第一話後半『最底辺の天才』
放課後、寮に向かおうとしたナユタを呼び止める声が響く。
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「君影ナユタ。……話がある」
その声は氷の刃のように鋭く、僕の背中を刺し貫いた。
振り返ると、整った制服を着こなした女生徒が一人、書類を手に立っていた。
御鏡シイナ。この学園の理事長の娘。
そして、自身も“初期最上位ランク”の頂点に立つ存在。
「Iクラスという存在は、予定されていない配置だ。
あなたのような例外を許せば、学園全体の制度が揺らぐ。……理由を答えてもらう」
「答える義務はない。君は教師でも、上司でもないから」
一瞬、彼女の目が細くなる。
「……自分を特別だと思っているのね。滑稽だわ」
「いや、特別だと思っていないよ。
──ただ、君より上だとは思っている」
沈黙。
数秒後、彼女は書類を破り捨てた。
「あなたは──目障りね」
「僕は誰の視界にも入っていないつもりだったけど」
「なら、今この瞬間から目をつける。あなたを“制度上の脅威”と認定するわ」
そして彼女は背を向けた。
地面には、破かれた「警告通知」がひらひらと舞っていた。
翌日。誰もいないはずのIクラスの教室に、なぜかひとりの少女がいた。
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「おはよう……あ、君影ナユタくんだよね……?」
静かな声が教室に響く。
窓際の席、そこに座っていたのは小柄でどこか儚げな少女だった。
「……誰?」
「わたし……雨月メグっていいます。あの、なんかね、勝手にクラス変えられちゃって……。今日から、Iクラスだって」
そう言って彼女は困ったように笑う。
Iクラスは“特別措置”のために設けられた孤立クラス。
そこにもうひとり振り分けられるなど、本来ありえないはずだ。
「変だね、でも……ナユタくんがいて、よかった」
そう言う彼女の目は、どこか全部“知っている”ような、不自然な優しさを帯びていた。
(……この子、何かおかしい)
だが僕は、それをすぐに口に出さなかった。
理由は一つ。
──彼女の視線には、同情も軽蔑もなかったからだ。
夕暮れ、校舎裏。人工林を抜けて寮に向かう途中、声がかかった。
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「Yo, 君影ナユタ──だったかな」
振り向くと、銀髪の少年が木にもたれていた。
シャツの袖をまくり、ネクタイをほどいたラフな制服姿。
彼の笑顔は、完璧すぎて不気味だった。
「僕、アラン=クロフォード。Cクラス。自己紹介って苦手なんだけど、
……君にはしといた方がいい気がしてさ」
「……なぜ」
「だってさ、**君の“眼”**が、僕のと似てるんだよね」
「全部分かってて、全部壊せるクセに、まだ壊さない。そういうとこ。怖いよねぇ」
アランは笑ったまま、ポケットからトランプのカードを1枚、地面に落とした。
「僕のLogia、複数同時発動型《量子重奏》っていうんだ。
いつか、君と音を重ねる日が来るの、すっごく楽しみにしてるよ」
ナユタが一歩踏み出すと、アランはスッと姿を消した。
彼の残したカードだけが、音もなく風に揺れていた。