5話:救出
プラド山脈の東側は東方と呼ばれる地域になっています。
―山岳辺境都市アル・プラド―
帝国東部、プラド山脈の麓に広がる都市――アル・プラド。
その街の中心にそびえる発掘協会・辺境支部では、突如として騒然とした空気が広がっていた。
慌ただしく職員たちが走り回り、そのうちの一人が最上階の支部長室へ駆け込む。
「支部長! 大変です! とんでもない規模の魔力波を観測しました!」
報告を受けた支部長・ナイルは、騒ぎとは対照的に落ち着いた口調で答える。
「まずは落ち着いて。どこで、どれほどの魔力波が検知されたのですか?」
若い職員は一度深呼吸し、落ち着きを取り戻してから報告を続けた。
「す、すみません。アル・プラドの北西五キロ、プラド山脈の中腹です。魔力量は――専用魔剣級の反応です」
ナイルは顎に手を添え、静かに呟いた。
「奇妙ですね。あのあたりに遺跡などあった記憶はありませんが……」
職員がすかさず補足する。
「我々も最初は観測機器の誤作動かと疑いました。しかし、確認したところ、すべて正常に作動しています」
ナイルは数秒の沈黙の後、静かに決断を下した。
「わかりました。今、手が空いていて魔剣回収の経験がある者が三人いたはずです。彼らを呼び、現地へ向かわせましょう」
ガチャリ。
支部長室の重厚な扉が開き、三人の協会員が姿を現した。
先頭を歩くのは、盾型魔導兵装〈プロテクションシールド〉を使いこなす聖都出身のペーター。
二人目は、軍用雷球魔導兵装〈プラズマジャベリン〉を携えた帝都出身のゼータ。
最後に入ってきたのは、斧型魔導兵装〈ヒートアックス〉を肩に担ぐ、東方出身のヨウタだった。
三人は普段から遺跡攻略のためにチームを組んでおり、つい数日前にも魔剣の回収任務を終えたばかりだった。
「支部長。我々が呼ばれたのは、この騒ぎと関係があるんですね?」
最初に口を開いたのはペーターだった。
「そうだ。アル・プラドの北西五キロ地点、プラド山脈の中腹で――専用魔剣級の魔力波が観測された。君たちには現地の調査を頼みたい」
ナイルの静かな説明に、ゼータが気だるげな声で返す。
「俺たち、戻ってきたばっかなんですけどねえ……」
すると、ヨウタが肩をすくめながら笑った。
「まあまあ、専用魔剣級だぜ? それを見逃す手はないだろ。しかもあの辺りに遺跡なんてなかったはずだ。帝国軍の魔剣狩りが嗅ぎつける前に、一目拝んでおきたいもんだな」
「君たちは腕利きのベテランだが……相手は“専用魔剣”の可能性がある。通常の魔剣とは格が違う。――気を引き締めて行きなさい」
ナイルの静かながら重みのある言葉に、三人はわずかに表情を引き締めた。
「承知しました。手に負えないと判断した場合は速やかに撤退し、帝国軍に委任します」
ペーターが毅然とした口調で答えると、ナイルは頷いた。
そして三人は踵を返し、支部長室を後にした。
プラド山脈の中腹。
「……こんな新人すら来ない近場で“専用魔剣”ねぇ。どう考えても誤反応だろ」
ゼータが肩をすくめてぼやいた。
「お前なぁ。何もない場所で魔剣反応ってことは――魔剣士がいるかもしれんって話だろ? 俺はワクワクしてきたぜ」
ヨウタが笑いながら肩を叩く。
「お前と違って、俺は強敵と戦いたいわけでもないし、古代のロマンも別に欲しくないんだよぉ」
ゼータはうんざりとため息をついた。
そのとき――
「おい、お前たち、見ろ。……あれは遺跡の入口だ」
先行していたペーターが振り返り、岩の間に開いた黒い裂け目を指さした。
「こんな街から近い場所に、未発見の遺跡が残っていたとはな」
「入口の規模からして、せいぜい中小規模ってとこか。でも油断は禁物だ」
ペーターの言葉に、ゼータが気の抜けた返事を返す。
「へいへい……。ったく、遺跡があったってんなら、魔剣士の可能性は下がったな」
ゼータは口を尖らせる。
「どうせ、浮かれた新人が何か起動しちゃったってオチだろ。魔力波もそいつの暴走か何かじゃねぇの?」
ヨウタは少しだけ肩を落とし、口をへの字に曲げた。
3人は遺跡に足を踏み入れた。通路はそう広くはなく、奥へと続く一本道のようだ。
やがて、床に転がる金属の残骸を見つける。
「……小型ガーディアンの残骸か。量産型の携行魔導兵装で十分な相手だな。だがこれは、一撃で仕留めているな」
ペーターがしゃがみ込み、破損した機体を観察する。
「一体だけなら、落ち着いて狙えば誰だって一発だよ」
ゼータは興味なさげに肩をすくめた。
「ま、とりあえず先に進もうぜ」
ヨウタが軽く手を振って、二人を促す。
少し歩くと、通路はやや広がり、小さな部屋に出た。そこにはさらに4体の小型ガーディアンの残骸が散らばっていた。
