11話:故郷
2章のスタートです!
「ハッ――」
意識が戻ったとき、俺はプラド山脈の山道にいた。
見覚えのある景色。苔むした岩肌、小川のせせらぎ――あれは昔、蟹をよく捕った流れだ。どうやら、故郷の近くまで戻ってきているらしい。
(……俺はあのとき、レイノスの盾に吹き飛ばされて、それで……ユニオンソードの声が聞こえて――そのあと、どうなった?)
「ユニオンソード……いったい何をしたんだ? レイノスは……あいつは無事だったのか?」
返事は、ない。
ユニオンソードは黙したまま、まるで光そのものを失ったように鈍く沈黙している。
――ユーマはまだ気づいていなかった。
度重なる魔剣技の発動、そして“時剣術”の発現により、ユニオンソードは内蔵された貯蔵魔力をすべて使い果たしていたのだ。
今のそれは、ただの抜け殻に近い。
(……力を失っているのか?)
だが、ここで立ち尽くしていても仕方がない。
どうやら故郷は近いらしい――おじさんに会えば、何か分かるかもしれない。
そう思った俺は、足早に村への道を辿った。
久しぶりに帰ってきた故郷は、出ていったときと何ひとつ変わっていなかった。
村の入り口にある小さな門も、畑の隅に立つ案山子も、まるで時間が止まっているかのように、二年前のままだ。
……いや、案山子は妙に豪華になっているかもしれない。
でもまあ、それはどうでもいい。
今は、まず――両親の墓参りだ。
俺の両親は、五年前の流行り病で亡くなった。
それでも俺がこうして立派に育つことができたのは、近所のみんなが支えてくれたおかげだ。
「――あら、ユーマじゃないの! 一旗あげてきたの? それとも、諦めて帰ってきたの?」
声の主は、近所のおばさんだった。
「どっちでもないよ。ちょっと墓参りして、それからリュウガおじさんに聞きたいことがあるだけなんだ」
そう答えると、おばさんは笑って言った。
「あらそう。ゆっくりしていきなさいね」
その後も、通りすがりの知り合いたちと一言二言、似たようなやり取りを交わしながら、俺は丘の上の墓へと向かった。
「――ただいま、父さん、母さん。俺、なんとか元気にやってるよ。
……色々、大変なことになってるけどさ。
あの世から、ちゃんと見守っててくれよな」
墓参りを済ませた俺は、村はずれにある小屋へと向かった。
そこには、かつて俺に探索者としての手ほどきをしてくれた、――リュウガおじさんが暮らしている。
「おーい! おじさん! リュウガおじさん、いるかー!?」
おじさんは作業中だと耳が遠くなる(らしい)ので、大声で呼ぶのが定番だ。
「なんだユーマ、そんなでっかい声出さなくても聞こえてるぞ! そこまで年じゃねえ!」
おじさんの野太い声が小屋の中から返ってくる。出直さなくて済みそうで、ひと安心だ。
数秒後、軋む音とともに扉が開き、作業着姿のおじさんが姿を現した。
変わらぬ風貌に、少しほっとする。
「まったく……まだ二年しか経ってねぇのにもう帰ってきたのか。……まあ、二年も頑張った方かもしれねぇけどな」
と、そこでおじさんの目が、俺の背中にあるものに釘付けになる。
「……んんっ!? おいユーマ、お前、その背中に背負ってるもんは――」
「ん? ああ、これか。遺跡で拾ったんだよ。『ユニオンソード』って名前らしい。こいつのことを、おじさんに聞きたくてさ」
「そうか……まあ、立ち話もなんだし、家の中で話してくれ」
おじさんは急に声の調子を落とし、俺を小屋の中に招いた。
懐かしい木の匂い。ぎしりと鳴る床。子供のころから座っていた椅子に腰を下ろすと、時間が巻き戻ったような気分になる。
おじさんは向かいの椅子にどっかりと腰を下ろし、真剣な顔で言った。
「それがユニオンソードってことは……お前、魔剣技が使えるようになったんだな? どのくらい使える?」
「そうだな……炎の剣技、『爆炎斬』が一回くらい。あと、倒れてもいいなら『斉爆剣』も使えるかも」
「――っ!」
おじさんの眉がピクリと動いた。
