第五話 追放者たちの夜
深夜のセオリア学園。
静寂を破るのは、警報のサイレンだった。
「――緊急通達。B棟研究塔にて、能力消失者を確認。
被害生徒、意識不明。Logia完全喪失状態」
モニター越しに映し出されたのは、床に倒れた一人の男子生徒。
目は虚ろで、呼吸は浅い。彼の《Logia》にアクセスを試みても、反応はゼロ。
まるで最初から“持っていなかった”かのように。
現場には、言いようのない痕跡だけが残されていた。
回路の断片。中断された式。黒く焦げた記憶素子。
その異常事態に、セオリアの全教師が動いた。
そして、すぐに第二の被害者が確認される。
「これは……“Logia刈り”か?」
誰かが呟いた。
翌朝、教室の空気は重く、ざわめいていた。
「……またCクラスの生徒がやられたらしい」
「今度の子、入学以来ずっと無敗だったのに……」
恐怖の波が走る中、ナユタは一人、窓際の席にいた。
机の上で、細い指が回路図をなぞる。
「能力消失。発生条件は未定。物理接触ではない……なら、」
彼はつぶやいた。
「“構造式そのもの”を奪う方法、か」
そこに、セラが乱暴にドアを開けて入ってきた。
「おいナユタ! お前、なんか知ってんだろ!」
セラの言葉に、周囲の視線が集まる。
「“異常者”ってあんたのことだろ? どうせまた能力で――」
「証拠は?」
その一言で、セラの動きが止まった。
「感情で決めるな。僕はまだ一度も“能力を奪う”なんて真似はしていない。
君たちが勝手に作った恐怖の影に、僕を重ねただけだ」
「……っ!」
セラは歯を食いしばって、その場を去った。
だがそのやり取りを見ていたメグだけは、黙っていた。
彼女の表情は曇り、胸元のペンダントをぎゅっと握りしめる。
その夜。ナユタは再び《理論図書塔》にいた。
校舎全体に張り巡らされた監視網の隙を縫って、塔の最上階に向かう。
誰もいないはずのその空間に、もうひとつの気配があった。
「……君は、本当に何も覚えてないの?」
背後から、メグの声。
振り返ったナユタは、彼女の目の奥にかすかな悲しみを見た。
「“能力を奪う者”──それはきっと、あなたのLogiaのもう一つの側面。
思い出せば、全てが繋がる」
「僕が……?」
ナユタは眉を寄せる。
「でも、君がそれを知っているのはなぜ?」
メグは答えなかった。ただ、一歩だけ近づき、そっと呟く。
「私と君は……かつて、同じ“実験体”だったのよ。
あなたが忘れてしまった、“セオリア以前”の世界で」
ナユタの脳内で、ノイズが走る。
フラッシュのように差し込む白い部屋。金属の天井。
数式で刻まれたコード。涙。叫び。割れた鏡。
その中で、たしかに──彼女が、いた。
その時、塔の下層から爆発音が響く。
煙とともに、アラン=クロフォードが駆け込んできた。
「おい、君影。今度はAクラスの生徒がやられた。場所は《演算区画・γ》──」
「……来たか」
ナユタは立ち上がった。
ついに“それ”は動き出した。
自分に似た存在。自分と同じ《Logia》を持つ、もう一人の“模倣者”。
「君影ナユタに問う。
君は、君自身が“Logiaそのもの”であるという可能性を否定できるか?」
自分が“能力を持つ者”ではなく、“能力の構造”そのものだったとしたら──?
夜の校舎に警報が響く。
「緊急封鎖。構造特異体、構内に侵入。
各クラス代表は即時対応せよ──!」