六話 忍び寄る影
「えへへ……ごめんね、僕昔からケアレスミスがなくならないんだ。学校でもよく注意されたよ」
とヘラヘラとして言うルイをよそに俺はため息を吐く。ったく、こいつは本当に聖獣なのか? いやいや、そもそもさ、ワンチャンこいつまだ聖獣の中でも見習いなんじゃないか?
師匠はそれを知っていたのかな。だとしたら、結構不安なんだけど。この先のことは少し思いやられるなぁ。
「……良いよ、今のところ助けられた数の方が多いし。で? どこにいるかわかりそう? あぁ、ええっと、あれだよ? 角とか、皮、とかじゃなくてちゃんと生きてるやつだよ?」
「分かってる分かってる。任せてよ」
ほんとに分かってるのかな……。ルイはその場に立ち止まり目を閉じる。まるで修行僧みたいだ。今にも悟りを開きそうな感じだ。
イミュのこともある、見つかったらだるいな。
「……まずいかも」
ルイは少し冷や汗をかいた感じで言った。また、ミスったな。うん、そうだ。この感じは探知がミスったせいで、もう他の人に倒されちゃったー! みたいな感じだろうな。
角なんて探知するから……。これはお肉はお預けですな。
「どうした?」
「倒されちゃった☆」
ほらね? もう……これじゃあ生活できないよ。この先毎度クエストを受諾して、俺たちが現場を探しているうちに他の人に先を追い越されてしまうよ。
その時、俺は人混みの中でとあるものを見た。獅子色の髪がほんの一瞬だが、俺の警戒アラームが鳴り響いた。
「やばっ!」
俺は咄嗟にルイの手をとり裏路地へと入り、イミュらしき人物を視界から消す。
あまり路地裏に入るのは好きではないのだが……。
現にここは建物にツルが巻きついており、強面の顔をして腰に短剣を帯びている人いる。目つきの悪いク◯リをやっていそうな人もいる。
その人たちにも警戒をしなければいけないが、イミュにはもっと警戒しなければいけない。人攫いに関与している人間なんて犯罪者だからな。
俺は入ってきた通りの入り口を注視する。すると、やはり俺の予想通りに獅子色の髪をした幼い少年がいた。
「よく気がついたね」
「しーっ」
俺はルイの口を手で覆う。あまりのサイズ感の違いにルイの顔全体を覆う形になってしまったが……。
しばらくその状態でいるとイミュはキョロキョロと周囲を見ていたが急に走り出した。
俺はふーっと安堵の息を吐くと、その場に少しへたり込んだ。とりあえずは危機を脱したということか。
「さて、どうしようか」
「じゃあ、選んで」
そういうとスルッと俺の手を抜けるとふわふわと浮いて俺の眼前で言った。もふもふやなぁ……。
「一つは別のクエストを受けにいくこと。もし今日という日を宿とかで過ごしたいならこっちが良いよ。二つ目はすぐにこの街を離れること。人攫いに顔を覚えられてしまった以上、リスクが高い」
どうするか。安泰の日を過ごすことを選ぶか、命を優先するか。確かに人攫いに顔を覚えられてしまった以上宿に泊まっても安心できるとは言えないな。
でも、かと言ってこの国の変事を見捨てていくことなんて……。どうしたものか……だがしかし、このままでは何もできないってルイが言っていたしな。
ほんとに子どもって不便だよね。いや違うか。子どもの見た目で心が見た目不相応だからか。
「仕方ないな、ここから去るか」
「りょーかい。じゃあここら北上しよう。そこにあるアモルの森に行こうか」
森? どうして森なんかに……。どうせなら村がいいのに。それとも森の中に荒廃した遺跡かなんかあって、そこを拠点に活動する、って感じかな。
俺たちはこっそりと路地を抜け人混みに紛れ込む。相変わらず人の流れは嫌だな。色んな種族の者たちが入り乱れて何度もぶつかる。俺の今の体だと一度倒れたら踏み潰されそうだ。
そうして俺たちは国の入り口を探しながら会話をする。
「で、アモルの森ってなんなのさ」
俺は細い糸を針に通すかのように人との衝突を避けながら前へと進む。そんな俺とは対照的にルイは俺の頭の上をフワフワと飛んでいる。
「正直、もう少し大きくなってからの方がいいんだけどね。アモルの森にはとある部族たちがいるんだ。その人たちは外界との接触を拒んではないんだけど、あまり頻繁に行かないほうがいいんだ」
あまり行かないほうがいいって、おいちょっとおかしくないかな。大丈夫かな……。それって頭おかしい人たちじゃないよね?
ウッホウッホ言って槍とか弓とか持ってさ、滅多刺しにしてきたりしてこないよな。
「大丈夫大丈夫、いきなり殺しはしないよ」
それならいいけど。この世界の部族ってどんな感じなのかな?
やっぱり体に変な塗料を塗って、アザみたいなのを体に彫ってたり、特徴的な装飾品を身につけていたり……。あーやっぱり俺がいた世界で部族に馴染みがあったわけではないし、変なイメージが……ね?
「あ、でも、あれだよ? 捕まえて丸焼きとかにされちゃうかも」
「……はい? 丸焼き?」
やっぱりこの世界でも部族ってやばいやつじゃん! どっかの政府が島へ行くことを禁止してるみたいじゃないか!
