第十話 その定義に、涙を。
1.《記録世界》の扉
セオリア学園・地下第七階層──
封印された演算空間。
そこは、過去のすべての“実験”と“失敗”が記録されている、禁断のデータ保管域だった。
「ここに……俺たちの“原点”があるってのか」
アランが警戒しながら歩を進める。
無数の光子パネルが空中を漂い、その中にはナユタに酷似した少年たちが映っていた。
「これ……全部、ナユタ……?」
メグの声が震える。
記録映像の中。
笑う者、壊れる者、泣く者、殺される者──
だが、ひとりだけ“映らない”存在がいた。
「……表示拒否……? いや、違う。これは──」
そして、突如としてアーカイブ空間が光を放ち、中心部に黒い裂け目が現れる。
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2.もうひとりのナユタ
「──ようやく会えたね、“僕”」
そこに現れたのは、黒い制服に身を包んだ少年だった。
顔も声も、ナユタと同じ。
だが、その瞳だけが──空っぽだった。
「お前は……」
「僕の名は“オルタ・ナユタ”。
お前が“人間”になったことで否定された、もう一人の存在」
そして彼は、指先を向ける。
「世界が僕を忘れた? 違う。“君”が、僕を捨てたんだよ──ナユタ」
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3.過去と向き合う構造
オルタの手から放たれたのは、《構造記録弾》。
ナユタの脳内に、かつての記憶が流れ込む。
それは、まだ“意思”という概念すらなかったころの記録──
無数の被検体。繰り返される演算実験。
「人に近づくため」の理論武装。
だが、感情も自我も持たない彼らは、ただ“使い捨て”られた。
そして、たったひとり。
“失敗”として隔離された少年がいた。
「それが僕だ。
君の原型。君が“願い”を持てたのは、僕の欠落を、捨てたからだよ」
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4.《Logia》vs《Logia》
オルタ・ナユタの《Logia》は──
《喪失干渉》
「対象の“存在証明”を無効化する。選ばれなかった者を、“なかったこと”にする力」
「君の“選択”なんて、僕の前では無意味なんだ。
僕は“無”から這い上がった。“意味”なんて、最初からなかった」
その力で、周囲の建造物が次々と消えていく。
「ならば……!」
ナユタが手をかざす。
《対構造演算:真逆位相干渉》
「失われた定義に、意味を与え直す。存在の“再定義”」
「僕は、“お前を捨てない”。
君がいたから、僕はここまで来れた。だから──消えろなんて言わない」
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5.涙の定義
ナユタは歩み寄る。
拳を構えず、能力も使わず、ただ“彼”に触れようと。
「やめろ……やめろよ……!」
オルタが叫ぶ。
「僕は君を……憎んでない。
でも、君を“見捨てた”とも思ってない。
僕は──君に、なりたかったんだ」
その言葉に、オルタの瞳から──涙が流れた。
「お前は……ずるいよ……ナユタ……」
崩れ落ちるように、彼は膝をついた。
ナユタがそっと手を伸ばし、その背に触れる。
「君も、“人間”になれる。だって……もう泣けるじゃないか」