【短編版】突然番と言われましても……
番って何よ?
突然「やっと見つけた! 君は私の番だ!」と見知らぬ大きな男性に抱きしめてられて頭の中が真っ白になった。
今日は私の社交界デビューの夜会だった。朝から侍女達に磨き上げられ、祖父母や父母が気合いを入れて誂えてくれた純白のドレスに身を包み、家宝のジュエリーをつけ、両親と王宮の夜会に参加していた。そんな場所で、まさか番呼ばわりされて、見知らぬ男性に抱きしめられるとは。初めて外の世界に出た私には刺激が強すぎた。
我が国の貴族の子女は15歳になり、社交界にデビューするまではほとんど屋敷から出ることはない。屋敷の中で幼い頃からガヴァネスやチューターから必要なことを学ぶ。しかし、番についてガヴァネスもチューターも教えてはくれなかった。
「やっと会えた喜びで気持ちが先走ってしまった。無礼を許して欲しい」
男性の言葉に父が頭を下げた。
「王弟殿下にご挨拶申し上げます。これは娘のローザリンデでございますが、番とは誠ですか?」
王弟殿下? 王弟殿下って国王陛下の弟じゃないの? 王族! 父の言葉に真っ白になった頭が固まった。
「誠だ。ずっと探していた。もう無理かと諦めかけていたが、こんな近くにいたなんて、灯台下暗しだな」
王弟殿下は私の前に跪いた。
「私はデュンベルト王国、王弟のバルトロメウスだ。ローザリンデ嬢、私の妻になって欲しい」
いきなり私の手を取り、甲に唇を寄せた。え〜〜〜〜〜! 何何何何! 妻? 番とか妻とかこの人は何を言っているのだ?
父の顔を見ると、困っているようだ。父が私に目配せをし、一歩前に出た。
「殿下、番の話は後程お時間をいただいてもよろしいでしょうか? 今日は娘のデビュタントでございます。陛下と妃殿下に挨拶をさせて下さい」
「もちろんだ。そうか、今日がデビューか。だから今まで探しても見つからなかったのだな。ローザリンデ嬢、デビューおめでとう。ファーストダンスは私と踊ってほしい。伯爵、構わないか?」
「御意」
私の意思は関係なしにふたりで話をすすめている。ファーストダンスって父と踊るつもりだったのに。あんな大きな人と踊ったことないし、王弟殿下だなんて足踏んじゃったり、ステップ間違えたり、粗相があったらどうするのよ。
心の中は怪訝な気持ちでいっぱいだったが、15年間、伯爵令嬢として鍛えられてきたアルカイックスマイルで誤魔化す。
王弟殿下は「では、後程」とにっこり微笑んで去っていった。周りの貴族達のざわめきがうるさい。
「お父様、どういう事ですか?」
微笑みながら問う。
「そんな怖い物言いをするな。私も驚いているのだ。まさかお前が殿下の番とはな」
「番とは何なのですか?」
「それは……」
父の話はこうだった。王家の血筋の男子には番という伴侶が必ずいて、その番と巡り合い一生を共にすることが国を繁栄に導くことになるらしい。番判別はひと目あったその時に本人にわかるそうだ。そして身体に触れると何か印が現れるらしい。
番を認識した者は番から離れたがたくなり、片時も離れたくないという。今の国王と妃殿下は番で本当に仲睦まじい。
ただ28歳までに番が見つからなかった王族は子孫繁栄の為、古くから王家に伝わる番忘れの薬を飲み体や頭、心から番を消して、番以外の相手と結婚する。王弟殿下もタイムリミットが近づいていたようだ。
「もしも、国王陛下の番が平民だったら、それはそれでありなのですか?」
「大昔にそういうこともあったみたいだ」
そうなのか。
「選ばれた番は大変だったでしょうね。シンデレラストーリーといえば聞こえばいいけれど、あまりにも違いすぎる現実に心がついていかないと思います。それに恋人がいたりしたら、王命で引き裂かれるわけだし、辛いだろうなぁ」
私の言葉に母はふっと微笑む。
「番になるような人はたとえ平民であったとしても王族になるような器なのよ。恋人がいても、結婚していても、番認定されたら王家に身を捧げるしかないの。番の話は貴族学校に入学してからちらっと習うわ。番は王家の血筋を持つ男子しか分からないし、偽装することができない。もし、偽装したり、番に危害を加えようとした者は神の怒りを買い、恐ろしい天罰があると言われているの」
恐ろしい天罰か。母は良くも悪くも貴族らしい人だ。私が番と言われた事を喜んでいるようだ。父は落胆しているようにも見える。
私は何がなんだかまだよくわからない。王弟殿下のことは絵姿では見たことはあるが、実物を見るのは初めてだ。だから誰だか全くわからなかった。しかも想像を絶する大きさだ。迫力はあるし、圧は半端ない。
初めて会った年の離れたやたら大きな威圧感ありまくりの王弟殿下と結婚するの?
