第十二話 教籍所
「よし、ルイ。行くか」
「はーい」
俺たちは色々と準備をして南にある教籍所を目指して出立した。冒険者になるために年齢制限があるのは分かるがどうして十歳なのだろうか。
俺はルイに聞いてみることにした。
「この世界では十歳は大きな意味があるよ。この世界では十歳で成人する人もいるんだ。原則として十五歳なんだけど、家の決まりや個人や両親の決定で成人する人もいるんだ」
「でも個人による決定で良いの?」
「問題ないよ、この世界で何かと個人が優先されることがあるからね」
俺たちは草原を歩きながら会話をする。
ふーん。成人が個人による決定って不思議だな。いや、あれかな、個人の精神的成長を見て成人に相応しいって決めるってことかな。
「よし、この辺で良いよ」
俺たちは周囲に何もない辺境の地のような草原の中央に立つ。俺たちがなぜここに立ったのかは言うまでもない。
俺は背中に刺していた真剣を抜く。エメラルドの如くガラスのような刀身に眼を奪われたが、すぐさま意識を変える。
白銀の柄をギュッと握り、草野間に置く。周囲の色と同調して少し分かりにくいが、白銀の柄の主張が激しいため見分けがつく。
「さぁ、乗ってみて」
俺はゆっくりとその刀身を足の下に敷く。すると不思議なことにその剣が薄っぺらくなっていき、2Dのように平面になり、上昇した。
「うわぁぁあ!」
「落ち着いて、落ちないから」
俺は上昇する剣に肝が冷えながら、体がフラフラと左右に揺れる。それにより、何度か落ちそうになる。右へ左へととても忙しい。だが、一方のルイは俺が上がると同じようについてくる。
剣はゆっくりと上昇し、高度20mくらいになると落ち着いた。俺は下を見た。いつも見ている以上に景色が美しいがあまりの高さに足がすくんだ。落ちたらすぐに死だ。
だが、一方でそこから全く進まない。空中で停止したままだ。
「あれ、どういうこと?」
「ほら、自分で動かすんだよ。この剣は君が思うように動くからね」
俺の思うようにか、なるほど。じゃあ俺が前に進むと思えば進むのかな。俺は心の中で前に進むイメージを持った。
すると、ルイの言葉通りに剣はゆっくりと前方へと進んだ。いつも感じている風以上に気持ちがいい。心が落ち着く。
「おー、なるほど」
「あと、落ちないから大丈夫だよ」
するとルイは「えい!」と声をかけながら俺に体当たりをしてきた。俺はそれによりバランスを崩し、剣から落ちた。
と、思っていた。しかしながら、全くそんなことはなく何か見えない物に支えられているような感じがした。
「おわ!! ……あぶな」
ルイを見ると「ね?」と言わんばかりにこちらを見ている。いや、分かったけど突然そんな行動をとるのはダメだろ……。死ぬかと思ったぞ。
「よし、じゃあ行こうか」
そう言うとルイは先を行った。どうやら案内をしてくれるみたいだ。彼は地図の代わりだ。
俺は彼の後に続きながら、下に広がる世界を見る。
昨日行った街やら森林やら、近くの大海。昨日まではまだ普通の生活をしていたはずなのに……。どうしてこうなったらのやら。そして不思議な塔が正面に見えてきた。
その塔は頂上に何者かの彫刻が彫られている。すごい高さだ今、俺が飛んでいる高度よりもさらに高い。
全体的に石を基調として作られた、あの彫刻の周囲には小さな石の塔が立っている。
「ルイ、あの塔は何?」
「あれはね、サクレの塔だよ。今ではほとんど人が近づかない廃墟になってるんだよ」
「どうして?」
「いつ建設されたのかは分からないけど、昔は神聖な建物だったんだ。
ここではララシ村の子供たちの成長や誕生を祝う儀式を行う場所だった。あの人物の彫刻は女神様だ」
俺はそれを聞いて再び彫刻を見る。頭の上には宝石がはめこまれたティアラのようなものを被り、目をとじて杖を手に何か祈っているかのようだった。
きっと世界の平和を祈っているのだろう。神のご加護がありますように……。俺はそう思いながら先を急いだ。
そうして、それからは特にこれといって珍しいものはなくただ海岸やら村やらがあるだけだった。俺たちは淡々と教籍所を目指して飛空する。
「お、あれだよ」
そう言ってルイは斜め下を指差した。それはまだ青く、太陽が真上にないことから午前中であることが分かる。意外と早かったな。
教籍所はあっちの世界でいう役所だ。教籍所はこれといって物珍しい建物ではなく、滑らかな石で形取られ、正方形のような形をしていた。縦横ともに数百メートルはある。
「じゃあ、降りようか」
俺がそう言って降下しようとしたとき、突然ルイがそれを止めてきた。
「忘れたのかい? 君が乗っているのは宝剣だ。それを狙って各地を彷徨っている人もいるんだ。気をつけて」
そういえばそんなことを言われたような……。空を飛ぶことができる剣は珍しいって言ってた気がする。
そうとなれば人があまりいない場所に降りるしかないな。俺は上から周囲に人がいなさそうな場所を探す。
「おっ、ルイ、あそこに降りよう」
俺が指を指したのは人里離れているが教籍所からはそれなりに近い森林地帯。木に紛れてしまえば、俺の姿を捉えることができる者はいないだろう。
そうして俺たちはゆっくりとその森林の側に降下し、地面に着地した。