完全に人喰い族だな、よし! 行くのやめるか! 俺は動かしていた足を止めて高らかに宣言する。
「ルイ! ここに残ろう! 人を食う化け物たちに会うのはやめよう!」
「えぇー、つまんないなぁ」
そう言ってルイはへたれ込んだ。いや、おかしくないかな。俺死ぬ可能性がめっちゃあるのにさ。そんな心配よりも俺が死ぬ光景の方が面白いのかよ。
ダメだ、きっとお猫様もそのヤバい部族から出て来たんだろうな。
「おい、俺がいなくなったら肉なんて食べられないぞ」
「分かった。やめようか」
やっぱり肉には目がないな。なるほど、これで確定したことがある。俺<肉だね。
「仕方ないなぁ。じゃあこの国に残るしかないね」
やっぱりそうなるよね。人攫いには気をつけないと。いや、気をつけるだけではダメだな。こうなったらここの人攫いを完全に鎮めるしかないかな。
でもさ、流石に一人だけじゃ心もとないし。ルイが何かできるわけでもないし。そう思うとルイって何できるんだろ。攻撃とか防御ができるわけでもないし、ただ助言的なことを教えて褒美としてお肉をー!
いやいやいや! おかしいよね?
そんな俺の気持ちとは裏腹にルイは大きく口をあけてあくびをしている。呑気なもんだ。
「なぁ、ルイってさ……魔法とか使えないの?」
「魔法? 使えるよ?」
は……? 使える? 魔法が使えるなら教えてくれよ。ただ空飛んでフワフワして、助言して、肉を与える。コスパ悪い……よね?
うーん。いや、俺の思い込みだったかな。教籍所で冒険者を作ろうと言った時に自分は参加できない、と言われたときに自然と戦えないと思い込んだな。
「ほら、あれ見て」
ルイはとある場所を見て言った。それは大空の中に浮かぶ綿、その間を抜けて再び広がる青く澄み渡った空。
「えっ……」
平穏、その言葉に似合わないものがあった。
「隕石」、という単語でいいのだろうか。赤くメラメラと燃え、歪に凹んだクレーターを見せびらかしながら徐々に速度を上げて落下してくる。それはもう大気圏を越えてきているに違いない。
もしも本当に……あれはルイが魔法で発生させたものだったら、こいつ……バケモンだろ。
いや、そんなことよりも! あれ、落としてもいいのか!? あの周辺にいる人たち死ぬだろ!
「お、おい! ちょっ、ルイ!」
「大丈夫大丈夫、消すよ、ほい」
そう言ってルイは「パチン!」と指を鳴らすと件の物はもう跡形もなくなっていた。周囲の人たちを見ても、ほとんど気がついていない。そもそも、落ちていることすら知らなかったんじゃ……。
「まぁ一応、聖獣なんで」
「えっへん!」と言わんばかりに腰に手をあてて誇り高げにしているルイを見て俺は思う。
(いや、今まで聖獣らしい行動が………)
「おい! いたぞ!」
「?」
図太い声に、俺たちは声の方向へ視線を送る。そこに立っていたのは一振りの青龍刀のような物を手に、右目に漆黒の眼帯をし、上裸でニヤリと笑っている。
俺はチラチラと周囲の人たちを見た。だがしかし、皆俺たちの周囲から離れ、チラチラ見ている。件のチンピラは指さして俺たちを見ている。
「やばい! 人攫いだ!」
ルイがそう叫んだ。そう、その通り。まさしくそのチンピラは俺たちを掻っ攫うために探していた者だった。
俺は心臓が跳ね上がったように感じられ、すぐさま反転してその場を走り出そうとした。
だが、俺は体を反転させた直後だった―――
「……! どこだ、ここ!?」
不思議なことに俺が先ほどまでいた場所とは全く違う場所に立っていた。周囲をよく見ても人なんて一人もいない、店もないし、なんなら俺たちを見つけたチンピラもいない。
赤黒い、紅の世界に閉ざされた。前も後ろも上も下もただ終わりのない血のようなものしかない。
「っ! ルイ!!!」
その世界にはルイすらもいなかった。いつも、俺のそばにいたあいつはいなかった。だがあいつは……俺を置いていくやつなんかじゃない。俺よりも反応が早く、前を行っていた。
俺だけが、閉じ込められた……?
「くくく、やっと捕まえたぞ。てこずらせおって、聖獣のいない貴様は大したことないのだよ」
刹那、前方から聞こえてくる枯れた声が耳に入った。
俺は自分の目の前からやってくる人物を見つけた。コツコツと足音を鳴らしながらこちらへゆっくりとやってくる人物。
それは、初老を迎えたであろう男の声、顔には二つのほうれい線が刻まれ、髪はもう真っ白だった。杖をつくことなく二つの足で立っていた。
だが、不思議なことに年齢にそぐわない黄色の鎧は太陽光を鋭く反射し、見る者の目を射抜くようだった。その胸に怪しく光っている漆黒の虎の紋章が呼吸するように蠢いていた。
「いやはや、結界術を使うハメになるとは。聖獣がいないとしても、大したことはない。と言ったものの、その年で熟練の戦闘者という風格がある」
「お前が、人攫いの親玉か……?」
最近、王宮へと入ったという人物。これ以上に当てはまる者がいるだろうか。
「そうだ、私がラミール・ガリス。この先、世界を統べる覇者だ」
俺たちの怒涛の運命はまだ始まったばかりだった。