いやぁ〜無理だ。
私は一応伯爵令嬢の猫を被ってはいるが、中身はぐうたらな怠け者だ。
勉強もマナーも仕方ないから嫌々やってはいるが、出来れば一日中、本を読んだり、魔法の練習をしたり、刺繍をしたり、スイーツを食べたり、昼寝をしたり、好きなことだけしてあとはダラダラしていたい。王家に嫁入りなんてとんでもない。
出来れば田舎の子爵家か男爵家へ嫁いでのんびり暮らしたいと思っていたのに。あと1年会わなかったら、王弟殿下も公爵令嬢とか侯爵令嬢と結婚していたはず。
うちなんて古いだけの伯爵家だ。王弟殿下にとってなんの旨みもない。なんとか逃げる方法はないものか?
父母の顔を見ると、私の心の声をキャッチしたのか怖い顔をして首を振っている。
あ〜も〜こんなことになるならデビュタントになんて来なければよかった。せめて一年遅らせれば、王弟殿下は番忘れの薬を飲んだあとだったのに。
そんなことを思っていたら陛下に謁見する順番が来たようだ。
『ラング伯爵、夫人、令嬢、入場です』
呼ばれて謁見の間に入ると、そこには初めて生で見る国王陛下と妃殿下がいた。さすがにオーラが凄い。
父が家族を代表して挨拶をした後、国王陛下からお声をいただき、私が『貴族の一員として国の為に尽くします』とお決まりの言葉を言って退場のはずだったのだが……。
「伯爵、バルトロメウスから話は聞いておる。あやつにもやっと番が見つかって本当にうれしく思う。建国以来から我が国に仕えてくれている由緒正しい古参のラング家の令嬢ならなんの問題もない。すぐにでも婚姻の準備に入るつもりだ。ローザリンデ嬢、バルトロメウスのことをよろしく頼む」
国王陛下に頭を下げられた。いやいやいやいやいや、ちょっと待ってよ。婚約もしてないのに、いきなり婚姻って、何それ。無理〜〜〜。
隣に座っている妃殿下が手に持っている扇子で陛下の足をぽんと叩く。
「ごめんなさいね。陛下は年の離れた弟のことが可愛くて仕方ないの。それに番忘れの儀まで後少しだったでしょう。諦めかけていた時に見つかったからふたりとも嬉しくて仕方ないのよ。しかも、身分的にも問題ないし、可愛いしね。私も番と言われた時は何のことかわからなくて真っ白になってしまったわ。でも大丈夫。安心して嫁いできてね」
いやいや、そんなこと言われても……。
「あら、それは……」
妃殿下が私の右手をとった。
「番の印だわ」
番の印? 自分の右手の甲を見て驚いた。そこには淡いピンク色の薔薇のような形の模様が浮き出ている。いままでこんなのなかったのに。
妃殿下の言葉に私の手を見た父が驚いた顔をしている。
「今までなかったのですが、先程王弟殿下が娘の手を取り、ご挨拶いただいた時に「それね。それだわ。ねぇ、陛下?」」
妃殿下は父の言葉に前のめり気味に言葉を被せた。
「間違いない。番の印だ」
国王陛下からもお墨付きをいただいてしまい、後程、使いをやると言われてしまった私達は謁見の間から退出した。
「陛下も妃殿下も喜んでくれていてよかったわね」
「本当だ。結婚なんてまだまだだと思っていたが、寂しくなるなぁ」
父はしんみりしている。結婚なんてまだ嫌だ。私はまだ15歳。これから貴族学校に入学して、友達作って、恋なんかもしてみたいと思っていたのに。学校に行けないのだろうか?
