8話:遭遇
フィーナは割と高給取りです。
「ハア、ハア、ハア……」
息が荒い。肺が焼けつきそうだ。
俺は支部を抜け出し、アル・プラドの下層――ダウンタウンの雑踏に身を紛れ込ませていた。
全身が軋む。立っているのもやっとで、ユニオンソードを杖代わりにしなければ歩くこともできない。
(爆炎斬を放って、気を失わなかっただけマシか……)
そう自分に言い聞かせても、状況は最悪だ。
ここはまだ街中。魔剣を奪った俺を、協会が見逃してくれるはずがない。
(早く……街を出なければ)
ユニオンソードの声が耳の奥に残っていた。
「強くなりたいなら、故郷へ向かえ」
なぜ故郷なのかは分からない。だが、遺物や魔剣のことなら――おじさんなら、何か知っているはずだ。
呻く身体をなんとか動かそうとした、そのとき――
視界の先に、人影が立った。
「クッ……追っ手か!?」
反射的に足に力を込める。逃げねば――。
「待って!」
――その声に、足が止まった。
聞き覚えのある、優しい声。
俺は振り返る。
そこにいたのは、髪を乱し、息を切らせたフィーナだった。
「ユーマ、よかった……。私が、一番に見つけられたよね?」
「あ、ああ……。支部を抜け出してから会った協会員は、フィーナだけだ」
「駆け出していくあなたを見かけて……すぐに分かったの。見るからに魔力欠乏だったし、心配で……。
私なら、怪我も魔力も、回復できるから」
「……確かに、そうだけど……。
聖魔法での魔力回復は、術者の生命力を削るものだろ? フィーナに、そんなことさせられないよ」
「私のことは、いいの」
フィーナは優しく微笑んだ。
「命を落とすような無茶はしない。でも……。
ユーマは、これから“追っ手”から逃げなきゃいけないんでしょう? 最低限、動けるようにしておかないと――でしょ?」
そう言うと、フィーナは俺の両肩にそっと手を置き、聖魔法を唱え始めた。
神聖な光が体を包み、じわじわと痛みが引いていく。魔力の欠乏感も、まるで霧が晴れるように薄れていった。
「っ……!」
フィーナの体がふらつくのが見えた。
反射的に手を伸ばし、彼女の体を支える。
「無茶はしないって言ったのに……! これじゃ、フィーナが一人で動けないじゃないか!」
俺の腕の中で、フィーナは少しばつが悪そうに笑った。
「……だって、仕方ないでしょ。
ここで無理しなきゃ、ユーマが倒れてたかもしれないし。……それに――」
彼女は俺を見上げて、やわらかく言った。
「魔力、ちゃんと戻ってきたね。でも、全部は回復できなかった……へとへとになっても、まだこんなに残ってるなんて」
「フィーナをここに置いていけるわけないだろ。俺はもう大丈夫だ。……だったら、運ぶよ。家まで」
フィーナは何か言いかけたが、それを聞く前に、俺は彼女を抱き上げた。
抗議の言葉を背に、俺は路地を駆け出す。
フィーナを抱えたまま、俺はアル・プラドの街中を駆けた。
真夜中とはいえ、人気のない通りでも細心の注意を払う。目指すは中層居住区、フィーナの家だ。
――だが、妙だ。
(おかしいな……協会員の姿が見えない。俺を追ってる気配も感じない)
(まさか、フィーナの家で待ち伏せしている……?)
だが、俺の不安を裏切るように、彼女の家の前は静まり返っていた。
灯りもなく、路地の奥にただ夜風が吹き抜けていく。
「ユーマ! いつまで抱えてるの!? もう家だよ、家!」
声が近くて驚いた。見下ろすと、フィーナが頬を染めてじたばたしている。
「あ、ああ……なんか追手がいないのが妙でさ。気が抜けてた」
俺はフィーナをそっと地面に下ろした。
「……お姫様抱っこって、けっこう恥ずかしいんだから!
――はぁ、真夜中でほんと助かった……」
小さく息をつくフィーナ。その顔には、さっきまでの疲れはもうない。
どうやら運ぶ間に、だいぶ元気を取り戻したようだった。
「協会はまだ動いてないみたい。でも……朝には“魔剣狩り”が来るかもしれない。ユーマ、早く出て」
「ああ。……本当に、助かったよ。ありがとう、フィーナ」
俺は短く別れを告げ、夜の街へと歩き出した。
背後で、彼女がそっと玄関を開ける音がした。
街を出た俺は故郷を目指しプラド山脈東山道を目指していた。
この調子でいけば夜が明ける前に山道に入れるだろう。山に入ってしまえば追手をまくのは簡単なはずだ。
そう思って進んでいると背後から駆動音が聞こえてきた。
ギュルルルルル!
振り返ると猛然と近づいてくる軍用魔導車の姿、魔導車の横にはあの帝国軍精鋭部隊<魔剣狩り>の紋章が刻まれていた。
「なっ!やつらの到着は明日じゃなかったのか!?帝都からさらに離れているこの街道にどうやって間に合ったんだ」
驚愕する俺を横切り魔導車が停車した。
後部のハッチがゆっくりと開く。
俺はユニオンソードを握り直し、複数人との戦いに備える。
だが悠然と降りてきたのはたった一人だった。
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