そして、低くうなるように言った。
「お前……剣なんざまともに振ったこともなかったよな。俺も手取り足取り教えた覚えはないし……そもそも、お前に“魔剣技”のことなんて、一度も話してねぇはずだ」
重い空気が流れた。
それでも俺は頷いた。あの遺跡で魔剣を手にした日から、すべてが変わってしまった。
「でも、使えるようになった。……勝手に、体が動いたんだ。魔剣が、剣技を思い出させるみたいにさ」
しばらくの沈黙のあと、おじさんはふぅっと深く息を吐いた。
本物か……」
おじさんは深く椅子にもたれ、重い口を開いた。
「ユーマ。今まで黙ってたが――俺は“炎の魔剣士”だった。探索者時代にユニオンソードのことも調べてたんだ。……自分の魔剣のオリジナルを探すついでにな」
俺は思わず身を乗り出した。
「え……おじさんが、魔剣士?」
「まあ……俺の魔剣は、帝国の“レイノス”って魔導技師に――折られちまったけどな。腕も何針か縫う羽目になったよ、あの野郎……」
その名前を聞いて、俺の心臓が跳ねた。
「レイノス……!?」
おじさんの話をさえぎるように声を上げていた。
「おいおい、変なとこに食いつくな? お前まさか……レイノスに会ったのか!?」
「会ったどころじゃない。殺されかけたよ。でも……ユニオンソードが、助けてくれた。剣術も知らない俺に、魔剣技を使わせて……」
そこまで言って、俺はちらりと背中に背負った剣を見た。
「……そのせいで、今はうんともすんとも言わないけどな」
おじさんはしばらく何かを考えるように黙っていたが、やがて低い声でつぶやいた。
「やっぱり……ユニオンソードは動き出したんだな。ついに“選ばれた”ってわけか」
「選ばれた……?」
「お前には、話さなきゃならんことが山ほどある。いいかユーマ、ユニオンソードってのは――“災厄”と戦うために作られた、特別な魔剣だ。すべての魔剣技を融合させることができる」
俺はユニオンソードの柄を見つめながら、おじさんの言葉を繰り返した。
「すべての魔剣技を……融合?」
「そうだ。ユニオンソードは、そのために作られた魔剣だ」
おじさんは少しだけ笑って、椅子の背にもたれた。
「こいつにはな、過去の魔剣士が命懸けで生み出した技の“記憶”が全部詰め込まれてる。雷、氷、炎、風、大地、聖、時――それぞれの剣技の系譜がな」
「それって……とんでもなくないか?」
「とんでもないどころか、制御できる人間がいないから、何百年も遺跡に眠ってた。まともに剣を極めた奴ほど、魔剣の“他流の技”に拒絶反応を起こして受け入れられないらしい」
「じゃあ、俺が素人だったから……?」
「そう。お前が“何にも染まってなかった”からこそ、ユニオンソードは受け入れてくれたんだ」
おじさんは俺を真っすぐに見据え、語気を強める。
「だからこそ、融合ができる。あらゆる属性、あらゆる剣技を、一つにまとめる剣。それを完成させられるのは――お前しかいない」
俺は息を飲んだ。魔剣士としての自覚なんてまだ薄いままだ。剣術の型だって身体に染み込んじゃいない。それでも、心の奥底で何かが――ゆっくりと動き出している気がした。
「……どうやれば融合できるのか、わからないけど」
それでも、剣を背負う背中に確かな熱があった。
「なんとなく、“どこに行けばいいのか”くらいは……わかる気がする」
おじさんは満足そうに頷いた。
「ならまずは剣を学べ。“自分の剣”ってやつを身につけなきゃ、融合どころか魔剣の負荷で身体が壊れちまう」
「さあ明日から特訓だ。厳しくいくからな!」
おじさんの声は変わらず豪快だが、その奥には確かな期待がにじんでいた。
俺はうなずいた。怖くないといえば嘘になる。でも――。
「……ああ、覚悟してるよ」
こうして俺は、魔剣に選ばれた理由を知り、初めて“剣士としての道”を歩き始めることになる。
すべては、災厄に立ち向かうために。
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