しんみり顔の父、ご満悦顔の母、そして眉根を寄せ怪訝な顔をしている私。
ホールに戻ると番の話が知れ渡っていて、あちらこちらからおめでとうと言われる。このおめでとうがデビュタントのお祝いであったならどれだけよかっただろうと思う。
なんとか回避できないものか? 王弟殿下の勘違い、人間違いみたいなことはないかと思う。あの時近くにいたどこかの令嬢と勘違いしたんじゃないの? きっとそうだ。そうであってくれ。もう神にでも何にでも祈る。
母が私の手をとった。
「それにしても番って半信半疑だったけれど本当なのね。王弟殿下の手が触れた途端に印が浮き出てくるなんて神秘だわぁ〜」
「確か身体に触れたら印が現れると聞いたことはあったが、目の当たりにするとは思わなかった」
両親は私の手の甲に突然現れた番の印なる薔薇の花形の淡いピンク色のアザのようなものを見て驚いている。まぁ、いちばん驚いているのは私だろうけど。さっきまでなかった印が突然現れて、もう逃げられませんと鈴をつけられてしまったような気になる。あ〜、自由な日々にお別れをしなくてはならないのか。
王弟妃になんかなりたくないなぁ〜。貴族令嬢らしからぬ大きなため息をついてしまった。
ひととおりデビュタントの挨拶が終わり、陛下がホールの壇上に姿を現した。
「今日は沢山の若者が貴族の仲間入りをしてくれためでたい夜会だ。皆で祝ってやってほしい、そして、また日をあらためて発表することになるが、我が弟、バルトロメウスの番が見つかった。今日は誠に嬉しい日になった。これで成人している王家の男子は皆、無事に番と巡り会えた。我がデュンベルト王国は益々の繁栄を約束された。今後とも皆で力を合わせ、国を盛り立てていこう。今日は皆、楽しんでほしい」
皆が口々に「国王陛下万歳!」とか、デュンベルト王国万歳!」と口々に声をあげている。中には「バルトロメウス殿下万歳!」なんてのもある。私に何の断りもなく、いきなり発表されちゃうし……。
まだ、特定されていないからマシか? いやいや、わかる人はわかるよね。
ホールでは国王陛下と妃殿下のダンスがはじまった。
「ローザリンデ嬢」
声がする方を見ると、王弟殿下が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「突然のことでまだ混乱していると思うが、私を信じてほしい。必ず幸せにする。さぁ、踊ろう」
返事も聞かずに私の手を取り、ホールの中央に出た。必ず幸せにすると言われてもね〜。あぁもうこれでバレバレだなぁ。私が番だって全貴族にバレちゃったよね〜。
「殿下、私はダンスは苦手で、練習で父としか踊ったことがないので、ご迷惑をおかけすると思うのですが……」
運動神経が少し足りない私はダンスが下手くそなのだ。好きじゃないので練習もあまりやりたくない。デビュタントのためにとりあえず特訓はしたが王族と踊れるレベルではない。
「大丈夫だよ。何の心配もいらない。私達は番だからね」
王弟殿下はふっと微笑む。何が大丈夫なのか? 何が番だからだ? 足踏んでも知らんぞ。
音楽が鳴り、ダンスが始まった。父としか踊ったことがなかったので不安だったが、嘘のように踊れる。楽しい。いつもは苦痛だったダンスがこんなに楽しいなんて、どういうことだろう?
「楽しいかい?」
「はい。とても」
「大丈夫だと言っただろう。私達は番だからね」
は? また番か。番効果恐るべしだな。調子に乗って3曲も踊ってしまった。3曲続けて踊れるのは婚約者か夫婦のみだ。これで婚約者、そして番認定間違いなしだな。番か〜。何だかよく分からないが腹を括るしかないようだ。
いったいこれからどうなるのだろう? まさに青天の霹靂とはこういうことか。とにかく番なんだから仕方ない。抗っても無駄なのだろう。
目の前にいる大きな王弟殿下が、だんだん美形に思えてくるのも番特典なのかもしれない。
明日から嵐のようになるのだろう。今日早く帰ってのんびりしたい。ダンスを終え、ホールから退出した私は明日からの怒涛の日々を想像して頭が痛くなった。
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