「……さっきのと合わせて五体。一人でやったとしたら、そいつはただの新人じゃないな」
ヨウタが低く唸る。
「別に。軍用携帯シールド《パーソナルウォール》があれば、一人でも余裕だろ?」
ゼータがあくび混じりに答える。
「確かに。それは否定しないが……《パーソナルウォール》は高価な品だ。もしそんなものを持ってる協会員がいたら、俺たちが知らないはずがない」
ペーターの言葉に、ヨウタとゼータも表情を引き締めた。
さらに奥へと進んだ三人は、やがて広間へとたどり着いた。そこには中型ガーディアンの残骸が、無残に横たわっていた。
「……中型が二体か。ここに入った探索者は、かなりの手練れと見ていいだろうな」
ペーターが警戒するように周囲を見回す。
「でもよ、中型って背中の弱点突けば意外と楽勝じゃねえか? ま、俺たちはゼータの《プラズマジャベリン》があるから、そもそも余裕だけどよ」
ヨウタが気軽な調子で笑う。
「おいヨウタ、ちゃんと見ろ。片方は後期型だ。転回が遅い弱点が改善されて背部の弱点が狙いにくい。正面からじゃ一撃で仕留められねえよ、俺の《プラズマジャベリン》でもな」
ゼータが眉をひそめながら残骸の裂け目を指す。
「ふーん……じゃあ、もしかして本物の魔剣士がここにいたりして?」
ヨウタが目を輝かせる。
「いや、それはないな。こいつの損壊痕……これは《スパークジャベリン》によるものだ。首と胴体の間にあるスリット、あそこを正確に撃ち抜いている」
ペーターが、残骸の内部を検分しながら断言した。
「それよりも――問題はこっちだ」
ペーターは中型ガーディアンが立っていた方角を指し示す。
そこには巨大な扉があり、その奥には薄暗い空間が広がっている――だが、光を反射しない異様な暗黒が、まるで“空間そのもの”を食っているかのように先を遮っていた。
「……この扉の先が、こいつらの守っていた“本命”ってわけか。だが、向こう側がまるで見えん……あれは、ただの暗がりじゃない」
ペーターの声に、緊張が走る。
広すぎる空間を慎重に進む三人の前に、異様な光景が広がっていた。
破壊された無数の柱。そして、そびえ立つように横たわる巨大なガーディアンの骸――。
「はっ、なんだよこのデカブツ……こんなの、魔剣士だって死ぬだろ……」
ヨウタは目を見開いたまま、呆然と呟いた。
「ああ……だが、今は機能を停止しているようで助かった。問題は――この壊れ方だな」
ペーターは慎重に近づき、観察を始める。巨大なガーディアンの左肩から腹部にかけて、大きく抉られたように消失している。
「これは……どう見ても雷撃じゃねえな。帝国軍の魔導兵装でも、ここまでやれるか怪しいぜ」
ゼータが険しい顔で言う。彼ほどの魔導兵装の知識を持ってしても、破壊手段の特定はできなかった。
「おい、こっち見ろ! なんか落ちてる!」
ヨウタがガーディアンの足元で、赤黒く輝く物体を見つけた。
「……これは、魔剣か? 雷魔剣に近い造りだが……残留魔力は炎属性だな。妙な組み合わせだ」
ペーターが目を細める。
「ヨウタ、拾ってくれ」
「は? 俺? やばいもんだったらどうすんだよ……」
「そのときは、お前ごと《プラズマジャベリン》で処理するだけだ」
ゼータが無表情で言い放つ。
「おいおい冗談に聞こえねぇっての……!」
二人のやり取りに、ペーターが静かに口を挟んだ。
「そこまでにしろ。その魔剣――《パス》がつながってる使用者がいる。俺たちが触れても、起動はしないだろう」
そう言って、ペーターは柱の影に倒れている人影を指さした。
「……協会の制服……? なんだよ、魔剣と同調してたのって新人かよ」
ヨウタが倒れた男に近づき、膝をつく。
「でも、パスが生きてるってことは……こいつ、まだ……?」
「ああ、生存はしている。今のうちに連れ帰って、治療師に診せるべきだ」
ペーターが落ちていた魔剣を慎重に拾い上げる。
「ヨウタ、そっちは頼む。お前の方が体力あるからな」
「へいへい……」
「なんにせよ、戦闘にならなくてよかったよ。俺としてはね」
ゼータが肩をすくめながら言った。
こうして三人は、《ユニオンソード》とその使用者――ユーマを発見し、辺境支部へと帰還することになった。
最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます!
もし、ちょっとでも「面白いじゃん!」と思っていただけたら、 ↓の【★★★★★】を、ポチっと押して応援していただけると、作者が、本気で泣いて喜びます…!
ブックマークも、ぜひぜひ、よろしくお願いします!
また次回、お会いできるのを楽しみにしています!