第十三話 予想外の出来事
「ルイ、このまま街に行こう」
「食材がないからね」
俺たちは教籍所から、沿岸地域に広がる街へ向かった。
そして、俺たちは砂浜に着地する。
「よし、何作ろうかな」
「君、料理できたっけ?」
「少しだけなら大丈夫」
本当に少しだけだが、師匠に教わった料理の心得はある。自信はあまりないけれど……。
俺たちは人混みに入り歩く。あまり長くはいられないな。酔いそうだ。
「ここで食べていくっていう手段もあるよ」
「あー、なるほど。そうするか」
ふぅー、ルイに少し救われたわ。少し自信はあるって言っても本当に少しだから失敗する確率が高いし。
さて、どこの店に行こうか。何を食べたいかもによるけど。
「まぁ、君の分も俺が奢るよ」
今回、俺はルイに救われた。ルイには多くのことを教えてもらった。飛翔する剣、冒険者、戸籍、戸籍の作成の手助け。間違いなくルイがいなければどうしようもできなかった。
「もちろん、そのつもりだよ」
ルイは俺の肩に乗って当然の如く言った。
くっ……。分かってやがるぜ、このお猫様。ま、まぁ今回だけだし。次は自分でなんとかしてみせるし!
「ていうか、肩に乗ってて大丈夫?」
「君が倒れない限り大丈夫」
そういうと俺の肩に巻き付いた。いやいや、俺他の人よりも身長が小さいんだしさ、怪我する気が……。いや、ルイなら俺が倒れる寸前になんとかするか。
「見て、あれ! すごく可愛い!」
たまにそんな言葉が俺の耳に入ってくる。俺はついつい、余韻に浸ろうと思ったがこれは全てルイに向けられたもの。俺のものじゃない。
ルイを見れば大きく口を開けてあくびをしている。鋭い門歯が見える。
「どうする? どれ食べる?」
「そうだねぇ、肉食べたいな」
うぉ……まさかの肉。いや、猫は肉食だし一応間違ってはいないか。それでも肉を食べる猫なんて実際に見たことないな。
いや、まて! そもそも、このお猫はフォークとナイフを使うことができるのか? 多分できるかな……さっき教籍所で物持ってたしな。
「この辺だとどの店がいいかな」
「こういう場合は聞き込み調査をするのが良さそうだね」
聞き込み調査か……。知らない人に話しかけるの少し苦手なんだよな。優しそうな人に話しかけようかな。
俺は周囲をキョロキョロとして周囲にいる詳しそうな人を探したが、見つからないため、近くにいたおばあちゃんに話しかけることにした。
「あの、すみません」
俺の声に応じて後ろを振り返ると、顔には深いシワが刻まれ、小さな丸い老眼鏡をかけている。どこか優しさを感じる。
「おぉ、どうしたんだい? 若いの」
「ここら辺で美味しい飲食店を探しているんですが、お肉がおいしい店はどこですか?」
「なるほどのう……それならあそこのフラーゲルのお店がいいねぇ」
そう言っておばあちゃんはとある方向を指を指した。その指先にあるのはどこか、年季のあるいかにも老舗という感じのお店だ。
「ありがとう、おばあちゃん」
そう言っておばあちゃんにお礼を言うと俺は立ち去った。
そうして言われるがまま俺たちは混雑した場所を抜けて店の前まで来た。
大きく看板には「フラーゲル」と書かれている。木材の色が経年変化しており、もう真っ黒だ。だが、俺は知っている。年長者の経験による、おすすめの店は間違いない、と。
「よし、ルイ行くよ」
「はーい」
俺たちはドアを押して中へと入った。
中はとても静かでどこか安心する感じだった。中も木材で全てできている。一度引火してしまったらもうここは全て燃えてしまうだろう。だが、それが良いのだ。一切改修せずにそのままにしている。
歴史を感じるなぁ……。人もあまりいない、みんなやっぱり新しい店に惹かれていくものなのかな……。
俺は木製のイスに着席する。ルイもとなりにキョトンと座るが、テーブルが高くて顔を出すことができない。それにより、少しムッとした顔になると少し身を屈めてお尻を少しフリフリとする。
いかにも何かを狙っている。多分テーブルだ。
「やめなさい、行儀が悪い」
「えぇー」
俺はルイを抱き上げた。
「お、おい! なにするんだよ!」
ルイはジタバタと暴れる。加えて少し爪が出ていた。幸いにも怪我することはなかった。
「ほら、ここに座って」
俺はルイを自分の膝の上に座らせた。意味を理解したルイは突然大人しくなった。とりあえずこれで解決か……。
「さて……何にするかな」
俺はメニューを手に取ると、何があるか確認した。うーん、どれも美味しそうな名前だ。
焰のステーキ、魔獣ハンバーグ、星の宴の串焼き、月光の燻製肉やらすごい名前の料理ばかりだ。
「僕は、焰のステーキ!」
机の下から顔を出して必死に読んだのだろう。なんか、可愛いな。
俺はどうしようかな、せっかくなら定番以外のものを食べたいけど……。魔獣ハンバーグは嫌だな、なんか堅そうだ。
月光の燻製肉なんかは、手がよく入っている可能性があるから高いだろうな。ルイと同じなのはなぁ……。そうなると残るのはただ一つ。
星の宴の串焼きにしよう。
「ご注文はお決まりですか?」
「うわぁ?!」
いつの間にか店主らしき初老の男性が立っていた。腰は少し曲がり、顎には立派な白髭がある。
全く分からなかった。すごいなこのおじいさん。
「焰のハンバーグと星の宴の串焼きを一つずつお願いします」
「はいよ、おや、聖獣ですかい?」