少しの間だったが、俺は地面についた際に生まれたてのシカの子のようにフラフラとしていた。
「大丈夫かい?」
「少し経てば大丈夫だよ」
その言葉通り、数十秒後には安定して歩けるようになった。
「あれが、教籍所ね」
俺の視線が真っ直ぐに捉えていたのは役所を彷彿とさせる建物。ルイが教籍所と言った建物だ。
「よし、行くよ」
そうして、俺たちは教籍所の中へと入った。
中に入って驚いたのは人間以外の種族もいることだ。どうやら、戸籍があるのは人間だけではないらしい。
馬人間やら、犬のような見た目をした二足歩行のやつ。キメラのように二種類の種が混ざったような見た目をした者もいた。中には人間も何人もいたが、それらに目を奪われて全く視界に入らなかった。
受付にも同様に人間以外の種族もいた。大量のイスにも沢山の人種が。
あたりにはライトがつけられ、天井には豪華なシャンデリアが輝き、四階まであった。
「うーんと、あれが人間用だよ」
そんな俺とは対照的にルイは見慣れているかのように平然としていた。俺はルイの言った方向をみると、俺と同じ人間の見た目をした者がいた。
それぞれの窓口には人が二人。俺たちはそこへと向かう。
受付にいた女性は黒いスーツを身につけて、真っ赤なネクタイをしている水色髪の女性だった。
「本日はいかがされましたか?」
俺がうずうずしてなかなか話せないでいるとルイがやれやれとした顔で俺の代わりに受付嬢と話をしてくれた。
「なるほど、戸籍ですね。ですが戸籍の作成には子ども一人では不可能です。申し訳ございません」
俺はその言葉を聞いてがっかりした。やはり、無理そうだ。大人しく一年経過するのを待つしかないのか……。
そう思っているとルイがサッと前足を振った。すると不思議な粉がその受付嬢を覆う。粉は不思議な香りが漂った。ラベンダーのように華やかな香りがした。
「承知しました。では、こちらに情報をお書きください」
不思議なことに先ほど拒否られたのに、通過してしまった。俺はそれに呆気に取られていたが、ルイは当然の如く用紙と羽ペンを受け取ると席へ戻っていった。
「あの魔法についての心配は大丈夫だよ、少し催眠をかけただけだよ。生活に支障はでないから心配しないでね」
俺はその話を聞きつつ、ルイの隣に座った。ていうか、猫がイスをひと席使うってすごい贅沢な気が……。
「君の情報は僕が書きたいけどさ……」
ルイが苦笑いしながらこちらを見た。俺はすぐさま状況を理解した。
ペンが大きすぎるらしい。持ち運ぶことには魔法を使ったが文字を書くにはより繊細な魔力調節がいる。なるほどね、できないのか。うんうん、任せろ。
俺はペンと用紙を受け取った。
「俺が代わりにかいてあげるよ仕方ないなー」
「え? 違うよ、文字を書く練習だよ」
「………なるほど」
そうして、俺は情報を用紙へと書き込んだ。年齢はもちろん十歳。出身地はララシ村、名前もヘルデン・オブリオと。西暦や元号など、具体的な住所についてはルイに教わった。西暦は現在618年、元号は邦天暦と言うらしい。変な名前の元号だな。
そうして、俺はその用紙を先ほどの受付嬢へと提出した。先ほどと同様に彼女は何の疑いもなく受け取ってくれた。
俺は座っていたイスへ座りルイに耳打ちをする。
「なぁルイ、あの魔法が解けたら俺、怒られるんじゃないか? 大丈夫か?」
「大丈夫だよ、たとえ魔法が解けてもなにも思わないから」
なるほどね。じゃあ問題ないか。俺はとりあえず一安心した。そうして、俺たちはしばらくの間イスに座り呼び出されるのを待った。
そうして、しばらく座ってウトウトしてきた時に俺たちは名前を呼ばれた。
俺はハッと眠気が覚めて受付へと向かう。
「ヘルデン様、登録が完了いたしました」
「ありがとうございました」
そうして、俺は戸籍を手に入れた。やけにあっさりとして簡単だったな。
まぁ良いか。そうして、俺たちが教籍所を後にすると空はまだ青かったが太陽はもう真上に来ていた。多分一回寝たな。
「よーし! ルイ、次は冒険者登録するか」
「あー、それは無理だよ」
俺は「えぇっ?!」と教籍所の前で大声を出してしまった。それによって周囲の人の注目が集まる。俺は少し恥ずかしくなった。
そうして、俺はこっそりルイに聞いてみる。
「どうしてだよ」
「簡単さ、仲間がいないじゃないか」
俺はルイの意外な回答に頭が混乱した。俺には仲間がいる。おかしいな、認知していなのか。教えてあげるか。
「ルイ、お前がいるじゃん」
「違うよ、僕は聖獣だよ? 生きている人でないとダメだよ」
なるほどね……。知ってたし! 俺は教籍所を出るルートを歩きながらルイと会話をする。
「となると、次にやるべきは仲間を見つけることだね」
「そうだね、じゃあ一旦家に戻ろう。お腹空いたし」
「えっ? 待って、君は何を食べるの?」
「もちろん、君たちと同じだよ」
ま、まじか……。まぁ、それはそれで可愛いな。猫といつか食事をしたいって思っていたし、少し楽しみだ。
そして俺は再び剣に乗り、ララシ村の街へ食材を買いに飛んでいった。俺たちは飛翔して教籍所を後にした、簡単に戸籍が手に入れることができたことにめっちゃ驚いたな。
だがしかしこの後、戸籍の入手とは比べ物にならないとんでもない経験をするとは俺はこの時全く予想していなかった。