おじさんは目をこらしてルイを見ていた。まじかよ、このおじいさん何者だ。一発でルイが精霊だって見抜くとは……。
「どうも」
ルイは俺の体から顔を出す。全く、呑気なお猫様だ。
「奇遇ですね、私の聖獣も猫だったんですよ」
「おじいさん、冒険者か、何かだったの?」
俺は問いを投げかけた。するとおじいさんは「フォッフォッ」と笑いながら答えた。
「そうじゃ、元はベテランじゃったが今はこうして店を構えておる。とにかく料理が楽しくてのぉ、いつのまにか冒険よりもこっちの方が生きがいになっておったわい」
「良いですね、楽しそうで何よりです」
そういうとおじいさんは店の奥へと入って行った。
「料理の方が楽しいってすごいおじいさんだ」
「そう? よくあることだよ、人は気まぐれだし」
「だとしても料理が楽しいって師匠じゃあるまいし」
そうして俺たちは注文した料理の到着を待った。料理は意外にも早かった。おじいさんの手際の良さが伺える。
そうしてテーブルには特製のスパイスでマリネした肉を炎で焼き上げた豪華な一品の焰のステーキ。 星の形をした串に刺さった肉を炭火で焼いた星の宴の串焼きが並んだ。
それぞれどんな肉を使っているかは分からないが、美味しそうだ。
「「いただきます」」
俺たちはそれぞれの料理を食べようとしたが、ルイに食べさせたほうが良いのか。
「よっと」
そう思っているとルイは俺と対面になるように座り空中に飛んで食事をしだした。それができるなら早く言ってくれよな……。
「あー! 美味しい!」
メニューに書いてあったのは、特製スパイスは店独自のもので他店にはない物らしい。加えて超高温の炎で焼かれているため、口に入れた瞬間とろけるような味わいらしい。
俺も自分の注文したものを口へ運ぶ。
「うーーん! 串焼きってやっぱりロマンがある!」
ただ炙り焼いた肉とは違い、炭火焼きされているから独特の香りとスモークのような味が入っている。加えて味はタレ。これは最高だ。
「おー、こっちも美味しい!」
気がつけば俺が手に持ってた串から肉が一つ消えていた。加えて今目の前にいるお猫が「こっちも」といいながらモグモグしている。確信犯じゃねぇか!!
「お前! 勝手に食うなよ!」
「いやー、あまりにも美味しそうだったからつい、ね?」
「全く……」
そうして、俺たちはなんやかんやありつつもそれぞれの食事を平らげ空腹を満たし、店を後にする。
いやー、歴史を感じる良い店だった。やはり年長者の長年の経験で培われたものは素晴らしい。今後も何かあったら年長者の意見を聞くとするか。
「さて、帰るか」
「いや、待って。家に食材がないから少し買っていこうよ」
「確かに、でもお金足りるかな」
俺はポケットに手を入れてあるだけの硬貨を出してみる。そうして手にあったのは銀貨二十枚。だいたい日本円で五千円くらいだ。
まぁ、これくらいなら問題ない。何を買おうか。
次はルイが俺の肩に乗ることはなく、空を飛んでいる。
「とりあえず、野菜とパンでいいかな」
「えぇー、お肉は?」
「今、食べただろ……」
とりあえず俺たちは野菜とパンを買い揃え銀貨十一枚が手元に残った。
そうして俺たちは空を飛んで家へと帰って行った。
「にしても仲間探しなんてどうする?」
「正直、ここの住民にはあまり腕の立つ人はいなさそうだから別のところに行ったほうが良いよ」
そうか、やっぱりそうか……。じゃあ次は仲間探しか、冒険者で生計を立てるってだいぶ難しいぞ。とりあえず絶対に仲間に入れるべきなのは料理ができるやつ。まじでこういう人がいないと、俺たち死ぬ。
だが、いきなり変だよね。「君料理できる?」って、変人すぎる。
その時、突如ルイが止まった。何かあるのかと思い、俺はルイの視線の先を見る。
「……は?」
俺は何が起きているのか分からなかった。まだ空は夕焼けでもないし、朝日が昇っているわけではない。だが、一ヶ所だけごうごうと赤くなっていた。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
俺の……俺の視線先にあったのは……真っ黒になりパチパチと燃え盛る炎が俺の家を包んでいたことだった。俺たちは急降下して、家の前に立つ。
「ルイ! どうなってるんだ!?」
「知らない……発火するわけがない……つまり」
「誰かがやったのか?!」
こんなことになるなんて誰が予想できたであろうか。今朝までなんともなかった家が燃えている。家全体が木製でできていたために、全てが燃えていた。全てだ。
「くそ! ルイ、今から間に合いそうか?!」
「いや、無理だよ。もうここまで燃えていたら無理だ。それに君では魔力が圧倒的に足りない」
俺は持ち歩いていた小瓶を取り出す。それは師匠からもらった魔力増強の小瓶。俺はその蓋を開けて一気に飲み干そうとしたがルイに静止された。
「今やっても遅いよ! それに、忘れたの?! その便を飲んでも魔力が一気に増えるのではなく、ゆっくり増えるんだ! 意味がないよ!」
「くそ……!」
「僕がやってもダメなんだ、燃えるのが早すぎる。たとえ鎮火できても何も残らない!」
俺たちは結局自分の安心できる場所が燃やされるのを見届けることしかできなかった。パチパチと木を焼き、柱を崩し、家の原形が無くなっていくことを……。
俺は手に持っていた食材を落とし、地面に膝をついて絶望に陥ってしまった。
「なんなんだ……! なんなんだよ! 本当に!!」